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熱の在処   八戒×悟空 過去編

第四章 ①

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 おれと八戒が行動を共にすることに苛立ちを募らせていた花山は、「猿田には恨みはないから危害は加えない。猪原にヤキ入れられればそれでいい。待ち伏せしているからそこまで連れてこい」と甘い言葉をかけてきたトラ夫に唆され、今回のことを計画したらしかった。



 比較的軽傷だったシカ男たちが指揮をして、負傷者をかつぎながら輩どもは立ち去った。夏の夜の生ぬるい空気と名前も知らない虫の音が気怠さを助長する。元々穴場だという話だったし、花火の見物客ももう帰ったのだろう。辺り一帯はほとんど人影もない。おれらは河原の大きな石にそれぞれ腰かけている。 

「大将を裏切ってしまうことになって……本当に、ごめん……なさい。ただ、八戒が……羨ましくて」

 花山は石だらけの地面に膝をつき、ぼろぼろと涙を零しながら言った。驚くほど大量の涙が出てくる。

 おれにはそこまで執着される意味がわからず、怒りよりも戸惑いの方が大きいまま耳を掻いた。

「羨ましがる意味がわからねえけど」

「だって……大将はいつも一緒にいるじゃないですか。僕の方が先に大将と知り合って、大将って呼び方もおれが考えたのに。他の人もそう呼ぶようになっちゃったし。それなのに八戒は兄貴って特別な呼び名を使ってるし」

 甲高い声で珍しく反論してくる花山に、なぜか押され気味になる。別に「兄貴」と呼んだからって何も変わらねえだろうが。

「お前だって兄貴でもどうとでも呼べばいいだろ」

「嫌ですよ、八戒と同じ呼び方だなんて」

「じゃあ勝手にしろ」

「大将……」

 そのまま喧嘩別れしそうなおれ達を見て、まあまあ、と双方の肩を叩いたのは、元凶の八戒だった。 

「こういう痴話げんかは俺に任せときなって。兄貴ぃ、花山はさ、俺に嫉妬してんだよ。そこのところをまずわかってやんなきゃ」

「はぁ?」

 本気で納得できずにおれは眉をしかめたが、花山は急に顔を俯かせたのが視界に入った。その耳が赤くなっているのは気のせいだろうか。 

「花山もさ、そろそろ認めちゃいなよ。兄貴のこと、好きなんだろ?」

「……っ、別に……好きとかじゃ」

 花山の消え入りそうな声に、おれは急に背中から汗が噴きでてくるのを感じる。なんだこのぞわっとした感じは。

「認めちゃったら楽になるよ~。そもそも兄貴は言わないとわかんない系の人だからさ。花山が黙ってたら一生気持ちなんて伝わらないよ。抱かれたいんでしょ?花山が可愛いワンコみたいにお願いしてみたら、たぶん兄貴断れないと思うよ、意外と義理堅いところあるから」

「……だ、だから……そんなんじゃないっ」

 頑なに視線を逸らす花山に、八戒は肩をすくめた。

「あれ?まだ自覚してない段階かあ。ちょっと面倒だな、これは」

 恋を自覚したと同時にフラれるの辛いよねぇ、と八戒は小声で呟いた。おれは、八戒の腹を肘で突いて言う。こいつはわざと変な方向に話題を持っていくんじゃねえのか。

「からかうのもいい加減にしてやれ。花山は女が好きなんだろ?前に巨乳好きだのなんだの言ってたじゃないか」

「ああ、ね。あんなにあからさまだったのに、兄貴わからなかったの?巨乳で綺麗なお姉さんなんて、チビで薄汚れた兄貴と正反対じゃん。兄貴への気持ちを封印しようとしてるのが丸わかりなんだよ。それでいて『綺麗なお姉さん』にリードされたいだなんてさ、つまりは抱くより抱かれたいんだ。要するに自覚してないだけで本当は兄貴に抱かれたいんだよ、花山は。ずっと素振りしてたのに、兄貴気付いてないんだもんなあ」

 本当に罪作りだねえ、と八戒が肩に腕を載せてくるのを、おれは振り払う。

「そんなわけねえだろ……」

 どこまで妄想力が豊かでいやがるんだ、こいつは、と心底あきれ果てる。と、取り巻き三人が花山の頭を押さえつけ、土下座を強いていた。

「謝れ」
「八戒にも、大将にも」
「大将は大怪我してるんだぞ」

 空気の読めない奴らだ、と思いつつ、おれは「まだ話の途中だ」と取り巻きを散らせる。ひらひらと振った手が花山の頬に軽く当たり、「あっ」と花山は手のひらで頬を抑えた。痛がるほどの強さではなかったはずだが、と思って覗き込むと、花山は上目遣いにこっちを見た。

「あの……、大将。お詫びになるかわかんないですけど、そのお腹の傷、僕に手当てさせてください」

「あ……っと……」

 おれは言葉を探す。至近距離で見た花山の瞳に星空が写りこんで煌めいている。さっきみたいに背中がぞくぞくしてくる。こんな衝動、今まで知らない。目が離せなくなるその前に、八戒が間を遮った。

「はい、終了。今兄貴のすることは花山をどう処分するかの決断。怪我してんだから、早く決めちゃいな」

「別に……もう終わったことだしどうでもいい」

「よし、はい、決まり。じゃあお咎めなしでもう解散っ。お前たちと花山はおうちに帰りな。今日の第一功労者は俺だから、俺が兄貴を送っていくね」

 八戒が先に歩き出す。後に続こうとしたおれの汗まみれのシャツの裾を花山がつまんだ。おれは振り向くが、うつむいたままの花山の額しか見えない。

「……うちに来てください」

 顔を見せないくせに花山はおれのシャツを離そうとしない。

「いかねえよ。お前の親にどう説明すんだ」

 こんな腹の傷でよ、と、おれは付け足す。とりあえず出血は止まったようだが、シャツの前部分はずっちりと血まみれになっている。 

「……えっと……そうですよね……」 

「手、放せよ」

 おれが静かに促すと、花山は何度かためらった後、口を開いた。まるで別れの挨拶のように。

「……こんなことになるとは思わなかったんです。本当にごめんなさい。あの……僕……両親がいない大将にずっと憧れてて……大将みたいに、強くて自由な人になりたいって、思ってました……」

 そして花山は指を離した。 

「そんなこと言うもんじゃねえよ」 

「手当て、ちゃんとしてもらってくださいね」

「……」

 その場を動こうとしない花山を置いて、おれは歩き出す。背後から八戒がついてくる気配がする。

「おれにだって……親くらい、いることはいるんだ」

 ぼそっと呟いた声は、もう花山には聞こえないだろう。
 

 
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