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間話 チート勇者の冒険記 魔大陸上陸

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 セレティア王国にも魔族が現れたことで至急魔王の討伐の必要性を感じた。
 僕位の能力を持ってても倒し方を知らなければ苦戦する相手なのだ。一般の兵なら何人犠牲になるかわからない。
 当初の予定ではもっと冒険者をやりながら経験を積んでから魔王討伐に乗り出す予定だったのだけれど、一刻の猶予もないようだ。
 僕らはセレティア王国で馬車を借り、魔王国に向かう為の船に乗るためにマジリカ王国を向かっていた。

「しかしお兄さんがあそこまで強いとは思わなかったよ」

 ミナが背中をバシバシ叩いてくる。ダメージ的なものはないが感覚的に痛って言ってしまいそうになる。

「仮にも勇者だからね。それよりミナは良かったの? 目的地セレティア王国だったのじゃないの? ここまで僕らについてきてしまっているけど……」

 セレティア王国で別れるはずが、いつの間にか旅に同伴していたミナに対して言う。

「いいよ。お兄さんに着いていったほうが儲かりそうだし、それに楽しそうだ」

 わははっと笑うが、その様子は凄く男前だ。女の人なのに……

「ところで潤、次はどこに向かっているのだ? この方角だとマジリカ王国か?」

 イバルさんが聞いてくる。そういえば皆には行き先を伝えて居なかったな。

「僕はこれから魔王国に向かい、魔王を討伐するつもりだ」

 そう言った瞬間イバルさんの顔が歪んだ。何か不味いことを言っただろうか?

「潤、それは本気か? 魔王が何かしたのか? 何も確認せずに一方的に攻めていくのは潤らしくないぞ!」

 僕らしい? 魔王さえ倒せばこの世界が救われるんだ。この世界に転移させてくれた神様も言ってたじゃないか!

「ああ、本気だよ! 諸悪の根源の魔王は倒さないといけないんだ!」

 ミュリは頷いてくれてるし、ミナはどうでもよさそうだ。ただ、イバルさんだけが反対みたいだ。

「なら俺は次の街で別れさせてもらう。俺は魔王討伐には協力できない!」

 イバルさんの気持ちは固いようだ。どうしてそこまで反対するのかは分からないがイバルさんも譲れないものがあるのだろう。ただマジリカ王国に着くまで馬車の中の空気が少し悪くなった。





「今まで世話になったな」

 マジリカ王国に着くまでの間に何度か説得していたがイバルさんの決心は固いようだった。やはり魔王討伐が許せないらしい。

「イバルさん、必ずまた戻ってきますのでその時はまたパーティを組みましょう!」

 背を向けたイバルさんに対して大声で言う。まさかここで別れるとは思ってなかったので少し涙が出てきた。でもいつまでもこのままではダメだ! と自分を奮い立たせて、港の方に歩き出した。

 港では魔大陸方面には船を出してないらしく直接王城に向かい、マジリカ国王に魔大陸に行くので船を貸して欲しいと言う。僕一人なら無理だっただろう。でもミュリがマジリカ国王にヒソヒソと何かを話すとすぐに了承してくれた。

 船を借りることが出来たので食糧等を購入すると、早速魔大陸に向けて出発する。
 道中で倒したイカの魔物、デビルクラーケンと言うらしいを船の上てわ焼いて食べたり、タコの魔物も食べたり、海の上の魔物が食材に見えてしょうがなかった。
 ミュリは食べる時に少し嫌そうな顔をしていたが一度食べると止まらないらしく何度もお代わりしていた。
 ミナの方は普通に食べてたので単に見た目の問題だけだったのだろう。



 魔大陸に到着するとそこに生息する魔物の強さに驚かされた。一番初めに出会ったのはやたら素早いゴブリンだった。これは瞬殺だったが、次に会った銀色のウルフには相当苦戦を強いられた。何か魔術を使ってきたのだろう、やたら体が重くなり、マトモに動くことが出来なかった。
 後ろの二人は完全に地に伏せていた。
 二人を庇うように立つとウルフが飛びついてくるタイミングに合わせて剣を振るがノロノロとした動きの剣は簡単に躱され体当たりをマトモに食らってしまう。
 このままではと全身を覆うように光の衣を発動させるとマトモに動けるようになったのでそこからは一方的に切りつけて終わりだったが……

