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2章

帰り道

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デットルさんの屋敷から出ると雲は薄れ、太陽が出ていた。

散らばった雲が赤く染まり、隣を歩くシフの髪も赤く輝いている。
日が、沈みかけていた。
街を出て、二人は歩く。

とても……とても静かだった。
時おり吹く風が木を揺らす音のみが響き、私もシフも一言も話さずにただ屋敷への道を歩く。

シフの方を見て口を開こうとするも、何を話せばいいのか分からなくて、また閉じる。
シーナはそれを何度も繰り返した。

顔は影になっているので、表情は見えない。
シフは今、何を思っているのだろうか。
そう考えながら、シフの顔をチラチラと窺いつつ歩を進める。

そして、突然。
シフはピタリと、足を止めた。

屋敷はまだ、見えないし、街を出て少したったので辺りにあるのは雪、そして、葉のない木々だけだ。

「シーナ……」
「はい……」

僅かに掠れた声で名前を呼ばれる。
シーナは、小さく返事をした。

やけに緊張する。
寒さからかも強張っているシフと繋いでいない方の手をぐっと握る。心臓の音が耳の奥で鳴っているのが、大きくなっていく。

シフが何かを言おうと口を開き……そして、怯えたような目をして口をつぐんだ。

「……やっぱりいいよ」

そう言って再び歩き出そうとするシフを今度はシーナが引っ張った。

「……シーナ?」
「……言ってくれないと、分からない。私には分からない!!」

シフが驚いた顔をして振り返る。
思ったより大きな声が出てしまい、自分でもびっくりしてしまう。

でも、このままだとシフは話してくれない。
そう思うと、言葉は自然と口から出てきた。





「シフ……あなたは何を思っているの?」




「それは……」


シフが言葉に詰まる。
また、沈黙だ。

知りたいこと、教えて欲しいこと……私が聞きたいことはたくさんある。いつもみたいに饒舌で少しいたずらっぽく話して欲しい、本当のことを。

「シフ……私は、あなたのことを何も知らない。名前だってこれが本当の物ではないことは分かるよ。……好きな物、嫌いな物、住んでいる所……。」
「っ……」
「話してくれる……?全部、教えて欲しい。」

シーナは全部言い切ると、怖くなってそっと目を瞑った。
怖かったのは答えじゃない。

私は答えてくれないことが、拒絶されることが怖かった。
でも、胸の内には少し言ってやった、という満足感もあった。






沈黙は続く。
このときばかりは、一瞬の時間でもまるで何時間もこのままであったかのように時がたつのが遅く感じられた。

「ごめん……」

そう聞こえた時、私はダメだと思った。
シフは私に話す気がないのだと。





「ちゃんと、話すよ……。でも、まだ話せないことがあるんだ。ごめん……まだ、ダメなんだ。」

「まだ、話せない?」
「うん、今はまだ、ね。でも、答えられることもある。だから、シーナが聞いてくれたことは、なるべく答えるよ。」

シフは、それでもいい?、と少し心配そうに尋ねる。
私は、頷いた。

「……分かったわ」

シフに何かしら秘密があることは分かっていたのだ。
まだ、話せないと言うことはいつか話せるようになると言うこと、つまり、いつかその秘密を私に教えてくれる日が来ると言うことだ。
私が、その時まで待てるかどうかは分からない。

でも、今はシフの譲歩を快く引き受けよう。
ほんの僅かな疑惑、と言うか、謎は残ったけれど、今はそれを振り払い、私はシフに質問をし始めた。

それと共に、二人はまた歩き出す。






シーナはシフに色々聞いた。

最初はやっぱり何を言いかけたのか。
これは今考えても聞く必要のないことだった。

シフは、少し言いどよみながら答えてくれた。

「……また、僕と会ってくれるか聞こうとしたんだ。今日、怖い目に会わせてしまったから、僕が、屋敷へ行くのはもうやめた方がいいかと思って……。」

そんなことあるはずがないのだから。
シフが、そう言ったとき、私は少し怒りながらもちろんそんなわけない、と言った。
シフと会うことを今日たった一度あった出来事だけで、終わりにするなんてあり得ない。

言葉を重ねるように、真剣な顔でシーナはそう言った。







それから、好きな食べ物、色、場所……。
精霊眼は生まれつきなのか。
何処に住んでいるのか。

在り来たりな自己紹介で使うような質問から、少し深いような質問まで私は屋敷につくまでの間思い付く限りの問いを聞いた。

中には答えてくれないものもあったけれど、大半は大まかにでも答えてくれた。
そして、途中から、シフが質問に答えたら、シーナも質問に答える、と言う風に相互に質問をし合うようになる。
お互いの好きな物が同じだったときはその話が少し長引いたし、違ったらそれはそれで新しい見方を知ることもあった。

さっきまでの沈黙が嘘だったかのように会話は弾む。






とても楽しい時間だった。











「じゃあ、また……」
「うん……そうだ、これ」

シフの手がポンチョにかかる。
シーナは慌ててその手を止めた。

「いいの。それは貰っておいて……」
「でも……いや、分かった。」

最初は渋っていたシフだが、私がそれを返させることはなかった。

そして、屋敷の玄関まで送ってもらったシーナは、シフの手が離れていくのを名残惜しく感じる。
手の中から温かさが消えていく。

まだ話したいような気持ちになってしまう。

「また、来るよ。シーナが会いたいなら明日にでも、ね。」

少し意地悪な笑みがシフに戻り、もういつもの調子だ。
それが、シフなりの楽しみ方だと言うことをシーナはもう知っているので、笑いながら、

「シフが会いに来れる日は会いに来て……。」
「……分かった。」

少し恥ずかしかったけれど、シーナはそう言った。
吐く息は白く、空へ消えていく。

私は屋敷の中へ、シフは外へ……それぞれが帰るべき場所に戻っていく。
二人はひらひらと手を降った。

そして、シーナはシフのその背中が見えなくなるまで、ずっとその手を振り続けていた。







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