30 / 46
熱の在処 八戒×悟空 過去編
第二章 ④
しおりを挟む
花山はトラ夫たちにからまれたあとすぐにその場を離れ、交番へ走ったらしい。
花山に急かされながら駆けてきた青い制服を着た初老の警官は、息があがっている。両ひざに手をおいてふうふう息をつきながら言った。
「喧嘩は……はぁはぁ……しちゃいかんよ」
「向こうが勝手に絡んできたんです」
「うちの大将はまだ一発も殴ってないですよ」
花山が弁明し、取り巻きABCも口を揃える。八戒は逃げたまま戻らない。
「大将だって?」
警官がおれの顔を見てから、相貌を崩した。
「なんだ、猿田じゃないか、またお前か」
「大将、知り合いですか?」
「別に……」
「知り合いじゃなくて、マブダチだよな?なあ、猿田」
「キモ……」
警官という人種は補導だなんだで顔見知りになると、すぐに慣れ慣れしい態度に出てくるところがむかつく。こいつは托塔といって、何度か話したことがある程度の警官だ。
「猿田、寮母さんも心配してたぞ。そろそろ夕飯の時間だろ?早く帰ってたくさん食べろ。たくさん食っとかないといつまでもチビのまんまだぞ」
そのままべたべたと肩を触ってくる托塔の手を払いのける。
「ほっとけよ」
「おいおい、帰らないんならさっきの喧嘩、立件しちまうぞ。お前ら全員、署に連れて行って事情聴取だ。面倒で時間がかかる上に、寮の先生たちに迎えに来てもらわにゃあ帰れんぞ」
絶対に負けるしかない取引をもちかけてくる大人は汚い。背後の花山がくい、と腕を引いてくる。
オメーの言いたいことはわかってる。
「……」
何を言う気もおこらず、とぼとぼと回れ右をしておれは歩き出す。帰る他ない。
「寄り道せずに帰れよ~」
托塔は、「八戒というのが奴らを煽って……」と説明している取り巻きたちに囲まれながら、声をかけてくる。
本当にうぜー。
花山はおれの後ろから蠅のようについてくる。
「大将、帰るんですか」
「……腹減ったし」
「ファミレスでも行きます?」
「金がねえよ」
「僕、出します」
「余計なお世話だ。つーか、お前が警察なんか連れてくるから面倒なことになったんじゃねえか」
「……すいません。でも今回は未遂ですんだけど喧嘩になったらまた大変じゃないですか。それこそまた警察に捕まっちゃいますよ」
「おれが捕まろうがオメーに関係ねえだろ。もう帰んだからついてくんな」
「大将……」
置いていかれる犬みたいな花山の目はあえて見なかった。おれの口調がきつかったからか、花山はもうついてこなかった。
クソが。イライラする。腹も減った。
「やあ、兄貴」
自販機の陰から怪しげな男が陽気に現れた。待ち伏せしていたらしい。八戒だ。喧嘩から一人だけ逃げ出したことなどなかったかのように、当たり前に八戒はおれの隣を歩く。
「どこ行ってたんだ」
「あいつらの狙いは俺だったじゃん?だからほとぼりが冷めるまで、俺がいない方が兄貴にも負担かけないかなって思ってさ」
ぬけぬけと八戒は言う。罪悪感や後ろめたさという感情はもちあわせていないらしい。
「ほら、肉まん」
コンビニの袋から肉まんを出して、おれに渡してきた。生温かい。八戒の持つ袋にははちきれそうなほどまだたくさん食べ物が入っている。
「……何かの罠か?」
食欲と性欲が異常に強いこの男から食べ物をもらえば、あとでどんな請求をされるかわからない。
「嫌だなあ、兄貴。違うよ。腹が減っては戦はできぬって言うだろ?」
「今日はもう喧嘩しねえよ」
「あいつらまた俺を見たら喧嘩ふっかけてくるだろ?だから兄貴に助けてもらえるように恩を売っとこうと思ってさ」
自分は逃げていたくせに、肉まん一つで恩を売る気になっているあたりが適当すぎる。
「ふーん」
どうせ奴らと再び会えば喧嘩になることはわかりきっている。おれは肉まんにかぶりついた。夏に食べる肉まんは口の中がもさもさする気がする。
「食べてくれたね?俺を守ってくれるってことでいいよね?」
八戒が太い腕を巻きつけて、おれと腕を組んでくる。
「やめろっ」
おれは腕を振りほどく。暑苦しい。
「なんだよ、つれないなあ。でも、俺は本当は兄貴が優しい人だって知ってるもんね。水もあるよ。飲む?」
「……ああ」
「ほら、おれって役に立つでしょ?さすが猿田悟空の弟分じゃないか。なあ、兄貴?」
「ちょっと黙ってろ」
八戒と肩を並べて、歩く。アーケードを抜けると鮮やかな夕日を邪魔するようにどんよりとした雲が立ち込めていた。空気もどことなくべたついて湿気ている。
降るかもな、とおれは思って歩く速度を上げる。八戒がどたどたとついてくる。
この時のおれは、おれらを背後から見つめている冷たい視線に気が付かなかった。
花山に急かされながら駆けてきた青い制服を着た初老の警官は、息があがっている。両ひざに手をおいてふうふう息をつきながら言った。
「喧嘩は……はぁはぁ……しちゃいかんよ」
「向こうが勝手に絡んできたんです」
「うちの大将はまだ一発も殴ってないですよ」
花山が弁明し、取り巻きABCも口を揃える。八戒は逃げたまま戻らない。
「大将だって?」
警官がおれの顔を見てから、相貌を崩した。
