7 / 32
十月十九日(水)母の出自
しおりを挟む
宇佐見が満足げにイタリアンハンバーグを食べる目の前で、白井は何度目かわからないため息を吐いた。
「はあ」
「アサト、とりあえず食べなってば。高校時代と何も変わらない味だよ。高くなってるけどね!」
先ほどから、宇佐見は何やら料理の写真を撮ってハシャいでいる。
白井は目の前にあるハンバーグを見つめた。
――変わらない味って……僕は初めて来るんだけどな。
そんな訂正を入れたところで、意味がないのはわかっている。だから、白井はおとなしく付け合せのポテトにフォークをいれた。
初めてのはずなのに、どこか懐かしい。
外食のポテトを最後に食べたのはいつだったか――そんなことを思い出そうとして、また心がしおれてきた。
「アサト、チビ書士に言われたことが気になるの?」
宇佐見が口周りにソースをつけたまま言った。
「うん、まあね」
「……そうかあ」
「でも、本当に知らなかったんだよ」
ため息がまた一つ。
「僕には……母方の祖父母が四人もいたなんてさ……」
午後、藤石の車で白井の実家近くの役所へ行った。
そこで、戸籍やら何やらを取り寄せた小柄な司法書士は、その二分後には、
「養子縁組か。シロップのお袋さん、子どもの頃に家を出されてるな」
と言った。
「出されている……って、どういうことですか?」
「よその子になった、とでも言おうか」
藤石に見せられた戸籍の記録には、確かに『養子縁組』という言葉があり、母親の名前の欄には、父母の他に養父母の名前があった。
父 柳田幸三
母 柳田タツ
養父 伊藤慎司
養母 伊藤カヨ
「やっぱり墓地の相続は、柳田幸三さんから、妻のタツさんと娘の美津子さんに対するものだったか。まあ、いくら養子に出したところで、こっちの血縁が消えるわけじゃないから当然なんだが」
「……」
困惑する白井には目もくれず、藤石はあくびをしながら言った。
「シロップのお袋さん、旧姓は伊藤だが、実の両親は柳田夫婦ってことだ。深く考えるな」
「はあ」
「よし、書類はこれで揃った。さっさと相続の手続きすれば、俺の仕事も終わりだ」
こうして、あっという間に権利証の問題は片付いた。
それでも腑に落ちないことの方が多く残った。
こうして実の子どもをよそにやる『養子縁組』は頻繁に行なわれていたらしい。昔の家庭事情なのだから、仕方がないと藤石は言っていた。今と違って血縁そのものより『家』の存続が重視されていた時代だったと強引に納得させられた。
白井は鞄から、戸籍謄本のコピーを取り出して眺めた。宇佐見も何通か手に取る。
「昔の人の名前って二文字が多いよね。カネだの、キンだの、ヨネだの」
「そうだね。これなんか、読めないな……昔の仮名遣いだ」
戸籍の簡単な読み方を藤石に教わったが、知れば知るほど気持ちが暗くなった。
――柳田家の……母さんの実の兄弟たち……全員死んでいる。
名前の欄に大きなバツ印がついている。これは、戸籍からいなくなったことを表しているらしい。
上に兄が二人。白井から見ると伯父にあたるが、母が養子に出された後、病死なのか事故なのか、いずれも死亡の記載があった。
――柳田のおじいさんとおばあさん、ショックだったろうな。
唯一残された娘は、よその家の子になってしまっているのだ。自分たちの選択を後悔したんじゃないか。
「ねえ、アサト」
宇佐見が心配そうにこちらを見ていた。
「ああ。ごめん、ウサさん。何?」
「その小さな墓地を相続したら、一人で墓守するの?」
「……墓守……」
「チビ書士が言うには、今も墓地のままなのかは、現地行かなきゃわからないらしいけど、もしもフツーに墓石が並んでいたら、誰かが地面の下に眠ってらっしゃるってことでしょ?」
「……」
「今までは、アサトの母ちゃんが墓守していたってことじゃないかのな。だから、箪笥の中に権利証がしまってあったんじゃない?で、それを見つけた息子が後を継ぐ……って、何かファンタジーみたいだねぇ」
