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極上マニキュア話(悟空と八戒編)

よれたマニキュア

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「兄貴、マニキュアよれてんじゃん」

 八戒が声をかけてきたのはジムのロッカールームだった。汗で濡れた髪を拭っていたおれは、爪を隠すようにしてタオルを握りしめつつ睨みつけた。

「見てんじゃねえよ」

「いつも綺麗にしてるのに珍しいね。塗りなおしたら?」

「いいんだよ、これで」

 それ以上会話を打ちきろうと、おれは速攻で着替えを終える。バックパックに荷物をしまい、「じゃあな」と背を向けようとすると、八戒がスマホを見ながら歓声を上げた。

「兄貴、今日は久しぶりにジャニ西で夕飯食べよって玄奘からメッセ来てる。もう店も予約済みだって」

 八戒はうきうきと時計を確認しながら、この時間からなら店に直行した方が良さそうだなあ、と呟いている。

「マジか……」

 スマホを確認すると八戒の話通りのグループメッセージがおれにも来ていた。それとは別に個人メッセージの方には『悟空、今夜は二人きりじゃないけど、いいよね?悟浄とお茶してたらそんな流れになったんだ』と、最近玄奘が気に入っているニコニコ顔のキノコのスタンプ付きで送られてきている。

 四人での食事か。あまり乗り気ではないが、玄奘が望むなら別に構わない。

 おれは『了解です』と返信した。かと思うと、スマホをさっと取り上げられた。

「えー、兄貴。恋人同士のやりとりなのに、色気がなさすぎるよお。ほら、もっとさ。こんな風にさ」

 八戒は流れるような手つきでおれのスマホを操作してからおれに返した。

 急いで確認すると、『仕方ねえなあ。食事は四人だけど、帰ったら二人で……わかってるだろ?な?玄奘?』というメッセージと、おれのキス顔イラストのスタンプ(こんなん売ってたことすらおれは知らない)が送信されている。

「おっまえ、気持ちわりーの送ってんじゃねえよ!!」

 遠慮なく八戒の頭をはたいた後、送信取消をしようとするがその隙に既読マークがついてしまった。 

 つまりは……玄奘に見られた、ということだ。

『おれが送ったんじゃないです』

 急いでメッセージで訂正しようとするが、打ち終わる前に玄奘からメッセージが届く。

『うん、わかってる』というメッセージと頬を赤らめたキノコのスタンプだ。頬を赤らめながら、悟浄にメッセージを見られないように肩を縮こめてこそこそと打っている玄奘の姿が目に浮かぶ。

 かわいい。かわいすぎる。

 おれはスマホを握りしめる。

「兄貴のバカ力で壊さないようにしなよ~」

「壊すか、アホ」と八戒に憎まれ口を叩きながらも、(この豚もたまには役に立つ)と機嫌を直しているおれがいる。

 鈍重な豚はジャージのまま着替えようともせず、のんびりと備え付けの椅子に腰かけている。だいたい「金を払って運動なんてしたくないだろ」と言い放っていた八戒が、なぜジムなんかに来ているのか。

「ほら、俺達もそろそろ年だろう?少しくらいぽっちゃりなのはかわいいけどさ、あまり醜く腹が出てるとモテなくなるからな。それに知ってる、兄貴?ここのインストラクター、みんな美男美女ぞろいなんだぜ?仕事柄なのかなあ、インストラクターって人の身体にさわるの抵抗ない人が多いからイイよね」

「そんなのオメーの偏見だろ。おれは別にさわられたりしねえし」

「それは兄貴がいつも不愛想な顔してるから、向こうも話しかけづらいんだってば。ためしに、このマシンどうやって使うんですかぁ?とか声かけてみなよ。丁寧に教えてくれるんだから。そんで『ここの筋肉に効くんですよ』とか言って遠慮なくさわってくるんだよ。男女関係なくね。たぶん、あれは会員数を増やすための裏サービスと俺は踏んでるんだ。金持ってそうな奴にしかしないんだよ」

 そんなアホなジムがあってたまるか。

 おれは八戒の話を聞き流しながら、再びロッカーに荷物を入れる。

「あれ兄貴?帰るんじゃないの?」

「店に直行するからここのシャワー浴びてから行く。玄奘にくせえと思われたくないし」

「ふぅん、健気だねえ」

 上半身だけ脱いでタオルを持つ。振り返ると、八戒がすぐ後ろに立っていておもわずびくついた。

「っと、……なんだよ」

「兄貴の腹の傷、高校の時のだろ?まだあるんだね」

 思いがけず八戒の声は優しかった。そのまま八戒の指先がそっとおれの腹を撫でる。背筋がぞわついたのは、気持ち悪いからだと思いたい。

「や~めろって!」

 おれは大声を出し八戒の手を掴んで振り払った。と思った瞬間、指を握られた。八戒は目の前におれの指を持っていき、しげしげと眺めている。

「やっぱり爪よれてる。ね、なんで?」

「離せって」

「なんでか教えてくれたら離すって」

「……玄奘が塗ってくれたんだよ」

 恥ずかしくてなぜか八戒の顔を見ることができない。

「ふぅん……。不器用な恋人が一生懸命塗ってくれたマニキュアだから、よれててもこのままにしとくんだ。兄貴もかわいいとこあるじゃん」

「うっせーな、ほっとけよ!」

 おれはどしどし足音を立ててシャワールームに向かった。あの豚には本当に腹が立つ。
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