 そこらへんを歩いている魔物に光の衣を使わさせられるとは思わなかった。
 何度かの戦闘でのわかったことだが、光の衣は一日に30分程しか使えないらしい。それが普通に遭遇する魔物に使わされるとなると戦い方を考える必要があるかもしれない。
 魔王相手には絶対使う必要があるだろうし……

 暫く歩き続けて遭遇した魔物達はあの体が重くなる、多分重力を操っている魔術を使ってこなかった。
 つまりあの銀色のウルフだけ気をつければいいのだろう。

「ごめんなさい、潤様。私役立たずですよね?」

 ずっと大人しいと思っていたがミュリは自分が足手まといではないかと思っているようだった。僕はほとんど怪我しないし、ミナは魔術師なのでほとんど敵の攻撃には晒されない。イバルさんがいた時とは違って自分が何も出来ないと思い悩んでしまったのだろう。

「そんなことないよ。もし何かあった時にミュリがいないと困るからね。それにミュリが何もしてない方が怪我した人がいないって事だからいい事だよ」

 そう言ったあとも少し思い悩んでいるようだが、少しは気が晴れたのかこれ以上この話題を振ってくる事はなかった。


 それから数日歩いただろうか。その間に何度か銀色のウルフと戦ったり他のゴブリンやオークを倒したり等の魔物戦はあったがレベルが上がったりといった事はなかった。ミナやミュリは上がってるのに僕のは上がらないのだろうか? ひょっとしてレベルは100が上限なのだろうか? そのへんはまた討伐が終わってから王様に確認してみよう。
 まだ魔王国は見えてこないがこの大陸に来てから初めて人を発見した。木陰に隠れて何か様子を伺っているようだった。
 ただ魔族でいきなり襲われるかもしれないので警戒しながら声をかける。

「こんなところで何してるのですか?」

 木陰に隠れていた人はビクッとしてこちらに振り向いてきた。
 その人は赤髪で短髪の男の人だった。その人はいきなり声をかけられたことに驚き、剣をこちらに向けている。

「ちょっと待ってください。僕に戦う意思はありませんよ」

 そう言ってもその男の人は警戒を解いてくれなかった。まぁいきなり知らない人に声をかけられたら当然だろう。

「僕は潤、神城潤です。今は魔王討伐に向かっています。あなたは?」

 魔王討伐という言葉を聞いた時に男の人の目が見開いた。もしこの人が魔族ならここで戦闘になるだろう。剣に手をかけておく。

「本当に魔王討伐に?」

 男の人が初めて口に出したのがそのことだった。

「ええ、そうです。僕は勇者ですから……」

「なら俺も仲間に加えてもらえないか? 俺も魔王討伐を目指していたから……」

 どうやら新しい仲間が増えそうだ。



「ミュリやミナはどう思う。こんなところでいきなり出会った人を信用出来そう?」

 普通なら出来ないだろう。まずはこの人の素性が分からないことには信用も出来ないからな。

「私は潤様の信じられた方なら信用出来ます」

「あたしも最近仲間になったところだからね。自分のことでいっぱいだからお兄さんに任せるよ」

 ミュリもミナも僕に選択を委ねてきた。

「とりあえずあなたのことを教えて貰えますか? 仲間にするかどうかはそれで判断します」

「俺はイスバルト。セレティア王国の近くの山で育ったクオーターの獣人族だ。獣人の国は魔王に滅ぼされたらしいから己を鍛えていつか討伐に出ようと思っていた。この魔剣を手に入れてから、魔大陸を目指してやって来たが一人だと隠れながら進むので限界だったからな。」

 熱を帯びた魔剣を掲げながらそう言ってきた。それ程の剣なら手に入れたあとにこの大陸を目指すのもわかる気がする。
 ただ獣人族が滅ぼされたのはだいぶ昔の事なのにそれを根に持っているのか?

「一時期はパーティも組んでたのだけどな。そのパーティはあまりに居心地が良くて巻き込むのは悪い気がしてな。ただ、お前たちは最初から魔王討伐を目指している。なら俺もその仲間に入れて欲しいんだ」

「獣人族が滅ぼされたのはだいぶ前って聞いたけど……」

 僕の質問に対してミュリが答えてくれる。

「はい、今から200年以上前に滅ぼされたと聞いています」

「ならなんで今更魔王を討伐しようとしたの?」

 これが引っかかった点だ。このイスバルトさん自身は魔王に恨みはないはず……

「それは昔俺に獣人の血が流れていると言うだけでよくいじめられたんだ。それも魔王が獣人を滅ぼしたせいで向こうにほとんど獣人がいなくなったから珍しくていじめてきたのだろう。獣人の血が混じっていることも隠して生活してきたが、魔王への恨みが募るばっかりだった。直接は関係ないけど、俺がこういじめられてきたのは魔王のせいだと……」

 凄く悔しそうに話すイスバルトさん。恨みを持っているのは本当のようだ。なら信用しても大丈夫だろうか? 完全に信用するのはマズイかもしれないが魔王と戦う上での戦力は欲しいところだ。

「まだ完全に信用は出来ませんが、とりあえず魔王国までは一緒に行きましょう。それで信用出来るようなら魔王討伐も共にやりましょう」

 妥協案を提示した。これを飲めないようなら信用出来ないだろう。

「ああ、とりあえずそれでいい。よろしく頼む!」

 その案で納得したイスバルトさんが頭を下げてくる。

「こちらこそよろしくお願いします」





 パーティメンバーに加わったイスバルトさんの戦い方を見てみるがなんと言うか普通だった。
 出てきたオークで能力を計らせてもらったが特別能力が高いわけでもなく低すぎるわけでもなかった。ただ武器のおかげで魔大陸を移動出来てた感じだな。

 最終的にイスバルトさんでは倒しきれなかったので僕がトドメを刺す事になった。

「あのオークキングを一撃で……潤だったな。お前は何者だ?」

 少し息を切らしながらイスバルトさんが聞いてきた。何者と言われてもただの人だしな……

「僕はただの人だよ」

 そう答えるとミュリの方からツッコミがはいる。

「潤様はただの人ではありませんよ! 光の勇者様じゃないですか? 勇者様がただの人なら私達は人以下になってしまいます」

 ステータスだけでみたらそうかもしれないけど、中身はただの高校生だしな。

「まぁそういうことになっているらしい。中身は普通の人だから普通に接してくれると嬉しいかも……」

「そういう事なら今まで通り接させて貰うぞ!」






 次現れた魔物は厄介な銀色のウルフだった。隠れてやり過ごそうとするが、イスバルトさんは突っ込んで行ってしまった。

「イスバルトさん、そいつは……」

 全てを言い切る前に銀色のウルフに見つかり、重力の魔術を使われる。

「うぐっ」

 僕らはまだ離れていたのでマシだったが、イスバルトさんは地面に突っ伏してしまう。
 イスバルトさん、今まで本当にどうやって生き延びてきたのだろう?
 戦闘態勢をとるとイスバルトさんを助けるためにウルフに立ち向かっていった。





「イスバルトさん、さっきの銀色のウルフは相手に見つからない限り戦闘しないで下さい。厄介な相手ですから……」

 イスバルトさんを注意しておく。このままなら魔王国に着くまでに力を消費し過ぎてしまう。
 イスバルトさんも少し反省してくれているようなのでこれ以上言うのはやめておいた。


 その後、銀色のウルフだけは回避してくれるようになったが他の魔物は相変わらず突っ込んでいってはやられそうになっていた。この人はなんでここまで学習しないのだろうか?
 いや、僕らを信用してくれてると思えばいいのか?
 ともかく悪い人ではないようだ。

 ただ魔王国までの日数はまだまだかかりそうだ。
 今度はゴブリンにやられそうになっている。しょうがないなと助けに入る事にする。


 夜、イスバルトさんが寝入った後にミュリとミナを起こしてイスバルトさんのことを話す。

「イスバルトさん、頭はちょっとあれですけど信用しても良さそうだと思う」

 僕の言葉にミュリとミナは頷いた。

「確かに頭の方はあれだけどね」

 ミナがそういいながら笑っていた。ミュリも控えめながらクスリと笑っている。

「なら魔王討伐までイスバルトさんに協力してもらおうか?」

 ミュリとミナも同じ気持ちらしい。頷いてくれる。

「じゃあ明日も魔王国に向けて歩かないといけないから早く寝ようか?」

 そう言うと寝る態勢になる。





 それからしばらく歩き続けた。途中イスバルトさんがトラブルを起こしたりしていたが何事もなかった。
 そしてようやく魔王国に到着した。
 魔王国の城門前にやってくると兵士の人がやってくる。

 どうする? 斬り捨ててしまうか?
 そんな物騒なことを考えてしまうが、向こうからいきなり攻撃されることもなかったので話をしてみることにする。

「こんにちは、国の中に入りたいのですが……」

「では身分証を見せていただけますか?」

 そう言われてギルドカードを見せる。

「勇者様でしたか。ではこちらからどうぞ」

 何事もなく門の中に入れた。少し拍子抜けだな。しかも勇者と分かった上で入れてるのだからな。

 魔王国に入ってみるとそこは他の国と変わらない街がある。
 本当にここが魔王の支配する国なのか? そんな疑問は浮かぶが気にしないことにした。あの魔王でも自分の種族にだけは優しいということなのだろう。

 早速王城の方に向かうことにする。王城前にもやはり兵士の人がいる。この人に魔王に会いに来たと伝えた。

 しばらくすると兵士の人が戻ってくる。今は何かをしていて人は入れられないとのことらしい。でも引き下がる訳にはいかないので無理やり入らせてもらうことにする。
 そうすると兵士の人が剣を構え抵抗してくるが、それ程強い訳でもないので、殴って気絶させておく。
 さぁ、魔王がどこにいるのだろうな。



 いくつかの部屋を開けていったが、中々魔王がいる部屋は見つからなかった。どんどん気絶させる兵士の数が増えてくる。
 するとある部屋から強大な魔力を感じる。これ程大きな魔力は魔王か? その魔力を感じた方に向かって行ってみる。
 その部屋にいたのは4人のちびっ子と一人の女性、それから一人の男性に勇者響境也だった。勇者がここにいるということはあの男性が魔王なのか?
 でも響と普通に話していることからただの人かもしれない。
 とりあえず見知った顔なので魔王の居場所を聞くにはいいかもしれない。そう思い部屋の中に入っていった。

「何者だ!?」

 男性が凄い威圧感を放ちながら聞いてくる。これ程の威圧感、魔王で間違いなさそうだ。ただ、この威圧感でミュリとミナは萎縮してしまっていた。イスバルトさんは口をパクパクさせて驚いてちびっ子の方を見ていた。知り合いとかかもしれない。

「神城潤、勇者だ。魔王の討伐にきた! お前が魔王で間違いないか?」

 魔王の威圧感に負けじと威圧感を放つ。魔王も少し驚きの表情をしていた。

「確かに私は魔王だ。だが勇者なら私の話を聞いてもらいたい」

 そう言って邪神とか訳のわからないことを言い出す魔王。とても信じられる話ではなかった。おそらく響はその魔王の言葉を信じてしまったのだろう。

 なら出来ることはただ一つだ。魔王を倒して響を元に戻す。そう思い剣を抜き、構えた。
 魔王も話が信用してもらえないとわかると周りにいたちびっ子や女性を響に避難させているようだ。部屋から出して、魔王自身は臨戦体制をとっていた。