宇佐見は目をキラキラさせたまま、デザートメニューを手に取った。
「アサト。行こうよ、現地に」
「え?」
「こういうのは、最後まで気が済むまでやらないと、きっと後々面倒だよ。よくわからない手続きなんかは、全部あの性悪なミクロ眼鏡に任せればいいんだしさ」
宇佐見はメニューをこちらに向けながら、楽しげに笑った。
「実は、オレは墓地なんかより、気になっていることがあるのよ」
「ウサさんが気になっていること?」
「歌よ、歌。チビ書士は興味ないみたいだったけど、オレはこっちの方が気になるよ。どうして墓地の権利証と一緒にあったのか不思議に思わない?あの歌、もしかしたら、何かの暗号なんだよ。」
「まさか」
それこそ空想の物語だ。ファンタジーだ。
そう言ってやると、宇佐見は頬を膨らませた。
「言うと思った。アサトは大人になってから、子ども心を失くしたな?」
その宇佐見の顔と言葉に思わず笑いそうになる。大人になったのだから、子ども心を失くすのは普通ではないか。そもそも、子どもらしい子どもだったのか自分でもわからない。
「……如月の深雪に惑う苔石の色は変はらじしんと春待つ」
突然、宇佐見が母が遺した歌の文句を呟いた。
「ウサさん」
「とっくに覚えちゃった」
さすがに難関国家試験に挑む人間の暗記力は底が知れない、と白井は思った。
「ねえ、アサト。オレ思ったんだけどさ、あの歌に小さく『ふく』って書いてあったでしょ?あれ、人の名前のような気がしない?」
「名前?」
「良く考えてみたら、それが一番自然だよ。古今和歌集なんかでも、歌には名前が書いてあるじゃん。誰だかわからないものには、わざわざ『詠み人知らず』とまで書くんだし」
――。
「ふく」
「そう、ふくさん」
――ふく。
白井は慌てて、藤石にもらった戸籍のコピーをめくった。先ほど、昔の人の名前はカタカナの二文字が多いと話していた時、見たような気がしたのだ。
母親の養子先、伊藤家の古い戸籍に――。
「あった……」
――『伊藤フク 大正十四年生まれ』
「はあ」
「アサト、とりあえず食べなってば。高校時代と何も変わらない味だよ。高くなってるけどね!」
先ほどから、宇佐見は何やら料理の写真を撮ってハシャいでいる。
白井は目の前にあるハンバーグを見つめた。
――変わらない味って……僕は初めて来るんだけどな。
そんな訂正を入れたところで、意味がないのはわかっている。だから、白井はおとなしく付け合せのポテトにフォークをいれた。
初めてのはずなのに、どこか懐かしい。
外食のポテトを最後に食べたのはいつだったか――そんなことを思い出そうとして、また心がしおれてきた。
「アサト、チビ書士に言われたことが気になるの?」
宇佐見が口周りにソースをつけたまま言った。
「うん、まあね」
「……そうかあ」
「でも、本当に知らなかったんだよ」
ため息がまた一つ。
「僕には……母方の祖父母が四人もいたなんてさ……」
午後、藤石の車で白井の実家近くの役所へ行った。
そこで、戸籍やら何やらを取り寄せた小柄な司法書士は、その二分後には、
「養子縁組か。シロップのお袋さん、子どもの頃に家を出されてるな」
と言った。
「出されている……って、どういうことですか?」
「よその子になった、とでも言おうか」
藤石に見せられた戸籍の記録には、確かに『養子縁組』という言葉があり、母親の名前の欄には、父母の他に養父母の名前があった。
父 柳田幸三
母 柳田タツ
養父 伊藤慎司
養母 伊藤カヨ
「やっぱり墓地の相続は、柳田幸三さんから、妻のタツさんと娘の美津子さんに対するものだったか。まあ、いくら養子に出したところで、こっちの血縁が消えるわけじゃないから当然なんだが」
「……」
困惑する白井には目もくれず、藤石はあくびをしながら言った。
「シロップのお袋さん、旧姓は伊藤だが、実の両親は柳田夫婦ってことだ。深く考えるな」
「はあ」
「よし、書類はこれで揃った。さっさと相続の手続きすれば、俺の仕事も終わりだ」
