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9.皇女の億劫

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 ユーリが心より逃げたいと思っていたパーティー当日が来てしまった。
 彼はミーアの手によって、いつもだとあり得ないほど、しっかりとした服装を着させられていた。

 黒色のパーティー用の衣装。
 髪もいつもだと無造作に跳ねているのだが、今日はきっちり整えられていた。

 それを姿見で確認すると誰が映っているのかわからないほど、別人に見えていた。


「さすがユーリ様。こういう服もお似合いですね」
「世辞は良いぞ。こういう類いの服が似合わないことは自分がよくわかっている」


 どうしても低い背丈と鋭い目つきが邪魔をして、背伸びをした成金の息子にしか思えない。

 そんな状態からもミーアはなんとか褒めようとしてくれるが、最後は乾いた笑みしか浮かべられなかった。


「まぁ、衣装についてはいい。どうせ踊ることもないからな」
「そんな……、どうしてですか? せっかくのダンスパーティーなんですよね?」
「恥を晒すだけのパーティーに行きたいと思うか? どうせ誰もしたいと思わない、ただ金を使うだけのパーティーだ。俺の姿がなくても問題あるまい」


 それに自分が行きたくないものをサボるのは悪として当然の行為。
 そのようにユーリは自分に言い聞かせていた。


 ――問題はどこに隠れるか。


 少なくとも一度顔を出さないと王子である自分は探しに来られるだろう。

 しかし、パーティー会場の出入り口はおそらく兵で固められるだろう。
 万一にもトラブルが起きないように……。

 そう考えると唯一の隠れ場所はパーティー会場の二階の窓先にあるテラスだけだな。

 そこはゆっくりしたい人用に解放されて、中庭の景色が楽しめるようになっていた。

 休憩スペースである以上、そこにいれば下手にダンスは誘われない。
 今の俺にとっては最終防衛ラインそのものだった。


「当日は確か、ミーアもメイドとして参加するのだったよな?」
「はい、皆様にお飲み物を提供することになってます」


 そこまで聞くとユーリにはミーアの未来がはっきりと見えてしまった。
 これも長い付き合いだからな。

 まず間違いなく盛大にコップを割ってしまうだろう。

 ただでさえ参加したくないパーティーでトラブルを起こしてくれるなら歓迎だ。

 むしろ、そのためだけにミーアをパーティー内に潜り込ませたのだ。
 その役目はランベルトに任せたのだが、彼もミーアにとっていい成長になるかもしれませんね、と二つ返事で賛成してくれていた。

 だからこそ、ミーアには盛大にトラブルを起こしてもらいたい。

 そんな期待には気づいていないミーアは、ユーリの考えとは裏腹に、絶対に失敗しないように頑張ろう、と気合いを入れていたのだった。






 フロレンティーナは父である皇帝と挨拶回りをしたあと、少し疲れた、と言って一人テラスへとやってきた。

 幸いなことにまだユーリとは会わなかったのだが、ずっと緊張し続けるこの場は少し気弱なフロレンティーナには苦手なものだった。

 ただ、どうしてもユーリとは会わないといけない。
 しかも、自分に合わせてか、この会場にいる人たちは皆揃ってユーリのことを称賛してくる。
 わざわざ気を遣われていると思うとその場から逃げ出したくもなる。


「はぁ……」


 ぼんやり中庭の景色を眺めながらフロレンティーナはため息を吐いていた。

 そんな彼女の気持ちとは裏腹に、中庭は来るものを歓迎するかの如く、色とりどりの花々が咲き誇っていた。


 ――花はいいなぁ。何も考えなくて良いのだろうな。


 綺麗な花を眺めていると、余計に気持ちが落ち込んでまた、ため息を吐いてしまうフロレンティーナ。
 すると、そんな彼女にサッと飲み物が差し出される。


「あ、ありがとうござ……」


 使用人が持ってきてくれたのかと思い、飲み物に手を伸ばしてお礼を言おうとする。
 すると、その飲み物を持っていたのはユーリだった。







 パーティー会場にやってきたユーリは、ひたすら続く挨拶の数々で逃げるタイミングを失っていた。
 それもそのはずで、アンデルハイツ領を救ったユーリとよりお近づきになりたいと思う貴族は多いのだ。

 既に人知れず英雄として言われているユーリ。
 もちろん本人の耳に直接それを入れる人間はいないのだが。

 だからこそ、ユーリが逃げる暇もなくとっかえひっかえ貴族たちが現れるので、心の中でこいつらを全員吹き飛ばしたい、と隠れながら拳を固く握りしめていた。

 そんなときに逃走先に選んでいたテラスへと行く少女が目に映る。

 自分より小さな子供。
 おそらく貴族の父の付き添いでやってきたのだろう。

 さすがにこんなパーティーはつまらないのか、物憂いの表情を浮かべていた。

 ただ、それはユーリにとっては僥倖だった。


「すみません、少しあの子と話したいので失礼しますね」


 すると、貴族たちは少女の姿を見て、納得していた。
 道を空けてくれたので、ユーリは慌ててその少女のあとを追いかける。

 その途中でミーアが飲み物を渡して「ユーリ様、頑張ってくださいね」となぜか応援をされていた。







 テラスにたどり着くとその飲み物を少女に差し出していた。

 その行為に深い考えはなく、ただ会場から逃れたかっただけ。
 もちろんその少女が誰かも知らなければ、別に恋をしたとかそういうのでもない。

 そもそも前世の記憶があるユーリからしたら、自分より年下の子供は恋愛対象になるはずもない。
 同世代の子でも微妙だった。
 ミーアが年齢を考えるとかろうじて対象に入るかもしれない。


 ――ハーレムを形成するなら入れてやっても良いかもしれないな。


 悪人なら女性を侍らせて当然である。
 ただ、目の前にいる少女のような子を侍らせても、子供をあやしているようにしか見えない。


 ただ、差し出した飲み物と受け取らずに少女はユーリの顔を見てその動きを止めていた。


「えっ、あっ、ゆ、ユーリ様……」


 どうやらユーリが王子だから驚いてしまったのだろう、と判断する。
 だからこそ、できる限り笑みを浮かべる。


「すまないな。俺も少し休憩がしたくなったんだ」


 少女の隣に移動すると、口をパクパクして何かを必死に言おうとしていた。


 ――少し気を遣わせてしまったかもしれない。


「ただ、そうだな。少し会話相手になってくれると助かる」


 もしダンスが始まったとしても、ユーリが会話中ならわざわざ呼びに来る、ということにはならないはず。
 そして、そのユーリの予想は当たることになる。


 もちろん、理由は違う。
 ユーリが自身の婚約者と親しげに話しているのに妨害できる人間など、この国にはいなかった。


 特にこのダンスパーティーが二人の仲を更によくするという目的がある以上、楽しそうに話す二人を止めることなんてできずに、くしくもユーリの目的も達することができるのだった。


「え、えぇ、構いませんが、そ、その、私のことを覚えていらっしゃらないのですか?」


 ――どこかで会ったことがあるのか?


 ユーリは頭を捻らせて、ここ最近に会った人物を考える。


 ――ランベルト、ミーア、バルドル、料理長……だけだな。


 よく考えなくても、ユーリはほとんど部屋から出ない。
 知らない人物に会うことなんてないのだ。

 ただ、相手が自分のことを知っているのならそれ相応の態度を取るべきだ。

 相手が自分には向かってこないであろう、子供に対しては比較的優しくするユーリであった。


「すまないな。ここ最近、少し忙しくてあまり覚えていないんだ」
「そう……ですか」


 ――やはり私のことなんて覚えてもいないのですね。


 ユーリと話していた少女、フロレンティーナはため息を吐く。
 それと同時にどこかホッとしていた。


 相手がこういう態度を取るのなら婚約を破棄する理由になるだろう、と。


「それよりどうしてこんなところにいたんだ? やっぱり大人たちばかりで煩わしかったのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが」


 さすがにユーリと会いたくなかった、とは言えなかったフロレンティーナは言葉を濁す。


「そういうユーリ様こそ、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」
「俺は面倒ごとから逃げてきただけだ」


 キッパリと言い切るユーリ。その目にはランベルトが慌てている様子が浮かんでいた。


 ――やつがこのダンスパーティーを計画したのだからな。主役の俺がいなくて、今頃フロレンティーナとかいう婚約者共々焦っているだろうな。


 まさかその婚約者が目の前にいるとは思わずににやにやと笑みを浮かべている。


「そんなことをしたら色んな人に迷惑がかからないですか?」
「それがどうした?」
「えっ?」
「自分の人生なんだ。他人にとやかく言われるくらいなら自由に生きるべきじゃないか?」


 フロレンティーナはそんなこと、考えもしなかった。

 自分は決められた道を歩んでいって、このユーリと結婚をして、妃になる。
 そうなる定めなのだと諦めていた。

 しかし、それをユーリはあざ笑った。


 自分の人生くらい自由に生きるべきだと。


「で、でも、そうした結果、破滅の道に進んでいるのだとしたら?」


 今のユーリがそれなのだ。
 皇国との不可侵の条約が切れ、お互い戦争になる瀬戸際。
 しかも、そのことにユーリは気づいていないのだろう。


 しかし、ユーリは口を開けて笑ってみせる。


「はははっ、そんなことさせるとでも思っているのか?」
「えっ!?」
「行動を起こす前には事前に色々と調べている。対策もとっている。破滅なんて起きるはずもないだろう」


 ――今もランベルトの企てを食い止めているところだからな。


 しかし、ユーリの笑みはフロレンティーナにとっては驚きの事実だった。


「まさか、帝国の企てことに気づいておられたのですか?」
「んっ? 帝国?」


 ――帝国っていうと今回のランベルトが行っているダンスパーティーのことか。


「もちろん知っているな。その程度のことが見破れないなら真の目的を果たせないからな」
「し、真の目的……」


 そこでフロレンティーナはこの国に来てから、ユーリをひたすら褒める言葉しか聞いていないことを思い出した。

 真の救国の英雄。


 ――きっと、このお方はウルアース王国をよくすることしか考えられていないのだ。だから、去年の何も知らない私のことをちんちくりんと蔑んだ。あの場面だと私の存在がウルアース王国にとって良くない、と考えて。


 それも当然のことだろう。
 ウルアース王国の喉仏たる食料を押さえている帝国。


 そんな状態で皇女であるフロレンティーナと結婚してしまってはウルアース王国は一生帝国の言いなりになってしまう。

 そう考えてもおかしくない。


 ――だからこそ、そこまで考えが及んでいたからこそ、あの二国がいる場所で堂々とあの言葉を言ってのけたのだ。


 そこまで考えが及ぶとフロレンティーナはユーリが気になりだしていた。

 もちろん、全てフロレンティーナの妄想ではあるが。
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