30 / 62
第二部 第三章 週刊誌と手つなぎ
週刊誌と手つなぎ4
しおりを挟む
今回の野外フェスはいくつかのライブハウスが共同で開催しているもので、牛家族もJourney to the Westもメインステージでのライブが予定されている。
二つのグループにとって週刊誌騒ぎになってから初めてライブ開催でもあり、メンバー達は緊張感を高めていた。たくさんの人が音楽の誘う興奮と快感に身を委ねている。
日が暮れ始め、眩しい真紅の西日が差す中で牛家族のライブが始まった。
曲に合わせて頭を揺らす者もいれば、赤いサイリウムを揺らす者、タオルを振る者もおり、客席の反応は悪くなかった。少なくとも牛家族に対しては週刊誌の記事の影響は少なそうだ、と納多は安堵する。
「じゃあ、次は話題のあの曲、凍る炎についてちょっとしゃべってやろう」
わあああっと歓声が上がり、「あの曲さいこー!」、「アニメにも合ってる!」とファンが叫ぶ。
紅害嗣がその一言に噛みついた。最近の紅害嗣は玄奘を手に入れられる見込みも薄くなり、週刊誌騒ぎで日々の行動を制限されたこともあり、基本的にイライラしているのだ。
「アニメの曲だから売れたって言いたいのか?」
紅害嗣がぽきぽきと指を鳴らす。
「違う……。俺の歌が良かったからだ……。アニメなんてオタクの見るもんだ。オタクなんてリアルで満たされない欲望を妄想にぶつける負け組だろ」
ざわざわ、じわじわと客席の雰囲気が変わっていく。フェスであるため、元々牛家族のファンではない者も多くその場におり、皆一様に紅害嗣の言葉に戸惑っていた。
ざわついた困惑が客席を渦巻いているうちに徐々に明確な反感と敵意に変化しブーイングとして成形されていく。
客席全体から渦を巻くように立ちのぼってくる敵意が紅害嗣を貫こうとしているのが、舞台袖で見守る納多には見えた。敵意の矢に対抗するように、紅害嗣もまた身体から熱を発し始めていた。しゅうしゅうと全身から薄い煙が立ち上っている。
「俺だけが……俺が一番なんだ……」
「まずい。あいつ、このままだと火を噴く……」
舞台袖で見守る納多は焦って額の汗を拭った。まだ前世の力をうまくコントロールできない紅害嗣は追いつめられると火を噴くのだ。
ライブで火を噴いてしまえば、文字通り炎上する。こんな大勢の人がいる中で神通力を使ってしまえば、消火活動、スプリンクラーの再調整、火災を見た者の記憶の 改竄、写真・動画など記録類の破壊などの後始末に途方もない労力がかかる。
紅害嗣の目が赤く光り出した。もう一刻の猶予もない。
納多は袖から飛び出して、紅害嗣の頬を殴った。
「バカかっ、お前はっ。お前のやることはここで最高の歌を聞かせることだろうがっ。客席にケンカ売ってどうするっ」
まさか殴られると思っていなかった紅害嗣はまともに納多の拳を食らい、頬を抑えた。驚いた拍子に目は元の色に戻っていた。
「おい、マネージャーの分際でアーティストを殴ってんじゃねえぞ」
一方の客席は拍手喝采だった。突然現れたスーツ姿の美少年が紅害嗣を殴ったかと思えばそれがマネージャーらしいということがわかり、もっとやれやれ~と声をかける者までいた。自分たちがやりたかったことをやってくれたとせいせいしたのだろう、納多が確認すれば客席で渦巻いていた敵意の矢もほとんど消えかけている。納多はほっと息をついた。
「おい、なんとか言えよ」
紅害嗣はもう客席を見ていなかった。完全に怒りの矛先を納多に変更したようだった。
このままライブが混沌と動揺のまま終わるのかと思った時だった。凛とした声がフロア全体に響きわたった。
「和男っ。がたがた抜かしてんじゃないよ、だらしがないね」
口を開いたのはベースを持つ羅刹女だった。
和男?
