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熱の在処   八戒×悟空 過去編

第一章 ①

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 高校入学早々に目を付けてきた先輩をぶっ飛ばして前歯を折ってやったのを皮切りに、おれは学内でも学外でも誰かと目が合えば殴ることを続けていた。どこに行ってもおれの半径数メートルにはぽっかりとした空間ができる。誰も近寄って来ない。別にそれでいい。

 ただ一人、同学年の花山という小柄な男は例外だ。おれのことを「大将」と呼んで、なぜかいつもおれの後ろをついてくる。

 朝、何も言わずに施設を出てからその辺で時間を潰して登校しないことも増えた。園長は何度も校長室に呼び出されており、こんなことが続けばさすがに施設を追い出されるかもしれない。

 が、今のところそんな気配はなく、園長は饅頭のような顔を曇らせながら俺の手をさすり
「この手は人を殴るよりももっと有益なことに使いなさい。君はその気になれば何でもできるんだから」と、ぽつぽつと諭されるだけだ。

 何を言っているのか。まるで本気とも思えない。しかし、前任の園長と比較すれば、奴はもっと口うるさかったし、無駄でしかない長時間の説教がなくなった分、マシだと思う他ない。

 朝から寮母と喧嘩して弁当を忘れた昼休み、そのままフケようかと思ったが、金もねえし、行くあてもねえ。いつのまについてきたのか、花山が後ろから
「大将、食べる物ないんスか?僕、購買でパンでも買ってきましょうか?」と声を掛けてくるが無視する。人から哀れまれるのは嫌な性分だ。

 おれはすきっ腹を抱えて屋上に出た。昼食を広げて円座していた生徒たちは全員、おれの姿を見るなり、そそくさと屋上を後にした。

 おれはあたりを見回す。日差しはまだ熱くないが、寝るのなら日陰が良い。塔屋の陰を選んで埃っぽいコンクリの床にどっかりと横になった。

「大将、制服汚れちゃいますよ、僕の制服を敷いてから寝てくださいよ。膝枕でもしましょうか?」

「……静かに寝かせろ」

「わかりました、大将」

 おれが眠ろうとするタイミングでも図っていたのだろうか。どかどかという騒音でしかない足音が聞こえてまもなく、屋上のドアが開いた。数人の野郎が上ずった声で下らねえ話をしている。

「腹減った!」

「お前、ラーメンの汁こぼしてんじゃねえよ」

「階段で揺れちまうからしかたねえだろ」

 蹴散らすのは簡単だが相手にする価値もねえ、と思って、おれはそのまま目を瞑る。しかし、期待を裏切っては悪いとばかりに地響きが近付いてきた。

「ここは俺達が使うからどいてくんねえかな?」

 わずかな砂利を軋むように踏みつけながら太い足が言う。

「大将……」

 花山は身体を起こしたおれの背後に隠れる。おれは身体をゆっくりと伸ばし、あくびをする。たっぷりと時間をとったあと、睨みつける。

 中央にいる男は縦にも横にもデカい。自信満々に鼻の穴を膨らませながらこちらを見てせせら笑っている。

「チビのくせにいっちょ前に睨んでやがる。小学生はおうちに帰った方がいいんじゃないか?ママが恋しいだろ?」

「図体ばかりデカくなって、頭の成長はしてないらしいな。喧嘩の強さはタッパで決まるわけじゃねえんだぞ」

 おれは挑発するように言う。デカ男はうひゃひゃと品のない笑い声をあげた。

「言うねえ、おチビちゃん。良い子だから、俺たちの屋上から出て行きなって。痛い目みる前にさ」

「ぁあん?ここがお前たちの陣地なら名前くらい書いておけよ」

 おれが鋭い言葉を投げつけた瞬間、取り巻きの一人が「生意気な口ききやがって」と殴りかかってきた。おれは肩をすくめて拳を避けてから、向こうずねを蹴り飛ばす。取り巻きは簡単に倒れた。

「うわ、結構強いな……」

 デカ男の取り巻きたちは数歩後ろに下がった。その隙を見逃さず、花山がおれにペンを手渡してきた。

「ほら、大将。使ってください」

 気の利く奴だ。金魚のフンのようにうっとおしいこいつを追い払わないのは、こういうところが気に入っているからだ。

 おれは太い方のキャップを開け、塔屋の壁にでかでかと
「猿田悟空ここに参上」
 と黒々と書きつけた。

「な?名前も書いたし、これでこの屋上はおれのもんだ」

 書きあがったおれが振り返ると、
「どんな理屈だ。訳わかんねーこと言ってんじゃねえぞ」と取り巻きが一斉にとびかかってきた。

 しかし、中央のデカ男は急に戦意を失ったようで「やめだやめだ」と手のひらを返した。取り巻きたちも中腰のまま事態を見守っている。

 どこか人を食ったような瞳のデカ男は、握っていた拳を開いて、湿気混じりの六月の空気をかき回すようにひらひらと振った。

「猿田悟空だと?暴れん坊で何度も少年鑑別所かんべに行ってるって評判じゃねえか。俺が敵うわけねえよ、喧嘩なんかやめだ。無駄なことはやらねえんだよ、俺は」

 拍子抜けしたのはおれの方だ。まさかおれの名前を聞いただけで喧嘩を諦める奴がいるとは思わなかった。

「すぐ諦めるくらいならなんで喧嘩をふっかけてきやがった。今更怖気づいても無駄だ。さあ、殴ってこいよ、千倍、万倍にして返してやるから」

「俺は別に喧嘩がしたいわけじゃねえんだよ。ちょっとワルぶってる方が女にモテるからってそんだけの話だ」

「とんだ色ボケ野郎だな」

「童貞猿には言われたかないね」

「なんだって?」

 デカ男のへらず口に思わず拳を振り上げると、
「へへ、冗談だってば。な、俺は猪原八戒ってんだ。俺の兄貴分になってくれよ。な?悟空兄貴、仲良くしようぜ」

 と八戒は肩を組んで、へらへらと笑った。

 八戒からはしまりのない顔には似合わない爽やかな香水の香りがする。おれは怒るのも面倒になって、ため息を一つついてやり過ごすことにする。おれと八戒の間に割り込むように花山がひょこっと顔を出した。

「ちょっと、大将。僕のことも忘れちゃいやですよ。大将の一番弟子はこの花山ですからね」

 八戒は花山の頭をぽんぽんと叩く。

「花山~。忠犬みたいでかわいいじゃん。俺は弟子じゃなくて、弟分だから安心しなよ」

「弟子も弟分も同じようなもんじゃないですか」

「違うよ、なぁ兄貴」

 おれは再び横になる。最初から昼寝をするつもりで屋上に来ただけだったのに。

「知らん。面倒だから寝る」

「兄貴、腹減ってんだろ?俺の昼飯はわけてやらねえけど、俺の仲間はわけてくれるってさ、な?一緒に昼飯食べようぜ」

 八戒の取り巻きが頷いて、次々に湯気の立つカップ麺や菓子パンを差し出してくる。

「お前……、調子の良い野郎だな」

 おれが言うと、八戒は得意げに鼻を鳴らした。

「おれは長いものには巻かれる主義なんだよ。よろしくな、なぁ兄貴」

 お調子者ここに極まりというような八戒の挨拶に合わせて、どこかで気の早い蝉が鳴くのが聞こえた。

 
 
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