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オッサンスパイ、あらわる!
しおりを挟む盗賊団の名前は『ヘルキャット団』と言った。
女盗賊ミランダ、というのが頭らしい。知っていると思うが、ヘルキャットはスラングで性悪女という意味だ。その女頭目が五百の盗賊を率いてこの町を襲うという。
なんでこんなことになったのかはわからないが、とにかくその盗賊団に備えなければならない。だが、肝心の軍隊はみな予備役のまた予備役みたいな連中で、どこの養老院から連れてきたんだよ、というような奴らだった。
「ただいま戻りました」
農民の格好をしていたが、やや小柄で懐に大きなナイフを隠している男が、音もたてずに薄明りの部屋に入って来た。
「で、どうだった?町の様子は?」
「警備の人数が増えました、と言っても爺さんの寄せ集めです。やつらなめてんですかね、あっしら盗賊を」
ヒョウ柄のタイトな服を身に着け、軽鎧を申し訳程度にまとった女が寝台に寝そべって、その農民姿の盗賊である部下の報告を聞いている。
「ふん、わかっててもやつらなんにもできないのさ。だいたい市が開かれなきゃ町が王国に収める税が集まらない。集まらなきゃ王国兵が徴収に来る。全財産、そして食料や女まで王国に持って行かれる。何が王国だ。やっていることはあたしたち盗賊と変わらないんだからね。笑っちゃうわ」
そう言って女は澄んだ赤い色の酒をあおった。
「ですがミランダさま、おかしな噂を耳にいたしました」
「おかしな噂?なんだい、そりゃ」
「へい、救世主が来て町を救う、とか言っておりやした」
「…救世主?」
それは何度か耳にしていた。このダルメシアに現れた救世主。ほうぼうの村に奇跡と称し水の恵みを与え、さらに信者を幸せに導くという。最初はそんなことがあってたまるかと思ったが、実際自分の目で水の恵みを見たとき、かたくなだった自分の心に揺らぎが生じるのを感じた。
だけどそれはそれよ…
生きて行かなきゃならない。この過酷な世界を。だが常に国や領主に搾取され、貧しいものは居場所さえ奪われる。こんな苦しみしかない世の中に、たかが小さな奇跡など、なにほどのものか。耕せば耕すほど、実れば実るほど持って行かれる。豊作だろうが不作だろうが関係ない。まあ、ここ数十年、豊作だったためしはないが。
奪われる側から奪う側へ
それは至極まっとうな思考と言える。力こそすべて。生き物とは、人とはそうしたものだ。そしてそれは自らの命をも賭ける。もちろん他人の命も惜しげもなく賭ける。王国だろうと盗賊だろうと、ね。
「気になるな、それは。もう少し詳しく調べてこい。もう時間がないのだ。いいか、気取られるな。そしてあいつがわれわれの手引きをすることを、町の誰にも悟らせてはならん」
「かしこまりました」
そう言って手下は盗賊の女首領の前から姿を消した。
大金が転がり込んできた。みなあの農夫たちのお布施だ。まあ、ひとりひとりは少額だ。おおよそ銅貨三枚ってとこだ。だが塵も積もれば山となる。いまあの場にいた信者だけでとんでもない額になった。
「ふうっふうっ!」
「ひいい、ひいいいいっ」
「大丈夫だ、頑張れー」
「ちょっと待ちなさいよ!」
ラフレシアが大きな包みをかついでそう言った。もう息も絶え絶えだ。
「なんだよ」
「はぁはぁ…、なんだよじゃないわよ!あんたなんで手ぶらなのよ!」
「そ、そーだそーだ!」
ミローネまでなんだ?けしからん。
「何か文句でもありそうな顔だな、きみたち」
「はあ?文句ですって?いやいや違うだろっ!なんであんたが手ぶらなのって話よ!なんなのよっ!」
「なんでって、ぼくがそんな重いものを持つのはおかしいだろ?」
「おかしいのはあんたの頭よ!女の子にこんな重いもん持たせて、あんたなに考えてるのよ!」
ラフレシアとミローネはそれでも大きな包みを背から降ろさず、もう老婆のように腰を曲げてそれを持っていた。
「あのね、ぼくは教祖だよね?それって一番尊ばれるんじゃなかったっけ?そういうお方が重いもの持っちゃいけないんじゃないか?それこそキリストが自ら磔になる重い十字架を背負ったのは、人間の原罪をかわりに神の子として受けるためだけど、いまのところぼくにその予定はないからね」
「キ、キリストって誰よ!ってか、なに言ってるかわかんないわよ!」
やれやれ無知なお嬢さんだ。
「つまり彼らはぼくに、幸せな気持ちをお金にしてお布施という形で返してくれた。その気持ちが、ぼくをその重みで苦しめたらどうかな?彼らは後悔し、落胆し、あげく死んでしまうかも」
「ど、どうしてそうなんのよ!」
「無駄よラフレシア。こいつ、はなから力仕事はしないって決めているんだから」
精霊ミローネよ、それは違う。力仕事じゃない。労働しないと決めているんだ。ニートだからね。
ふたりの強烈な諦めと殺意を背中に受け、ぼくたちは宿泊している宿屋に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、トム・ヤムさま」
「トムヤムくんでいいって言ってんのに」
「し、失礼しました。あの、先ほどからお客さまがお待ちです」
「お客?」
宿の主人がペコペコしながら奥を指さす。誰だろう?こんなところに知り合いはいない。ぼくの信者だってこの宿にぼくがいることは知らない。
「先ほどからお待ちで」
「ふうん」
彼女たちには部屋に戻ってもらい、ぼくはひとりでその客に会うことにした。もちろんステルスゴーレムくんは一緒だ。ぼくのボディガードだからね。
宿の奥はテラス席になっていて、この小高い丘の上に立っている宿から町が一望できる。とてもいい景色だ。ぼくがこの宿を選んだ理由だ。そのテラスにはひとり、男が座っている。商人のような身なりだ。
「こんにちわ。ぼくに何か御用だとか?」
「あんたがデリアズナル・ローゲン・オルデリスか?なんだ、まだガキじゃないか」
いきなり本名を言われた。しかも無礼でもある。
「あなたは誰ですか?」
「それを言う前に聞いておくが、本当におまえがわれわれの待つ仲間ということだな?」
仲間?なんのことだろ。
「あのですね、ぼくに仲間は二人しか今のところいません。人違いじゃないんですか?」
「おまえ、俺がお前の名を言ってるのに、人違いとかないだろ?」
「そういえばそうですね。じゃああなたは本国の方?」
本国ってもちろんリスタリア王国です。
「ああ、俺たちは王直属の人間だ。まあ、人間やめちまった者もいるがな」
なにそれ恐い。
「じゃああんたがその…工作組織の…」
「ああ。ライゲンハルトという名の秘密部隊だ。俺の名はジーク・キルヒス」
なにその銀河なんとか伝説っぽい名は。ヤバいぞそれ。とにかくこのオッサンが敵地に潜入しているスパイってことか。なんでぼくのところがわかったんだろう?やっぱスパイだからか。やるな。
「ああそうっすか」
「感動ねえな」
あるわけないでしょ。てか何しに来たんだ、オッサンスパイ。
「何の御用かまだうかがっていないようですが?」
「何の御用かはねえだろ?そんなのは決まっている。いいか、あと一か月もしないうちにこのダルメシアの兵はリスタリアに向けて進軍を開始する。だからそれまでに何とかしなきゃならねえんだ」
「はあ、頑張ってください」
「おめえもやるんだよっ!」
「はあ?なんでぼくが?」
「お、おまえそのためにここに派遣されてきたんだろ!」
ああ、そういえばそうだった。まあ、めんどくさいから適当にあしらおう。
「わ、わかってますよ。だからあんたたちはあんたたちの仕事を頑張ってって言ったんじゃないですか」
「お?おお、そうか。で?」
「で?とは?」
「そうじゃねえよ!おまえは何をするんだって言ってんの!」
「ああぼくですか。ぼくはその…」
なにするんだっけ、ぼく。
「その、なんだ?」
もう、さっきからおっかないなあ、このオッサン。そりゃ戦争近いから殺気立つのはわかるけど、ニートには関係ないんだぞ。まったくもう、困ったちゃんだね。
「り、離反工作です」
「なんだそりゃ?」
「だ、か、ら、ライネントルフ教団とダルメシア王国との離反工作ですよ」
「おお」
納得したみたいだ。そういやぼくもそういう指令を受けていたような気が…忘れたけどね。
「それでおかしな教団の教祖ってことなのか。納得した」
いや、それはぼくが完全ニート生活を送るための壮大な計画で、けしてそういう目的のためじゃないんですよ?
「いやあ、わかってもらえましたか」
「いやそれ聞いて安心したぜ。おまえがおかしなことをしてるって本国でもうわさされてたからな。そうか、そういう意図だったのか。あのヴィクトリア・ガイリアスがイチ押しのことはあるな」
うわー、あの宰相の名、出てきたー。ぼくあいつ苦手なんだよなー。
「まあ戦争までに間に合うかは微妙ですけどね」
「なるほど。で、お前はここでなにをしてるんだ?」
「この町を押さえようと」
「ほほう?なんか計画か?話してみろよ」
そんな計画はない!とこのオッサンに言ったらまた怒られる。ニートは怒られるのが苦手だ。いや嫌いだ。怒られたくないからニートやってんだ。そこは大事なところだ。
「とりあえずこの町の危機を救います」
「危機?ああ、まさかこの町狙ってる盗賊と?…おめえまさか」
「そういうことです。助けて沢山恩を売ります」
「だけどここは敵の、いわばど真ん中だぜ?そんなことしてなんになる?盗賊に襲わせた方がいいんじゃねえか?俺はむしろそっちの方がいいと思うんだが?」
まあそうだろうね。みんな気づいていない。この貨幣経済に移行している世界を。ここにモノとカネが集まっている。戦費もこの町から出ている。だから王国はシャカリキになってこの町から租税を徴収しようとするんだ。いわば経済の中心だ。
貨幣経済の進捗でいままで平面で薄かった経済活動が集約される。つまり富の集中ってやつ。それにまだ誰も気がついていないのだ。ここを押さえりゃダルメシアはお終いだってことだ。
「兵隊同士で戦うのが戦争じゃないんですよ。兵隊から武器や食料を奪うのも戦争です」
「そりゃ理屈はそうだが、そんなのはじっさいムリだ」
「無理じゃありません。兵は各地からかき集められますが、食料や武器はどうです?」
「そりゃ税で賄うさ」
「それを押さえます」
「それがここか?」
オッサンは目を見開いていた。驚いたんだろう。まあぼくも今思いついたんだけどね。
「俺は何をすればいい?」
へえ、協力してくれるのか。意外にいい人だね。
「では盗賊団のアジトの場所を探ってもらえませんか?」
「ふん、お安い御用だ。で、見つけてどうする?」
「もちろん叩き潰します。でもまあ、話し合ってみてもいいかな、と」
「話合う?盗賊とか?」
「戦うのは苦手なんです」
「なんか聞いた話と違うなあ。まあいい。万事俺にまかせておけ!」
そう言ってオジサンは飛び出して行った。せっかちだなあ。まあそれだけ事態はひっ迫してるってことか。まあ、あとはこっちの番だな。二人には働いてもらおう。もちろんぼくは何もしないけどね。
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