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極上 クリスマス編「欲しいものはきっと」
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しばらく各自で声を出してみたあと、チャンブタさんが再び提案した。
「じゃあぶっつけ本番だけど、やってみるか?みんな準備はいいな?」
それなりに真剣な表情で、四人は頷きあう。私にはパート交換がどれほどの難易度のものなのかよくわからないし、ジャニ西のファンでもないから彼らの困った顔や焦った顔を見てもそこまでの感情は湧かない。
大変そうな課題を振られてしまって気の毒だなあと、店長から無理難題を押し付けられたときの自分を見ているような同情を持って眺めている。
そして始まる。
決心を固めたような表情のチャンブタさんが大きく息を吸って低音を出す。陰気男性のように、地を震わせるほどの低音ではないが、それでも綺麗な声だ。その上に、目つきの悪い男性の主旋律が重なる。
〽︎ きよしこの夜 星は光り
短髪男性の声も素敵だったけど、この目つきの悪い男性もなかなかだ。少しハスキーな声が切なさを際立たせる。短髪男性と陰気男性は緊張の面持ちで待機している。
一番が終わった。二回目だ。ここで短髪男性と陰気男性のコーラスが重なって、やっと初めて四重声になる。素人耳だからか普通に上手く聞こえるけど、どうなんだろう。たしかにさっきの本来のパートで歌っていたときの方が耳心地では勝つけれど。
そして三回目。短髪男性がボイスパーカッションを始める。始めた途端、懸命に唇と舌を動かしているがすぐに苦しそうな表情に変わる。ボイスパーカッションってそんなに辛いのだろうか、私にはよくわからない。主旋律を歌う目つきの悪い男性は心配そうに短髪男性を窺っている。パソコン画面でも「Genjyo唇痛そう」「Genjyoの唇を守り隊」などとコメントが流れていく。
チャンブタさんは低音を出すのがしんどくなってきたようでいつのまにかコーラス部隊に加わっている。さりげない変わり身で気づかなかった。
ベース不在のままでメロディは続いていく。ベースがなくなっただけで少し歌が平坦になった気がする。普段の陰気男性のベースがいかに重要かということを感じる。
〽︎ 救いのみこは みははのむねに
目つきの悪い男性が、短髪男性の肩にとん、と手を置いたのを合図に、二人は元の自分のパートに戻った。事前に打ち合わせしたわけでもないだろうに、言葉もかけずに見事にパートの入れ替わりが行われて、私は思わず息を呑む。短髪男性のメインボーカルはやっぱり聴きやすい。彼の爽やかな最後の声が伸びていき、ボイスパーカッションを引き受けた目つきの悪い男性の神聖なスネアが寄り添う。
〽︎ 眠りたもう いとやすく
歌い終えた四人はほっとした表情である。短いながらも波瀾万丈のアカペラだった。ファン達のコメントは概ね好意的だ。「chan-Butaのしれっとベース放棄事件w」、「極上のパートが元に戻るところ、尊かった」、「何気に一番安定してたのGojoeのコーラスだね」などと流れていく。
一番最初に口を開いたのはチャンブタさんだった。
「Gojoe、お前しれっとコーラスのキー、下げて歌ってんじゃねえよ」
「chan-Butaだってベースというには高い音すぎておるし、途中でベースを見限ってコーラスに流れたのは赤っ恥というものだ」
「そもそも俺にベース歌わせようとするのが間違ってんだよ。なあ?やっぱり見栄えのする高音じゃないとさ」
「ベースという高尚なパートをchan-Butaごときに担えるはずもなかったのだ。やはり拙者が低音を担当せねば」
自分のパートへの愛着をさらに深めたらしいチャンブタさんと、陰気男性はそれぞれ腕組みをしながら頷いている。
一方、目つきの悪い男性は短髪男性の唇を心配そうにしげしげと観察したあと、磁路さんが差し出したアイスノンを短髪男性の口元に当てている。
「ほら、無理するからですよ。唇腫れてしまいますよ」
近くで見ている私には、せっかくの綺麗な顔が、と目つきの悪い男性の唇が声を出さずに動いたのがわかった。
「大丈夫だと思ったんだが」
「今日はもう歌わないでくださいね」
「……うん、わかった」
短髪男性は素直にうなずいたが、目つきの悪い男性はむすっとしている。やはり過保護……と私は思う。
時刻は0時を回り、盛り上がったインスタライブもいよいよ終了である。
ジャニ西の面々は終わりの挨拶を始める。
「皆さん、今日は来てくれてありがとうございました。私達も殉教者の皆さんとクリスマスをお祝いできてうれしかったです。パジャマ姿でリラックスした気分で配信できたのも新鮮な経験でした」
短髪男性がクッションを振りながら挨拶をする。うちの商品をわざわざ画角に入れてくれて非常にありがたい。
「また次回のインライもよろしくな」
「俺のパジャマの当選通知は今から一時間後にDMでお知らせしまあす」
「良きクリスマスをお過ごしくだされ」
ファンへのメッセージを口々に叫びながら、ジャニ西たちは手を振る。配信が終わったかと思ったその瞬間、チャンブタさんが窓の外に向けて大声を出した。
「俺にもプレゼントよろしくね~、サンタさん」
目つきの悪い男性が呆れたように言った。
「オメーのような悪い子にサンタは来ねえってよ」
「良い子のGenjyoは果たしてプレゼントもらえるのかな?ね?兄貴」
「もらえるに決まってんだろ」と言いながらも、目つきの悪い男性の目は泳いでいる。
「良かったね、Genjyo。きっと素敵で素晴らしいこの世で見たこともないプレゼントもらえるだろうってさ」
「余計なこと言うんじゃねえ!」
目つきの悪い男性はチャンブタさんの頭をはたいた。
なぜそこまであの男性が焦っているのか、私にはわからない。ばたばたとした雰囲気でそのまま配信は終了した。
カメラを切ってから
「おっまえ、余計なこと言うんじゃねえよ。しかもカメラが回ってる前で」
「兄貴達だってカメラ回ってんのにいちゃつきまくってたじゃねえかよ」
「おれ達は別に……。いつも通りじゃねえかよ」
「いつも通りがすでにいちゃついてんだよ、この処女厨めが」と目つきの悪い男性とチャンブタさんはまだ言い争いを続けていたのを目の端に見ながら、丁重にお礼と挨拶を済ませて私は配信会場を後にした。
磁路さんが私を会社の出口まで送ってくれた。後始末がいろいろあるだろうに、ちゃんと迎えのタクシーまで手配してくれている。こんなに手回しの良い素敵な人に恋人がいないわけないだろう。うん、きっとそうに決まってる。
外に出ると耳がきいんとなるほど寒かった。私はマフラーの中に顔をうずめたくなるが、それをすると磁路さんの顔がよく見えなくなるので必死で寒さに耐える。もう二度と会えないかもしれない、私の好みどんぴしゃな人。
磁路さんは星の見えない真っ黒い空を眺めた。コートも着ていないスーツ姿だが、彼はまったく寒がっていない。
「この寒さでは雪が降るかもしれんな、三田殿。気を付けて帰られよ」
「ありがとう……ございました……その……、あのもし良かったら……今度お食事でも……」
迷いながら口にした私の誘いは、磁路さんの食い気味の返事で遮られた。
「礼を言うのはこちらの方だ。素敵な配信セットを作って下さり、感謝しておる」
私の声が小さすぎて聞こえなかったのだろうか。後半の誘いについて磁路さんは何の回答もくれなかった。
タクシーに乗り込んだ私は、鼻をすすった。鼻水が出そうなのは寒いからだ。
他に理由はない。
磁路さんはふと気づいたような顔をして、頭の上のサンタ帽を私に被せてくれた。磁路さんの腕が近付いた瞬間、謎めいた素敵な香りがした。磁路さんの手はすぐに離れていった。
「メリークリスマス、良き聖夜をお過ごしくだされ」
「いえ、……あの、ありがとうございます」
私はうまく笑えていただろうか。タクシーの扉は愛想のない音を立てて閉まった。
「じゃあぶっつけ本番だけど、やってみるか?みんな準備はいいな?」
それなりに真剣な表情で、四人は頷きあう。私にはパート交換がどれほどの難易度のものなのかよくわからないし、ジャニ西のファンでもないから彼らの困った顔や焦った顔を見てもそこまでの感情は湧かない。
大変そうな課題を振られてしまって気の毒だなあと、店長から無理難題を押し付けられたときの自分を見ているような同情を持って眺めている。
そして始まる。
決心を固めたような表情のチャンブタさんが大きく息を吸って低音を出す。陰気男性のように、地を震わせるほどの低音ではないが、それでも綺麗な声だ。その上に、目つきの悪い男性の主旋律が重なる。
〽︎ きよしこの夜 星は光り
短髪男性の声も素敵だったけど、この目つきの悪い男性もなかなかだ。少しハスキーな声が切なさを際立たせる。短髪男性と陰気男性は緊張の面持ちで待機している。
一番が終わった。二回目だ。ここで短髪男性と陰気男性のコーラスが重なって、やっと初めて四重声になる。素人耳だからか普通に上手く聞こえるけど、どうなんだろう。たしかにさっきの本来のパートで歌っていたときの方が耳心地では勝つけれど。
そして三回目。短髪男性がボイスパーカッションを始める。始めた途端、懸命に唇と舌を動かしているがすぐに苦しそうな表情に変わる。ボイスパーカッションってそんなに辛いのだろうか、私にはよくわからない。主旋律を歌う目つきの悪い男性は心配そうに短髪男性を窺っている。パソコン画面でも「Genjyo唇痛そう」「Genjyoの唇を守り隊」などとコメントが流れていく。
チャンブタさんは低音を出すのがしんどくなってきたようでいつのまにかコーラス部隊に加わっている。さりげない変わり身で気づかなかった。
ベース不在のままでメロディは続いていく。ベースがなくなっただけで少し歌が平坦になった気がする。普段の陰気男性のベースがいかに重要かということを感じる。
〽︎ 救いのみこは みははのむねに
目つきの悪い男性が、短髪男性の肩にとん、と手を置いたのを合図に、二人は元の自分のパートに戻った。事前に打ち合わせしたわけでもないだろうに、言葉もかけずに見事にパートの入れ替わりが行われて、私は思わず息を呑む。短髪男性のメインボーカルはやっぱり聴きやすい。彼の爽やかな最後の声が伸びていき、ボイスパーカッションを引き受けた目つきの悪い男性の神聖なスネアが寄り添う。
〽︎ 眠りたもう いとやすく
歌い終えた四人はほっとした表情である。短いながらも波瀾万丈のアカペラだった。ファン達のコメントは概ね好意的だ。「chan-Butaのしれっとベース放棄事件w」、「極上のパートが元に戻るところ、尊かった」、「何気に一番安定してたのGojoeのコーラスだね」などと流れていく。
一番最初に口を開いたのはチャンブタさんだった。
「Gojoe、お前しれっとコーラスのキー、下げて歌ってんじゃねえよ」
「chan-Butaだってベースというには高い音すぎておるし、途中でベースを見限ってコーラスに流れたのは赤っ恥というものだ」
「そもそも俺にベース歌わせようとするのが間違ってんだよ。なあ?やっぱり見栄えのする高音じゃないとさ」
「ベースという高尚なパートをchan-Butaごときに担えるはずもなかったのだ。やはり拙者が低音を担当せねば」
自分のパートへの愛着をさらに深めたらしいチャンブタさんと、陰気男性はそれぞれ腕組みをしながら頷いている。
一方、目つきの悪い男性は短髪男性の唇を心配そうにしげしげと観察したあと、磁路さんが差し出したアイスノンを短髪男性の口元に当てている。
「ほら、無理するからですよ。唇腫れてしまいますよ」
近くで見ている私には、せっかくの綺麗な顔が、と目つきの悪い男性の唇が声を出さずに動いたのがわかった。