「なんだ、猿田じゃないか、またお前か」
「大将、知り合いですか?」
「別に……」
「知り合いじゃなくて、マブダチだよな?なあ、猿田」
「キモ……」
警官という人種は補導だなんだで顔見知りになると、すぐに慣れ慣れしい態度に出てくるところがむかつく。こいつは托塔といって、何度か話したことがある程度の警官だ。
「猿田、寮母さんも心配してたぞ。そろそろ夕飯の時間だろ?早く帰ってたくさん食べろ。たくさん食っとかないといつまでもチビのまんまだぞ」
そのままべたべたと肩を触ってくる托塔の手を払いのける。
「ほっとけよ」
「おいおい、帰らないんならさっきの喧嘩、立件しちまうぞ。お前ら全員、署に連れて行って事情聴取だ。面倒で時間がかかる上に、寮の先生たちに迎えに来てもらわにゃあ帰れんぞ」
絶対に負けるしかない取引をもちかけてくる大人は汚い。背後の花山がくい、と腕を引いてくる。
オメーの言いたいことはわかってる。
「……」
何を言う気もおこらず、とぼとぼと回れ右をしておれは歩き出す。帰る他ない。
「寄り道せずに帰れよ~」
托塔は、「八戒というのが奴らを煽って……」と説明している取り巻きたちに囲まれながら、声をかけてくる。
本当にうぜー。
花山はおれの後ろから蠅のようについてくる。
「大将、帰るんですか」
「……腹減ったし」
「ファミレスでも行きます?」
「金がねえよ」
「僕、出します」
「余計なお世話だ。つーか、お前が警察なんか連れてくるから面倒なことになったんじゃねえか」
「……すいません。でも今回は未遂ですんだけど喧嘩になったらまた大変じゃないですか。それこそまた警察に捕まっちゃいますよ」
「おれが捕まろうがオメーに関係ねえだろ。もう帰んだからついてくんな」
「大将……」
置いていかれる犬みたいな花山の目はあえて見なかった。おれの口調がきつかったからか、花山はもうついてこなかった。
クソが。イライラする。腹も減った。
「やあ、兄貴」
自販機の陰から怪しげな男が陽気に現れた。待ち伏せしていたらしい。八戒だ。喧嘩から一人だけ逃げ出したことなどなかったかのように、当たり前に八戒はおれの隣を歩く。
「どこ行ってたんだ」
「あいつらの狙いは俺だったじゃん?だからほとぼりが冷めるまで、俺がいない方が兄貴にも負担かけないかなって思ってさ」
ぬけぬけと八戒は言う。罪悪感や後ろめたさという感情はもちあわせていないらしい。
「ほら、肉まん」
コンビニの袋から肉まんを出して、おれに渡してきた。生温かい。八戒の持つ袋にははちきれそうなほどまだたくさん食べ物が入っている。
「……何かの罠か?」
食欲と性欲が異常に強いこの男から食べ物をもらえば、あとでどんな請求をされるかわからない。
「嫌だなあ、兄貴。違うよ。腹が減っては戦はできぬって言うだろ?」
「今日はもう喧嘩しねえよ」
「あいつらまた俺を見たら喧嘩ふっかけてくるだろ?だから兄貴に助けてもらえるように恩を売っとこうと思ってさ」
自分は逃げていたくせに、肉まん一つで恩を売る気になっているあたりが適当すぎる。
「ふーん」
どうせ奴らと再び会えば喧嘩になることはわかりきっている。おれは肉まんにかぶりついた。夏に食べる肉まんは口の中がもさもさする気がする。
「食べてくれたね?俺を守ってくれるってことでいいよね?」
八戒が太い腕を巻きつけて、おれと腕を組んでくる。
「やめろっ」
おれは腕を振りほどく。暑苦しい。
「なんだよ、つれないなあ。でも、俺は本当は兄貴が優しい人だって知ってるもんね。水もあるよ。飲む?」
「……ああ」
「ほら、おれって役に立つでしょ?さすが猿田悟空の弟分じゃないか。なあ、兄貴?」
「ちょっと黙ってろ」
八戒と肩を並べて、歩く。アーケードを抜けると鮮やかな夕日を邪魔するようにどんよりとした雲が立ち込めていた。空気もどことなくべたついて湿気ている。
降るかもな、とおれは思って歩く速度を上げる。八戒がどたどたとついてくる。
この時のおれは、おれらを背後から見つめている冷たい視線に気が付かなかった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
昭和から平成の性的イジメ
ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。
内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。
実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。
全2話
チーマーとは
茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。
僕の部屋においでよ
梅丘 かなた
BL
僕は、竜太に片思いをしていた。
ある日、竜太を僕の部屋に招くことになったが……。
※R15の作品です。ご注意ください。
※「pixiv」「カクヨム」にも掲載しています。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる