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戦う意味
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夜が明けた時刻でもその空は噴煙でほの暗く、ただ噴火の強い光でそこらじゅうが橙色に染まって、まるで別の世界のようにゆらゆらと揺れていた。
「それじゃ頼むよ、ミローネ」
「まかしといてよ。しっかしよく考えたもんね、氷のトンネルなんて。まあ、あたしたち人間じゃないものは火山のガスだって平気だけどね」
火山から出るガスや火砕流、それに噴石やマグマをどう防ぐかが悩みの種だったが、ミローネが作り出す氷をトンネルにすればそれらは防げるのだ。
「でもそれ溶けちゃわないかな?いくら何でも氷だろ?それにあの大きな噴石だってとんでもない重さだよ?そんなもんが直撃したらいくら何でも…」
「あんたが言い出したのにえらく弱気じゃない?あんたがあたしの秘密を知りたいって夕べ言い出したとき、あんたはもうすでにそれを決めてたんでしょ?」
そうだ。氷の精霊たるミローネの力の根源は何かとずっと考えていた。精霊の力で空気を冷却し、その熱の相移転で氷が発生するんだと思っていた。ただ、空気中の水分を凍らせても氷の塊なんかできない。うっすらと氷の幕がそこらじゅうにへばりつくだけ。いわゆる霜っていうやつだ。
だから恐らく氷の元となる物質をどこからか転移させているに違いないと思ったのだ。
「でもその秘密がまさか亜空間だなんて思わなかったけどね」
「あたしたち精霊の特別の場所…精霊の元はそこで生まれ育まれる。それが『精霊の大釜』。でもそれが亜空間なんて名前かは知らないけれど、そこはこの世界とは異質な世界。入り口は岩石も押しつぶされるほどの高密度の力で、そこから先は空気もなく恐ろしく冷たいところ。あたしたちの魂はそこで生まれる。まあときたま、捕獲した悪魔を懲らしめでそこに吊るすと、悪魔の肉体は蒸発し魂だけになる。それをみんなでおいしくいただくのよ」
いや怖いだろ、それ。とにかくよくわからんが超高圧でそして真空で極寒の二極相の世界。まるで宇宙空間のようなところらしい。そんなとこなら水じゃなくてもなんでも凍る。その亜空間をどうやらミローネは範囲限定で現出できるらしいのだ。
「そんなもん地表に出したら生態系が破滅しまくりじゃないか。気候だって変わっちゃうぞ」
「そこをうまく操作するのがコツなの。精霊女王たるあたしならわけないわ。いままでだってそうでしょ?信じてないの?」
「い、いや信じてます…」
「なら結構。ふん」
ドヤ顔された。だがとにかく火口までは無事に行けそうだ。
「そういうことでネクロとリヴァちゃん、それからシスチアはここで待っててくれ。できればラフレシアもだけど」
「なんでよ!」
全員がぼくを睨んでそう言った。
「だから、一緒に行っても役にたたないというか足手まといと言うか…」
「あたしが死霊しか操れないと思っていたの?ほかに役立つとは思ってないの?」
死霊使いのネクロが怒ったように言った。
「いやそうだろ。これから行くところには死霊はいないし、他に何ができるのさ」
「あんたがあそこで死んで死霊になったら、そいつを操ってラフレシアを助けるわ」
あー、それはいい考えだこと。
「ま、まあそれもありっちゃありだな…。でもほかの…」
「パパ、あたしはこれでもドラゴンよ?まだちっちゃいから火焔竜には敵わないけど、いざとなったらみんなを乗せて逃げられるよ」
「リヴァちゃん…」
「あたしは皆がお腹がすいたとき、お料理を作ってあげられます!」
「シスチア…意味わかんない」
「とにかく決まり!あたしを置いていこうなんて虫が良すぎるからね!」
「ラフレシア…。きみを助けるためにあそこに行くんだよ?なのにきみを危険な目にあわせるなんて本末転倒というか…それじゃ戦う意味がなくなっちゃうよ」
「だったらそのあたしが戦う意味じゃないのよ。本当はあたしひとりで行かなけりゃならないところなんだから。ごちゃごちゃ言わない!みんなで行くの!いいわね!」
「はい…」
ラフレシアに押し切られた。ニートは強引な人には弱いのです。
それは見事な氷のトンネルだった。火口まで一直線に伸びたチューブ状のそれは、噴火の光をキラキラと反射し輝いていた。
「すげえな…。それに溶けてない」
「当たり前でしょ?氷の表面はマグマも凍る温度よ。それに大きな噴石だって一瞬で真空に放り込まれて粉々よ」
「それってトンネルの中は大丈夫なのかよ?ぼくたちまで凍るんじゃないのか?」
「大丈夫よ。中は穏やかな春の小川の岸辺のようだから」
そういう発想はあの氷のトンネルを見てどう思いつく?
「まあ、それじゃお昼はお弁当がいいわね」
「ピクニックじゃないぞ、シチリア」
「あたしニンジン嫌い。それと玉ねぎも。お願い、ガレットには入れないでねシスチア」
「わかりました。抜いておきます、リヴァちゃん」
「聞いてねえし」
とにかくぼくたちはトンネルに入って行った。ニャンコも黙ってついてくる。残った『馬』がさびしそうにぼくたちを見ていた。
「あれが火口だ」
トンネルの先に赤々と燃える、いや、爆発しているような火口が見えた。ときどき本当に爆発している。その周りを二匹の巨大な火焔竜が飛び回っている。それはそれは見た目恐ろしい光景だ。噴火の火柱の中に自ら飛んで入っている。まるでマグマのシャワーを浴びて喜んでいるふうに見える。あんなのどう倒せって言うんだ!
「あたしがやってみる」
「ネクロ?ここには死体もガイコツもないぞ?」
「恨んで死んだやつならそこらじゅうにいっぱいいるわ」
ネクロの根源は暗黒だ。暗黒の力が彼女に宿っている。それは死者を操る能力。言ってみればそれは物を操ること。火山が燃やし炭化した森の木々を操ることができるということだ。そしてそれは恐ろしい光景だった。
「炭になった木や草が伸び始めている?」
目の前にグニャグニャとしたなにか得体の知れない真っ黒なものがどんどん大きくなっていく。炭化した植物たちが合わさりあっているのだ。それはやがて大きな蔓となり空に向かって伸びていった。
「火焔竜に襲いかかっている?」
「あれがあたしの力。死せるものを生かす力」
「お、おまえそれって摂理を無視した行いじゃないのか?とんでもないやつだな」
「そう褒めるな」
「褒めてねえよ」
間違いなくそれはとんでもないものだった。燃えて炭化したはずの木々が魔物化したそれは、恐ろし勢いで飛行する火焔竜に襲いかかった。しかし火焔竜は一瞬ひるんだだけに見えた。大きな口から火焔を吐き出すと、その蔓の先端を焼き切ってしまった。
「あいつには通用しないみたいだぞ?」
「まだよ。そんなもんじゃあいつらに焼かれた草木の恨みは晴れない…」
そうだ。ネクロマンサーは理不尽に死んだ生物の魂に代わって恨みを晴らさせる。それが暗黒の力なんだ。その力は恨みが強いほど強大になる。
「熱い、熱い、助けてってあの子たちの魂が叫んでいる。草木たちは文句も言えず死んでいった。森や山の動物たちもね。だから恐ろしいほどの力が宿った。あの竜はそれを受ける義務と責任があるの…」
真っ黒な軟体動物のようなそれは、焼かれても焼かれてもその蔓を伸ばし、竜に襲いかかっていった。やがてもう一匹の竜が現われそれに抗う姿勢を見せた。二匹の竜はたがいを庇い合いながらその不気味な蔓に向かって行く。それは恐ろしい光景だ。爆発を繰り返す火口の、その終末のような景色を背に二匹の竜は舞っている…。
「ちがう…なんかちがうよ」
ぼくは思わずそう言ってしまった。なにがちがうかはわからなかったが、漠然とした違和感…いい知れぬ不安と切なさがぼくの心の奥底から何だかこみあげてしまって、そうした言葉になった。
「どうしたデリア?怖気づいたか。確かに怨念を抱えた魂はおぞましいものだ。だがあたしはその魂の願いをかなえるためにこうしている。これがいわばあの子たちの望みだ」
ネクロは悲しそうな顔をしてそう言った。みんなの顔を見ると、やっぱり悲しそうだ。
「ぼくがやらなくちゃならないんだよ、きっと。あの怪物を止めてくれないか?ネクロ…」
「ああ、そう言うと思った」
ネクロは少しだけ嬉しそうな顔をした。そんな顔も火口の爆炎に照らされて、なんだか歪んで見えてしまった。
「それじゃ頼むよ、ミローネ」
「まかしといてよ。しっかしよく考えたもんね、氷のトンネルなんて。まあ、あたしたち人間じゃないものは火山のガスだって平気だけどね」
火山から出るガスや火砕流、それに噴石やマグマをどう防ぐかが悩みの種だったが、ミローネが作り出す氷をトンネルにすればそれらは防げるのだ。
「でもそれ溶けちゃわないかな?いくら何でも氷だろ?それにあの大きな噴石だってとんでもない重さだよ?そんなもんが直撃したらいくら何でも…」
「あんたが言い出したのにえらく弱気じゃない?あんたがあたしの秘密を知りたいって夕べ言い出したとき、あんたはもうすでにそれを決めてたんでしょ?」
そうだ。氷の精霊たるミローネの力の根源は何かとずっと考えていた。精霊の力で空気を冷却し、その熱の相移転で氷が発生するんだと思っていた。ただ、空気中の水分を凍らせても氷の塊なんかできない。うっすらと氷の幕がそこらじゅうにへばりつくだけ。いわゆる霜っていうやつだ。
だから恐らく氷の元となる物質をどこからか転移させているに違いないと思ったのだ。
「でもその秘密がまさか亜空間だなんて思わなかったけどね」
「あたしたち精霊の特別の場所…精霊の元はそこで生まれ育まれる。それが『精霊の大釜』。でもそれが亜空間なんて名前かは知らないけれど、そこはこの世界とは異質な世界。入り口は岩石も押しつぶされるほどの高密度の力で、そこから先は空気もなく恐ろしく冷たいところ。あたしたちの魂はそこで生まれる。まあときたま、捕獲した悪魔を懲らしめでそこに吊るすと、悪魔の肉体は蒸発し魂だけになる。それをみんなでおいしくいただくのよ」
いや怖いだろ、それ。とにかくよくわからんが超高圧でそして真空で極寒の二極相の世界。まるで宇宙空間のようなところらしい。そんなとこなら水じゃなくてもなんでも凍る。その亜空間をどうやらミローネは範囲限定で現出できるらしいのだ。
「そんなもん地表に出したら生態系が破滅しまくりじゃないか。気候だって変わっちゃうぞ」
「そこをうまく操作するのがコツなの。精霊女王たるあたしならわけないわ。いままでだってそうでしょ?信じてないの?」
「い、いや信じてます…」
「なら結構。ふん」
ドヤ顔された。だがとにかく火口までは無事に行けそうだ。
「そういうことでネクロとリヴァちゃん、それからシスチアはここで待っててくれ。できればラフレシアもだけど」
「なんでよ!」
全員がぼくを睨んでそう言った。
「だから、一緒に行っても役にたたないというか足手まといと言うか…」
「あたしが死霊しか操れないと思っていたの?ほかに役立つとは思ってないの?」
死霊使いのネクロが怒ったように言った。
「いやそうだろ。これから行くところには死霊はいないし、他に何ができるのさ」
「あんたがあそこで死んで死霊になったら、そいつを操ってラフレシアを助けるわ」
あー、それはいい考えだこと。
「ま、まあそれもありっちゃありだな…。でもほかの…」
「パパ、あたしはこれでもドラゴンよ?まだちっちゃいから火焔竜には敵わないけど、いざとなったらみんなを乗せて逃げられるよ」
「リヴァちゃん…」
「あたしは皆がお腹がすいたとき、お料理を作ってあげられます!」
「シスチア…意味わかんない」
「とにかく決まり!あたしを置いていこうなんて虫が良すぎるからね!」
「ラフレシア…。きみを助けるためにあそこに行くんだよ?なのにきみを危険な目にあわせるなんて本末転倒というか…それじゃ戦う意味がなくなっちゃうよ」
「だったらそのあたしが戦う意味じゃないのよ。本当はあたしひとりで行かなけりゃならないところなんだから。ごちゃごちゃ言わない!みんなで行くの!いいわね!」
「はい…」
ラフレシアに押し切られた。ニートは強引な人には弱いのです。
それは見事な氷のトンネルだった。火口まで一直線に伸びたチューブ状のそれは、噴火の光をキラキラと反射し輝いていた。
「すげえな…。それに溶けてない」
「当たり前でしょ?氷の表面はマグマも凍る温度よ。それに大きな噴石だって一瞬で真空に放り込まれて粉々よ」
「それってトンネルの中は大丈夫なのかよ?ぼくたちまで凍るんじゃないのか?」
「大丈夫よ。中は穏やかな春の小川の岸辺のようだから」
そういう発想はあの氷のトンネルを見てどう思いつく?
