無気力最低ニートが、スキル『一日一回何でも願いがかなう』を取得しても、世界を思いのままにするとか、考えないからニートなんです!

さかなで/夏之ペンギン

文字の大きさ
上 下
14 / 88

教祖、猫を噛む

しおりを挟む
ライオネント商会と大きな看板が出ていた。他の商館と同じ大通りの一等地にあった。そこは町のメインストリートなのだろう。若い娘たちが着飾り、大通りを歩いていた。ラフレシアはちょっと気後れ気味にあたりを見回し、その商館の入り口に、入った。

「いらっしゃいませ。わがライオネント商会にようこそ」

口々に若い男たちが言った。それでなおラフレシアは気後れした。だが持ち前の負けん気の強さで持ち直す。

「オーナーはいらっしゃる?」
「どのようなご用件で?」
「ふん、単なる両替えよ。なにしろうちの飛び地の領地で集めた租税が重いんで、ちょっと軽くしたいのよ」
「それって…つまり」
「あんたバカ?租税で徴収した銅貨や銀貨を金貨に両替えしてくれって言ってんのよ!手数料はもちろん払うけど、って、あんたんとこそれも商売じゃないの?さすがど田舎ね。わけわかんないのが商売やってんのねー」

思い切りなじられた。どこかの貴族騎士だろうが、見た目はかわいい女の子だ。口の利き方にギャップがありすぎる。に、してもひどくないか?

「両替ですか…も、もちろん商っております。で、おいくらほど?」
「そうね、表にいる馬二頭分…」

見た目女の子だと思って軽く考えていた。飛び地の租税だといっていたじゃないか、この娘は。それは半端な額ではないということなのだ。

「ちょ、ちょっとお待ちを…」

若い番頭だろうか。慌てたように奥に引っ込んで行った。ラフレシアは心の底でほくそ笑んだ。おやおや、四軒目で当たりですかー?

ついでに言うと、ラフレシアはちょっとドヤ顔になった。この子そういうときは鼻をちょこっと膨らませる。直ぐに奥から中年の、腹の出た男が慌てて出てきた。どうやらこいつがあるじらしい。

「両替えとのことですが?」
「そうよ。あたしはガザン王国の騎士バレリナ。こんな町なんかホントなら素通りするんだけど、まあ市が立つっていうし、息抜きも必要でしょ?ふふふ」

そうケロッと少女騎士は上品に笑って言った。あまりに清楚で美しい笑顔なので、つい商人は引き込まれそうになってしまった。

「わたしはこの町で商館を営んでおりますシャドレア・リンギスと申します。以前もこのライオネント・リンギス商会とお取引を?」

何とか気を引き締めなおした商館の主は、抜け目なさそうな目でそう聞いた。

「いえ、初めてよ。当たり前じゃない。こんなちっぽけな町、本来なら目にも入らないわ」

そうだろう。ガザン王国と言えばここらで一番の大国だ。だからそこの貴族たちも傲慢で虫のすかない連中ばかりだ。この娘は正真正銘そのガザン王国の貴族だということを、その態度で証明している。

「わかりました。お引き受けしましょう」

ありゃ?違った?そんなにあっさり引き受けられるなんて、ここじゃないのかな?

ラフレシアの鼻はもう膨らんでいなかった。

「ただ馬二頭分ともなれば相当の額だと…」
「まあざっと見積もっても金貨百五十枚にはなるかな?」

この世界の金貨は大体一枚当たり日本円で百万を少し下回るくらいの価値だ。貨幣経済が発展してきたとはいえ、たかが商館には準備金としては大層な額だ。

「い、今ご用意できるのは金貨およそ五十枚程度で」
「あそ。じゃ、他行くわ」

プイと少女騎士は背を向けた。

「お、お待ちください!両替えできないとは言っておりません」
「できるの?」
「い、今すぐにとは…」
「出来るの?できないの?はっきりしなさいよ!これだから田舎者は嫌いよ!」

とんでもなく冷たい目をした。これが貴族の怒り方だ。ラフレシアも小国だが貴族の端くれ。これは作法として身に着けているものだ。

「い、今は市場の両替えで出払っているのです!市の終わる日にはそれくらいはご用意させていただきます」
「えー、それってあと四日もあんじゃない。こんなど田舎すぐに飽きちゃうわ」

