無気力最低ニートが、スキル『一日一回何でも願いがかなう』を取得しても、世界を思いのままにするとか、考えないからニートなんです!

さかなで/夏之ペンギン

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ベビードラゴン

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「なかなか大きな町らしいな」

オッサンが馬の背から背伸びをしてそう言った。真っ白な城壁に囲まれた城塞都市のようだ。立派な教会のようなものや、古い町並みが見える。なんか古代ケルト音楽が聞こえてきそうな雰囲気だね。

「おいしい食べ物いっぱいありそうね!」

魔獣の背でミローネは期待いっぱい、という表情を浮かべてそう大声で言った。腕に白い包みを抱えている。ビスケス、という携帯食だ。ぼくのもといた世界のビスケットというのに近い。長い旅の大事な保存食だ。さっきから口を動かしているのは、そいつを貪り食っているからなんだ。

「あのさ、きみがさっきから食べているのは、旅のあいだの食料なんだよ?いまこんなところで食べちゃったら、あとあとぼくたちはなに食べて旅すればいいのか、そこんとこわかってる?」
「なによー、ケチねー。いいじゃない、少しくらい」

少しくらいじゃないから言ってるんだ!

「そうだぞ。食いもんなんて森にいっぱいある。たかが小麦粉練って焼いたものくらいで怒るな」
「そうは言うがネクロ…」

何食ってる?い、いや荷台で何食おうとしている?

「おお、これか。さっき野原で捕まえた。なかなかうまそうだ」
「いやいやいや、それなんだ?何の生物だ!」

首が長い。コウモリのような羽が生えている。硬そうな鱗に覆われている。ぼ、ぼくの異世界知識に照らすなら、そいつはもしかしてドラゴンなんじゃないのか?小さいけど。荷台にぐったりとうずくまっている。

「こいつか?たしか竜種の子供だな」
「竜種って…」
「ドラゴンにも色々いる。だから名前もそれぞれだ。テューポーン、ワイバーン、ヒュドラ―、バハムート、リンドヴルムなど数え上げたらきりがない」
「そんなにいるのか!」
「なにを驚いている。常識だぞ」

そんな常識知りません!

「じゃあそのちっちゃいのもドラゴンなのか?」
「そうだな…種類は…ベビードラゴンなんでよくわからん。小さいときはみんな同じようだからな」

どんな種類にせよとんでもないもの捕まえてくんなよ!

「そんなもん放してきなさい!」
「捨てるというのか?食べ物を粗末にしてはいけないんだぞ?」
「食べ物じゃありませんから!ベビードラゴン食べちゃいけません!」
「まあ、お前が言うなら仕方ない。だが、そういうルールは前もって教えろ」

おまえらの非常識に前もって教えるルールなどない!

「ちっ、命拾いしたな、この竜」
「ねえ、そいつなんか色がおかしくない?見たことない色だよ」

ミローネが不思議そうにのぞき込んで言う。

「そういえばそうだな。ああ、こいつはきっとリヴァイアサン種かも。珍しいな、陸地にいるなんて」
「リヴァイアサン?」
「ああ、ドラゴンの中でも最強最大最悪、と三拍子そろった終末竜だ。力や魔力はとうぜん半端ないが、知力はさらにすごいという。あたしも実物は見たことがない。普段は深海に眠っているらしいが、世界が終わるとき現れると聞いている。もっとも、こいつが世界を終わらせるという話だがな」
「どうしてそんなものがここにいる!」
「うるさいな。まったくなんだというんだ…」

ネクロは迷惑そうにそう言って続ける。

「むかしこの辺り…何万年も前は海の底だったんだろう。長い間に隆起して陸地になった。ずっと海の底にあった卵がその陸地に閉じ込められ、そうしてなにかの拍子に孵化したんだ。見ろ、生まれたてで力はない。このまま放りだしてもいずれは魔獣のエサだ。そうならあたしたちがいただいても問題はない」
「問題ありまくりだ!いいからどこかに埋めて来い!」
「ちょっと、さっきから黙って聞いてれば、なんかひどくない?」

ラフレシアが口を挟んできた。だがそうは言っても竜種で最も恐ろしいやつだっていうんじゃないか?そんなものどう考えたって厄災そのものだ!

「見ればまだ小さいし、なんか弱ってるよ?かわいそうよ」

かわいそう?はあ?ぼくにはこいつが大きくなって逆にぼくらをぼりぼり食っている、ぼくらのかわいそうな姿しか思い浮かばないんだがね!

「いいからどこかに置いてきてっ!」
「おいおい、おまえらあんまり騒ぐから、どうやらこいつが目を覚ましたみたいだぞ?あたしは知らんぞ。眠っていたからよかったが、目を覚ました以上、何が起きるかわからんからな。じゃ」

ネクロはそう言って片手をあげて消えた。

「お、おい待てっ!」

あ、あいつ逃げやがった!信じらんない。あ、ミローネまでいなくなった。オッサンも一目散に馬走らせている。薄情すぎるだろ!

