無気力最低ニートが、スキル『一日一回何でも願いがかなう』を取得しても、世界を思いのままにするとか、考えないからニートなんです!

さかなで/夏之ペンギン

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ゼリーの時間

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なにかいる、と感じた。大きなものから小さいものまで、礼拝堂のなかに沢山いると思った。

「みんなどこ!」
「デリア!気をつけて。踏まないようにしてあげて!」

ラフレシアの声だ。暗くてどこにいるかわからない。踏まないようにだって?いったい何をだ?

「デリアさん、明かりをつけられないの。使い魔に見つかってしまうから。目が慣れるまで、そこでじっとしていてください」

シスチアの声だった。恐怖に歪んだ声ではない。優しく穏やかな声だ。ぼくはちょっとそれを聞いて安心した。

「目を慣らすったって、こんなに暗くじゃ…あっ!なにかぼくの足に!」
「動かないで。その子たちは何もしないわ」
「その子たち?」

ようやく目が闇に慣れてきたようだった。窓から差す薄明かりでぼんやりとだが足元が見え、ぼくは飛び上がる。

「おわっ!」
「気をつけて!踏んじゃダメ!」
「え?」

足元には大小まちまちのスライムがいたのだ。スライムはジェル化した魔物だ。さまざまな色をした透明のそれは、うねうねとそこらじゅうを動き回っている。

「こいつら魔物じゃないか!強い酸を出すんだ。溶かされちゃうぞ!」
「大丈夫、デリア。この子たちはスライムじゃないの」
「じゃなんなんだよ!」
「この子たちはみな、もとは人間だったの…」

シスチアの声が低く、悲しそうな響きを帯びた。

「そんなばかな!人間がこんなことに?スライムにさせられたって?あり得ない!」
「あたしも初めはそう思ったわ。でも事実なのよ」

横から腕組みをしたラフレシアがため息交じりにそう言った。

「ラフレシア、どうしてそう言い切れる?」
「いいからこっち来なさいよ。いまにもあんたそいつらを踏んづけちゃいそうだから!」

ちょうど祭壇のところにみないるようだった。ぼくはスライムたちを踏まないよう、そうっと歩いていく。祭壇にはミローネとラフレシア、そしてシスチアがいた。リヴァちゃんは祭壇で寝ている。なんか似合う。

「シスチア!心配してたんだ。よく無事だったね」
「ありがとうございます、デリアさま。転移させられたときはもう死んだって思いました」
「この町に転移を?」
「そうです。あたしもこの子たちみたいにゼリーにさせられてしまうところでした。でも運よく見つからず、こうして隠れながら様子をうかがっていたんです」
「そりゃよかった…ってゼリー?なにそれ」
「さっきも言いましたが、この子たちは人間です。スライムじゃないんですから」

スライムもゼリーもあまり変わらない気がしたが、まあスライムは魔物でゼリーは食べ物だ。そういう違いだろう。

「そもそもなんで人間をゼリーなんかに?」
「それは…効率よく人間から生命エネルギーを取り出すためでしょうね」
「なんだって!なんでそんな…」
「この町の地下に巨大な神殿が埋まっています。そこには五つの暗黒柱が建てられているそうです。その暗黒柱とは、もとは悪魔の魂から作られたもので、そこに生命エネルギーを注ぎ入れることでこの世界に未曽有の大災害を起こすことができると…」

なるほど、魔王はそれを狙っているわけか。そいつがほんとうなら、こりゃヤバイかも。

「つまりこの町の住人すべてがスライム、じゃなかったゼリー人間にさせられちゃったっていうのか?」
「そうです。でもぜんぶじゃありません。王と兵は人間のままで、兵は邪魔なゴーガイル王国を滅ぼすため、そして王は王宮に幽閉されています。それに数百人がまだ人間のまま隠れているんです。どうにかしなければ、彼らも見つかってゼリーの姿にさせられてしまいます」
「じゃあ王を救い出せば…」
「それじゃダメなんです。王や兵士は操られているんですから」
「誰に?」
「魔王の手下の…黒魔男爵という魔族にです」

また男爵か。この世界の男爵ってろくなもんがいないな、ほんと。あれ?そういえばぼくも男爵だったんじゃなかったっけ?すっかり忘れてたけど。

「早いはなしそいつをぶっ倒せばいいわけか」
「そういうことになりますが、ことはそんなに簡単ではありません…」

シスチアはさらに沈んだ声でそう言った。

「どういう意味?」
「黒魔男爵は地下の神殿にいます。さっきも言いましたが、そこにある暗黒柱に生命エネルギーを送り込んでいるのです」
「だからそいつを倒しちゃえば…」
「そうなれば男爵が制御している暗黒柱は暴走し、やはり大災害の引き金になるでしょう…」
「どうすりゃいいんだよ、それ」

これは困った。男爵を倒すと大災害かよ。マジありえない。

「それに、この子たちをもとに戻せなくなります」
「え?これって元に戻せるの?」
「はい。男爵の魔法でゼリー化させられているのです。男爵が魔法を解けば元の姿に。ですから男爵を殺したりすれば、この子たちはもう元の姿には戻れません」
「マジかよ…」

何もかも人質に取られているようなもんだな。それじゃあ男爵には一切手出しできないのか…。

「ニャンコは?」
「偵察に行ってるわ。あいつ、姿を消す魔法を使えんのよ」

それは知らなかった。あんにゃろ、まだ何か隠してるかもしれないな。

「それよりこいつら、どうしようか…」
「もはや人間としての思考はないようです。ただうねうね動くだけみたいで。だけど、ある時間になるとみな一か所に集まるんです。おそらくそこで生命エネルギーを吸い取られるんだと…」

シスチアがまた暗い声で言った。

「その場所って?」
「墓地です。おそらく地下神殿の入り口もそこにあるのかと。毎日正午の鐘が鳴らされるとみな集まっていきます」
「きみは見たのかい?」
「いいえ。警備の兵士が多く、使い魔も多く飛んでいます」
「え?使い魔って飛ぶの?」
「もちろんです。コウモリの格好をしてますから」
「コウモリって…」

精霊の国を襲ったのも確かコウモリじゃなかったか?きっと何か関連があるんだろうね。

「とにかくそこに行ってみないことには、どうしていいか方法が考えつかないわね…」
「でも危険だよ、ラフレシア」
「この町にいる限りどこも危険よ」

そりゃそうだ。いずれぼくらは見つかってしまうだろう。そうなる前に手を打たなくっちゃね。

「姿を消す魔法かあ…」
「ばかね、デリア。そんなもん人間には使えないし」

たしかにラフレシアの言う通りだ。ぼくやラフレシア、シスチアは使えない。ミローネは多分使えるだろうけど。

「この子たちに紛れて行ったら?たくさんの中にいれば見つからないかもしれません」

シスチアはそう言って大きなゼリー人間の陰に隠れてみた。いいアイディアだが、どうにも体が透けて見えてしまう。

「夜ならともかく、真昼間じゃ話にならないよ」
「ダメですか…」

いやいや案外ダメでもない。シスチアのおかげでいい考えが浮かんだ。

「墓地の場所はわかるのかい?」
「わたしはわかりませんが、教えてくれる人はいます。いままでの情報もみんなその人が教えてくれたんです」
「会えるの?」
「この教会のすぐそばに隠れています。お酢を作る工房があるそうで、そこに。魔族はお酢の匂いを嫌いますからね」

それは知らなかった。それじゃ冷やし中華とかところてんとか食べられないのか。まあこの世界にはないけど。

「危険は承知の上できみにお願いできるかな?その人を連れてきてほしいんだ」
「もちろんです!デリアさまのためなら」

そう言ってシスチアはすぐに教会を飛び出して行った。

「ふーん…デリアさまのため、ねえ…どういうことかしら?」

ラフレシアがすっごいいやーな顔をしてそう言った。

「い、いや、恩人とかそういうニュアンスだよきっと」
「ぜんぜんそういうニュアンスじゃなかったわよ?」
「気のせいだって!」
「なんだかなー」
「それよりぼくもやることがある。きみとミローネはここに隠れていてくれ。リヴァちゃんを頼む」
「なにする気?あんたなんか考えがあるの?考えもなしに何かできると本気で思ってんの?根性だけでうまくいくものなんかこの世界にはないのよ?まああんたには言ったって理解超えちゃうかもだけど。バカだから」

むくれてそう言ったラフレシアは腕組みしながら冷たい目でぼくをにらんでいる。こいつ、まだ根に持ってんだ。

「わかったよ。悪かった。あやまります」
「なにあやまってんの?なんか悪いことしたの、あんた」
「きみにでかい尻って言って、申し訳ありませんでした!」
「ふん。わかればいいのよ。いい?こんどそんなセクハラ発言したら許さないわよ」

セクハラって、どこの言葉だよ!

「ではちょっと出てくるね」
「デリア」
「な、なに?」

まだ怒ってるのか?もういい加減にしてほしい。

「気をつけて」
「あ、ああ…」

ぼくは外の様子をうかがい、闇のなかに身を滑らせた。目的は、どこか土のある場所、なのだ。それはそこで手に入る、はずだ。



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