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第一部 第一章 深夜の常連客がまさかの推しだった
深夜の常連客がまさかの推しだった2
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「という兄貴の妄想なんだろ?バイト先に推しがきた編」と水を刺したのはアカウント名「まんぷくぷく」こと猪原八戒である。高校時の同級生で昔は一緒に悪さをしていた仲間だったが、おれが布教してkonzen沼に落としてやった。
「違うっ、本当にkonzenが来たんだっつの」
「ちなみにそのkonzen(仮)はその後どうしたのだ」
次に口を開いたのは、アカウント名「 髑髏」こと川中悟浄である。悟浄はkonzenのおかげで引きこもりを脱したらしい。konzenのTシャツを着てコンビニに来た悟浄に声を掛けたのが縁で知り合った。喋り方が少々妙だが、人とうまく距離をとる術らしいので放っている。
土曜日の午後、おれらはいつもの如く小汚い八戒のアパートに集まっている。なぜって食い物が豊富にあるからだ。
「カッコカリって言うな。本物だっつーの。しばらく待って入荷したコーヒー牛乳を買って帰った。うちの店に三時間もいたからさ、寒いといけないしバックヤードにあったひざ掛けと使い捨てカイロを渡してやって、おれのスマホの充電器も貸してやってさ。本当は待たせずにお気に入りのコーヒー牛乳もすぐ出してやりたかったけど、在庫がねえのはおれにもどうしようもねえから」
「至れり尽くせりじゃん。俺も兄貴のコンビニ行きてえわ」
八戒がずるずるっとカップ麺を啜りながら言う。ちょっと目を離した隙にこいつは物を食う。一体いつの間に準備したんだそれ。
「オメーなんかにはしてやらねえよ」
おれは勝手知ったる他人の台所の戸棚を開けてカップ麺を選ぶ。たくさんあって選び放題だ。
「konzenは近くに住んでるということか。拙者、わかめうどんを所望する」
悟浄が腕組みをしながら勝手に要求してくる。
「じゃあ、オメーがお湯沸かせ。てか、konzenの住所を特定なんてするわけねーだろ。ファンとしての自覚が足りねえぞ」
悟浄はフンと鼻で笑う。ネットストーキングの神である悟浄がやろうと思えば日本中どこに住んでいても住所くらいすぐに特定できるのだ。やらないだけで。
「それにしても、なんでそんなに三角パックのコーヒー牛乳が飲みたかったんだろうなあ」
それはおれも気になったところだ。
三時間もkonzenを待たせるのが気の毒で「インスタントで良ければ、コーヒー牛乳作ってきましょうか」と言ったほどである。(これはただの客に対する態度としては明らかにやりすぎであるため、八戒や悟浄には黙っておく)その時もkonzenは礼を言いながらも笑って首を振ったのだ。
「待ってる間おれも聞いたんだけど教えてくれなかった。」
「素敵な初恋の思い出とかあんのかな」
何でも恋愛に絡めようとするのは八戒の欠点だ。
「やめろやめろっ。konzenを汚すなっ」
おれは耳を塞ぐ。
「俺は見たことないけど、konzenってすげえイケメンなんだろう?つきあってる相手がいないわけがない」
「トーク内容から察するに、本職の坊主というわけでもないようであるしな」
耳を塞いだまま会話に加わらないおれを見て、八戒が蔑みの眼差しを送ってくる。
「あああ、やだやだガチ恋勢は」
耳塞いでも悪口は聞えてんだぞ、おい。
「違うっ。おれはガチ恋なんかじゃねぇっ。つきあいたいとかそんなこと思ってねーしっ」
「しかし、自分以外のファンがkonzenと恋愛するのも許せない気持ちがあるのだろう?」
悟浄に穏やかな声でぐさぐさと痛いところを突かれる。おれは腕を組んで頷く。
