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第一部 第四章 Journey to the West結成
Journey to the West結成
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誰かに指を掴まれ、その強引さに目を覚ました。目が開くと同時に血液が一気に頭に駆けあがった。
「玄奘っ」
「兄貴は寝ても覚めても、玄奘、玄奘だなぁ」
この呆れたような聞きなれた声は八戒だ。この暢気さからすると身に迫った危険はないらしい。
おれの隣には玄奘がくつろいだ様子できちんと服を着て座っていることを確認し、おれはほっと息をつく。顔は煤けてはいるが、見たところ大火傷はしていないようだ。
「悟空……」
玄奘が柔和な目で優しくおれの名を呼んでくれる。あいもかわらず可愛い。
少し落ち着いて周囲を見渡せば、ガラス張りの豪華な応接室であった。
地上よりも天空の方が近いのではと思わせるほどの高層ビルだ。日は高いどころかもはや夕方の名残惜しい光を増していて、半日以上は眠ってしまっていたことが明らかだった。
高級そうな柔らかいソファに座る玄奘の向こう隣には玉竜、八戒、悟浄も並んでいる。
そして、正面にいる長髪の大男が書類におれの拇印を押したところであった。指を引っ張られた痛みはまさにそのせいであったらしい。
「やっと起きたか。この度は紅害嗣が迷惑をかけた。前世の能力を急に目覚めさせてしまったらしく手間をかけたな。ちゃんと灸を据えてやった故、ご容赦せられい。さらにこの契約書に判を押した今この瞬間から、お主は事務所シャカシャカの一員であるが故、釈迦如来様の御加護を受けられる。したがって紅害嗣はおろか今後はこの世の誰も粗暴な手出しはできぬ。安心あれ」
優雅な長髪をさらりとかき上げながら大男はすらすらと説明する。
「……どういうことだ」
「俺達はこの人に助けてもらったんだよ。まずはお礼だろ?兄貴」
「お前は長いものに巻かれすぎなんだよ、こいつは一体だれだ。契約って何のことだ」
答え次第では殴りかかれるよう、おれは立ち上がって身構える。ポケットを探るがもう自撮り棒はない。徒手空拳でもやるしかねえ。
「まあまあ、おちつけ。大聖殿。いやぁ、……懐かしいな」
大男が急に距離を詰めてきて、肩を組まれる。恐ろしいほどの素早い身のこなしと馬鹿力のせいで、その太い腕と厚い胸板を避けられもしないし、振りほどけもしない。こいつは恐ろしいほどの手練れだ。
「私は顕聖二郎真君だ。不老不死の天将であるがゆえ、玄奘達四人、お主達の前世の時から知っておる。紅害嗣も前世は妖怪よ。あいつはまだ未熟でな。玄奘に対する欲が性欲なのか、食欲なのか、支配欲なのか自覚できておらぬのよ」
「……奴は頭おかしい系の人ですかね」
おれは玄奘に耳打ちしながらその手首を優しく握って、いつでも二人で逃げられるようにしておく。
「私が天界の神仙であると信じないのだろう?その疑り深さも懐かしいのぅ」
顕聖二郎真君と名乗った男が片手で自分の胴をさっと一払いすると、平凡なスーツから京劇のような派手な甲冑の姿に変化し、さらに足元はぷかぷかと浮遊し始めた。目を疑って何度もこする。
「何の芸当だよ、これ」
「まだ疑いなら、私の腹でも首でも試しに切ってみようか」
「……もういい。お前が変な野郎だということはわかった」
「前世のお主は斉天大聖斉天大聖孫悟空と名乗る神猿でな、私とは親友だったのだ」
「嘘だろ……」
猿だの何だの言われるより、こんな見るからにおかしな奴と友達であったとはどうしても信じられない。
「ここしばらくは人間のふりをして磁路真と名乗っておる。お主らの護衛兼マネージャーを務めてやるから安心せい。いつでもそばにおるからな」
「何の話だ」
片眉をしかめると、玄奘が説明してくれる。
「私たちは四人組のアカペラボーカルグループとしてデビューするのだ。そのマネージャーをしてくださると」
「アカペラボーカルグループ⁉︎」
「俺らの歌、びっくりするほど上手かっただろう?」
「今後レッスンを受けて研鑽を積み、来月にはデビューだそうだ」
「そして、才能あふれる僕が専属プロデューサー兼作曲家になるから」
八戒、悟浄、玉竜がそれぞれニヤニヤしながら言う。おれの知らない間にどうしてそんな話になったのか。
「あの……玄奘……。konzenの読経ライブは……もう諦めるんですか?仏教のすばらしさを伝えるのが玄奘の本願なんですよね」
玄奘がどう受け止めているのかわからず、その深淵な湖のような瞳を覗き込むようにしておれは尋ねた。玄奘はおれの目をまっすぐ見て言った。
