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教祖、猫を噛む
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ライオネント商会と大きな看板が出ていた。他の商館と同じ大通りの一等地にあった。そこは町のメインストリートなのだろう。若い娘たちが着飾り、大通りを歩いていた。ラフレシアはちょっと気後れ気味にあたりを見回し、その商館の入り口に、入った。
「いらっしゃいませ。わがライオネント商会にようこそ」
口々に若い男たちが言った。それでなおラフレシアは気後れした。だが持ち前の負けん気の強さで持ち直す。
「オーナーはいらっしゃる?」
「どのようなご用件で?」
「ふん、単なる両替えよ。なにしろうちの飛び地の領地で集めた租税が重いんで、ちょっと軽くしたいのよ」
「それって…つまり」
「あんたバカ?租税で徴収した銅貨や銀貨を金貨に両替えしてくれって言ってんのよ!手数料はもちろん払うけど、って、あんたんとこそれも商売じゃないの?さすがど田舎ね。わけわかんないのが商売やってんのねー」
思い切りなじられた。どこかの貴族騎士だろうが、見た目はかわいい女の子だ。口の利き方にギャップがありすぎる。に、してもひどくないか?
「両替ですか…も、もちろん商っております。で、おいくらほど?」
「そうね、表にいる馬二頭分…」
見た目女の子だと思って軽く考えていた。飛び地の租税だといっていたじゃないか、この娘は。それは半端な額ではないということなのだ。
「ちょ、ちょっとお待ちを…」
若い番頭だろうか。慌てたように奥に引っ込んで行った。ラフレシアは心の底でほくそ笑んだ。おやおや、四軒目で当たりですかー?
ついでに言うと、ラフレシアはちょっとドヤ顔になった。この子そういうときは鼻をちょこっと膨らませる。直ぐに奥から中年の、腹の出た男が慌てて出てきた。どうやらこいつが主らしい。
「両替えとのことですが?」
「そうよ。あたしはガザン王国の騎士バレリナ。こんな町なんかホントなら素通りするんだけど、まあ市が立つっていうし、息抜きも必要でしょ?ふふふ」
そうケロッと少女騎士は上品に笑って言った。あまりに清楚で美しい笑顔なので、つい商人は引き込まれそうになってしまった。
「わたしはこの町で商館を営んでおりますシャドレア・リンギスと申します。以前もこのライオネント・リンギス商会とお取引を?」
何とか気を引き締めなおした商館の主は、抜け目なさそうな目でそう聞いた。
「いえ、初めてよ。当たり前じゃない。こんなちっぽけな町、本来なら目にも入らないわ」
そうだろう。ガザン王国と言えばここらで一番の大国だ。だからそこの貴族たちも傲慢で虫のすかない連中ばかりだ。この娘は正真正銘そのガザン王国の貴族だということを、その態度で証明している。
「わかりました。お引き受けしましょう」
ありゃ?違った?そんなにあっさり引き受けられるなんて、ここじゃないのかな?
ラフレシアの鼻はもう膨らんでいなかった。
「ただ馬二頭分ともなれば相当の額だと…」
「まあざっと見積もっても金貨百五十枚にはなるかな?」
この世界の金貨は大体一枚当たり日本円で百万を少し下回るくらいの価値だ。貨幣経済が発展してきたとはいえ、たかが商館には準備金としては大層な額だ。
「い、今ご用意できるのは金貨およそ五十枚程度で」
「あそ。じゃ、他行くわ」
プイと少女騎士は背を向けた。
「お、お待ちください!両替えできないとは言っておりません」
「できるの?」
「い、今すぐにとは…」
「出来るの?できないの?はっきりしなさいよ!これだから田舎者は嫌いよ!」
とんでもなく冷たい目をした。これが貴族の怒り方だ。ラフレシアも小国だが貴族の端くれ。これは作法として身に着けているものだ。
「い、今は市場の両替えで出払っているのです!市の終わる日にはそれくらいはご用意させていただきます」
「えー、それってあと四日もあんじゃない。こんなど田舎すぐに飽きちゃうわ」