ラフレシアはそう言って、もう興味なさそうに窓の外の景色を見てため息を深くついた。これも貴族特有の仕草だ。これをされた商人は、もはや相手にされないということだ。他国の貴族とはいえ、評判を重要視するのが商人だ。そんなものが広まれば今後の商売に影響してしまう。

「四日間!わ、私どもにお世話させていただきたい!お持ちの租税はぜひわれわれにお預けになられ、どうか姫さまはごゆるりと旅の疲れを癒されるがよかろうかと。も、もちろん両替えの手数料などいりません」

商人は必死で頼み込んできた。さっきの番頭を筆頭に、若い男が大ぜい来てみな頭を下げた。超きもちいい。

「しょうがないわねー。そうまで言うんじゃ、仕方ないわね」
「あ、ありがたき幸せ!」

一同、さらに深々と頭を下げてくる。ふふふ、作戦成功ね。

「して、お宿はどちらに…」
「あの丘の宿屋よ。名前は確か…」
「ハイネンの宿、ですな。ミートパイが名物です」
「ああそう。まあ興味ないわ」

こいつはえらく口のおごった娘だと想像できた。旅人が泣くほど感動するというあのミートパイに感動しないなど…これはちょっとやそっとのもてなしではすぐに飽きられる。商人はすぐにそう思った。これは飛び切りのもてなしをしなくては。まあこいつの金が手に入るんだ。経費と思えばいい。

「で、お連れさまとかは?」
「ああ、供のものがふたり。いま宿にいるわ」

そのころ…その供のものは、ミートパイを食べて感動して泣いていた。





「なにのんきに飯食って泣いてんだよ」
「あ、オッサンもどう?」

宿の食堂にあのオッサンスパイがふらりと現れた。

「オッサン言うな!ちゃんとジーク・キリヒスと言え。まあ偽名だけどね。いただこうか」

食うんか。

「この人にも同じもの」

ぼくは給仕の女の子にそう声をかけた。それからまたヒソヒソ声で話し始める。

「盗賊のアジトは見つかったの?」
「ああ、ばっちりだ。山ひとつ越えたところに小さな炭鉱がある。そこだ」

なるほど、炭鉱なら人が大勢いても、人がいなくても自然だ。手下を鉱夫ということにしておけばいいのだ。

「動きは?」
「とくにない。まあ、昼間は本当に炭鉱で石炭掘っている」
「勤勉な盗賊だなあ」

ぼくは呆れた。働きたくないから盗賊やってんじゃないのか?これじゃぼくが食うに困って盗賊はじめても直ぐに嫌になっちゃうな。

「あんたのクズのような心の声が駄々洩れになってあたしに聞こえてくんだけど。ご飯まずくなるからやめてくんない?」

ミローネがミートパイをほおばりながらそう言った。しかめっ面はしてるがお口は動いている。いやしいやつだ。まあ、ミローネはぼくが召喚した精霊だ。ぼくの心は伝わるらしい。

「さっきから気になってたんだが、こいつは誰だ?」

オッサンがそう聞いてきた。こいつもかなり迂闊うかつなやつだ。スパイに絶対向いていない。

「ミローネっていう。ぼくが召喚した精霊だ」
「精霊?な、なんだ、あんた精霊使いか!」
「声が大きいよ、おじさん」
「おじさんじゃねえつってんだろ!キリヒス、いやジークと呼べ」
「はいはい」
「で、精霊が何でここで一緒に飯食ってんだよ!」
「悪いか?仲間なんだから一緒に飯食うのは当たり前だろ?」

オッサンはバカなのか?

「いやいやいや、それは常識ってえもんがねえ。いいか、精霊ってのはこう、はかなげで半透明なものだぞ?こんなふうに人前でて飯食ったりなんかしねえんだ」
「おかしな常識だな。なあミローネ」

うん?という顔をミローネはした。

「い、いや、あたしもどうかとは思ってたんだけど、こう自然と、さらっとあたしを受け入れられちゃったんで、どうしようかなーとは思っていたのよ」

なにいってんだ、こいつ?

「えと、それどういう意味?」
「あんたなんにも知らないのね。ウケるー。あたしはね、精霊界ではその頂点にいるってことなのよ?」

なんだそれ?何の頂点なんだ?正真正銘こいつはチョモランマなのか?

「ちょ、マジかよ!」

オッサンが驚いてやんの。どういうことだ?

「火、水、土、風…そいつらは四大精霊っていうわ。それはあたしの妹たち。あたしはその妹たちを統べる者。氷の精霊フローズン・ミローネっていうのがあたしなのよ?」
「ふうん」
「ふうんってあんた感動ないわね!もちょっと驚くなり恐れるなりしなさいよ!このオッサンみたいに」

オッサンはスプーンを持った手をわなわなと震わせている。そんなにすごい精霊なのか?ぼくにはただのおバカにしか見えないけれど。

「とにかく、もっと敬意を持ってほしいもんだわね!」
「どうでもいいけど口拭け。つばとばすな!」
「はい、ごめんなさい」

そう言って精霊はまたもしゃもしゃとミートパイを食べ始めた。ヤバい、このペースだとこいつまたおかわりするな…。いったい何皿食う気だ。

「おい、大丈夫なのか?」

心配そうにオッサンが小声で聞いてきた。心配性だなあ。

「それより盗賊だけど、昼間はみんな坑道に?」
「ああ、鉱山の奥だ。女頭目と数人の幹部しか宿舎にはいねえ」
「じゃああいさつに行くか」
「俺とお前でか?たとえ精霊がいてもあいては名のある盗賊だ。それも女豹ミランダと言われる凄腕だ。ちょっと無理だな。俺の仲間を呼ぼうにも三日はかかる。そんな時間はねえし」
「大丈夫さ。仲間ならあと一人いるし」
「まさかラフレシアさまを?おいおい、伯爵の娘を巻き込むなよ」
「勝手についてきたんだ。そのくらいはしてもらう。それに戦いにはならないよ。まちがいなく、ね」
「ふうん、おかしな自信だな。まあなんにしろ今はおまえに従うしかなさそうだ」

オッサンはそう言ってミートパイを口に運んだ。うまい、とつぶやきながら給仕の女の子に目をやる。こいつもまだ食う気なんだ。こいつらどんだけー。

「すいません、ぼくミートパイおかわり」
「あ、ずるい」
「ちょ、ちょっとまてよ」

まあおいしいんだからね。しかたないのだ。



ラフレシアと合流し、さっそく盗賊団のアジトへ出かけた。ラフレシアもミローネが氷の精霊だと聞いて驚いていた。そんなに有名だったのか、こいつ。もうちょっと優しくしてもいいかなとも思ったが、今さらなんでやめた。

町から山ひとつ越えたところにそれはあった。目と鼻の先じゃないか。もうどんだけだ。

みな岩陰に隠れて、そっと覗きこんでいる。

「あの建物がやつらの宿舎だ。三階建の最上階に頭目たちがいる。見張りもいるが、どうする?」
「まかせて」

大きな建物が見える。入り口にふたり、建物の中にも数人いるのだろう。まあぼくには関係ないけどね。

「じゃあ盗賊『ヘルキャット団』に殴りこみますか。そしてわれわれ蛇口教団の恐ろしさを教えましょう!だけどあくまでこれは布教活動ですから。けが人や死人は出さないでね」
「そんな無茶言うな」
「オッサン、それが絶対条件なんだよ」
「わかった。好きにしろ」
「みんなもいいね。暴力はなし」

ぼくはみんなの真剣な顔にそう言った。なーに、こっちにはこのステルスゴーレムくんがいるんだ。わけはない、のら猫ちゃんたちなんか。

「ところでよ、蛇口教団?なんだそれ」

オッサンが変な顔をしてそうぼくに聞いた。

「だから、ぼくの工作活動。ちゃんと覚えておいてね、司祭さん」
「ああ?なんで俺が」
「しょうがないじゃん。そういうことにしておいて」
「よくわかんねえな」

まあいい。さあ、地獄の悪猫ちゃんに殴り込みだ。教祖、猫を噛む、なんちゃって。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...