婚約破棄された星の娘に精霊王が恋をする

綺羅姫

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1章

夜の庭

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シーナは、俯いていた。

「これが、シーナ様の精霊眼の因果でしょうか。祝福の中にはハースカティナ家の精霊魔法を使いやすくするものなどもあって、そのお陰で奥様が亡くなった今も尚、精霊魔法の効果は続いているのですよ。」
「…………」
「……星の娘、とはそういうことですよ。」

全てを話終えた後、時間は大分経ち、日は沈みかけていた。
赤く染まった空が窓から見下ろし、二人の顔を照らす。

辺りは静寂が満ちていた。

緊張感はなくなり、何処か気だるいようなその雰囲気の中……シーナは顔を上げた。
リオルさんが少し驚いたような顔をする。

「泣いていたのかと思っていましたよ……」
「いえ…………」
「……そうですか。…………そう、ですね」
「少し、暑いので風に当たってきます。」

シーナは立ち上がり、そう呟くと逃げるように外へ……庭へ向かった。



バタバタとなる足音も、風に煽られて翻るワンピースの裾も気にせずに全力で走る。本当は暑くなんてない。寒いかと聞かれればそうでもないが、シーナはどうしようもなく、ただ、走った。

自分が、もと女神の末裔?
この精霊眼が、その人の魂の物?

そんなことはないのに、自分の大切な何かを、取られたような気がしてしまう。

私は、私だ。
女神なんて関係ない。

子供のように宛もなくそう、叫びたかった。

でも、シーナはそれをしない。
それがまた、別の何かを否定してしまうことになると、それが分かっていたから。

だから、シーナは庭に走った。
訳もなく、ただ、走った。







廊下の景色はみるみる過ぎ去っていき、外へ通じる扉はもう、目の前だった。









庭へ一歩出たシーナは、次第にそのペースを落とした。
肩で息をしながら、門の柵に手をかける。そして、大きく深呼吸をするようにその空気を吸い込んでいると、カクン、と急に足の力が抜けてシーナは地面にへたり込んだ。

自覚はなかったが、思いの外衝撃が大きかったらしい。
放心したように、ぼんやりと精霊魔法の影響を受けた花を見つめる。

みずみずしい蕾。
朝と同じように、周囲に精霊はいなかった。

咲いていないのは、やはり精霊の力が働いていないからなのだろう。





精霊魔法、星の娘……。

「何かあった?」
「……しふ……本物?」

いつから、其処にいたのか……。
最初シーナは自分の想像が産み出した幻なのではないかと思った。
目の前で話す、シフ、シーナの額に手を当てる。

手は、ひんやりとしている。

「熱は、ないみたい?……いや、少し熱いのか?」

シフ、自分の額にもう一方の手を当てて比べている。
シーナはその動作をはっきりしないまま眺めていた。

だが、次第に、分かってくる。
幻、じゃない……。

「……シフ?!」
「うん……!!そうだよ。昨日は体が冷えてしまったから、風邪を引いていないかと思って……顔が赤くなってるけど、大丈夫かな?やっぱり……」
「大丈夫!風邪じゃないの……色々あっただけ……っ」
「色々……?」

主に、今。
シフとの距離がとても近かったことが問題だ。

昨日もこれくらい近かった。
そう言われたらお仕舞いなのだが、昨日とは羞恥が段違いなので、少し勘弁してほしい。
シーナはずりずりと一、二歩分ほど後ずさった。

すると、シフは少しだけムッとしたような顔をして、

「どうしたの……?」
「ううん、あの……えっと少し距離が近いかなって……」
「そんなことない……大丈夫だよ」

シフも私が下がった分だけ近づいて来る。
いや……私が下がった分以上にどんどん近づいて来るのだ。
何が大丈夫なのだろうか。

シーナは角に追い詰められ、慌てながらシフの名を呼ぶ。

「し、シフっ……!」

シフはそんなシーナの両側に手を着くと、

「大丈夫……昨日みたいなことは、シーナの許可を貰えたらするから。…………シーナに好きになって貰えたら、するから。」

逃げられない。

思わず目を瞑ったシーナの耳の側でシフはそっと言う。
まだ、少し高めの声なのに意図して低く言っているのか、背筋にゾワッっとくる声だ。
最後の方は聞き取れなかったけれど、それだけでも、威力は抜群だった。

「シフ!!」

少し怒ったように言った私に、シフはあの悪戯な笑みを浮かべた。
離した手をひらひらと振りながら、少し真面目な顔に戻る。

「気は紛れた?」
「?!……」
「すごく思い詰めているみたいだね……」

思い詰めて、いた。
そう、私は、私になる前に別の人間だったことを怖く思ったんだ。
私の魂の一部を女神様だった方が占めている。

それが、怖くなった。
私が、私じゃないような、足下が崩れ落ちるような気がした。

そして、それと同時にその元女神様の生き方を単純にすごいと思ったのだ。理不尽な目に遭ってまで、何かを守ろうとするその話に感動した……と言うか、それができたその強さに恐れ多いと思った。
いや、表現の仕方が分からない。

兎に角、ぐちゃぐちゃした恐怖と、他にも色々な思いがあった。
それを、私は塞き止めていたから、混ざってしまったのだ。

「シーナ……」
「…………ふっ……うぅ……」

涙と共に嗚咽が溢れる。
シーナは、目をぐっと押さえ、下を向く。
ポタポタと、地面に染みを作るその雫に、シーナは塞き止めていたものを全て投げ出した。

大きな声で泣いていたら、リタにも聞こえてしまうかもしれない。
そんな思いも一瞬掠めたのだか、それは、シフが抱き締めてくれた。

声は響かず、シフに吸い込まれていく。
籠った音は、きっと屋敷の中までは届かないだろう。

とんとん、と赤子をあやすように背中を軽く叩くシフの優しさにシーナはよりいっそう涙が止まらなくなる。

シーナは何に泣いているのか。
ぐちゃぐちゃしている中に本当は色々な気持ちがあるのだろう。




自分の存在が不安になることなんて、誰にだって一度はあることだ。昔は優しかった父に、冷たくされることだって平気なわけなかった。










溜まっていたどろどろを全て流すように、シーナはシフの腕の中で泣いたのだった。


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