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紅害嗣のわくわくクッキング

紅’s kitchen with Gojoe

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 激しいロックのテーマ曲をバックにロックバンド「牛家族」のボーカルである紅害嗣がタイトルコールを叫び、動画が開始される。これは事務所シャカシャカがファンクラブ会員向けに作成している紅害嗣の料理番組である。 

「さあ、お前たち、Ko'skitchenに今日も来やがったな。俺様が腕をふるってやるから両目をかっぴろげて見ておけよ。今日のゲストはJourney to the West、通称ジャニ西のGojoeだ」

「よろしく頼むでござる」

 白い割烹着を着たGojoeこと悟浄は生真面目に頭を下げた。

 シックなネイビーのエプロンをつけた紅害嗣は腰に手をあててふんぞり返っている。

 この後スタジオでは
「なんでゲストがオメーなんだよ。どうせなら玄奘呼んでこいよ。二人で仲良く料理できたら仲も深まんだろうが。手際よく料理ができる俺の後ろ姿にときめく玄奘とかさ、玄奘が指切っちまったら俺が舐めてやって、ドキ……みたいな展開とかさ、ほら、あんだろ?オメーみたいな陰気な奴と何したって映えないしなあ」といた紅害嗣であったが、さすがに動画ではカットされている。

 彼は別に料理が得意というわけでもないのだが、「料理ができる男はモテる」と牛家族のマネージャーの納多に唆されて今までにも何度か同じ企画で料理をしている。一説には、玄奘は家事全般が苦手であると聞いたことも影響しているらしい。

「紅害嗣って派手に見えるけど健気なところもあるし、なんだか最近不憫なんだよねー」と動画を見ながら玉竜は言う。玄奘は既に同じグループの悟空と恋仲になってしまった今、紅害嗣の想いが報われることは今後もないだろう。

 今日は事務所シャカシャカの会議室で動画の確認鑑賞会である。ジャニ西のマネージャー磁路と、たまたま時間の空いていた事務所専属作曲家である玉竜が頬杖をつきながら見守っている。

「Gojoeの割烹着、似合うね。磁路さんが用意したの?」

 玉竜が尋ねると
「いや、あれは自前よ」と、磁路は答えた。

 磁路の言葉を裏付けるように、画面の中の悟浄は鮮やかな手つきで玉ねぎをみじん切りにしていく。

「お、お前……、しみないのか?」

 競泳用ゴーグルをつけて目を守っている紅害嗣が悟浄の後ろから顔を覗かせる。

「慣れだ」

「すげえな、お前」

「ありがとうでござる」

 悟浄は包丁の腹を両手で押し付け、にんにくをぶちり、と潰しながら言った。その力強さに紅害嗣の頬は引きつった。



 
 どうやらトマトの冷製パスタを作っているらしい。材料を次々に切り分けていく悟浄の後ろで、ゴーグルをつけたままの紅害嗣がしゃべり続ける。

「玉ねぎの半分はにんにくと炒めて、もう半分は生のままトマトとバジルと合わせることで、コクとフレッシュさの両方を味わえる俺様自慢のレシピだからな。生の玉ねぎは一旦水にさらしておくのを忘れるんじゃねえぞ」

「紅害嗣、お湯をわかしておけ」

 背後から響く悟浄の低音ボイスが紅害嗣の話を遮った。

「お、おう……」

 思わず頷いてしまった紅害嗣は鍋に水を入れながら、
「あれ、なんでゲストに指示されてんだ、俺」と気付いたようで、両手鍋を抱えたまま
「オメーは俺の言うこと聞く側だろ?」と叫んだ。

 が、
「重たい鍋を持ってうろつくな。事故の元である」と悟浄に冷たく返され、言い返すこともできないでいる。

 動画を見ながら磁路はため息をつく。

「ゲストはGojoeではなく、Chan-Butaにしておくべきだったかもしれんな。Gojoeも悪気があるわけではないのだが、いささか愛想というものが欠けておる故……」

 玉竜は顎をさすった。

「悟浄は冷静だからねえ。紅害嗣がいくら焚きつけても反応しないし、一番やりにくい相手なのかも」

 画面上では
「俺が炒めるからっ、手を出すんじゃねえぞっ」と、悟浄をけん制しながら紅害嗣がフライパンで玉ねぎを炒めている。

 一方の悟浄は鍋の縁にそって円形にパスタを滑らせ、優雅に麺を茹で始めている。

「悟浄、手慣れてる感あるよね。料理上手なの知らなかったな」

 玉竜の言葉に磁路は手を打った。

「今度、ジャニ西でも料理番組を企画してみるのはどうだろうか」

 玉竜は興味がなさそうに一蹴した。

「どうせ始まる前に八戒が材料全部食べちゃうでしょ」

「いや、そこまではさすがに……ないだろう、と思うけれども」

「どうだかねえ。でもどうせ働くのは悟空と悟浄だけで、玄奘と八戒は食べる専門になるだろうしね」

「見せ場に欠けるかのぅ……」

 磁路と玉竜はジャニ西の売り出す方向性を話し合うが、画面の中では料理作業が次々に遂行されていく。

 紅害嗣が炒め終わった玉ねぎを、刻んだトマトとバジルが入ったボウルの中に投入して混ぜる。その間に悟浄はパスタをザルに上げたあと、パスタに大量の氷を入れて冷やしている。

「よし、具材はできたぞ。それを混ぜろ」

 パスタを投入しようとする紅害嗣の手を悟浄が押しとどめる。そのままボウルを取り上げる。

「混ぜたものを冷やさねばならぬ」

「え……」

 悟浄がスタッフに手渡された別のボウルを持ってくる。

「ここで先程作って冷やしておいた具材がござる」

「なんでだよ!俺がせっかく作ったのに、これじゃだめなのかよ!」

「それだと冷えが甘い」

「パスタだって今冷やしたばかりだろ?」

「具材には氷を入れて冷ませぬ」

「うう~……、うるさいっ!俺はこれを混ぜるぞっ!俺の作った具材の方が美味いに決まってんだろ!」

 紅害嗣は自分の作った具材を麺に混ぜた。





 
 画面が切り替わり、テーブルに横並びした紅害嗣と悟浄がトマトパスタを食べている。もぐもぐと口を動かしながら、紅害嗣は形容しがたい表情をしている。

「……温いな」

「お主の中途半端に熱い具が、拙者の冷たいパスタと絡み、……微妙なハーモニーを奏でておるな……」

「中途半端って言うな」

「まあ、まずくはないな。家庭で食べるならこの程度で十分である」

「おい、少しは褒めろっ。美味いって言えよ」

「まあ、……美味い」

「微妙な間を開けるなっ」
 と言いながらも、悟浄のフォークは止まることはなく、あっという間にすべて平らげてしまった。そのまま番組終了である。

 画面を見ていた玉竜は、腕組みをしながら言った。

「シュール……だったね。なんなんだろうね、この下手な漫才師みたいな、かみ合わないやり取り……」

「相反する性格だからこそ、逆に相手の取扱い方法がわかる、という逆説的な関係なのだろうな」

「これ、紅害嗣のファンが見て、楽しいのかな」

「悟浄の反応がそっけなさすぎて、炎上する可能性すらあるやもしれん」

 玉竜と磁路は、むむむ……と互いに顔を見合せたのであった。
 


 
 
 
 

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