「悟空、あの時私は見えたのです。四人で夕陽に導かれるように歩いていく姿が……」
玄奘が言ったのは暴力団事務所で四人で声を合わせて歌った時に見えた幻のことだろう。
「……おれも……、見ました。西へ西へ、歩いていくんです……」
「……悟空も見たのか」
玄奘がおれの手を握った。見つめられた目には力があり、ふれられた手は熱かった。
「きっと私達が出会ったことも何かの導きによるものだ。私がVtuberとして活動していくよりも、四人で志を同じくして道を歩いていくことこそが大義に通じると確信している」
「……玄奘」
玄奘の言葉に込められた真なる思いはたしかにおれの腹の中に火を点けた。今までこんな使命感を感じたことはない。
きっとおれの生まれた意味はここにある。この人の手をとって歩くためにある。
磁路はおれ達を見て鷹揚に頷きながら言った。
「お主達が見たものは前世の記憶よ。前世の玄奘は唐から西天まで経を取りに行った高僧であったのだ。悟空、八戒、悟浄がそれを守る弟子、玉竜は白馬に姿を変えた竜であったのだ。十四年の歳月をかけて取経の大願はみごと果たしたものの、現世の業は深いのう。まだ救いを必要とする衆生は星の数ほどおる。そして今、再びこの世にお主らが生を受けたわけだ。救うためには力が必要だ。現代において影響力を持つには何が必要かわかるか」
「金だろう?金は力だ」
八戒が言った。
「金は方策としては必要だが、金があっても救いは宿らん」
「……精神修練だろうか」
悟浄が言った。
「たしかに仏弟子としては必要だが、修練を行っても信仰心の薄い者からの尊敬は得られぬだろうな」
「じゃあ、有名になることかな」
玉竜が言った。
「そのとおりだな。世間に名を知られなくば発言の機会を得られまい。だが何で有名になるか、それが肝要だ」
磁路は両手を広げて全身でスポットライトを浴びるようにすっくと立った。
「お主らに必要なものはミュージックだ」
しーんと静まり返る聴衆の反応を感動によるものと勘違いしたようで磁路は満足そうに頷くと、話を続けた。
「良いか。世界を手に入れられるのはミュージックの最高峰に立つものだけだ。音楽こそ文化や言語の違いを超越して美の普遍性を保ち、救いを必要としている大衆へ大きな影響を与えられるのだ。だからこそ、今世のお主達はミュージックで世界を獲りにいく。アカペラボーカルグループJourney to the Westが今始動するのだ。目指せグラミー賞だ」
「グラミー……賞ですか」
デビューの話は聞いていた玄奘もさすがにあっけにとられた様子である。
「玄奘っ」
「兄貴は寝ても覚めても、玄奘、玄奘だなぁ」
この呆れたような聞きなれた声は八戒だ。この暢気さからすると身に迫った危険はないらしい。
おれの隣には玄奘がくつろいだ様子できちんと服を着て座っていることを確認し、おれはほっと息をつく。顔は煤けてはいるが、見たところ大火傷はしていないようだ。
「悟空……」
玄奘が柔和な目で優しくおれの名を呼んでくれる。あいもかわらず可愛い。
少し落ち着いて周囲を見渡せば、ガラス張りの豪華な応接室であった。
地上よりも天空の方が近いのではと思わせるほどの高層ビルだ。日は高いどころかもはや夕方の名残惜しい光を増していて、半日以上は眠ってしまっていたことが明らかだった。
高級そうな柔らかいソファに座る玄奘の向こう隣には玉竜、八戒、悟浄も並んでいる。
そして、正面にいる長髪の大男が書類におれの拇印を押したところであった。指を引っ張られた痛みはまさにそのせいであったらしい。
「やっと起きたか。この度は紅害嗣が迷惑をかけた。前世の能力を急に目覚めさせてしまったらしく手間をかけたな。ちゃんと灸を据えてやった故、ご容赦せられい。さらにこの契約書に判を押した今この瞬間から、お主は事務所シャカシャカの一員であるが故、釈迦如来様の御加護を受けられる。したがって紅害嗣はおろか今後はこの世の誰も粗暴な手出しはできぬ。安心あれ」
優雅な長髪をさらりとかき上げながら大男はすらすらと説明する。
「……どういうことだ」
「俺達はこの人に助けてもらったんだよ。まずはお礼だろ?兄貴」
「お前は長いものに巻かれすぎなんだよ、こいつは一体だれだ。契約って何のことだ」
答え次第では殴りかかれるよう、おれは立ち上がって身構える。ポケットを探るがもう自撮り棒はない。徒手空拳でもやるしかねえ。
「まあまあ、おちつけ。大聖殿。いやぁ、……懐かしいな」
大男が急に距離を詰めてきて、肩を組まれる。恐ろしいほどの素早い身のこなしと馬鹿力のせいで、その太い腕と厚い胸板を避けられもしないし、振りほどけもしない。こいつは恐ろしいほどの手練れだ。
