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第一部 第二章 推しが炎上する

推しが炎上する

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 konzenのマンションのドア付近で佇んでいた怪しい人影をぶちのめし、警察病院送りにしたおれは意気揚々と自分の部屋に戻ると、なぜかkonzenの説教を正座で聞く羽目になった。おれの正面に座るkonzenは頭を振った。

「追い払ってくれるだけで良かったのに」

 ストーカーを退治し、konzenから涙を流して感激されるとまでは期待していなかったが、こうも叱られるだけでは納得がいかない。おれは言い募る。

「奴らは懲りずにまた来ますよ。家の中に侵入されたらどうするんですか。ストーキングの果てに殺人が起こるのは珍しくないんですよ」

 おれが必死に言い募るが、konzenは涼しい顔だ。

「その時はその時です。仇を恩で報いるのが仏の道です。そもそも私が配信を始めたのは、この仏教の素晴らしさをあまねく衆生しゅじょうに伝えるためなのです。その道の途中で私に何かあったとしてもそれは本望です。信仰など不要だと考えている者こそ心の安寧を求めているのです」

 konzenの語り口からは迷いなく心からのことばを述べていることが伝わってくる。

 後光が射して見えるがきっとこれは幻視ではないだろう。オタクの目には推しは輝いて見えるのだ。ただおれはこの世が理想だけで回っているわけではないことを知っている。

「でも……おれはkonzenさんに危害を加える奴らを許せません」

 konzenはぐっと膝を寄せて距離を詰め、おれの握りこぶしを両手で握った。

「猿田さんの熱意はありがたい。その意気です。私と一緒に暴力以外の解決方法を探っていきましょう」

 目と鼻の先に美しいkonzenの顔がある。柔らかい手にまるで心臓を掴まれたように、ぎゅっと苦しくなる。痛いくらいだ。こんなに優しくて痛い指導をおれは知らない。

「もう暴力を振るわないと約束してください。いいですね?」 

 確信を持ったkonzenの問いにおれは逆らえない。彼はおれの推しだからだ。

「……わかりました」

 唇を尖らしながらも頷く。

「すげえなあ。兄貴に言うことを聞かせられる人なんてこの世に存在しねえと思ってたわ。」

 八戒が暢気に感心し、悟浄は深く頷いた。

「悟空にとってはkonzenは生きる指針ともいうべき推しであるからな。konzenの誠意ある言の葉のみが、野放図な悟空の行動に枠を嵌められるのだろう。」

 おれはさっと立ち上がり、konzenと距離を取ってから宣言した。推しの傍にいると思いもしない約束をさせられちまう。

「でも緊急事態は別です。必要があれば殴ります」

 おれの宣言にkonzenは苦笑してから、既に明るい窓の外を見て言った。

「そういえば私は今日講義が昼からなんですけど、皆さんそれぞれご予定は?」

 つられるように時計を見れば朝八時を過ぎている。

「やべっ。おれそろそろ会社行かなきゃ」

 どたどたと八戒が玄関に移動したかと思えば
「拙者はそろそろ仮眠を取ろう」と悟浄も帰り支度をしている。

「まんぷくぷくさん、髑髏さん、早朝からお世話いただきありがとうございました」

 二人はアカウント名で自己紹介したらしい。重課金者だと教えたかったのかもしれない。

「いいってことよ。Konzenさんは講義ってことはもしかしてまだ学生さんなのかな?」

 気前の良いおっさんの顔をして泥だらけの靴を履きながら八戒が尋ねる。こいつは土木工事の現場監督が仕事だ。監督ともなれば指示だけして作業をしなくても良いのだが、汚れ仕事も進んでやるため部下からも受けがいいらしい。

「ええ、21歳です」

 こともなげに頷いたkonzenに、おれたちは気まずい視線を交わした。

 ちょっと待て。若い。若すぎないか。

「拙者よりも年若とは思っていたが、思っていたよりも……若いな」

 泰然自若を地で行く悟浄もさすがに驚いたようだ。

「皆さんとそんなに年齢違わないと思っていましたが。失礼ですが猿田さんはおいくつです?」

 直接推しに聞かれてしまえば答えないわけにいかない。おれは目を逸らしながら低い声で言う。

「……28」

 konzenは息を呑んだ。

「え、……本当ですか。思ったより……」

「年上だろ?」

「え、ええ」

 動揺するkonzenに八戒が助け舟を出す。

「俺と兄貴は同い年。髑髏は一つ下です。兄貴は化け物並みに外見が変わらねえんですよ。昔からこんな顔して制服着たまま不機嫌そうに煙草吸っててさ」

「そういうお前は毎年ぶくぶく太って外見が変わっていくけどな」

 おれが食い気味で八戒を揶揄すると
「あー、兄貴。令和のコンプラ天ぷら揚げ放題だぞ。兄貴が細いだけで、俺だって言うほど太ってねえから。人の外見はいじっちゃいけないんだぞ。Konzenさん、兄貴に俺をいじめるなって言ってやってください」と、八戒はkonzenの後ろに隠れようとする。こいつは昔からすぐ虎の威を借りたがる。

 konzenは笑っていたが、思い出したように手を叩いた。

「先程から言おうと思っていたのですが、konzenはVtuberとしての名前なので、私の事は玄奘と呼んでください」

 玄奘。
 口の中で唱えてみる。

 森羅万象の壮大さを感じさせるの響きに、舌がびりっという心地よい刺激を感じる。

 情緒を解しない八戒はkonzen改め玄奘の言葉に、へらへらと調子よく頷く。

「あ、そうですよねっ。正体がばれたらマズいですもんね。それならおれたちの名前も呼び捨てでいいですよ。」

「年上の人を呼び捨てるなんて」 

 戸惑う玄奘の肩に悟浄が手のひらを載せ、陰気だが迷いのない声で言った。

「いいんです。あなたは拙者たちの推し。我々を導き、鼓舞する存在。推しはいわばお師です」

 玄奘が問うようにおれの顔を見た。おれは頷く。

「おれたちは悟空、八戒、悟浄だ。推しの玄奘を守るのがおれたちkonzenオタクの使命だ。かまわずに呼び捨ててください」

 玄奘は頷き、おれ達に合掌した。

 二人が帰り、急にしんとした部屋で、玄奘は言った。

「さて、私も帰ります。猿田さ……、悟空……も夜勤明けですから寝ないといけませんよね」

 清涼な声で自分の本名を呼ばれることにぞわぞわする。初めて呼ばれたのに、この安心感と緊張感を身体が覚えている気がする。どういうことだろう。

 おれは玄奘の腕を掴んで引きとめる。

「ちょっと待ってください。家に帰ったらまた別のストーカーがいるかもしれません。大学にはおれが送って差し上げますし、寝泊まりはしばらくここでしてください。当面の危険が去るまでおれは玄奘の傍を離れませんからね。取り急ぎ、家バレしたので引越も検討しましょう」

 玄奘は自分の肘を抱え、返答をためらった。

 Vtuberとしてのkonzenのストーカー対策には、Vtuberを共同でやっている友人に相談したいという。大学に送りがてらおれも顔合わせすることにした。


 
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