ラフレシアはそう言って、もう興味なさそうに窓の外の景色を見てため息を深くついた。これも貴族特有の仕草だ。これをされた商人は、もはや相手にされないということだ。他国の貴族とはいえ、評判を重要視するのが商人だ。そんなものが広まれば今後の商売に影響してしまう。
「四日間!わ、私どもにお世話させていただきたい!お持ちの租税はぜひわれわれにお預けになられ、どうか姫さまはごゆるりと旅の疲れを癒されるがよかろうかと。も、もちろん両替えの手数料などいりません」
商人は必死で頼み込んできた。さっきの番頭を筆頭に、若い男が大ぜい来てみな頭を下げた。超きもちいい。
「しょうがないわねー。そうまで言うんじゃ、仕方ないわね」
「あ、ありがたき幸せ!」
一同、さらに深々と頭を下げてくる。ふふふ、作戦成功ね。
「して、お宿はどちらに…」
「あの丘の宿屋よ。名前は確か…」
「ハイネンの宿、ですな。ミートパイが名物です」
「ああそう。まあ興味ないわ」
こいつはえらく口のおごった娘だと想像できた。旅人が泣くほど感動するというあのミートパイに感動しないなど…これはちょっとやそっとのもてなしではすぐに飽きられる。商人はすぐにそう思った。これは飛び切りのもてなしをしなくては。まあこいつの金が手に入るんだ。経費と思えばいい。
「で、お連れさまとかは?」
「ああ、供のものがふたり。いま宿にいるわ」
そのころ…その供のものは、ミートパイを食べて感動して泣いていた。
「なにのんきに飯食って泣いてんだよ」
「あ、オッサンもどう?」
宿の食堂にあのオッサンスパイがふらりと現れた。
「オッサン言うな!ちゃんとジーク・キリヒスと言え。まあ偽名だけどね。いただこうか」
食うんか。
「この人にも同じもの」
ぼくは給仕の女の子にそう声をかけた。それからまたヒソヒソ声で話し始める。
「盗賊のアジトは見つかったの?」
「ああ、ばっちりだ。山ひとつ越えたところに小さな炭鉱がある。そこだ」
なるほど、炭鉱なら人が大勢いても、人がいなくても自然だ。手下を鉱夫ということにしておけばいいのだ。
「動きは?」
「とくにない。まあ、昼間は本当に炭鉱で石炭掘っている」
「勤勉な盗賊だなあ」
ぼくは呆れた。働きたくないから盗賊やってんじゃないのか?これじゃぼくが食うに困って盗賊はじめても直ぐに嫌になっちゃうな。
「あんたのクズのような心の声が駄々洩れになってあたしに聞こえてくんだけど。ご飯まずくなるからやめてくんない?」
ミローネがミートパイをほおばりながらそう言った。しかめっ面はしてるがお口は動いている。いやしいやつだ。まあ、ミローネはぼくが召喚した精霊だ。ぼくの心は伝わるらしい。
「さっきから気になってたんだが、こいつは誰だ?」
オッサンがそう聞いてきた。こいつもかなり迂闊なやつだ。スパイに絶対向いていない。
「ミローネっていう。ぼくが召喚した精霊だ」
「精霊?な、なんだ、あんた精霊使いか!」
「声が大きいよ、おじさん」
「おじさんじゃねえつってんだろ!キリヒス、いやジークと呼べ」
「はいはい」
「で、精霊が何でここで一緒に飯食ってんだよ!」
「悪いか?仲間なんだから一緒に飯食うのは当たり前だろ?」
オッサンはバカなのか?
「いやいやいや、それは常識ってえもんがねえ。いいか、精霊ってのはこう、はかなげで半透明なものだぞ?こんなふうに人前でて飯食ったりなんかしねえんだ」
「おかしな常識だな。なあミローネ」
うん?という顔をミローネはした。
「い、いや、あたしもどうかとは思ってたんだけど、こう自然と、さらっとあたしを受け入れられちゃったんで、どうしようかなーとは思っていたのよ」
なにいってんだ、こいつ?
「えと、それどういう意味?」
「あんたなんにも知らないのね。ウケるー。あたしはね、精霊界ではその頂点にいるってことなのよ?」
なんだそれ?何の頂点なんだ?正真正銘こいつはチョモランマなのか?
「ちょ、マジかよ!」
オッサンが驚いてやんの。どういうことだ?
