無気力最低ニートが、スキル『一日一回何でも願いがかなう』を取得しても、世界を思いのままにするとか、考えないからニートなんです!

さかなで/夏之ペンギン

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食人鬼

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「ちょっといったいどうなってんのよ!」

とりあえず声に出してみた。あたしはまだ正気を保っている?答えはイエス。まだ正気みたいだ。しかしなんなのあのバケモノは?まるで悪鬼ね。しかもみんな腹減らしみたい。あたしのおいしそうなお肉を狙っていた。はあぁ、罪なわたし…なんて言ってる場合じゃない!デリアたちは?大丈夫なのかしら!てか納屋の隙間から手が!怖い!助けてデリアっ!

バリバリと納屋の壁板を引きはがす音…。こうなったらやるだけやるしかない!こんなところで食われてたまるか!

剣は…ろくに研いでないから切れ味が悪い。こりゃ叩いて骨砕くしか使えない。つまるところ体力勝負になる。あたしにどれだけの体力があるか…。二、三十の敵だったら問題ない…でも外には…何百って数じゃない。こりゃ死んだわね。ああデリア、ごめんなさい。あたし意地を張って…ってもう遅いか。

バリバリとまた音がする。どこかの壁を破られた音。この薄汚い納屋であたしの身体が食いちぎられていくシーンが頭に浮かぶ。これならいっそのこと自分で自分の首を…。あたしは覚悟して背負った荷物を降ろした。汚れちゃったあたしの服が入っている。デリアに買ってもらった服…。これを枕にしよう。そう思った。もうあいつらが迫っている。早くしなくちゃ。あたしの服…あれ?これ何?花?

「ほらパパ、やっぱここだよ」
「おおすげえな。匂いでわかんのかリヴァちゃん」
「カツミツレ草は独特な匂い。竜族ならどんな遠くからでも感じることができる。ましてママの匂いと一緒ならどんなに離れても直ぐ見つけられる」
「リヴァちゃん?デリア?ああマジで?」
「ああマジだとも」

ラフレシアがぼくの腕の中に飛び込んできた。肩を震わせている。よっぽど怖かったんだな。

「そういう感情のずれって深刻よねー」
「深刻ー」
「なんだ感情のずれって!」
「いいから来るわよ?人食い鬼」
「きゃー!」

とりあえず上だ!ふつう上に逃げるのは悪手だ。だがこの場合違う。ここは大きく発展した町だ。しかも過密なほど。それは町に入ってきて一番最初に気がついた。だからこの納屋のとなりはかなり接近している。それはどこもそうだ。ぼくが景色のいい部屋をとこだわったのも、そういう理由がある。町全体が狭苦しいのだ。

「下にわじゃわじゃ湧いてきたわ!」
「適当に凍らせてあげて」
ラジャー了解!」

いやあ、フローズン・ミローネ半端ねえっす!鬼たちはみな凍りついた。だが新手はどんどん壁を破って入ってくる。

「ちょっと、いくらなんでも数が多すぎ!キリがないわ」
「いいからもうちょっと粘って!先の見えないいまは苦しいかも知れないけど、道はきっと開ける。ぼくがその道を作る!だから頑張って!」

ああ、それはあたしに言っているんだ。あたし、みんなを信頼してなかったんだ。デリアをぜんぜん信頼していなかったんだ。大好きなのに、なんでこんなに大好きなのに…信じてなかった…ああ、馬鹿はあたしだった…。

「ちょっとラフレシア!大丈夫?」
「あ、ああ…問題ないわ。まだ戦えるわ」
「いやそうじゃないよ。この場合、逃げる、が正解」
「逃げる?どこへ?」
「空、だよ」
「はい?」

忘れていた。ベビードラゴン。リヴァイアサン…最強にして最悪、そして世界に破滅をもたらす究極のドラゴン…。それがあたしたちの娘…。

「ママ、もう泣いてない?」
「大丈夫だよリヴァちゃん。ママはもう立ち直ったから」
「あんたどこまで計算してた?」
「ぜんぜんのノープラン。最初きみにサヨナラ言われたときは頭んなか真っ白だったからね。宿で食人鬼いますって言われたときにこのプランを思いついたってわけ」
「誰に言われたの、そんな大事なこと」
「あの子」

リヴァちゃんの背中に乗っているのがあの従業員の女の子。食人鬼たちの奴隷となって、訪れた人たちの相手をさせ、安心させていたそうだ。ぼくが渡した金貨には、きみを絶対守ると書いておいた。信じるかどうかは賭けだったけど、彼女はぼくを信じてくれた。

「それでこれからどうするの?」
「決まってる。親玉を始末する。これ以上勝手な真似はさせない」
「それどこにいるかわかってるってことね?」
「ああ、もちろん。そいつはぼくらが泊まっていた宿の…」
「最上階!」

ミローネとネクロとリヴァちゃんが声を合わせてそう言った。

「ということで今から退治に行きます」
「大丈夫なの?それって鬼の親玉でしょ?」
「まあなんてことないよ」
「あんた何か作戦あんのね?」
「なけりゃこんな無茶しません」
「まったくあんたったら…」
「惚れ直した?」
「バーカ」

いやそりゃないだろ!助けてバカはないだろ!