 そのまま向かい合ったまま、魔王を睨みつける。魔王も目を細めてこちらを見ていた。相手は魔王。油断したら一瞬でやられる。剣を握る手に力が入る。

 先に動き出し、魔王を斜めに切りつける。しかし、それはあっさり躱されて魔王の反撃がくる。その拳を躱し少し距離をとる。
 力の差はほとんどないみたいだな。
 なら全力で攻め続けるだけだ! そう思い光の衣を発動させ、再び斬りつけた。今度は1度だけじゃなく数回斬りつける。流石の魔王も連撃は躱しきれずにかすり傷を負っていた。

「なるほど。光属性を集めて衣のように纏っているのか。魔族にとってこれ程の天敵はいないだろうな」

 己が傷を見ながら魔王は冷静に分析していた。もっと深く傷つけないとまともにダメージを与えられないだろう。
 もう一度剣を構えると目の前に魔王が迫っていた。
 速い!?
 躱しきれずにまともに一撃をくらい、壁まで吹き飛ばされる。
 ダメージ自体は光の衣が軽減してくれるがそれでもそこそこのダメージだ。起き上がるとさらに魔王が迫ってきていた。剣を振り下ろす間もないのでなんとか躱しながらダメージを最小限に抑える。
 そしてなんとか距離をとり、息を整える。

 そして、魔王をしっかり見据えてこちらも素早く斬りつける。魔王は一撃目はしっかり躱してくるので、その避けた先にもう一度斬りつける。これは掠る程度だが、更に2度3度と斬りつけていくと躱しきれなくなってきたのだろう。どんどん傷跡が増えていく。

 そして絶対躱されないというタイミングで剣を上から振り下ろす。
 これで決まりだ!
 そう思ったのだが、魔王の顔の上で剣は止められていた。正確には片手で受け止められていた。魔王の左手には大ダメージを与えただろうが、完全に押しても引いても剣が動かない状態だ。しまっ……

 そう思った時には再び魔王の拳が腹に突き刺さっていた。そして再び壁まで吹き飛ばされた。

「がはっ」

 口から少し血を吐き出す。無防備の状態でまともに食らったのだ。さっき以上のダメージをうける。
 頭が少しフラフラする。
 もう何発も耐えられないだろう。ふと横を見るとミュリが心配そうに回復魔術を詠唱してくれていた。
 ミナの方も魔王に対して魔術を使っていたが、全て躱されていた。
 イスバルトさんは壁で気絶していた。いつの間に攻撃を受けてたんだ?

 ともかくまともに動けるうちに持てる力を全て出し切る。剣に光の衣を集める。そしてそれを魔王に向けて振り下ろす。集めた光の衣は巨大な光の剣みたいになっていて、それを魔王は躱しきれずに光の中に飲み込まれていった。

 勝った!

 そう思いその場に倒れてしまう。そして光が晴れてくると満身創痍の魔王がまだしっかり立った状態で現れた。
 まだやるのか!?
 起き上がろうとするが力を使い果たし、起き上がることができなかった。ミュリとミナが寄ってくるが、魔王の放った拳の衝撃波に飛ばされ、壁に打ち付けられ気絶する。
 魔王を睨みつけることしかできない僕に魔王は最初にした話を再びし出した。

 魔王が言うにはこの戦いは仕組まれたものであり、この世界に転移させられた時にあった神こそが全ての元凶である邪神らしい。
 つまり魔王を倒すということは邪神の手助けをしてしまっていることになるそうだ。

 こんな何時でも止めをさせる状況でもそう言ってくるということは本当のことなのだろう。
 うつ伏せに倒れたまま項垂れてしまう。

 ザクっ

 何かが刺さる音がして魔王の方を向くと魔王の胸元に光輝く槍が刺さっていた。
 そしてその槍をもつ響境也が笑いながら立っていた。

「なんで……?」

 響は魔王の味方だったのじゃないのか? それがなんで……?