「まあ、それじゃお昼はお弁当がいいわね」
「ピクニックじゃないぞ、シチリア」
「あたしニンジン嫌い。それと玉ねぎも。お願い、ガレットには入れないでねシスチア」
「わかりました。抜いておきます、リヴァちゃん」
「聞いてねえし」
とにかくぼくたちはトンネルに入って行った。ニャンコも黙ってついてくる。残った『馬』がさびしそうにぼくたちを見ていた。
「あれが火口だ」
トンネルの先に赤々と燃える、いや、爆発しているような火口が見えた。ときどき本当に爆発している。その周りを二匹の巨大な火焔竜が飛び回っている。それはそれは見た目恐ろしい光景だ。噴火の火柱の中に自ら飛んで入っている。まるでマグマのシャワーを浴びて喜んでいるふうに見える。あんなのどう倒せって言うんだ!
「あたしがやってみる」
「ネクロ?ここには死体もガイコツもないぞ?」
「恨んで死んだやつならそこらじゅうにいっぱいいるわ」
ネクロの根源は暗黒だ。暗黒の力が彼女に宿っている。それは死者を操る能力。言ってみればそれは物を操ること。火山が燃やし炭化した森の木々を操ることができるということだ。そしてそれは恐ろしい光景だった。
「炭になった木や草が伸び始めている?」
目の前にグニャグニャとしたなにか得体の知れない真っ黒なものがどんどん大きくなっていく。炭化した植物たちが合わさりあっているのだ。それはやがて大きな蔓となり空に向かって伸びていった。
「火焔竜に襲いかかっている?」
「あれがあたしの力。死せるものを生かす力」
「お、おまえそれって摂理を無視した行いじゃないのか?とんでもないやつだな」
「そう褒めるな」
「褒めてねえよ」
間違いなくそれはとんでもないものだった。燃えて炭化したはずの木々が魔物化したそれは、恐ろし勢いで飛行する火焔竜に襲いかかった。しかし火焔竜は一瞬ひるんだだけに見えた。大きな口から火焔を吐き出すと、その蔓の先端を焼き切ってしまった。
「あいつには通用しないみたいだぞ?」
「まだよ。そんなもんじゃあいつらに焼かれた草木の恨みは晴れない…」
そうだ。ネクロマンサーは理不尽に死んだ生物の魂に代わって恨みを晴らさせる。それが暗黒の力なんだ。その力は恨みが強いほど強大になる。
「熱い、熱い、助けてってあの子たちの魂が叫んでいる。草木たちは文句も言えず死んでいった。森や山の動物たちもね。だから恐ろしいほどの力が宿った。あの竜はそれを受ける義務と責任があるの…」
真っ黒な軟体動物のようなそれは、焼かれても焼かれてもその蔓を伸ばし、竜に襲いかかっていった。やがてもう一匹の竜が現われそれに抗う姿勢を見せた。二匹の竜はたがいを庇い合いながらその不気味な蔓に向かって行く。それは恐ろしい光景だ。爆発を繰り返す火口の、その終末のような景色を背に二匹の竜は舞っている…。
「ちがう…なんかちがうよ」
ぼくは思わずそう言ってしまった。なにがちがうかはわからなかったが、漠然とした違和感…いい知れぬ不安と切なさがぼくの心の奥底から何だかこみあげてしまって、そうした言葉になった。
「どうしたデリア?怖気づいたか。確かに怨念を抱えた魂はおぞましいものだ。だがあたしはその魂の願いをかなえるためにこうしている。これがいわばあの子たちの望みだ」
ネクロは悲しそうな顔をしてそう言った。みんなの顔を見ると、やっぱり悲しそうだ。
「ぼくがやらなくちゃならないんだよ、きっと。あの怪物を止めてくれないか?ネクロ…」
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