宿に戻るといい具合になっていた。

「よう、亭主。調子はどうだい?」

宿屋の亭主は震えていた。この町であの女の子とともに唯一食われないで奴隷として使われていたやつだ。もちろん客に不信を抱かせないためにだ。

「あの…あいつはものすごく強いんですよ?大丈夫なんですか?」

心配そうにメイド服の女の子が聞いてきた。

「きみ名前は?」
「シスチアといいます」
「じゃあシスチアちゃん、そのドアを開けて」
「…はい」

実に素直にドアを開けてくれる。その部屋には食人鬼の親分がいるのにね。

「これは…」

シスチアは立ちつくしていた。目の前の光景が信じられなかったからだ。

「遅かったなデリア。もうこいつの魂は黄泉に送った。この世界に現われることは二度とない」
「ありがとう聖獣麒麟。わが願いにこたえてくれて」
「礼を言うまでもないだろ。おぬしとは浅からぬ縁だ。そしてお互い…」
「お互い?」
「まあそれは、いつか、な」

ラフレシアが驚いてぼくをつかんだ。

「あんたいつの間に?どういうこと?」
「この聖獣に頼まれたんだ。わが仕事を手伝え、と」
「仕事?」

聖獣麒麟は食人鬼をくわえたまま歩み寄ってきた。

「わが仕事は悪鬼の駆逐、それを神に託された。だが至らぬこともある。デリアどのはわが命を助けてくれる唯一のもの…」
「違うな、麒麟。そうじゃない」
「ほう、違うと?」
「こいつらすべてが、わが力…つまりぼくらは仲間ってこと」
「了承した。わが同胞として遇しよう。そしてその同胞に教えることがある」
「へえ、なんだい?」
「ケイオスの印はここにある」
「なんだと?」
「人間が自ら求め食人鬼と化したのもその印のおかげ。魔王アラキスは人の心の隙間に巧妙に入り込む。やがてその印が現われよう。だがそれは些細なこと。本当の試練は北だ…」
「アストレア火山…火焔竜…」
「その印を消すことが、終結の道。わかるか?」
「ああ、途方もない困難なことだと今感じる」
「みなが力を合わせれば、きっと成し遂げられる。神がそう、おまえたちを引き合わせたのだ」
「神が…」
「おのれと仲間を信じよ。黎明は必ず来る。おぬしたちなら、それは叶う」

そう言って麒麟は去って行った。あとにはケイオスの印が浮かび上がっていた。今度は感電しないようにアーザスの剣を投げた。まあぶっ壊れたんだけど、放電するとまでは予想しきれなかった。ぼくはまたヘビメタに変身した。

「にゃーッはッはッは!マスターお似合いすぎ!」
「いやあ、いつもながらウケる」
「パパだいじょうぶ?」
「こんどはおまえらがやれ!」

朝が来た。もう悪鬼に変えられていた住人はすっかり人間に戻ったみたいだ。みんなうちに帰っていく。

「あいつらはどうなんのかな?」

ミローネがぽそっと言った。

「おそらくこのままじゃすまない。この町はきっと消える。操られてたとはいえ、人を食ったんだ…。その報いは受けなくちゃならない」
「そうよね…」
「あの…あたしは…奴隷としてたくさんの人を騙しました…その報いは…?」

シスチアは目にいっぱい涙をためていた。ごめん、きみにできることはないんだ。

「きみに選択肢があるのならたったふたつ。この町にとどまりともに朽ちていくか、それともぼくらと苦難の旅をするか…」
「苦難、ですか…」
「ああ、とんでもない苦難だ。毎日ビスケスしか食べられないし、やかましい精霊とおかしな死霊使い、そしてドラゴンの赤ちゃんまで面倒見なきゃいけないんだ。しかも鬼のようなかわいい女の子が腹をすかせている。この状況がどれだけ困難かきみにわかるか?」
「はい、わかります。なんだか楽しそうですね」
「お勧めしませんよ?」
「望むところです」
「あたしは反対!と、とにかく胸のおっきい女はチームの団結力にその…」

ひがむな、はNGワードだ。ここは詭弁だろうが…。

「む、胸の大きいのは母性の証だ。そして小さいのは知性の証。ぼくがどちらを好むかは。ラフレシア、きみが一番知っているだろ?」
「ちょ、ちょっとあんたあからさまに!」
「何を今さら」
「ばか!」

ふう、やれやれめんどくさい。まあ彼女がいったい何者か?神になぜ遣わされたのか、追々それはわかってくるだろう。いま大事なのはみんなをまとめること。そうしてわざわざこの町に来たんだ。だって麒麟がそうしろって言ったんだからね。

ぼくらはこうして、神の壮大なたくらみに乗せられて…やることにした。

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