君よ、土中の夢を詠え

ヒロヤ

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十月十九日(水)母の出自

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 宇佐見が満足げにイタリアンハンバーグを食べる目の前で、白井は何度目かわからないため息を吐いた。

「はあ」
「アサト、とりあえず食べなってば。高校時代と何も変わらない味だよ。高くなってるけどね!」

 先ほどから、宇佐見は何やら料理の写真を撮ってハシャいでいる。

 白井は目の前にあるハンバーグを見つめた。

 ――変わらない味って……僕は初めて来るんだけどな。

 そんな訂正を入れたところで、意味がないのはわかっている。だから、白井はおとなしく付け合せのポテトにフォークをいれた。

 初めてのはずなのに、どこか懐かしい。

 外食のポテトを最後に食べたのはいつだったか――そんなことを思い出そうとして、また心がしおれてきた。

「アサト、チビ書士に言われたことが気になるの?」

 宇佐見が口周りにソースをつけたまま言った。

「うん、まあね」

「……そうかあ」

「でも、本当に知らなかったんだよ」

 ため息がまた一つ。


「僕には……母方の祖父母が四人もいたなんてさ……」



 午後、藤石の車で白井の実家近くの役所へ行った。

 そこで、戸籍やら何やらを取り寄せた小柄な司法書士は、その二分後には、

「養子縁組か。シロップのお袋さん、子どもの頃に家を出されてるな」

 と言った。

「出されている……って、どういうことですか?」

「よその子になった、とでも言おうか」

 藤石に見せられた戸籍の記録には、確かに『養子縁組』という言葉があり、母親の名前の欄には、父母の他に養父母の名前があった。


 父 柳田幸三
 母 柳田タツ
 養父 伊藤慎司
 養母 伊藤カヨ

「やっぱり墓地の相続は、柳田幸三さんから、妻のタツさんと娘の美津子さんに対するものだったか。まあ、いくら養子に出したところで、こっちの血縁が消えるわけじゃないから当然なんだが」

「……」

 困惑する白井には目もくれず、藤石はあくびをしながら言った。

「シロップのお袋さん、旧姓は伊藤だが、実の両親は柳田夫婦ってことだ。深く考えるな」

「はあ」

「よし、書類はこれで揃った。さっさと相続の手続きすれば、俺の仕事も終わりだ」

 こうして、あっという間に権利証の問題は片付いた。

 それでも腑に落ちないことの方が多く残った。

 こうして実の子どもをよそにやる『養子縁組』は頻繁に行なわれていたらしい。昔の家庭事情なのだから、仕方がないと藤石は言っていた。今と違って血縁そのものより『家』の存続が重視されていた時代だったと強引に納得させられた。


 白井は鞄から、戸籍謄本のコピーを取り出して眺めた。宇佐見も何通か手に取る。

「昔の人の名前って二文字が多いよね。カネだの、キンだの、ヨネだの」

「そうだね。これなんか、読めないな……昔の仮名遣いだ」

 戸籍の簡単な読み方を藤石に教わったが、知れば知るほど気持ちが暗くなった。

 ――柳田家の……母さんの実の兄弟たち……全員死んでいる。

 名前の欄に大きなバツ印がついている。これは、戸籍からいなくなったことを表しているらしい。

 上に兄が二人。白井から見ると伯父にあたるが、母が養子に出された後、病死なのか事故なのか、いずれも死亡の記載があった。

 ――柳田のおじいさんとおばあさん、ショックだったろうな。

 唯一残された娘は、よその家の子になってしまっているのだ。自分たちの選択を後悔したんじゃないか。

「ねえ、アサト」

 宇佐見が心配そうにこちらを見ていた。

「ああ。ごめん、ウサさん。何?」

「その小さな墓地を相続したら、一人で墓守するの?」

「……墓守……」

「チビ書士が言うには、今も墓地のままなのかは、現地行かなきゃわからないらしいけど、もしもフツーに墓石が並んでいたら、誰かが地面の下に眠ってらっしゃるってことでしょ?」

「……」

「今までは、アサトの母ちゃんが墓守していたってことじゃないかのな。だから、箪笥の中に権利証がしまってあったんじゃない?で、それを見つけた息子が後を継ぐ……って、何かファンタジーみたいだねぇ」

 宇佐見は目をキラキラさせたまま、デザートメニューを手に取った。

「アサト。行こうよ、現地に」

「え?」

「こういうのは、最後まで気が済むまでやらないと、きっと後々面倒だよ。よくわからない手続きなんかは、全部あの性悪なミクロ眼鏡に任せればいいんだしさ」

 宇佐見はメニューをこちらに向けながら、楽しげに笑った。

「実は、オレは墓地なんかより、気になっていることがあるのよ」

「ウサさんが気になっていること?」

「歌よ、歌。チビ書士は興味ないみたいだったけど、オレはこっちの方が気になるよ。どうして墓地の権利証と一緒にあったのか不思議に思わない?あの歌、もしかしたら、何かの暗号なんだよ。」

「まさか」

 それこそ空想の物語だ。ファンタジーだ。

 そう言ってやると、宇佐見は頬を膨らませた。

「言うと思った。アサトは大人になってから、子ども心を失くしたな?」

 その宇佐見の顔と言葉に思わず笑いそうになる。大人になったのだから、子ども心を失くすのは普通ではないか。そもそも、子どもらしい子どもだったのか自分でもわからない。

「……如月の深雪に惑う苔石の色は変はらじしんと春待つ」

 突然、宇佐見が母が遺した歌の文句を呟いた。

「ウサさん」

「とっくに覚えちゃった」

 さすがに難関国家試験に挑む人間の暗記力は底が知れない、と白井は思った。

「ねえ、アサト。オレ思ったんだけどさ、あの歌に小さく『ふく』って書いてあったでしょ?あれ、人の名前のような気がしない?」

「名前?」

「良く考えてみたら、それが一番自然だよ。古今和歌集なんかでも、歌には名前が書いてあるじゃん。誰だかわからないものには、わざわざ『詠み人知らず』とまで書くんだし」

 ――。

「ふく」

「そう、ふくさん」

 ――ふく。

 白井は慌てて、藤石にもらった戸籍のコピーをめくった。先ほど、昔の人の名前はカタカナの二文字が多いと話していた時、見たような気がしたのだ。

 母親の養子先、伊藤家の古い戸籍に――。

「あった……」


 ――『伊藤フク 大正十四年生まれ』
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