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極上 クリスマス編「欲しいものはきっと」 

14 き

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 期待を込めて瞬きすると、目の前ではジャニ西の配信が続いている。チャンブタさんが部屋を見回して、わざとっぽくため息をついたところだった。

「こんなに部屋の中が明るかったら、サンタ来ねえかもなあ」

 いわゆる台詞っぽいというか、練習した感じがあるというか。つまりこれの台詞が合図だったようだ。

 部屋の照明が少し落とされる。セットのあちこちに置かれたキャンドルの光が揺れる。撮影用の照明もオレンジ色に変更され、温かい冬の夜が演出される。

 この世界にこの四人しか生きていないような不思議な感覚になる。私はそれをこっそり覗き見ている別世界の小人だ。

「悟空、寒くないだろうか?」

 短髪の男性が目つきの悪い男性の背後からブランケットを巻きつける。もちろんうちのブランドだ。すごく温かいやつでおすすめのやつだ。私も色違いを持っている。

 目つきの悪い男性は一瞬だけ抱きしめられるようにその身を任せた後、腕を広げた。

「一緒に入ってください」

「ふふ……うん」

 この二人は二人の世界に入ってしまったように、くつろいだ表情を晒している。

「今日はパジャマパーティーであるから、ゆったりとした時間を楽しんでもらいたいと思っておる」

 陰気な男性が頭からブランケットを被りながらぼそぼそと喋る。まるで座敷童のようでもある。

「じゃあ、まだサンタは来ないけど、殉教者のみんなに俺達からプレゼントを送ろうか?な?」 

 チャンブタさんが音頭をとる。ジャニ西は皆それぞれマイクを取り出して、声を出しはじめる。目つきの悪い男性は短髪男性にリップを塗ってやってから、自分は一口水を飲み、そしてチャンブタさんに頷いた。チャンブタさんが言った。

「聞いてください。きよしこの夜」

 一瞬だけ静寂が訪れた後、豊かなベースが部屋中に鳴り響く。いや、違う。ベースの音を陰気な男性が出している。

 人の声だからかどこか温かくて、でも人の声ではありえないほどの重低音が身体の芯にこだましていく。自分の何かと共鳴していくようで、音の波に身体が委ねられる。雪のように体の中に音が降り積もっていくような気がする。

 静かな波に誘われるように、短髪男性が歌い始めた。

 〽︎  きよしこの夜  星は光り

 透明感があるけれども冷たくはない。それでも生まれながらの孤独を背負ったような声だ。息をするのも忘れて私は聞き入る。 

 〽︎  ねむりたもう いとやすく

 一番の歌詞が終わると、同じ歌詞で短髪男性の主旋律に、チャンブタさんと目つきの悪い男性がぽんぽんぽんとアルペジオでコーラスを重ねていく。美しいハーモニーが生まれる。

 三度目の繰り返しはゆっくりしたリズムでフィンガースナップも入る。主旋律にはフェイクも加わって華やかになる。本当に四人だけで歌っているのだろうかというくらい厚みのある歌声だ。もっと聴いていたいと思う間に曲は終わった。

「本当に歌手だったんだ……」 

 私は思わず呟く。

 次にいきなり、聞きなれたリズムで「パラパッ ラパラッ」っとボイスパーカッションでイントロが始まる。

 知ってる歌だ。身体が自然に動き出す。マライアキャリーの”All I Want for Christmas Is You ”だ。

 真っ先に立ち上がった目つきの悪い男性に手をとられるようにして、メインボーカルの短髪男性も立ち上がって歌い出す。先程まで慈悲の権化のような声を出していたのに、今は少し色気のある張りのあるボイスを出している。 

 先程おとなしめのボイスパーカッションしかなかったので、目つきの悪い男性はここぞとばかりにスネアとハイハットの音で心地よいリズムを繰り出し始める。

 〽︎ I don't want a lot for Christmas   There is just one thing I need   
 
 チャンブタさんは尻をくねくね揺らしながらコーラスで主旋に寄り添う。妙なダンスなくせに、歌声は一級品なのが可笑しい。

 陰気な男性が奏でているとは思えない、跳ねるようなご機嫌なベースも最高だ。この人、歌っている方が随分と魅力的だ。歌っていない時はただの落ち武者のようなのに。

 そして四人が奏でるメロディは私の軸を揺らしていく。

 磁路さんは隣で手拍子を始め、スタッフさん達も微笑み合いながら手拍子をうち始める。

 私はこういうの恥ずかしいんだけど、と思いつつも、磁路さんの眼差しにつられて私もつられて手を叩く。気付けば磁路さんと同じリズムでうなずきながら音楽の波に呑まれていた。

 〽︎ All I want for Christmas is you 
 目つき悪い男性と短髪男性は後半ずっとお互いから視線を外さないんですけど、それはそれでいいんでしょうか。演出上問題はないんでしょうかね、と首を一瞬ひねるものの、まあ私には関係ないし別にどうでもいいやと思いなおす。

 磁路さんが身体を揺らすたびに漂ってくる彼の匂いをかぎながらうっとりしてしまって、他のことはどうでもよくなってしまうのだ。

 私がクリスマスに欲しいもの、それは磁路さんあなたです。

 最後の一音を名残惜しそうに伸ばして、曲が終わった。

 すごい。初めてジャニ西の生歌を聞いた私は鳥肌が立つのを感じる。数分の出来事だったのに、彼らと一緒に世界を巡り歩いたような不思議な気分だ。興奮するのに心のどこかは癒されている気もする。

「すごい……」

「気に入ったようで何より何よりだ。良ければまたライブにもお越しくだされ」

「ありがとうございます。実はここに来る前ジャニ西のこと調べていて『お経ライブ』とか書いてあったから、どんなんだろと心配してたんですけど、全然想像と違いました」

「ライブでは時々お経もあげるのだ」

「へ?」

 まったく理解できていない私を置いて、磁路さんは配信スペースに拍手しながら割り込んでいく。

「いやあ、良かった良かったぞ」

 素直な賛辞を受け、チャンブタさんが胸を張る。

「良かっただろ?だいぶ練習したんだぜ?でもさあ、兄貴、俺の方全然見てくんないじゃん。後半変顔しながら踊ってたのに」

 変顔には私も気づかなかった、と私も考える。隣の磁路さんに夢中になりすぎていたらしい。

「そんなもん見る価値ねえだろ」

「Go-kuがGenjyo見すぎというコメントも山ほど来ているぞ」

 陰気な男性がパソコンを見ながら言った。

「この中で見るべき価値のあるもんなんて、玄奘の顔しかねえだろ」

 当然のように目つきの悪い男性が言って、殉教者たちがきゃああと悲鳴を上げるのが私の耳にも電波で届いた気がした。

 チャンブタさんが拗ねるような声で短髪男性の腕を掴んで言う。

「Genjyoも兄貴のこと見すぎでしたよ」

「……Go-kuがずっと目を離してくれないから……その……どきどきした、な」

 短髪男性の言葉を聞いて、目つきの悪い男性はうんうんと頷いた後、唇に指をあてた。もう喋るなってことかな、と私は察する。

 
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