 響は槍を引き抜くと魔王はその場で崩れ落ちる。
 そして槍を構えたままこちらに向けて歩いてくる。

「魔王さえ倒せればあんたは用済みみたいだ。ここで死んでくれるか?」

 そういうと槍をこちらに向けて構える響。未だに体が言うことを聞かないのでその場でうつ伏せのまま倒れている僕。

「や、やめ……」

 ザクっ

 再びその音が聞こえ、激痛を感じて意識を失ってしまう。
 完全に意識を失う前に聞いたのは響の高笑いだった。





 意識を失った僕の前にかつて見たダンジョンマスターが現れていた。その顔はニヤけ顏で凄く嫌な予感がする。

「お主は死んだ!」

 ダンジョンマスターがそう告げた。確かに槍で刺されたのだ。死んでもおかしくないだろう。

「なら、ここは死後の世界?」

「いや、かつての願いを叶えに来た」

 そう言えばミュリが願いを叶えてもらっていたな。あのときの願いは僕のことだったのか……

「どんな願いなの?」

 そう聞くとダンジョンマスターは再びニヤりと笑う。

「『私はどうなってもいいから、勇者様だけは死なないように守ってください』これがやつの願いだ。なのでそなたは復活させてやる。代償は娘の魂だ!」

「やめろ!!」

 そう言い、手を伸ばそうとするが虚しく空をきり、ダンジョンマスターの高笑いが聞こえるだけだった。


 再び目を覚ました時には痛みも感じない完全に治った状態だった。響はもう出て行ったのかいなかった。
 そうだ、ミュリは? そう思いミュリの方を見ると壁際に倒れていた。

「よかった」

 そう思い、ミュリに近づき、声をかけるが一向に起きなかった。まさかと思い脈を確認するとちゃんと脈はある。

 ちょっと待て! ダンジョンマスターはなんて言っていた? たしか『代償は娘の魂』と言っていた。つまり今のミュリは生きてはいるけど、魂の抜けた抜け殻状態……

 自分の情けなさと騙されて魔王と戦わされ、かけがえのないものを失ってしまったことで項垂れ、その場で大声で泣き出してしまった。



 その後失意のままミュリを抱えて城の中を彷徨っていた。このままいたら捕まるのは間違いないだろうが、今はそこまで考えられずただあの場所に居たくなかったのだ。
 どこをどう歩いたのかわからないが、転移魔方陣の部屋の前にやってきていた。ここだけは他の国と見た目が同じなのですぐに分かった。

 ただ、その部屋の前には2人の兵士が立っていた。
 倒してしまうか?
 そう考えたがこれ以上関係のない人を倒すのには抵抗があった。魔王と戦うまでは何の抵抗もなかったのに……
 とりあえずここは避けて別の部屋に行こうとするときにイスバルトさんが追いかけてきて大声で僕の名前を呼んできた。そういえばミナとイスバルトさんを置いてきたままだった。
 だが、今の声で兵士の人たちに気づかれてしまう。ミュリを傍において臨戦態勢をとるが、なぜか兵士たちはそのまま通してくれる。思わずいたたまれなくなり兵士の人に聞く。

「何で通してくれるのですか? 僕は魔王を討伐に来ていたのですよ」

 すると兵士のうちの一人が予想外の返答をする。

「まだ魔王様の息がありました時に魔王様から光の勇者が生きていたら助けてやってほしいと言われましたので通すだけです。本当なら殺せないまでも命を捨ててでも仇を取りたいというのが本音ですが、魔王様の最後のご命令ですので私たちはそれに従うまでです」

 そういった兵士の手がギュッと握られる。そうとう悔しさを我慢しているのだろう。それほど大変なことをしてしまったのだ。
 魔王はなぜ僕を助けるように言ったのだろうか? それを知るには持っている情報が少なすぎた。





 転移の部屋に入り、転移させてもらった。
 転移先は相変わらず見覚えのある部屋だけどここはどこの国だろう? イスバルトさんは魔王国に残るらしく3人で転移してきた。
 部屋から出ると魔王城にいたちびっ子達と女の人が立って、若い男の人と話をしていた。この人は確か大国の会議に来ていた人だ。名前は知らないが……

