上 下
77 / 88

追跡者

しおりを挟む
ウィーという妖精がみんなのいるところに案内してくれると言った。とりあえずみんなの無事を確かめてから、コウモリやトロールに対処しようということにしたんだ。だけど実際にはそう簡単にはいかないようだ。

「生き残ったねえさまたちや妖精たちは精霊神殿に隠れています」
「精霊神殿とは厄介なところに…」

ミローネが困ったような顔をしてそう言った。ぼくはもちろん責任も感じているし、この精霊の国を何とかしてあげたいとも思っている。でもわからないことが多すぎるのだ。

「厄介なところって…それってとんでもなく遠いの?」
「遠いというか…近いというか…」
「なにそれ。どっち?」
「そこは場所じゃないの。空間ですらない。いわば精神世界よ」

なんじゃそれ!そんなところにどうしたら行けるんだ?ってか、そもそもそんなところに隠れられるのか?

「じゃあみんなはそんなトンデモ世界にいるのかい?」
「トンデモ世界とはご挨拶ね。そこはれっきとした精霊の神聖な祈りの場よ。わたしたちの心のよりどころなんだから!」
「はいはい、わかったから。だからそこにはどうしたら行けるのかって話なんだけどな」
「うーん…それはちょっと部外者には…」
「じゃあいいよ。がんばってね。ぼくたちは帰るから」
「ちょ、ちょっと待ってよ!いきなりなによ!」
「部外者扱いされたんだ。仕方ないだろ」
「そういう意味じゃないのよ!部外者であるあなたたちが、神殿の扉をくぐれるのか、それを心配しているのよ」

神殿の扉?どういう意味だろ…。

「だってそこは精神世界なんだろ?扉って何よ」
「いわば心の扉よ。許されたものしか入れないってわけ」
「だれの許しがいるんだよ」
「そりゃ神殿だもん。神よ」
「神さまだと?そんなもんがいるのか?」
「そんなもんいうな」

ぼくは死んだときに会ったあの女神を思い出した。ぼくにどうしようもないぶっ壊れスキルを渡し、この世界にぶち込んでくれた張本人を。あ、神だから張本神か。

「なあ、それって女神、なのか?」
「知ってるの?精霊神グノーシスさまを」
「グノーシス?」
「精霊と妖精をおつくり給う唯一無二のおかた」
「それって天国にいる?」
「なに言ってんの。そんな遠いとこじゃないわよ。神殿の奥深く、わたしたちを見守ってくださっているわ」

どうやらあの天国の女神ではなさそうだね。でも神殿にいるんだ。その女神の許しがないと入れないってわけなんだね。

「じゃあ許可もらってきてよ」
「無茶言わないでよ。そう簡単に…」

ミローネが言い切らないうちにそれは突然襲ってきた。真っ黒な何かだった。

「ぎゃあああああっ!こ、これコウモリよっ!いやっ!あっち行ってっ!」
「ラフレシア!伏せて!」

コウモリの大群が頭上すれすれに飛んでいる。恐ろしい鳴き声を上げ、数万の大群だろう…ものすごい風を起こしている。

「みんな馬車に乗って!とにかく馬車の中でコウモリをやり過ごそう」

みんな一斉に馬車に駆け寄った。『馬』くんには覆いをかけてコウモリから身を守ってやる。

「いやあああっ!隙間から入ってくるわ!」
「ネクロ!たたき出して」
「がってんだ」
「どうするの、デリア?」
「うーん、このままじゃ動けないなあ。いなくなるのを待つとかしかできないかな」

そのとき遠くから何か大きな音が近づいてくるのがわかった。

「なにあれ?」

ラフレシアが不安げにそう言った。

「あれはおそらく…トロールの足音かと…」

ウィーが震えながらそう言った。トロールって、ヤバいやつじゃん。

「マジか」

そんな大きな足音ってことは、それって本体もどでかいんじゃ?いや、隙間から覗いたらマジでかい。そんなのが何体もこっちに向かってくる。

「こいつはまずい。きっと追手だ。ぼくたちを追ってきたんだ」
「どうすんの、デリア!」

危機的状況だった。迫りくる巨大トロール、頭上には吸血コウモリの大群、外にも出られずじっとしてもいられない。にっちもさっちもいかずただここで死を迎えるのか…。いやいやそれじゃぼくのニートとしての誇りが許さない。いやニートに誇りがあること自体疑問だけどね。とにかくなにかしなくっちゃ。

「ねえミローネ、ここら辺に洞窟とかないの?できればすっごく頑丈なやつ」
「精霊の国にそんな怪しげなものなんかないわよ!」
「あっそう」

ダメでした。そうそう都合よく隠れる場所なんてないか。しかたがない。スキルを使うか…。だけど一日一回だけだし、この場をしのげてもまだ何があるかわからないからなあ…。

「なに考えてんのよ!もうそこまであのデカブツが来ちゃうわよ!」

ラフレシアが悲痛な声をあげた。こりゃヤバイ。こうなりゃみんなちりぢりに逃げるしかないか。そうすりゃ運よく誰かが生き残れるかも…。

「却下!あたしデリアと離れる気、ないから」
「こらミローネ、人の頭んなか覗くな!」
「わたしもマスターとどこまでも一緒だ。もちろんトイレの中までもな」
「ネクロ…トイレの中だけは勘弁してくれ」
「あたしもデリアと一緒じゃなきゃいや!」
「ラフレシア…」

こいつら…最後までぼくと…ああ、こんなダメなやつに…無気力最低無能のニートのぼくに…。ぼくは心底こいつらとなら、もうここで死んでもいいと思った。痛いのはちょっと嫌だけどね。

「うーん、あれ?パパもうおひるごはん?」

ありゃ、リヴァちゃんが目を覚ました。あーあ、このまま眠りながら最期を迎えさせてあげたかったな。リヴァちゃんの苦しんだり傷つけられたりする姿、見たくなかったな。

「リヴァちゃんごめんね。ぼくが力、ないばかりに」
「どうしたの?なんでパパが謝っているの?」
「ううん、何でもない。いいから、眼を閉じていて。そして大きく息を吸って、ぼくにしっかりしがみついていて」
「わかったわ。きっと誰かがパパのことイジメたのね!だからそんなに悲しそうな顔をしてるのね!」
「いやそうじゃなく…」
「ゆるせない!あたしの大事なパパを!」
「だからー」

あっ、と思った瞬間だった。リヴァちゃんがぼくの腕から急に飛び出したかと思ったら、馬車の外に飛び出してしまった!

「リヴァちゃん!よせ!外に出ちゃダメ!」

いきなり外は途方もない光に包まれた。それはみたこともない炎の輝きだった。そしてその炎はコウモリどもを焼き尽くしていた。

「ありゃあ…ドラゴンブレスね…。こんなすごいのは初めて見るわ」

あきれたようにミローネが言った。そして空には巨大な竜が羽ばたいているのが見えた。口からいま吐き出した炎のかけらがチロチロと燃えていた。

「あれって…?」
「忘れてたわ。あの子、終末竜リヴァイアサンだったわよね…。子供でも、半端ないわー」

肝心なこと忘れてんなよバカ精霊!って、ぼくも忘れてたけど。リヴァちゃんはかわいいぼくの娘だけど、ほんとうは恐ろしい怪物…まあそんなことはどうでもいいや。あの子の面倒はぼくがしっかりとみていく…けど今は面倒みられてるって状況だけどね。

「見て!トロールがビビってる!」

ラフレシアが嬉しそうに叫んだ。いやあ、マジうちの子は強ええ。保育園に行ったって誰にもいじめられないな。この世界に保育園があればだけど。

「トロールが逃げ出したぞ」

ネクロがそう言ったが、あいにくトロールは逃げ出すことができなかった。リヴァちゃんがひと吠えすると、一瞬で分解したからだ。いや、そこらじゅうが粉塵と化した。

「ひゃあああ、あれが『竜の咆哮』かあ…。世界が終わるわけだわ…」
「なにそれ」
「あたしも見るのは初めてよ。精霊界の言い伝えじゃ、終末竜はあれで世界を粉々にするって言われてる」
「粉々?」
「そうよ。あんたも見たでしょ?一瞬ですべてが粉々になるんだから。原子レベルで」

言ってる意味が分からない。なんでそこで原子が出てくんだ?精霊のくせに。

「あんたの頭んなかに持ってる科学知識ってやつよ。ところどころわかんないとこあるけど、まあこの世界で共通のこともいくつかあるし」

ふうん、こいつ中学生レベルではあるんだ。まんざらバカではないんだな。

「誰がバカや」
「と、とにかく助かったみたいだね」
「ちょ、ちょっと待って!なんか大変なことになってくるわよ!」
「な、なに?」
「いいから早くあの子を元に戻して!」
「え?え?」
「いいから早く!」

なにがなんだかわからなかったけど、とにかくぼくはリヴァちゃんに大声で呼びかけた。

「おーい!リヴァちゃん!こっちに戻って来てって!」
「はーい」

姿は恐いけど声はかわいい。そのかわいい声にまたぴったりとした姿にリヴァちゃんは戻った。

「ただいまー」
「リヴァちゃんありがとう!」

ラフレシアが一番にリヴァちゃんに飛びついた。顔はぐしょぐしょに涙で濡れている。

「ママ…あたしがんばった」

いや頑張りすぎたぞ。そこらじゅうなんにもなくなってるぞ。でもまあとりあえず助かったわけだ。

「安心しているところ悪いけど、ちょっとまずいことになりそうよ」
「なに言ってんだミローネ。もうトロールはやっつけたぞ」
「そうじゃないわよ。そんなものよりもっと恐ろしいことよ」

あのコウモリやトロールより恐ろしいことなんて…それってもうインチキじゃないか!こうなりゃまたリヴァちゃんを…。

「やめて!この世界を滅ぼす気?」
「だって」
「きゃあああああ!きたー!」

なにが、と言おうとしたところで意識がなくなった。それは真っ暗な場所に、放り出されたような感じだった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
恋愛
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには許嫁の公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 メイヴィスはサイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...