合法ブランクパワー 下記、悩める放課後に関する一切の件

ヒロヤ

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四月二十八日(木)夕方 パブ・ホルン

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「やあ、麗華ちゃん!宇佐見選手は開店と同時に登場デス!」

 店が開いた途端、陽気な声が響き渡った。

 麗華は、笑顔で現れた異国顔の長身男と、その隣でオロオロした様子の中年男性を交互に見た。

「ウサちゃん、こちらは……お知り合い?」
「うん、オレのお客さんのカバさんだよ。本名はカバタさん。鹿の端っこでカバタ」

 紹介された中年の男――鹿端は麗華に頭を垂れると、宇佐見の様子を伺った。この男も、白井と同じように強引に連れてこられたのかもしれない。

 麗華はいつもの席に宇佐見と鹿端を通すと、とりあえず二人の間に座り、いつものように挨拶をした。二人のテンションの差に戸惑ったが、ここは宇佐見にリードしてもらう他ない。

 期待通り、宇佐見が景気良く始めた。

「さ、パパさん乾杯しようか」
「は、はあ」
「元気ないなあ。心配しなくてもここはオレが持つから大丈夫。乾杯っ」

 それぞれのグラスを合わせると、宇佐見が麗華の方を向いた。

「オレとカバさんはねえ、仕事で知り合ったんだよ。ねえ」
「え、ええ。そうですね」

 鹿端は恐縮しきっている。
 宇佐見の前だと大抵の人間は萎縮するだろう。とにかく、圧倒されるのだ。

「今日はね、オレの仕事が無事に軌道に乗ったお祝いだよ。それと、パパさんがオレの言い付けをよく守っているから、そのご褒美も兼ねました。以上っ」

 おかわりっと宇佐見が叫んだ。

「ご褒美?」

 麗華が鹿端の方を向くと、顔を赤らめて中年男はむせ込んだ。

「あ、いやね。色々ありまして」
「そうですか。でも良かったですね」
「はい。おかげさまで」

 鹿端は麗華に頭を下げた。何も頭を下げられるようなことをされた覚えはないのだが、おかしくて思わず笑ってしまった。

 そわそわした様子で、鹿端が宇佐見を見つめた。

「しかし、宇佐見先生。私なんかがこんな店に来てしまっては」
「何言ってるの。若い頃はさんざん通ったでしょうに」
「いや、そんなことは、まったく」
「今日は本当に単なるお祝いだよ。パパさんは運が良かったのもあるけど、根っから真面目だったのが幸を奏しました。ただ頑固なだけかもしれないけどね」
「よく意味がわかりません。どうして自分が助かったのかもピンと来ません」

 鹿端のグラスは最初の一杯が半分以上残っている。あまり、飲まない人間のようだ。

 麗華も宇佐見の話が気になった。
 二人の視線を受け、宇佐見が頬を膨らませた。

「えー?こんなところでオレに仕事の話させるのぉ?しょうがないなあ。まあ、いいや」

 宇佐見は長い足を組んで話を続けた。

「超簡単に話すと、パパさんは借金苦だったけど、コツコツ返して完済したものもあったわけ。それが実は支払い過ぎていたんだよ。過払い金って聞いたことある?ともあれ、そこから取り戻したお金を今借りているところの返済にあてるから、パパさんの借金はなくなる予定です。素晴らしい!」

 少し困った顔で鹿端は麗華の顔をチラチラと見つめた。確かに、わかりやすい話だった。それにしても、こんな場所でペラペラしゃべる弁護士など聞いたことがない。鹿端に同情した。

「パパさん。もう充分わかったと思うけど、けっこう大変でしょ?切り詰めるのって」
「はい」

 鹿端は疲れた顔をした。

「今後はママさんのこともあるし、リスカちゃんの将来もあるし、もっとお金かかるわけ。普通に働いていれば、普通の生活は出来るけど、背伸びしようとするとまた同じ目に遭うよ。しかも、今度からは借りにくくなるはずだからね。業者にマークされるから」
「マーク?」
「一応、法律どおりの正式な手続きだけど、人間には感情ってものがあるのよ。今回、パパさんは金融業者相手に喧嘩売ったわけだから、相手にすりゃ面白くないし、そもそも返済不能に陥る危険性がある、って思われたことになるの。どこも貸してくれないよ。次は闇金とかに行くしかないね。そしたら、たいがいはアウトだ」