こうして、あっという間に権利証の問題は片付いた。
それでも腑に落ちないことの方が多く残った。
こうして実の子どもをよそにやる『養子縁組』は頻繁に行なわれていたらしい。昔の家庭事情なのだから、仕方がないと藤石は言っていた。今と違って血縁そのものより『家』の存続が重視されていた時代だったと強引に納得させられた。
白井は鞄から、戸籍謄本のコピーを取り出して眺めた。宇佐見も何通か手に取る。
「昔の人の名前って二文字が多いよね。カネだの、キンだの、ヨネだの」
「そうだね。これなんか、読めないな……昔の仮名遣いだ」
戸籍の簡単な読み方を藤石に教わったが、知れば知るほど気持ちが暗くなった。
――柳田家の……母さんの実の兄弟たち……全員死んでいる。
名前の欄に大きなバツ印がついている。これは、戸籍からいなくなったことを表しているらしい。
上に兄が二人。白井から見ると伯父にあたるが、母が養子に出された後、病死なのか事故なのか、いずれも死亡の記載があった。
――柳田のおじいさんとおばあさん、ショックだったろうな。
唯一残された娘は、よその家の子になってしまっているのだ。自分たちの選択を後悔したんじゃないか。
「ねえ、アサト」
宇佐見が心配そうにこちらを見ていた。
「ああ。ごめん、ウサさん。何?」
「その小さな墓地を相続したら、一人で墓守するの?」
「……墓守……」
「チビ書士が言うには、今も墓地のままなのかは、現地行かなきゃわからないらしいけど、もしもフツーに墓石が並んでいたら、誰かが地面の下に眠ってらっしゃるってことでしょ?」
「……」
「今までは、アサトの母ちゃんが墓守していたってことじゃないかのな。だから、箪笥の中に権利証がしまってあったんじゃない?で、それを見つけた息子が後を継ぐ……って、何かファンタジーみたいだねぇ」
宇佐見は目をキラキラさせたまま、デザートメニューを手に取った。
「アサト。行こうよ、現地に」
「え?」
「こういうのは、最後まで気が済むまでやらないと、きっと後々面倒だよ。よくわからない手続きなんかは、全部あの性悪なミクロ眼鏡に任せればいいんだしさ」
宇佐見はメニューをこちらに向けながら、楽しげに笑った。
「実は、オレは墓地なんかより、気になっていることがあるのよ」
「ウサさんが気になっていること?」
「歌よ、歌。チビ書士は興味ないみたいだったけど、オレはこっちの方が気になるよ。どうして墓地の権利証と一緒にあったのか不思議に思わない?あの歌、もしかしたら、何かの暗号なんだよ。」
「まさか」
それこそ空想の物語だ。ファンタジーだ。
そう言ってやると、宇佐見は頬を膨らませた。
「言うと思った。アサトは大人になってから、子ども心を失くしたな?」
その宇佐見の顔と言葉に思わず笑いそうになる。大人になったのだから、子ども心を失くすのは普通ではないか。そもそも、子どもらしい子どもだったのか自分でもわからない。
「……如月の深雪に惑う苔石の色は変はらじしんと春待つ」
突然、宇佐見が母が遺した歌の文句を呟いた。
「ウサさん」
「とっくに覚えちゃった」
さすがに難関国家試験に挑む人間の暗記力は底が知れない、と白井は思った。
「ねえ、アサト。オレ思ったんだけどさ、あの歌に小さく『ふく』って書いてあったでしょ?あれ、人の名前のような気がしない?」
「名前?」
「良く考えてみたら、それが一番自然だよ。古今和歌集なんかでも、歌には名前が書いてあるじゃん。誰だかわからないものには、わざわざ『詠み人知らず』とまで書くんだし」
――。
「ふく」
「そう、ふくさん」
――ふく。
白井は慌てて、藤石にもらった戸籍のコピーをめくった。先ほど、昔の人の名前はカタカナの二文字が多いと話していた時、見たような気がしたのだ。
母親の養子先、伊藤家の古い戸籍に――。
「あった……」
――『伊藤フク 大正十四年生まれ』
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる