無気力最低ニートが、スキル『一日一回何でも願いがかなう』を取得しても、世界を思いのままにするとか、考えないからニートなんです!

さかなで/夏之ペンギン

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精霊神殿

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「起きてデリア」

そうぼくを呼ぶ声がした。ミローネの声だった。

「うえええ、なんか気持ち悪い」
「仕方ないわよ。ふつうの人間が精神世界の扉をくぐりぬけたんだから」
「精神世界の扉?」
「そう、ここはその世界。心の世界よ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」

いくらかまわりが見えてきた。真っ暗な世界から、ぼやーっと明かりがさしてきているみたいだった。

「うーん…デリア?デリア、どこ?」
「ラフレシア、ぼくはここ」
「おお、マスター、生きてた」
「パパ!大丈夫?」
「ブヒヒン」
「これはまたなんというところに」

ああ、ネクロやリヴァちゃん、馬にニャンコ。みんな無事だったようだ。

「ところでニャンコ。おまえ、なんにも活躍しなかったな。みんなの後ろばかり隠れやがって」
「仕方なかろう。われは精霊界では力が出ん。なすすべがないのだ」
「こいつは大賢者が作ったキメラだからな。疑似精霊で生きているようなやつにはこの精霊国のうちではカスだな」
「ハッキリ言うなミローネ。まあだが事実だ」

ニャンコは少し怒ったふうだったがそれ以上は何も言わなかった。ぼくの頭の中には、大賢者に作られたとかキメラだとかおよそ生命の本質を否定する言葉が、なにか別の世界のことのように聞こえて、それはそれでどことなく悲しかった。

「それはそうと、ぼくらはその心の扉をくぐったのか?」
「そうよ。正確には呼ばれたの」
「呼ばれた?誰に?」
「決まってるじゃない。この精霊神殿の主、精霊神グノーシスさまよ」
「こ、ここは精霊神殿ってこと?じゃあぼくらはいま精神世界にいるのか?」
「だからそう言ってんじゃない」

そう言われたって困る。精神世界に肉体ごと入れるなんてありえないじゃないか!

「ではその疑問にお答えします」

そうミローネは偉そうに胸を張って言った。ぼくは自分の身体を撫でまわし、なにもどこにも異常がないことを確かめてまた偉そうな態度のミローネを見た。

「わたしたち精霊や妖精は霊気スピリットが凝固し可視化したエレメンタル元素という物質でできています」
「ふんふん。よくわかんないけど」
「おっほん。つまり気こそ万物の元でありわれわれはその根源なのです」
「なんでそうなる」
「いいから聞け。神とわれわれは常に気でつながっている。だからわれわれは神の精神の中で空間のように自由にふるまうことができる。もちろん精霊としての身体は分解されているけれど」

おいおい、なんだか話が怪しくなってきたぞ。何だ分解って。

「それってつまり、ぼくらの身体も分解されたってこと?でもちゃんとここに身体はあるぞ」
「夢の中で頬っぺたつねっても痛いでしょ?」

そりゃまあ痛くて起きちゃうことはあるけど…。でもまさかここは夢の中と同じところなのか?

「そうじゃないわよ。ここは夢の中じゃないわ。現実世界よ。ただ、質量はないけど」
「質量が無けりゃ現実世界とは言わないぞ!たしかに質量が無けりゃ空間もないけど、そしたら時間も存在しなくなるはずだ。つまりぼくら自体の存在が無、というわけだ」
「無と夢は同じなのよ」
「ばかな!」
「まあ、あんたの身体が素粒子レベルでいま分解されていて、その魂が裸になった状態でいるなんて考えたらゾッとしちゃうだろうけど、そうは感じないでしょ?ちゃあんと体がある感覚。つまりそれがあんたのエレメンタルってやつよ。この神殿の中ではそうやって存在できるってこと。まあ、あんたたちがその扉をくぐれるなんて思ってもみなかったけど」
「どういう意味?」
「そうなる前に原子崩壊しちゃうから。そうなったらもう元には戻せない。あんたはただの原子…いえ素粒子のカスにしかなんないわ」
「カスか、そこでもぼくは!」

なんか怒りが込み上げてきた。原子レベル以下でカスかよ。ひどい言われようだ。まあ、ニートなんて素粒子レベルでカスってことか。しかたない。

「それでも普通にいられるんだから、あなたたちはちゃあんとあの方に呼ばれたのよ。よかったわね」

それはこの神殿の奥にいる精霊神グノーシス、ということか。っていうか、なんでぼくらはそんなやつに呼ばれたんだろう?ミローネの仲間の精霊や妖精が隠れていると言ってたが、ぼくらまでここに来る必要はないはずだ。

「いいか悪いかは別として、ぼくらに何か用があるんだろうね。その神さまは」
「そういうこと。さあ、神殿に行きましょう」

そう言うとミローネはぼくらの先頭に立って歩き始めた。驚いたことに真っ暗闇だったまわりが急に晴れ、不思議な色の森や湖、そして七色の光を放つ神殿のようなものが見えた。

「あれが『知識の迷宮』グノーシス神殿よ。あそこに女神グノーシスさまがいらっしゃるわ」
「『知識の迷宮』?ぼくはそんなところに行きたくないなあ」
「好むと好まざるを得ず、ただ運命に従うのね。そう彼女は言ったわ」
「女神さまがそう?」
「いいえ、それは神官オリーディア。女神グノーシスさまにお仕えするあたしの妹よ」
「きみは何人妹がいるんだ」
「さあ?かぞえたことないわ」
「こんどちゃんとかぞえとけ!」

まあそれはどうでもいいことだ。問題はぼくらがその神殿に連れていかれ、女神グノーシスと対面しなきゃならないってことだ。これはかったるい。だいたい神さまってろくなもんじゃないからね。

「おいそこ!なに不敬なこと考えてんの!言っとくけど、あんたの頭んなかなんてあたしたち同様、グノーシスさまにはお見通しなのよ!」
「げ、マジか」
「そうよ。だから変なこと考えたら、あんた即死よ。死ぬ気で気をつけなさいよ」
「うへえええ」

死ぬ気で気をつけないと即死って、わけわかんないぞ。でもまあおかしなことや想像は命取りってことだね。でもそんなことできるかな?そんなの相手次第だ。もしすっごい不細工なものや反対にエロいものが現われたら、ついいらんこと考えて…いや声に出す。間違いなく言っちゃうな。

「おい!話聞いてた?あたしの話聞いてた?」
「すいませんでしたー」

もう観念するしかない。そのうえで無になるんだ。そうだ。ぼくはいま無だ。頭の中は無だ。

「うへへへへへ…」
「ママ、パパおかしくなっちゃったよ?」
「見ないであげてリヴァちゃん。コイツはコイツできっと頑張ってんの。バカはバカなりに努力してんだと思うわ」
「そうなの。頑張って、パパ!」
「応援がむなしいな」
「そんなこと言わないでネクロもパパを応援してあげて」
「がってんだから、その竜の眼で睨まんでくれ。おしっこちびる」

そうしてぼくらは七色に輝いた神殿に入って行った。そこはどこも光り輝いていて、おどろいたことにぼくらの影はまったくなく、まるで空中に浮かんでいるかのようだった。

「まるで不思議なところだな。建物はあるのに、存在自体が感じられない。まるでホログラムを見せられているようだ」
「これはまぼろしなどではない。物質でない存在なだけだ」

それがわかんないって言うんだよ。

「ようこそ『知識の迷宮』グノーシス神殿に。わたしは神官オリーディア。グノーシス神に仕える唯一の精霊」

なんか現われた。真っ白な神官服を着たそれは、なんかミローネによく似ていた。

「久しぶりね、オリーディア」
「ねえさまも相変わらずね。またおかしなのとおかしなことをしているの?」
「おかしなのとは何のことかなー?あんたも相変わらず能天気そうで安心したわ」
「頭んなかがつねに時化てるおねえさまに、そんなこと言われたくないわね」
「あんた女神さまに仕えてるからって調子に乗ってると痛い目見るわよ」
「痛い目って何のことかしら?コウモリやトロールに襲われて震え上がってたおねえさま?」
「てめえ、その面から汚ねえ奥歯外してそのおかしなもの言いができなくしてやんぞ」
「やってごらんなさいよ。そんな薄暗い便所虫みたいな指でできるならね」
「あのー」

こいつら仲悪いのか?それでも顔はニコニコと笑っている。怖え。マジ怖え!

「なによ」
「その…いい加減ご用件をお聞きしたいと…いえ、よかったらでいいんですけど、はい」
「なに急にかしこまってんのよ。他愛ない姉妹の挨拶なのに」

他愛ないだと?頭湧いてんのか!どう考えたっていまから殺し合いだろ!おまえらやる気満々だろ!

「あたしたち妹は、みなおねえさまを愛しています。ちょっと熱すぎてほかの人には過激に見えちゃうんじゃないかしら、おねえさま?」
「あーそうかもねー」

あれが過激な愛情表現だと?もう精霊ってわけわかんない。

「素敵な姉妹愛ねー」
「わかるんか?あれわかるんかラフレシア!」
「やあね、わかんないの?あんたも兄弟いるでしょう?」

いるけど、まあジョアン兄さんだったら愛もあるけどあんな口はきけないし、もしアダムス兄さんだったらたぶんぼくは殺しちゃうな。

「たぶん絶対わかりません」
「男って嫌ねえ」

そういう問題じゃないと思う。

「とにかくよく来てくれたわ。みなさん歓迎します。奥で女神さまもお待ちです。ご案内しましょう。ウィー・ウィリー・ウィンキー、ありがとう。みなのところに戻ってちょうだい」
「ごきげんよう、オリーディアさま。みなさまも」
「ありがとう、ウィー」

ぼくがあいさつすると妖精はちょっとはにかんだ様子でちょこんとお辞儀をし、そしてどこかへ飛んでいった。きっと仲間のところなんだろう。光の粒を振りまいたような光跡がすうっと消えていく。

「さあ、こちらです」

神官オリーディアは静かに光の満ちた神殿の、その奥にぼくたちを導くように歩いて行った。それはどこまでもどこまでも、まるで果てしない時間を、そう…まるで永遠の時のなかをゆっくりと歩いているような気分だった。そしてそのときどきに、ぼくの頭のなかをいろいろなものがよぎっていく。それはまだ見たことがないもの、知らないもの、まるで経験したことがないようなものも、まるで目の前にあるかのように浮かんで、消えた。知識の迷宮…ああそれがこれなんだな、と、かすかに心の奥底でぼくはそう感じていた。ぼくがなぜぼくなのか、そんなことまでわかる気がした。

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