 ニコニコと宇佐見は話し続ける。内容はかなり暗い話だが、なぜか宇佐見は鹿端に向かってVサインをした。

「と、少し脅かせてみました。要は、今はリスカちゃんが独り立ちするまでは頑張れってこと。お金に余裕が出来たらまた贅沢すればいいじゃない」
「は、はい」

 麗華が他に話題を探そうと思った時、目の前に何やら物体が現れた。

「はい、どうぞ」

 宇佐見が手にぶら下げているのは、マスコット人形だった。

「あ、ベアニーちゃんだわ。これ、どうしたの?」
「麻雀仲間にもらったんだよ。たまたま同じものが取れたからって言っててね。まあ、オレなんかが持ってても仕方ないからね。麗華ちゃんにプレゼント」
「私にくれるの?姪っ子が大好きなのよ。ありがとう」

 ベアニーというのはウサギとクマを合わせたような、とぼけた顔のキャラクターだ。最近では、子供たちの間で人気があるが、なぜか、普通のおもちゃ売り場では売っていなかった。やっと文房具やミニタオルなどの発売が始まったくらいで、ぬいぐるみやマスコットだけはゲームセンターのクレーンゲームでしか手に入らない。そのため、ちょっとしたプレミア感覚があった。

 麗華が水色のベアニーを優しく撫でていると、鹿端が興味深そうに見ていることに気づいた。
 麗華はベアニーを見せながら言った。

「こんなものが、女の子は大好きなんですよ。おかしいでしょう?」
「これ、見たことあるな……」
「最近、大流行してますからね」
「いや、もう少し昔にも同じものがあった気がする」

 宇佐見が手を叩いた。

「そうだ、その知り合いも言っていたよ。十年以上前にも発売されたんだって。でも、一部のぬいぐるみから針が出てきちゃって自主回収してから姿を消したらしいよ。その時のファンからも絶大な支持があるみたいだね。クレーンゲームでしか入手できないとか、商売上手だよね」

 そんな裏事情があるとは麗華も知らなかった。

 十年前――最近のようで、ずいぶん昔にも思える。あの頃は、一体何を考えて生きていただろうか。

「どうしたの麗華ちゃん」

 宇佐見が顔をのぞき込む。

「ごめんなさい。十年前って何してたのかなって」
「確か……オレと恋に落ちていた最中じゃなかったっけ?」
「会ってもいないと思うわ」

 笑い声の中、鹿端だけはマスコットを見つめていた。

「パパさんまで、しんみりと、どうしちゃったのさ」
「いや、菜々美も好きだったような気がして」

 娘の名前のようだ。年齢からいったら、中学か高校生くらいになるのだろうか。

「そうだ。パパさん思い出した!」

 いきなり宇佐見が大声を出した。鹿端は驚きのあまり、むせ返っている。

「な、何ですか」
「リスカちゃんが愛用している可愛いハサミだよ。確かこれだ。耳の部分が色落ちしていたからクマに見えたけど、なるほどウサギにも見えるねえ」
「ああ、そうだ。いつも戸棚に入っていたハサミ」

 そこまで言うと、鹿端は急にため息をついた。

「大丈夫よパパさん。もう少しだから」

 宇佐見がにこやかな顔で言った。
 鹿端は宇佐見を見上げて、小さく頷いている。
 娘がどうかしたのだろうか。これはあまり詮索しない方が良いかもしれない。

 麗華が新しく酒を作り始めた時に、テーブルに置いてあった宇佐見のスマートホンが振動した。

「はいはい」

 宇佐見がスマートホンを手にしても会話をする様子がないので、どうやらメールか何かのようだ。

 しかし、にわかに異国風の顔が真剣になった。口元に手をあてて、眉をひそめながらスマートホンの画面を凝視している、

 こんな引き締まった表情を浮かべる時があるのか。

 その様子に鹿端も少し驚いているようだ。

「う、宇佐見先生。何かありました?私のことですか?」

 弱々しい声で鹿端が宇佐見に尋ねた。
 それに気づいて、宇佐見はいつものように微笑んだ。

「全然違うよ。大丈夫。パパさんの方はもう解決できたから」
「それなら、良いんですが」

 宇佐見は麗華に向き直った。

「じゃあ、オレはここで退散するよ。二人で楽しんでちょうだいな」
「えっ?まだ六時半よ?」
「あ、待ってください。私も帰ります」

 立ち上がろうとする鹿端を宇佐見は制した。

「いいのいいの。パパさんは楽しんでちょうだい」

 そして異国顔の男は、珍しく慌しい様子で外に出て行った。
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