「大丈夫だと思ったんだが」
「今日はもう歌わないでくださいね」
「……うん、わかった」
短髪男性は素直にうなずいたが、目つきの悪い男性はむすっとしている。やはり過保護……と私は思う。
時刻は0時を回り、盛り上がったインスタライブもいよいよ終了である。
ジャニ西の面々は終わりの挨拶を始める。
「皆さん、今日は来てくれてありがとうございました。私達も殉教者の皆さんとクリスマスをお祝いできてうれしかったです。パジャマ姿でリラックスした気分で配信できたのも新鮮な経験でした」
短髪男性がクッションを振りながら挨拶をする。うちの商品をわざわざ画角に入れてくれて非常にありがたい。
「また次回のインライもよろしくな」
「俺のパジャマの当選通知は今から一時間後にDMでお知らせしまあす」
「良きクリスマスをお過ごしくだされ」
ファンへのメッセージを口々に叫びながら、ジャニ西たちは手を振る。配信が終わったかと思ったその瞬間、チャンブタさんが窓の外に向けて大声を出した。
「俺にもプレゼントよろしくね~、サンタさん」
目つきの悪い男性が呆れたように言った。
「オメーのような悪い子にサンタは来ねえってよ」
「良い子のGenjyoは果たしてプレゼントもらえるのかな?ね?兄貴」
「もらえるに決まってんだろ」と言いながらも、目つきの悪い男性の目は泳いでいる。
「良かったね、Genjyo。きっと素敵で素晴らしいこの世で見たこともないプレゼントもらえるだろうってさ」
「余計なこと言うんじゃねえ!」
目つきの悪い男性はチャンブタさんの頭をはたいた。
なぜそこまであの男性が焦っているのか、私にはわからない。ばたばたとした雰囲気でそのまま配信は終了した。
カメラを切ってから
「おっまえ、余計なこと言うんじゃねえよ。しかもカメラが回ってる前で」
「兄貴達だってカメラ回ってんのにいちゃつきまくってたじゃねえかよ」
「おれ達は別に……。いつも通りじゃねえかよ」
「いつも通りがすでにいちゃついてんだよ、この処女厨めが」と目つきの悪い男性とチャンブタさんはまだ言い争いを続けていたのを目の端に見ながら、丁重にお礼と挨拶を済ませて私は配信会場を後にした。
磁路さんが私を会社の出口まで送ってくれた。後始末がいろいろあるだろうに、ちゃんと迎えのタクシーまで手配してくれている。こんなに手回しの良い素敵な人に恋人がいないわけないだろう。うん、きっとそうに決まってる。
外に出ると耳がきいんとなるほど寒かった。私はマフラーの中に顔をうずめたくなるが、それをすると磁路さんの顔がよく見えなくなるので必死で寒さに耐える。もう二度と会えないかもしれない、私の好みどんぴしゃな人。
磁路さんは星の見えない真っ黒い空を眺めた。コートも着ていないスーツ姿だが、彼はまったく寒がっていない。
「この寒さでは雪が降るかもしれんな、三田殿。気を付けて帰られよ」
「ありがとう……ございました……その……、あのもし良かったら……今度お食事でも……」
迷いながら口にした私の誘いは、磁路さんの食い気味の返事で遮られた。
「礼を言うのはこちらの方だ。素敵な配信セットを作って下さり、感謝しておる」
私の声が小さすぎて聞こえなかったのだろうか。後半の誘いについて磁路さんは何の回答もくれなかった。
タクシーに乗り込んだ私は、鼻をすすった。鼻水が出そうなのは寒いからだ。
他に理由はない。
磁路さんはふと気づいたような顔をして、頭の上のサンタ帽を私に被せてくれた。磁路さんの腕が近付いた瞬間、謎めいた素敵な香りがした。磁路さんの手はすぐに離れていった。
「メリークリスマス、良き聖夜をお過ごしくだされ」
「いえ、……あの、ありがとうございます」
私はうまく笑えていただろうか。タクシーの扉は愛想のない音を立てて閉まった。
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