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26.

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「でも、ただの水風船だぞ? そんなに無理して取るものか?」
「はいっ、だって有場さんと同じものですから……」


 莉愛に言われて初めて自分の水風船を見る。
 たしかに俺が取った中の一つと全く同じ模様をしていた。


「本当なら同じもの全部取りたかったんですけど、これだけで我慢しますね……」


 ちょっとだけ残念そうな表情を見せてくる。
 ただ、それも一瞬ですぐに嬉しそうに水風船で遊んでいた。
 それを俺は微笑ましく見守っていた。

 ◇

「次は何をしましょうか?」
「そうだな……」


 さすがにたこ焼きだけじゃ小腹が減ってるからな。
 何か食い物を買うのが良いだろうけど……。


「っらっしゃい、っらっしゃい。美味しいフランクフルトだよ! おっ、そこの綺麗な嬢ちゃんとかっこいいお兄さん、一本どうだ? 今なら二本セットで五百円にしておくよ」


 いかにもなお世辞だったけど、だからこそ反応してしまう。
 そして、テーブルを見るとそこにはフランクフルト一本三百円。二本五百円って書かれていた。


「って、全員五百円じゃないか!」
「もちろん、利益ギリギリでやらせて貰ってるんだ。これ以上は引くことができないんだよ」


 でも、これなら食べさせあうこともないな。
 さっき見たいにほとんど人が通らないところまで離れる必要もないだろう。


「どうだ、莉愛。食べていくか?」
「はい!」


 莉愛に確認すると彼女は嬉しそうに頷いた。
 普段家ではこういったものはほとんど食べないもんな。


 ◇


 フランクフルトを二本買うと俺たちは人に当たらないように少しだけ道を逸れる。
 人の量は気にならないが、ぶつかってケチャップが付いたら大変だから当たらない程度に人がいないところに避けていた。

 そして、早速フランクフルトを食べる。

 うん、まぁこんなところか……。

 屋台の味だからな。
 やっぱりこの雰囲気を味わってる感じなのだろう。
 ただ、莉愛の方は物珍しさもあってか、すごく嬉しそうにフランクフルトを食べていた。


「はふはふ……、ふぉ、ふぉいひーふぇふへー」


 口いっぱいに頬張って何かを言おうとする莉愛。
 ただ、熱かったようで必死に口を動かしていた。


「何言いたいかはわからないが、ゆっくり食べてからでいいぞ!」
「(コクッ……)」


 莉愛が頷くと必死にフランクフルトを食べ始めていた。
 そして、食べ終わってから莉愛が笑みを見せながら言ってくる。


「とっても美味しいですね」


 いや、莉愛ならもっと旨いものを食ってると思うが――。


「そうか……。よかったな」
「うんっ!」


 嬉しそうな表情を浮かべる莉愛の頭を撫でると更に嬉しそうにしてくれる。


 ◇


「もうすぐしたら花火があるんじゃないですか?」


 次の屋台を探して歩いていると莉愛が思い出したように言ってくる。


「こんな小さな祭りなのに花火があるのか?」
「えぇ、なんでもお父様が――」
「あぁ、そういうことか……」


 勇吾さんの力で無理やり花火をしているのだろう。
 彼ならこのくらいしてもおかしくないもんな。


「えぇ、昔からなんですよ。家からも見えるんですけど、どこで見ますか?」
「せっかくだからここで見ていこう。それにまだ祭りで見ていないところもあるもんな」
「そうですね、時間ギリギリまで見て回りましょう」


 莉愛が手を差しだしてくるので俺はそっと掴み返した。
 そして、屋台の方に戻るとなんだか射的のところが騒がしかった。


「よっ、ほっ、はっ!」


 アクロバティックに動きながら射的を行ってるのは伊緒だった。
 よくあれだけ動きながら出来るなと感心してしまう。

 まぁ当たってはいないが……。


「ふぅ……、なかなか手強かったよ……」
「伊緒ちゃんもこのお祭りに来てたんだね」


 伊緒を見かけると莉愛は嬉しそうに近づいていく。


「あっ、り、莉愛ちゃん!?」
「どうしたの?」


 伊緒がかなり驚いた表情を見せていた。
 そう言えば一緒には来られないって言ってたもんな。


「な、なんでもないよ。それよりも莉愛ちゃんは何をしてたの?」


 無理やり話を逸らそうとしているのがよくわかる。
 ただ莉愛はそれに気づく様子もなく、嬉しそうに話す。


「有場さんと一緒にヨーヨーすくいをしました。あとは色々食べて回ったんですよ。屋台の料理ってこんなに美味しいんですね」


 嬉しそうに微笑む莉愛。
 ただ、それを聞いた伊緒が少し怖い顔を見せてくる。


「そうなんだ。あっ、お兄ちゃん、ちょっと良いかな?」


 伊緒が手招きをしてくる。


「どうかしたのか?」
「せっかく二人っきりなんだからもっと恋人らしいことしてよ。わざわざ二人きりにしてあげたんだから、それが普通に楽しむだけだともったいないよ」
「そうは言ってもな……。それに俺たちはまだ恋人ではないし、それならあんなに目立たないでくれよ……」
「それは……うん、ごめんね。でも、私もお祭りで遊びたかったから……」


 伊緒が顔を伏せてくる。
 まぁ、本当なら莉愛と一緒にお祭りを回りたかったのに俺のために引いてくれたんだろうな。そこは感謝しておこう。
 ただ、俺たち相手にそんな遠慮することはないのに。


「それなら一緒に見て回るか。莉愛もそれでいいか?」
「伊緒ちゃんなら歓迎しますよ」


 屈託のない笑みを見せてくる。


「うーん、わかったよ……」


 少し腑に落ちない様子の伊緒だったが、莉愛の言葉で一緒に回ることに同意してくれる。
 すると、突然伊緒が俺の腕にしがみついてくる。


「それじゃあお兄ちゃん、あのぬいぐるみとってくれる?」
「あっ、伊緒ちゃん!? そこまで許可してませんよ!」


 腕にしがみついたことで莉愛が頬を膨らませながら引き離そうとしてくる。

 そんな二人の様子を苦笑しながら伊緒がとって欲しいといっていたぬいぐるみは射的の台の一番上に置かれていた。

 とても大きなクマのぬいぐるみ。


 ただ普通にやったのでは取ることはできなさそうだ。
 それに――。


「これなら買ったほうが安いんじゃないのか?」
「う、うん、それはわかってるよ。でも、やっぱりこういう所で取りたいんだよ」


 確かに注目も集められるわけだし、伊緒の言いたいこともわかる。
 でも、さっきの様子を見てる限りだとまず可能性はないだろうな。


「わかったよ。俺もやってみるよ。ただ、期待するなよ」
「ありがとう、期待してるよ!」


 伊緒が嬉しそうにはにかむ。
 すると、莉愛がムッと頬を膨らませる。


「わ、私もやります! 伊緒ちゃんが欲しいぬいぐるみは私が取って見せます!」
「それいいね。それなら私ももう一度するよ」


 結局俺たちは三人並んで射的をするとこになった。

 右隣には莉愛が、左には伊緒が、なぜか俺を挟むように位置取りをしていた。


「えっと、どうしてこの並びなんだ?」
「だって、この方が取りやすそうだもん」
「あ、有場さんの隣に行きたかったからです……」


 笑顔を見せる伊緒と恥ずかしそうに俯く莉愛。
 うん、二人は良いんだけど、後ろから受ける視線がとても気になる。

 まぁ、気にしてても仕方ないな。さっさと取ってしまおう。

 俺はジッとクマのぬいぐるみを狙う。
 あれだけ大きいものだ、当てる場所も考えないと取れないだろう。
 弾は三発。決して多いとは言いがたい。

 狙うは頭。
 重心を考えると頭のギリギリを狙うべきだろう。

 じっくり狙いをつけて引き金を引く――瞬間に隣から伊緒がぶつかってくる。
 その衝撃で狙いは逸れて全然違う地面へと弾が落ちていった。


「い、伊緒ー!」
「ご、ごめんね、お兄ちゃん。次からは気をつけるから……」


 伊緒が謝ってくるので俺も頭を冷やす。
 よく考えると最初見たときの伊緒の激しい動きを考えるとこうなることは目に見えていたはずだ。
 今度は突然当たってこられても動かないように……。

 改めて意識をぬいぐるみへと向ける。
 伊緒は……俺とは全く反対の方向へ行っている。これならぶつかってくることはなさそうだ。

 ゆっくりと引き金を引こうとする。


「あ、有場さん……、いいですか?」


 莉愛の声と共に引き金を引く。
 意識が少し莉愛に向いてしまい、弾がぬいぐるみを掠っていく。

 直接当たらなかったので、ぬいぐるみは動くことなく、その場に佇んでいた。


「どうした?」
「そ、その……、どうやって撃つのかわからなくて……」
「なんだ、そんなことか。それなら俺がやるように構えてみるといい」


 実際に俺はぬいぐるみを狙いながら構えてみる。
 すると莉愛も不安そうに俺の真似をしてくる。

 少し変な構えだな……。

 あまり自信がないのか、そわそわと何度も俺の方を見てくる。
 仕方ないな……。

 俺は射的の銃を置くと莉愛の後ろに立つ。


「ふぁっ!?」
「良いからジッとしていろ。そうだな、体勢はこんな感じだ」


 構えている莉愛を手取り足取り説明して、ちゃんとした体勢にしてあげる。
 すると莉愛は顔を真っ赤にして、肩を振るわせていた。


「そ、その……、もう大丈夫です……。ありがとうございます……」
「あ、あぁ、そうだな」


 俺は元の位置に戻り、銃を手に取る。
 すると伊緒が満足そうに親指を立てていた。


「お兄ちゃん、ぐっじょぶだよ! これなら私が心配する必要はなかったね」
「このくらいならよくしてるだろう」


 莉愛がことあるごとに腕を組んでくるんだし……。


「うん、そのさりげない感じが良いね」


 嬉しそうに頷く伊緒。


「それよりも射的は良いのか?」
「あ、あははっ……、全部弾使っちゃった……」


 乾いた笑みを見せながら手元をみせてくる。
 そこには一つも弾がなかった。


「だから、お兄ちゃん、頑張ってね」


 伊緒が応援してくる。
 すると横で莉愛が弾を一つ撃っていた。


「あっ、当たりました」


 ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねる莉愛。
 そして、当てたのは一番下の棚に置かれていた小さな人形だった。


「有場さん、当てましたよ」
「あぁ、よくやったな」


 喜ぶ莉愛の頭を撫でてあげる。

 これは俺が当てないと取れないな……。

 今度ことは……とじっくりぬいぐるみを狙う。
 そして――。


「よし、当たった……」


 ようやく狙い通りぬいぐるみの頭を当てることができた。
 ゆらゆらと台の上で揺れる。
 ただ、一発だと威力が弱いようで、ギリギリ落ちそうになかった。


「くっ、だめか……」


 諦めかけたその瞬間に隣から弾が発射される音がする。


 ポンッ!


「あっ、当たりました!」


 莉愛が再び弾を発射させ、それが揺れているぬいぐるみに命中する。
 そして、そのぬいぐるみはゆっくりと揺れてそのまま棚の下に落ちていった。


「や、やりました!!」


 莉愛が両手を挙げて喜ぶ。
 ぬいぐるみを受け取るとそれをそのまま伊緒へと手渡す。


「はい、伊緒ちゃん」
「えっ、いいの?」
「うんっ、伊緒ちゃんのために取ったんだもん」


 莉愛が屈託のない笑みを浮かべると伊緒はそのまま彼女に抱きつく。


「ありがとう、莉愛ちゃん! これ、大事にするね」
「うん」
「お兄ちゃんもありがとう。二人の初めての共同作業だね」


 伊緒がニコッと微笑むとその瞬間に莉愛の顔が真っ赤に染まる。


「い、伊緒ちゃん、それはちょっと意味が違うと思いますよ……」
「でも、間違ってないよね? だからお兄ちゃんもありがとう」


 今度は俺に飛びついてくる伊緒。
 ただ、それを莉愛が防ごうとしたので三人が抱きつく形になる。

 それは良いのだが、さっきまで伊緒が騒いでいたので周りに人が集まっている。

 その人たちが微笑ましい視線を送ってくるので俺はさすがに恥ずかしくなる。


「その……二人とも、一旦離れてくれるか?」
「もうちょっとこうしてから……」
「だ、ダメですよ!!」


 それからしばらくの間俺は二人に抱きつかれたまま身動きが取れなかった。
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