「あ?」

ベビードラゴンと目が合ってしまった。まあー、トカゲのようなつぶらな瞳ですね。超恐ろしいっす。こうなったら例のスキルでやっつけるか?いやいやそんなことしたら天国契約に違反してしまう。このままぼくら食われちゃうの?そ、そうだ!

「何してるの?」
「ラフレシア落ち着いて」
「落ち着いてるわよ?」
「あ、ああそう。ぼ、ぼくはね、いやぼくたちは食われちゃうんだ」
「へえ?誰に?」
「このかたに決まっているでしょ!見て、舌なめずりしてるし」
「お腹減ってるみたいね」
「現状認識ぶっ飛んだそういう根拠のない余裕、ぼくは好きだよ」
「んもう、こんなとこでデリアったら!」

ぼくらが食われる前にこいつに何かエサを与えて、それを食っている隙に逃げるんだ。さっきミローネが食っていたビスケスが荷台にまだ一袋ある。こんな量なんかあっという間に食っちまうだろうが、ラフレシアだけでも逃げられるからね。ぼくは…まあしかたないな。ジタバタしないのもニートだからさ。

「いいね、ラフレシア。ぼくが合図したら逃げるんだ。『馬』も連れて行ってくれ。つないである皮ひもは剣で斬って」
「なんで逃げるのよ?あんたを置いて逃げるなんてできっこないでしょ?」
「それでもいいの!ぼくは何とかするし、なんとでもなるから!」
「デリア…」

ラフレシアの悲しげな顔がぼくの心をかき乱した。この子、こんないい子だっけ?

「とにかくぼくの合図を待って」

ぼくは白い袋から両手で持てるだけのビスケスをすくい上げた。香ばしい匂いがふわっと立ち昇った。ドラゴンがこんなもの食うかしら?そういう疑問もわいてきたけど、いまはこいつにすがるしかない。じゃないとラフレシアが食われちゃう。

「ほら、これ食え」

ドラゴンはきょとんとした顔をした。しかしビスケスを見ると途端に舌なめずりをしながら近寄ってきて、クンクンと匂いを嗅いだ。ああ、なんかぼくの腕ごと食われちゃいそうな雰囲気だ。すっごい鋭い歯をしている。これならそう痛くはないのかな…。

ガリッ

驚いたことにドラゴンはぼくの手から器用にビスケスだけを取って食べた。長い舌でうまく取っている。ガリガリとおいしそうに食べている。なんか目を細めているなんて、仕草がちょっとかわいいかも。い、いやそんなこと言ってる場合じゃない!

「ラフレシア、いまのうち」
「あのね、デリア?」
「な、なに?」
「ビスケス、もうなくなったみたいよ?」
「あり?」

もうこの食いしん坊さん!もっと味わって食べなさいねっ!はい万事休す来たー。この物語終了です!

「マンマ」
「え?」

ドラゴンが声を発した。そう言えば人間の赤ちゃんが一番初めにしゃべる言葉ってマンマ満たすものって聞いたことある。

「かっわいいー!ねえねえ、この子赤ちゃんなんじゃない?ほーら、あたしがママよ」
「よ、よしなさい!変なことを言うと…」
「ママ…」
「きゃーっ、言ったわ!あたしのことママって。それじゃこっちはパパよ。よろしくね、おチビさん」
「パパ…」

言葉をしゃべりやがった。知能が高いのはこれで証明された。いや、証明されたってぼくらの安全が保障されたわけじゃない。危機はあいかわらず目の前にいる。

「ママ…パパ…」

そう言ってドラゴンは眠ってしまった。なんなんだ。

「ほほう、どうやらあんたたちはその子の親になっちゃったのね」
「な、なに言ってんだミローネ!ってか、いままで逃げてたんだろ!よく何ごともなかったような顔して…」
「まあまあ、しっかし良かったじゃん。食われなくて」

とりあえず危機は脱したが、危険がなくなったわけじゃないだろ。

「いまのうちにこいつ捨ててこい!」
「それは無理よ」
「な、なんでだよ!」
「竜種があんたたちを親と認めちゃったのよ?もうどうしようもないわ」
「どういう意味?それマジどういう意味?」

ミローネは呆れたように言った。

「本能よ。最初に見るのは守られているもの。だからそれはその子にとって親なの。馬を見れば馬が親。精霊なら精霊が親っていうわけね」
「じゃあ…」
「おめでとう。あんたたちはこの世で最強最悪のドラゴンのお父さんとお母さんよ」

やめてくれーっ!


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