聞き慣れないその名前に多くのファン達が首を傾げている。実は「紅害嗣」というのはヤクザ時代から使用していた通り名を芸名にしたもので、彼の本名は牛田和男なのである。
これまで牛魔王と羅刹女がライブや番組で喋らなかったのは、紅害嗣の本名をうっかり喋ってしまうのを避けるためであった。これまでは紅害嗣のサポート役に徹して無言を貫いていたのだが、息子の暴走を見てさすがに黙っていられなくなったらしい。羅刹女は深紅のリップを塗った唇を大きく開いて堂々と声を張り上げた。
「いいか、お前らよく聞けよ。このガキはカッコつけているが、家には漫画ばかりあるし、壁は推しのポスターで埋まっているし、つい最近まで推しのVtuberに課金しまくっていた。リアルでは満たされない欲望を抱えた寂しいガキンチョってのはつまり自分のことなんだよ」
「なっ、なんで言っちまうんだよ、母ちゃん」
羅刹女の思いがけない暴露に、紅害嗣は自分たちオタクの仲間だったのだと理解した観客たちは最高潮に沸き立った。それにたじろぐ紅害嗣のガキくさい反応がさらに真実味を与えている。
「体面ばかり気にする男はだらしないね。ま、うちの父ちゃんも似たようなもんだけど」
羅刹女のちくりとした言葉に、牛魔王は小山のように泰然としながら黙って空を睨んでいる。
「さ、歌ってやんな。ロックってのは満たされない者の音楽なんだよ。そういう意味で言えば、アタシもそう、あんたたちもそう、ここにいるのは満たされない者ばかりだろ?さあ、あんたたち、ついて来なっ」
羅刹女の煽りに大歓声が巻き起こった。にやりと笑った羅刹女はこれ以上ないほど妖艶だった。もう大丈夫だ、と納多は紅害嗣の背中を叩いてステージを降りた。
「仕方ねえなあ。俺の歌声に酔いしれなっ」
ジャジャジャジャーン、と勢いの良い前奏が始まった。勢いの良い観客の声に背中を押されるように、紅害嗣の疾走するボーカルが響いた。
二つのグループにとって週刊誌騒ぎになってから初めてライブ開催でもあり、メンバー達は緊張感を高めていた。たくさんの人が音楽の誘う興奮と快感に身を委ねている。
日が暮れ始め、眩しい真紅の西日が差す中で牛家族のライブが始まった。
曲に合わせて頭を揺らす者もいれば、赤いサイリウムを揺らす者、タオルを振る者もおり、客席の反応は悪くなかった。少なくとも牛家族に対しては週刊誌の記事の影響は少なそうだ、と納多は安堵する。
「じゃあ、次は話題のあの曲、凍る炎についてちょっとしゃべってやろう」
わあああっと歓声が上がり、「あの曲さいこー!」、「アニメにも合ってる!」とファンが叫ぶ。
紅害嗣がその一言に噛みついた。最近の紅害嗣は玄奘を手に入れられる見込みも薄くなり、週刊誌騒ぎで日々の行動を制限されたこともあり、基本的にイライラしているのだ。
「アニメの曲だから売れたって言いたいのか?」
紅害嗣がぽきぽきと指を鳴らす。
「違う……。俺の歌が良かったからだ……。アニメなんてオタクの見るもんだ。オタクなんてリアルで満たされない欲望を妄想にぶつける負け組だろ」
ざわざわ、じわじわと客席の雰囲気が変わっていく。フェスであるため、元々牛家族のファンではない者も多くその場におり、皆一様に紅害嗣の言葉に戸惑っていた。
ざわついた困惑が客席を渦巻いているうちに徐々に明確な反感と敵意に変化しブーイングとして成形されていく。
客席全体から渦を巻くように立ちのぼってくる敵意が紅害嗣を貫こうとしているのが、舞台袖で見守る納多には見えた。敵意の矢に対抗するように、紅害嗣もまた身体から熱を発し始めていた。しゅうしゅうと全身から薄い煙が立ち上っている。
「俺だけが……俺が一番なんだ……」
「まずい。あいつ、このままだと火を噴く……」
舞台袖で見守る納多は焦って額の汗を拭った。まだ前世の力をうまくコントロールできない紅害嗣は追いつめられると火を噴くのだ。