「私は顕聖二郎真君だ。不老不死の天将であるがゆえ、玄奘達四人、お主達の前世の時から知っておる。紅害嗣も前世は妖怪よ。あいつはまだ未熟でな。玄奘に対する欲が性欲なのか、食欲なのか、支配欲なのか自覚できておらぬのよ」
「……奴は頭おかしい系の人ですかね」
おれは玄奘に耳打ちしながらその手首を優しく握って、いつでも二人で逃げられるようにしておく。
「私が天界の神仙であると信じないのだろう?その疑り深さも懐かしいのぅ」
顕聖二郎真君と名乗った男が片手で自分の胴をさっと一払いすると、平凡なスーツから京劇のような派手な甲冑の姿に変化し、さらに足元はぷかぷかと浮遊し始めた。目を疑って何度もこする。
「何の芸当だよ、これ」
「まだ疑いなら、私の腹でも首でも試しに切ってみようか」
「……もういい。お前が変な野郎だということはわかった」
「前世のお主は斉天大聖斉天大聖孫悟空と名乗る神猿でな、私とは親友だったのだ」
「嘘だろ……」
猿だの何だの言われるより、こんな見るからにおかしな奴と友達であったとはどうしても信じられない。
「ここしばらくは人間のふりをして磁路真と名乗っておる。お主らの護衛兼マネージャーを務めてやるから安心せい。いつでもそばにおるからな」
「何の話だ」
片眉をしかめると、玄奘が説明してくれる。
「私たちは四人組のアカペラボーカルグループとしてデビューするのだ。そのマネージャーをしてくださると」
「アカペラボーカルグループ⁉︎」
「俺らの歌、びっくりするほど上手かっただろう?」
「今後レッスンを受けて研鑽を積み、来月にはデビューだそうだ」
「そして、才能あふれる僕が専属プロデューサー兼作曲家になるから」
八戒、悟浄、玉竜がそれぞれニヤニヤしながら言う。おれの知らない間にどうしてそんな話になったのか。
「あの……玄奘……。konzenの読経ライブは……もう諦めるんですか?仏教のすばらしさを伝えるのが玄奘の本願なんですよね」
玄奘がどう受け止めているのかわからず、その深淵な湖のような瞳を覗き込むようにしておれは尋ねた。玄奘はおれの目をまっすぐ見て言った。
「悟空、あの時私は見えたのです。四人で夕陽に導かれるように歩いていく姿が……」
玄奘が言ったのは暴力団事務所で四人で声を合わせて歌った時に見えた幻のことだろう。
「……おれも……、見ました。西へ西へ、歩いていくんです……」
「……悟空も見たのか」
玄奘がおれの手を握った。見つめられた目には力があり、ふれられた手は熱かった。
「きっと私達が出会ったことも何かの導きによるものだ。私がVtuberとして活動していくよりも、四人で志を同じくして道を歩いていくことこそが大義に通じると確信している」
「……玄奘」
玄奘の言葉に込められた真なる思いはたしかにおれの腹の中に火を点けた。今までこんな使命感を感じたことはない。
きっとおれの生まれた意味はここにある。この人の手をとって歩くためにある。
磁路はおれ達を見て鷹揚に頷きながら言った。
「お主達が見たものは前世の記憶よ。前世の玄奘は唐から西天まで経を取りに行った高僧であったのだ。悟空、八戒、悟浄がそれを守る弟子、玉竜は白馬に姿を変えた竜であったのだ。十四年の歳月をかけて取経の大願はみごと果たしたものの、現世の業は深いのう。まだ救いを必要とする衆生は星の数ほどおる。そして今、再びこの世にお主らが生を受けたわけだ。救うためには力が必要だ。現代において影響力を持つには何が必要かわかるか」
「金だろう?金は力だ」
八戒が言った。
「金は方策としては必要だが、金があっても救いは宿らん」
「……精神修練だろうか」
悟浄が言った。
「たしかに仏弟子としては必要だが、修練を行っても信仰心の薄い者からの尊敬は得られぬだろうな」
「じゃあ、有名になることかな」
玉竜が言った。
「そのとおりだな。世間に名を知られなくば発言の機会を得られまい。だが何で有名になるか、それが肝要だ」
磁路は両手を広げて全身でスポットライトを浴びるようにすっくと立った。
「お主らに必要なものはミュージックだ」
しーんと静まり返る聴衆の反応を感動によるものと勘違いしたようで磁路は満足そうに頷くと、話を続けた。
「良いか。世界を手に入れられるのはミュージックの最高峰に立つものだけだ。音楽こそ文化や言語の違いを超越して美の普遍性を保ち、救いを必要としている大衆へ大きな影響を与えられるのだ。だからこそ、今世のお主達はミュージックで世界を獲りにいく。アカペラボーカルグループJourney to the Westが今始動するのだ。目指せグラミー賞だ」
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