「おや、君は確か勇者の一人の神城潤くんだったかな? 君も魔王国に?」

 こちらに気づいた男の人が尋ねてくる。するとちびっ子達もこちらに気がついたようで睨みつけてきていた。

「……」

 
 言葉をあげられずにいると女の人が詰め寄ってきた。

「父上は? 父上はどうしたのじゃ?」

 今にも泣きそうな顔をしている。どうやら魔王の娘らしい。

「魔王は死んだ。僕が殺したようなものだ」

「なぜじゃ? なぜ父上が死ななければならなかったのじゃ? いい事をしていたのによりによって勇者のお主に……」

 魔王の娘は思わず泣き出してしまう。僕を含め周りの人は声をかけられなかった。特に僕は……





「それでお主はどうするのじゃ? 妾達も殺すのか? なら妾は父上の仇をとらしてもらうぞ!」

 ひとしきり泣いたあと涙を拭い、魔王の娘が睨みつけながら低い声でそう聞いてくる。

「そんな気はないよ。僕は騙されてとんでもない事をしてしまった。それはだけは理解できているから」

 魔王が死んだのは神から倒せと言われ、国王も賛同してくれたからだ。魔王は悪! それを信じて周りを見ようとしなかった結果なのだ。
 その結果がいい人だった魔王は死にミュリも死んでしまった。全部僕が招いたことだ。本当ならここで死ぬべきなのだろうがまだしなければならないことがある。なのめこの場で死ぬことはできなかった。

「本当に申し訳ごさいませんでした」

 こんなんで許してもらえるとは思わないが頭を床につけ、土下座をして謝る。この世界の人には訳がわからないかもしれないが今の僕にはこうすることしかできなかった。




 土下座で誠意を見せられたかどうかはわからないが男の人が僕に手を差し伸べてくる。立ち上がれってことだろうか? その手をとり立ち上がる。

「それで君はこれからどうするんだい?」

 声は優しくかけてくれているが瞳の奥は真剣な表情だった。

「ひとまず、ミュリを届けに行ってから響を追おうと思います。その後はそこの魔王の娘さんに身を委ねようと思いますが、響だけは僕が捕まえます!」

 その言葉に反応してちびっ子にも言い寄られる。どうやらちびっ子達は響と旅をしていたらしく、何があったのかと聞かれ、響がした事を話す。
 その話を終えたあと、魔王の娘が少し考える素振りをし、こちらを向いて言った。

「お主の事は許せぬが響の方も許せぬな。特に今まで仲間のように接してきたのにいきなり裏切るとか……」

 響は魔王の娘とも面識があるようだ。

「ならお主はさっさと響を捕まえてもう一度妾の前に来い! 先ほどの父上の話は響も交えて改めてさせてもらう!」

「話は決まったようだね。魔王も話したかもしれないけど、響くんは多分邪神信仰者の方に付いたみたいだね。ならミュリス王国に行く前に邪神信仰者のことについて詳しく教えておくよ」

 男の人から色々と教えてもらう。その中には魔王から聞かされたことも多々あり、それがまた魔王をやった事を後悔させる。

「やった事はもう変えられないよ。なら君がこれからする事は魔王がしていた邪神信仰者に対抗する事じゃないのかい?」

 男の人が優しく言ってくれる。この人は何でこんな僕に優しくしてくれるのか? そう尋ねてみた。

「私は国王だから、魔王が抑えていた邪神が暴れるかもしれないとなるとなにふりかまっていられないんだよ。今すぐに邪神を抑える能力を持っているものは君しかいないからね」

 僕自身というよりも力そのものが欲しいようだ。でも当然だろう。僕は取り返しのつかない事をしたのだ。今後この力を振るう際にはもっとよく考えないと……



 そしてひとしきり教えてもらった後、国王にお礼を言うとミュリス王国を目指す前にもう一度魔王の娘に謝りに出向いた。

「もうよい。そんな事をしても父上は帰って来ぬのじゃから……」

 目を真っ赤に腫らした魔王の娘はそう言ってくる。
 そうだろう。死んだ人が帰って来る方法なんて……
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