「konzenはさ、この地上のやつらが釣り合うような相手じゃねえし。あの存在自体が奇跡だからな」
「そういう輩のことを、自分の理想を押しつけるガチ恋勢と呼ぶのでござる」
悟浄は言っておれに向かって「ご愁傷様」と合掌する。おれが浮かばれねえじゃねえか。
八戒は二個目のカップ麺の蓋を開けながら言った。
「あんなに良い声のイケメン、抱きてえなあ。『まんぷくぷく』って俺の名前読んでくれる時の発音が超かわいいし。俺もkonzenに会いたいなあ。兄貴のバイト先に入り浸ろうかな」
「豚は出禁だ。オメーはほんとに札束でぶん殴るみてえな応援の仕方しやがって。いっつもランキング一位じゃねえか」
「だって俺、兄貴みたいなフリーターじゃなくてちゃんと朝から晩までみっちり社会人として働いてるもん。たくさん金払ってるんだしkonzenにちょっとくらいなら会えてもいいと思うんだけどなあ」
ガタッと悟浄が急に立ち上がって、八戒の両肩を抑えた。
「八戒、スパチャに見返りを求めるのはまかりならぬ。投げ銭は大いなる心で投げた応援の気持ちだ。それが見返りを求めた途端、薄汚れた下心にまみれた金子となる。清らかなkonzenがそのようなものを望むと思うか」
真剣な表情の悟浄に八戒も思わず気圧される。たしかに下心まったくなくkonzenを一番慕っているのは悟浄であるかもしれない。
「お、……おう、そうか、そうだな」
「悟浄の言う通りだ。konzenが別に投げ銭してくれって頼んでるわけじゃねえし、おれ達が勝手にやってることだもんな」
したり顔でおれが頷くと八戒に睨まれる。
「そんなこと言ってる兄貴だって一昨日の配信で5、6位には入ってたし、konzenに名前読んでもらえたら嬉しい口だろう?」
「そっ、そんなんっ、推しなんだからあんな綺麗な声で名前読んでもらえたら嬉しいに決まってんだろっ、お礼言われたらもっと応援してやるって課金しちまうのは当然じゃないかっ」
「それに悟浄と組んで闇討ちみたいなこともやってんだろ?」
konzenは頼りなげな語り口に隙があると映るのかストーカーを引き寄せやすい体質らしく、あからさまに粘着質なファンも多数いる。(その一人がおれであることは認める)
しかし、konzenの家を探したり、毎日長文のDMを送りつけたり、ストーカーまがいのことをするとなぜか「消される」とkonzen沼では怪談めいた噂になっている。
悟浄がネットハッキングによって相手を特定し、おれがそいつらを陰ながら「始末」しているのだが、まあkonzenには秘密だ。
「だって、あいつ放っておくと変な勘違いされた奴に刺されて殺されちまうかもしれねーだろっ。悪い芽は早めに摘んじまった方がいい」
「悟空はたしかにガチ恋だが、規範意識はきちんと持っていると判断しているので協力している。」
「ふぅん。二人が逮捕されてもおれは無関係だからね。まともな社会人巻き込まないでね」
その辺はドライに割り切る八戒はスマホを手に取った。konzenがツイートしたらしい。
「明後日の夜、定例配信とは別に般若心経の解説ライブだって」
「善きかな善きかな、拙者、『空の思想』について教えを受けたいと思っていたところでござる」
「解説ライブかぁ。言ってることよくわかんねえし、声が良いからなんだかおれ眠くなっちまうんだよなあ。読経ライブの方が……」
「悟空はまた罰当たりなことを。konzenの経の解釈は斬新かつ真摯で素晴らしいのだぞ」
悟浄にとってはkonzenの読経を聞いて心の曇りが晴れたというが、本当にそんなことあるのかとおれは疑わしく思っている。
たしかにkonzenの容姿は素晴らしいし、声も良いし、読経も素晴らしいが、読経を聞いたからといってそんなに効果があるのか。
おれはkonzenを信頼しているが、仏教にはあまり信頼をおいていない。おれにとって尊いのは釈迦如来でも大日如来でもなく、konzenだけだ。
ふぅとため息をついてから、伸びてしまったラーメンを啜る。
konzenにまた会いたい。会えるだろうか。
「違うっ、本当にkonzenが来たんだっつの」
「ちなみにそのkonzen(仮)はその後どうしたのだ」
次に口を開いたのは、アカウント名「 髑髏」こと川中悟浄である。悟浄はkonzenのおかげで引きこもりを脱したらしい。konzenのTシャツを着てコンビニに来た悟浄に声を掛けたのが縁で知り合った。喋り方が少々妙だが、人とうまく距離をとる術らしいので放っている。
土曜日の午後、おれらはいつもの如く小汚い八戒のアパートに集まっている。なぜって食い物が豊富にあるからだ。
「カッコカリって言うな。本物だっつーの。しばらく待って入荷したコーヒー牛乳を買って帰った。うちの店に三時間もいたからさ、寒いといけないしバックヤードにあったひざ掛けと使い捨てカイロを渡してやって、おれのスマホの充電器も貸してやってさ。本当は待たせずにお気に入りのコーヒー牛乳もすぐ出してやりたかったけど、在庫がねえのはおれにもどうしようもねえから」
「至れり尽くせりじゃん。俺も兄貴のコンビニ行きてえわ」
八戒がずるずるっとカップ麺を啜りながら言う。ちょっと目を離した隙にこいつは物を食う。一体いつの間に準備したんだそれ。
「オメーなんかにはしてやらねえよ」
おれは勝手知ったる他人の台所の戸棚を開けてカップ麺を選ぶ。たくさんあって選び放題だ。
「konzenは近くに住んでるということか。拙者、わかめうどんを所望する」
悟浄が腕組みをしながら勝手に要求してくる。
「じゃあ、オメーがお湯沸かせ。てか、konzenの住所を特定なんてするわけねーだろ。ファンとしての自覚が足りねえぞ」
悟浄はフンと鼻で笑う。ネットストーキングの神である悟浄がやろうと思えば日本中どこに住んでいても住所くらいすぐに特定できるのだ。やらないだけで。
「それにしても、なんでそんなに三角パックのコーヒー牛乳が飲みたかったんだろうなあ」
それはおれも気になったところだ。
三時間もkonzenを待たせるのが気の毒で「インスタントで良ければ、コーヒー牛乳作ってきましょうか」と言ったほどである。(これはただの客に対する態度としては明らかにやりすぎであるため、八戒や悟浄には黙っておく)その時もkonzenは礼を言いながらも笑って首を振ったのだ。
「待ってる間おれも聞いたんだけど教えてくれなかった。」
「素敵な初恋の思い出とかあんのかな」
何でも恋愛に絡めようとするのは八戒の欠点だ。
「やめろやめろっ。konzenを汚すなっ」
おれは耳を塞ぐ。
「俺は見たことないけど、konzenってすげえイケメンなんだろう?つきあってる相手がいないわけがない」
「トーク内容から察するに、本職の坊主というわけでもないようであるしな」
耳を塞いだまま会話に加わらないおれを見て、八戒が蔑みの眼差しを送ってくる。
「あああ、やだやだガチ恋勢は」
耳塞いでも悪口は聞えてんだぞ、おい。
「違うっ。おれはガチ恋なんかじゃねぇっ。つきあいたいとかそんなこと思ってねーしっ」
「しかし、自分以外のファンがkonzenと恋愛するのも許せない気持ちがあるのだろう?」
悟浄に穏やかな声でぐさぐさと痛いところを突かれる。おれは腕を組んで頷く。
「konzenはさ、この地上のやつらが釣り合うような相手じゃねえし。あの存在自体が奇跡だからな」
「そういう輩のことを、自分の理想を押しつけるガチ恋勢と呼ぶのでござる」
悟浄は言っておれに向かって「ご愁傷様」と合掌する。おれが浮かばれねえじゃねえか。
八戒は二個目のカップ麺の蓋を開けながら言った。
「あんなに良い声のイケメン、抱きてえなあ。『まんぷくぷく』って俺の名前読んでくれる時の発音が超かわいいし。俺もkonzenに会いたいなあ。兄貴のバイト先に入り浸ろうかな」
「豚は出禁だ。オメーはほんとに札束でぶん殴るみてえな応援の仕方しやがって。いっつもランキング一位じゃねえか」
「だって俺、兄貴みたいなフリーターじゃなくてちゃんと朝から晩までみっちり社会人として働いてるもん。たくさん金払ってるんだしkonzenにちょっとくらいなら会えてもいいと思うんだけどなあ」
ガタッと悟浄が急に立ち上がって、八戒の両肩を抑えた。
「八戒、スパチャに見返りを求めるのはまかりならぬ。投げ銭は大いなる心で投げた応援の気持ちだ。それが見返りを求めた途端、薄汚れた下心にまみれた金子となる。清らかなkonzenがそのようなものを望むと思うか」
真剣な表情の悟浄に八戒も思わず気圧される。たしかに下心まったくなくkonzenを一番慕っているのは悟浄であるかもしれない。
「お、……おう、そうか、そうだな」
「悟浄の言う通りだ。konzenが別に投げ銭してくれって頼んでるわけじゃねえし、おれ達が勝手にやってることだもんな」
したり顔でおれが頷くと八戒に睨まれる。
「そんなこと言ってる兄貴だって一昨日の配信で5、6位には入ってたし、konzenに名前読んでもらえたら嬉しい口だろう?」
「そっ、そんなんっ、推しなんだからあんな綺麗な声で名前読んでもらえたら嬉しいに決まってんだろっ、お礼言われたらもっと応援してやるって課金しちまうのは当然じゃないかっ」
「それに悟浄と組んで闇討ちみたいなこともやってんだろ?」
konzenは頼りなげな語り口に隙があると映るのかストーカーを引き寄せやすい体質らしく、あからさまに粘着質なファンも多数いる。(その一人がおれであることは認める)
しかし、konzenの家を探したり、毎日長文のDMを送りつけたり、ストーカーまがいのことをするとなぜか「消される」とkonzen沼では怪談めいた噂になっている。
悟浄がネットハッキングによって相手を特定し、おれがそいつらを陰ながら「始末」しているのだが、まあkonzenには秘密だ。
「だって、あいつ放っておくと変な勘違いされた奴に刺されて殺されちまうかもしれねーだろっ。悪い芽は早めに摘んじまった方がいい」
「悟空はたしかにガチ恋だが、規範意識はきちんと持っていると判断しているので協力している。」
「ふぅん。二人が逮捕されてもおれは無関係だからね。まともな社会人巻き込まないでね」
その辺はドライに割り切る八戒はスマホを手に取った。konzenがツイートしたらしい。
「明後日の夜、定例配信とは別に般若心経の解説ライブだって」
「善きかな善きかな、拙者、『空の思想』について教えを受けたいと思っていたところでござる」
「解説ライブかぁ。言ってることよくわかんねえし、声が良いからなんだかおれ眠くなっちまうんだよなあ。読経ライブの方が……」
「悟空はまた罰当たりなことを。konzenの経の解釈は斬新かつ真摯で素晴らしいのだぞ」
悟浄にとってはkonzenの読経を聞いて心の曇りが晴れたというが、本当にそんなことあるのかとおれは疑わしく思っている。
たしかにkonzenの容姿は素晴らしいし、声も良いし、読経も素晴らしいが、読経を聞いたからといってそんなに効果があるのか。
おれはkonzenを信頼しているが、仏教にはあまり信頼をおいていない。おれにとって尊いのは釈迦如来でも大日如来でもなく、konzenだけだ。
ふぅとため息をついてから、伸びてしまったラーメンを啜る。
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