「火、水、土、風…そいつらは四大精霊っていうわ。それはあたしの妹たち。あたしはその妹たちを統べる者。氷の精霊フローズン・ミローネっていうのがあたしなのよ?」
「ふうん」
「ふうんってあんた感動ないわね!もちょっと驚くなり恐れるなりしなさいよ!このオッサンみたいに」
オッサンはスプーンを持った手をわなわなと震わせている。そんなにすごい精霊なのか?ぼくにはただのおバカにしか見えないけれど。
「とにかく、もっと敬意を持ってほしいもんだわね!」
「どうでもいいけど口拭け。つばとばすな!」
「はい、ごめんなさい」
そう言って精霊はまたもしゃもしゃとミートパイを食べ始めた。ヤバい、このペースだとこいつまたおかわりするな…。いったい何皿食う気だ。
「おい、大丈夫なのか?」
心配そうにオッサンが小声で聞いてきた。心配性だなあ。
「それより盗賊だけど、昼間はみんな坑道に?」
「ああ、鉱山の奥だ。女頭目と数人の幹部しか宿舎にはいねえ」
「じゃああいさつに行くか」
「俺とお前でか?たとえ精霊がいてもあいては名のある盗賊だ。それも女豹ミランダと言われる凄腕だ。ちょっと無理だな。俺の仲間を呼ぼうにも三日はかかる。そんな時間はねえし」
「大丈夫さ。仲間ならあと一人いるし」
「まさかラフレシアさまを?おいおい、伯爵の娘を巻き込むなよ」
「勝手についてきたんだ。そのくらいはしてもらう。それに戦いにはならないよ。まちがいなく、ね」
「ふうん、おかしな自信だな。まあなんにしろ今はおまえに従うしかなさそうだ」
オッサンはそう言ってミートパイを口に運んだ。うまい、とつぶやきながら給仕の女の子に目をやる。こいつもまだ食う気なんだ。こいつらどんだけー。
「すいません、ぼくミートパイおかわり」
「あ、ずるい」
「ちょ、ちょっとまてよ」
まあおいしいんだからね。しかたないのだ。
ラフレシアと合流し、さっそく盗賊団のアジトへ出かけた。ラフレシアもミローネが氷の精霊だと聞いて驚いていた。そんなに有名だったのか、こいつ。もうちょっと優しくしてもいいかなとも思ったが、今さらなんでやめた。
町から山ひとつ越えたところにそれはあった。目と鼻の先じゃないか。もうどんだけだ。
みな岩陰に隠れて、そっと覗きこんでいる。
「あの建物がやつらの宿舎だ。三階建の最上階に頭目たちがいる。見張りもいるが、どうする?」
「まかせて」
大きな建物が見える。入り口にふたり、建物の中にも数人いるのだろう。まあぼくには関係ないけどね。
「じゃあ盗賊『ヘルキャット団』に殴りこみますか。そしてわれわれ蛇口教団の恐ろしさを教えましょう!だけどあくまでこれは布教活動ですから。けが人や死人は出さないでね」
「そんな無茶言うな」
「オッサン、それが絶対条件なんだよ」
「わかった。好きにしろ」
「みんなもいいね。暴力はなし」
ぼくはみんなの真剣な顔にそう言った。なーに、こっちにはこのステルスゴーレムくんがいるんだ。わけはない、のら猫ちゃんたちなんか。
「ところでよ、蛇口教団?なんだそれ」
オッサンが変な顔をしてそうぼくに聞いた。
「だから、ぼくの工作活動。ちゃんと覚えておいてね、司祭さん」
「ああ?なんで俺が」
「しょうがないじゃん。そういうことにしておいて」
「よくわかんねえな」
まあいい。さあ、地獄の悪猫ちゃんに殴り込みだ。教祖、猫を噛む、なんちゃって。
「いらっしゃいませ。わがライオネント商会にようこそ」
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「ふん、単なる両替えよ。なにしろうちの飛び地の領地で集めた租税が重いんで、ちょっと軽くしたいのよ」
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思い切りなじられた。どこかの貴族騎士だろうが、見た目はかわいい女の子だ。口の利き方にギャップがありすぎる。に、してもひどくないか?
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見た目女の子だと思って軽く考えていた。飛び地の租税だといっていたじゃないか、この娘は。それは半端な額ではないということなのだ。
「ちょ、ちょっとお待ちを…」
若い番頭だろうか。慌てたように奥に引っ込んで行った。ラフレシアは心の底でほくそ笑んだ。おやおや、四軒目で当たりですかー?
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「両替えとのことですが?」
「そうよ。あたしはガザン王国の騎士バレリナ。こんな町なんかホントなら素通りするんだけど、まあ市が立つっていうし、息抜きも必要でしょ?ふふふ」
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「いえ、初めてよ。当たり前じゃない。こんなちっぽけな町、本来なら目にも入らないわ」
そうだろう。ガザン王国と言えばここらで一番の大国だ。だからそこの貴族たちも傲慢で虫のすかない連中ばかりだ。この娘は正真正銘そのガザン王国の貴族だということを、その態度で証明している。
「わかりました。お引き受けしましょう」
ありゃ?違った?そんなにあっさり引き受けられるなんて、ここじゃないのかな?
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「ただ馬二頭分ともなれば相当の額だと…」
「まあざっと見積もっても金貨百五十枚にはなるかな?」
この世界の金貨は大体一枚当たり日本円で百万を少し下回るくらいの価値だ。貨幣経済が発展してきたとはいえ、たかが商館には準備金としては大層な額だ。
「い、今ご用意できるのは金貨およそ五十枚程度で」
「あそ。じゃ、他行くわ」
プイと少女騎士は背を向けた。
「お、お待ちください!両替えできないとは言っておりません」
「できるの?」
「い、今すぐにとは…」
「出来るの?できないの?はっきりしなさいよ!これだから田舎者は嫌いよ!」
とんでもなく冷たい目をした。これが貴族の怒り方だ。ラフレシアも小国だが貴族の端くれ。これは作法として身に着けているものだ。
「い、今は市場の両替えで出払っているのです!市の終わる日にはそれくらいはご用意させていただきます」
「えー、それってあと四日もあんじゃない。こんなど田舎すぐに飽きちゃうわ」
ラフレシアはそう言って、もう興味なさそうに窓の外の景色を見てため息を深くついた。これも貴族特有の仕草だ。これをされた商人は、もはや相手にされないということだ。他国の貴族とはいえ、評判を重要視するのが商人だ。そんなものが広まれば今後の商売に影響してしまう。
「四日間!わ、私どもにお世話させていただきたい!お持ちの租税はぜひわれわれにお預けになられ、どうか姫さまはごゆるりと旅の疲れを癒されるがよかろうかと。も、もちろん両替えの手数料などいりません」
商人は必死で頼み込んできた。さっきの番頭を筆頭に、若い男が大ぜい来てみな頭を下げた。超きもちいい。
「しょうがないわねー。そうまで言うんじゃ、仕方ないわね」
「あ、ありがたき幸せ!」
一同、さらに深々と頭を下げてくる。ふふふ、作戦成功ね。
「して、お宿はどちらに…」
「あの丘の宿屋よ。名前は確か…」
「ハイネンの宿、ですな。ミートパイが名物です」
「ああそう。まあ興味ないわ」
こいつはえらく口のおごった娘だと想像できた。旅人が泣くほど感動するというあのミートパイに感動しないなど…これはちょっとやそっとのもてなしではすぐに飽きられる。商人はすぐにそう思った。これは飛び切りのもてなしをしなくては。まあこいつの金が手に入るんだ。経費と思えばいい。
「で、お連れさまとかは?」
「ああ、供のものがふたり。いま宿にいるわ」
そのころ…その供のものは、ミートパイを食べて感動して泣いていた。
「なにのんきに飯食って泣いてんだよ」
「あ、オッサンもどう?」
宿の食堂にあのオッサンスパイがふらりと現れた。
「オッサン言うな!ちゃんとジーク・キリヒスと言え。まあ偽名だけどね。いただこうか」
食うんか。
「この人にも同じもの」
ぼくは給仕の女の子にそう声をかけた。それからまたヒソヒソ声で話し始める。
「盗賊のアジトは見つかったの?」
「ああ、ばっちりだ。山ひとつ越えたところに小さな炭鉱がある。そこだ」
なるほど、炭鉱なら人が大勢いても、人がいなくても自然だ。手下を鉱夫ということにしておけばいいのだ。
「動きは?」
「とくにない。まあ、昼間は本当に炭鉱で石炭掘っている」
「勤勉な盗賊だなあ」
ぼくは呆れた。働きたくないから盗賊やってんじゃないのか?これじゃぼくが食うに困って盗賊はじめても直ぐに嫌になっちゃうな。
「あんたのクズのような心の声が駄々洩れになってあたしに聞こえてくんだけど。ご飯まずくなるからやめてくんない?」
ミローネがミートパイをほおばりながらそう言った。しかめっ面はしてるがお口は動いている。いやしいやつだ。まあ、ミローネはぼくが召喚した精霊だ。ぼくの心は伝わるらしい。
「さっきから気になってたんだが、こいつは誰だ?」
オッサンがそう聞いてきた。こいつもかなり迂闊なやつだ。スパイに絶対向いていない。
「ミローネっていう。ぼくが召喚した精霊だ」
「精霊?な、なんだ、あんた精霊使いか!」
「声が大きいよ、おじさん」
「おじさんじゃねえつってんだろ!キリヒス、いやジークと呼べ」
「はいはい」
「で、精霊が何でここで一緒に飯食ってんだよ!」
「悪いか?仲間なんだから一緒に飯食うのは当たり前だろ?」
オッサンはバカなのか?
「いやいやいや、それは常識ってえもんがねえ。いいか、精霊ってのはこう、はかなげで半透明なものだぞ?こんなふうに人前でて飯食ったりなんかしねえんだ」
「おかしな常識だな。なあミローネ」
うん?という顔をミローネはした。
「い、いや、あたしもどうかとは思ってたんだけど、こう自然と、さらっとあたしを受け入れられちゃったんで、どうしようかなーとは思っていたのよ」
なにいってんだ、こいつ?
「えと、それどういう意味?」
「あんたなんにも知らないのね。ウケるー。あたしはね、精霊界ではその頂点にいるってことなのよ?」
なんだそれ?何の頂点なんだ?正真正銘こいつはチョモランマなのか?
「ちょ、マジかよ!」
オッサンが驚いてやんの。どういうことだ?
「火、水、土、風…そいつらは四大精霊っていうわ。それはあたしの妹たち。あたしはその妹たちを統べる者。氷の精霊フローズン・ミローネっていうのがあたしなのよ?」
「ふうん」
「ふうんってあんた感動ないわね!もちょっと驚くなり恐れるなりしなさいよ!このオッサンみたいに」
オッサンはスプーンを持った手をわなわなと震わせている。そんなにすごい精霊なのか?ぼくにはただのおバカにしか見えないけれど。
「とにかく、もっと敬意を持ってほしいもんだわね!」
「どうでもいいけど口拭け。つばとばすな!」
「はい、ごめんなさい」
そう言って精霊はまたもしゃもしゃとミートパイを食べ始めた。ヤバい、このペースだとこいつまたおかわりするな…。いったい何皿食う気だ。
「おい、大丈夫なのか?」
心配そうにオッサンが小声で聞いてきた。心配性だなあ。
「それより盗賊だけど、昼間はみんな坑道に?」
「ああ、鉱山の奥だ。女頭目と数人の幹部しか宿舎にはいねえ」
「じゃああいさつに行くか」
「俺とお前でか?たとえ精霊がいてもあいては名のある盗賊だ。それも女豹ミランダと言われる凄腕だ。ちょっと無理だな。俺の仲間を呼ぼうにも三日はかかる。そんな時間はねえし」
「大丈夫さ。仲間ならあと一人いるし」
「まさかラフレシアさまを?おいおい、伯爵の娘を巻き込むなよ」
「勝手についてきたんだ。そのくらいはしてもらう。それに戦いにはならないよ。まちがいなく、ね」
「ふうん、おかしな自信だな。まあなんにしろ今はおまえに従うしかなさそうだ」
オッサンはそう言ってミートパイを口に運んだ。うまい、とつぶやきながら給仕の女の子に目をやる。こいつもまだ食う気なんだ。こいつらどんだけー。
「すいません、ぼくミートパイおかわり」
「あ、ずるい」
「ちょ、ちょっとまてよ」
まあおいしいんだからね。しかたないのだ。
ラフレシアと合流し、さっそく盗賊団のアジトへ出かけた。ラフレシアもミローネが氷の精霊だと聞いて驚いていた。そんなに有名だったのか、こいつ。もうちょっと優しくしてもいいかなとも思ったが、今さらなんでやめた。
町から山ひとつ越えたところにそれはあった。目と鼻の先じゃないか。もうどんだけだ。
みな岩陰に隠れて、そっと覗きこんでいる。
「あの建物がやつらの宿舎だ。三階建の最上階に頭目たちがいる。見張りもいるが、どうする?」
「まかせて」
大きな建物が見える。入り口にふたり、建物の中にも数人いるのだろう。まあぼくには関係ないけどね。
「じゃあ盗賊『ヘルキャット団』に殴りこみますか。そしてわれわれ蛇口教団の恐ろしさを教えましょう!だけどあくまでこれは布教活動ですから。けが人や死人は出さないでね」
「そんな無茶言うな」
「オッサン、それが絶対条件なんだよ」
「わかった。好きにしろ」
「みんなもいいね。暴力はなし」
ぼくはみんなの真剣な顔にそう言った。なーに、こっちにはこのステルスゴーレムくんがいるんだ。わけはない、のら猫ちゃんたちなんか。
「ところでよ、蛇口教団?なんだそれ」
オッサンが変な顔をしてそうぼくに聞いた。
「だから、ぼくの工作活動。ちゃんと覚えておいてね、司祭さん」
「ああ?なんで俺が」
「しょうがないじゃん。そういうことにしておいて」
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まあいい。さあ、地獄の悪猫ちゃんに殴り込みだ。教祖、猫を噛む、なんちゃって。
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