ライブで火を噴いてしまえば、文字通り炎上する。こんな大勢の人がいる中で神通力を使ってしまえば、消火活動、スプリンクラーの再調整、火災を見た者の記憶の 改竄、写真・動画など記録類の破壊などの後始末に途方もない労力がかかる。
紅害嗣の目が赤く光り出した。もう一刻の猶予もない。
納多は袖から飛び出して、紅害嗣の頬を殴った。
「バカかっ、お前はっ。お前のやることはここで最高の歌を聞かせることだろうがっ。客席にケンカ売ってどうするっ」
まさか殴られると思っていなかった紅害嗣はまともに納多の拳を食らい、頬を抑えた。驚いた拍子に目は元の色に戻っていた。
「おい、マネージャーの分際でアーティストを殴ってんじゃねえぞ」
一方の客席は拍手喝采だった。突然現れたスーツ姿の美少年が紅害嗣を殴ったかと思えばそれがマネージャーらしいということがわかり、もっとやれやれ~と声をかける者までいた。自分たちがやりたかったことをやってくれたとせいせいしたのだろう、納多が確認すれば客席で渦巻いていた敵意の矢もほとんど消えかけている。納多はほっと息をついた。
「おい、なんとか言えよ」
紅害嗣はもう客席を見ていなかった。完全に怒りの矛先を納多に変更したようだった。
このままライブが混沌と動揺のまま終わるのかと思った時だった。凛とした声がフロア全体に響きわたった。
「和男っ。がたがた抜かしてんじゃないよ、だらしがないね」
口を開いたのはベースを持つ羅刹女だった。
和男?
聞き慣れないその名前に多くのファン達が首を傾げている。実は「紅害嗣」というのはヤクザ時代から使用していた通り名を芸名にしたもので、彼の本名は牛田和男なのである。
これまで牛魔王と羅刹女がライブや番組で喋らなかったのは、紅害嗣の本名をうっかり喋ってしまうのを避けるためであった。これまでは紅害嗣のサポート役に徹して無言を貫いていたのだが、息子の暴走を見てさすがに黙っていられなくなったらしい。羅刹女は深紅のリップを塗った唇を大きく開いて堂々と声を張り上げた。
「いいか、お前らよく聞けよ。このガキはカッコつけているが、家には漫画ばかりあるし、壁は推しのポスターで埋まっているし、つい最近まで推しのVtuberに課金しまくっていた。リアルでは満たされない欲望を抱えた寂しいガキンチョってのはつまり自分のことなんだよ」
「なっ、なんで言っちまうんだよ、母ちゃん」
羅刹女の思いがけない暴露に、紅害嗣は自分たちオタクの仲間だったのだと理解した観客たちは最高潮に沸き立った。それにたじろぐ紅害嗣のガキくさい反応がさらに真実味を与えている。
「体面ばかり気にする男はだらしないね。ま、うちの父ちゃんも似たようなもんだけど」
羅刹女のちくりとした言葉に、牛魔王は小山のように泰然としながら黙って空を睨んでいる。
「さ、歌ってやんな。ロックってのは満たされない者の音楽なんだよ。そういう意味で言えば、アタシもそう、あんたたちもそう、ここにいるのは満たされない者ばかりだろ?さあ、あんたたち、ついて来なっ」
羅刹女の煽りに大歓声が巻き起こった。にやりと笑った羅刹女はこれ以上ないほど妖艶だった。もう大丈夫だ、と納多は紅害嗣の背中を叩いてステージを降りた。
「仕方ねえなあ。俺の歌声に酔いしれなっ」
ジャジャジャジャーン、と勢いの良い前奏が始まった。勢いの良い観客の声に背中を押されるように、紅害嗣の疾走するボーカルが響いた。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
三人の三蔵
Atokobuta
BL
悟空、悟浄、八戒が三蔵の姿になってしまうカオスな話。当然のように悟空→三蔵。八戒チート。悟浄根暗。
こちらでも公開しています。三人の三蔵 | atこぶた #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16087401
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる