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ニート、くちごたえする
しおりを挟むぼくが一番恐れているのは、それは否応なく働かされること。
ニートなんだから仕方ない。
そこでいう労働の定義だ。単に体を動かしたり頭を働かせたりするのが、ニートの言う労働ではない。基本的に、自分に適合しない状況に置かれ続けることが嫌なだけだ。
労働とは何か?それは個人の生み出す付加価値のことだ。労働力、というのはその付加価値の大きさだ。だが前世の経営学では個人を見ず衆でとらえる傾向が強かった。衆とは個人の集まりであるにもかかわらず、に。
まあ付加価値を物の価値のプラスアルファと言っている経済学者もいるらしい。こういう輩がいるから経済が失速してもしれっとして責任を感じないでいる。たとえば法律学者が間違った法律解釈をすればとんでもない状況になる。しかし経済学者は何のおとがめもなく次にまたくだらない思いつきを発表してくる。死ね、と言いたい。
そうは言っても、労働に身を委ねその軋轢を揺りかごのように慈しむ人間もいる。いわゆる企業人、だ。こいつらはほとんど産業ロボット、と言っても過言ではないくらい労働分野の中心的存在だ。この人たちがいる限りあの日本はギリギリ世界から追い落とされずにすんでいる。
ぼくもその世界にいた。
だが絶望した。何が足りなかったのかわからない。きっとぼくの努力が足りなかったんだ。いまはそう思うようにしている。まあ、ぜんぜんそう思っていないけど。
「デリア、聞いてる?」
「え?」
「ちょっと、人の話全然聞いてない」
「い、いや考え事してて」
「ダルメシアのこと?まあ仕方ないけど…」
ラフレシアはなぜかあれからぼくにつきまとう。ぼくはこいつの従者にはなっていない。それどころか団長に、ちゃんと王宮騎士団の身分を保証された。まあ、それは国王に正騎士として任命を受けて初めてそう名乗れるのだが。
「また攻めて来るかな?」
そうなれば一刻も早く逃げなきゃならない。もう戦争なんてまっぴらだ。
「そうね、秋の刈り入れ時を狙ってだと思うけど」
まあ収穫時期を狙うのは当然だね。
「じゃあ早くて今年の秋…」
ぼくはなんだかあの村のことを思い出してしまった。
「うちの父は今度は本気よ。もう単なる小競り合いではすまない。どっちかが倒れるまでやるつもりよ」
「それって本格的な戦争ってこと?」
「そうよ」
なんてこった。国同士の争いがマジでそこまでいってたなんて。
「止める術は?」
「あるわけないでしょ。相手はやる気満々なんだから」
たしか国力はうちと大差ないって聞いたことがある。それなんでそんなに強気か?早いはなしバックがいるからだ。それも強大な。そいつが直接手を出してこないのは、なにか差しさわりがある…つまり本来それは戦争とは無縁だと思わせるもの…宗教だ。やつらは実に巧妙に国を、人心を動かす。それは前世でよく知っている。
「あのさ、ダルメシアの国教ってなに?」
「え?知らないの?無知ね。ライネントルフ教でしょ」
「ライネントルフ?」
「神の神は人間っていう、罰当たりな教義を掲げたいわばカルト教よ」
ああ、それわかります。神の存在をはなっから信じてないおバカな奴らね。ぼくみたいに神にさんざん脅かされこの世界に転生させられたものには、もうそういうの邪教としか思えません。
「ほっときゃ自滅するんじゃない?」
「バカね。そういうのは歯止めきかないの。永遠、自分たちに都合よく教義を捻じ曲げていく。いつまでたっても害悪にしかならないわ」
「そりゃまた手厳しい」
「あたしの母がそうだった」
「え?」
「教団に殺された」
「な、なんで?」
「異端だって。魔女だって弾劾されたわ」
「魔女?」
「少し魔法が使えたからよ?それこそ、つま先に火を出すくらいよ?」
そう言ってラフレシアは泣いた。よっぽど悔しかったんだろう。ぼくはなんだかわけもわからず、ずっと彼女の背中をさすり続けたいた。
ああ、ぼくに何ができるんだろうか。
そう悩んでいたところ、王さまに呼び出された。
「王はあなたの活躍を聞いてあなたにぜひお会いしたいと」
「じゃあ都合悪いからって断っといて」
王の使者だろうそいつは明らかに狼狽した。
「あ、え?あの、意味わかってる?王さまに呼ばれたんだよ?」
「あんたがそう言ったじゃないか」
「な、なら話わかるよね?」
「だからお断りしますって言ってるじゃん。やんわりと」
「やんわりとおことわりできねえんだよっ!」
「なんで」
「き、決まってんだろ!王さまだからだ」
「王さまだと何で決まってんだ」
「バカか!王の意向は絶対だからだ!」
なるほど絶対君主制ってことですか。まあこういう世界だ、仕方ない。
「ぼくは誰だ?」
「は?」
「聞いている。ぼくは誰だ?」
「あ、あの、その…」
「ぼくにそんな口がきけるのか、きみごときが」
「う」
単なるハッタリだ。だがまさかこんなに効くとはね。
「ぼくはだれだ?」
「は、デリアズナル・ローゲン・オルデリスさまです」
「だよね」
「い、いえ」
「なんだよ」
「せ、戦場のバルキリーさまとも」
それがわかんないんだけど。なにそれ。
「まあともかくそんなことでぼくを煩わせないでくれ」
「では王との面会をあくまで拒否されると?」
「拒否じゃない、あくまでご忠告だ。ぼくは下級貴族の出だ。どんな不敬なことをするかやぶさかではない。強いて言えばその責任は実家の準男爵家や、よくしてもらっているオーウェン伯爵家に降りかかるとも限らない。それが理不尽にもぼくのことでなにがしかのおとがめを受けるようなことがあったら…」
この国中火だるまにしてやる、とは言わないし、そんなスキルも持っていない。まあ、二三体の小さな火だるまがとことこ市中をねり歩く程度ならできるけど。
「それを王に伝えてよろしいか?」
「ありのまま、お願いします」
「わかり申した」
使者は踵を返し、帰ろうとした。だがちょっと立ち止まった。
「あなたは交渉に値しない人だ」
いい意味に聞こえない。完全バカにしている。でもまあしょうがない。
「押しつけを交渉とは言わない。少なくても、話し合いとは呼べないからね」
ぼくは、でもこんなことを言いたいんじゃない。使者のあんたがそう思っているのが嫌なんだ。
「話し合いを拒否していたのはあなただ」
「拒否も交渉のうちだ。それすらもわからないのか?」
「詭弁だ、それは」
はあ、まるで無知だ。こんなのが外交の矢面に立ったら、いいようにされてしまう。
「いいかなあ。会話とは何か。交渉とは何か。わかっているか?言葉の遊びなんかじゃないんだ。いいか?おまえらは国をかけたゲームをしてるんだ。負ければ国を失う。そういう言葉のゲームだ」
「ばかな!」
「そう思うなら死んどけ。おまえが動かす国にもう未来はない」
そいつは黙り込んだ。まあ仕方がない。厳しいことを言うようだが、これも国民のためだ。ぼくは関係ないけどね。
「あの」
早く帰れよ。俺はダラダラしたいんだ。騎士団の教練っていうのを何とかさぼっているんだからな。
「ゲームっていいましたよね?」
「言ってないよ」
そういう言質はぼやかす。基本だね。
「はあ、言いましたよ、たしかに」
「言わないよ。何ゲームって。ウケる」
「ごまかさないでください!」
こいつ、剣に手をかけた。やるってこと?
「誤魔化したりはしないし、かといって真剣にやりあうつもりもない。不満だろうが、きみは見誤っている。それはぼくのことだ。きみはぼくがなにがしかの人間、とくに軍事に秀でた人間だとみているようだけど、そいつまるっきり見当違いってことさ」
「見当、違い?」
「ああ、ぼくは何でもない人間さ。だから王に謁見されるようなこともない」
「何もない人間があのような武功を立てられるとおおもいですか?」
「偶然だよ、そいつはね。偶然が勝手に武功を作り上げたのさ。それが後でわかって、引っこみつかなかったらカッコ悪いだろ?」
「偶然、ですか」
「そういうこと」
こいつ、剣に力入れたな。しょうがねえな。
「お?」
悪いがステルスゴーレムが剣を固定した。
「さあ、あんたはどうする?剣は抜けんぞ」
「ならばこうするまで!」
ナイフだ。鋭い太刀筋だ。避けられない。殺される。普通はね。
「え?」
ゴーレムに阻まれた。まあ見えないだろうけど。
「まだやるかい?それより王に告げ口してぼくを殺しに来た方がいいんじゃないのかなあ」
「あんたはなにものなんだ?なんで王を、権威を恐れない」
それがニートなんだよバカヤロウ。
「さあね。ぼくはぼくさ」
「答えになってない」
「答えるつもりもないけれどね」
「馬鹿にしている」
はあ?そういう?
「そう思うのは自分の権威が脅かされると感じたからだ。普段、自分にひれ伏す者しかいないから、そうじゃないものはそう感じ、そして勝手に危機感を、脅威を感じる。愚かなことだ。ぼくはおまえなんかなんとも思っていないのに、な」
「な、なんだと!」
「おまえは勝手にぼくを決めつけ、そして思いがかなわないと排除しようとする。傲慢で無知だ。そういう輩はよく知っている。死ななきゃさえずりをやめられないやつらなのだ。この世の害悪ともいう。さあ、どうする?ぼくはぼくだぜ?決してきさまの言いなりにならない憎いぼくだぜ?」
「さすがバルキリーの異名をとるお方だ。こいつは参った」
く、こいつそうきたか。懐柔策ね。まあそれもありでしょ想定内でしょ。
「じゃあ帰って」
「いいですよ、帰ったって」
「じゃあ帰れば」
ヤバい、こいつ戦術を変えてきている。
「でも個人的に、ここにいるって言ったら?」
ああもうこう言うやつキライ。こいつロジック的にはすっごく頭いいやつなんだよね。センスいいって言うか。論理はフィーリングだ。それが経験と学理を通して実践的に向上していく。それがロジックだ。こいつはその度を超えている。
「個人的?これはおかしなことを。あんたは王の使者で来てるんじゃないのか?それとも身分を詐称して、かな?」
「はいはい出ましたあんたこれでしょ論。そういう固定概念が文化の…」
「ちょっと待て!ややこしい議論に持ち込もうとするな。おまえ、そうとういやなやつだな」
「いやなやつ、ですか…まあそうでしょうね。わたしは王の右腕。つまり宰相、ヴィクトリア・ガイリアスという。どうかお見知りおきを」
「宰相って、総理大臣ってやつか?」
「は?」
こいつはヤバいやつや。なんでか知らんけど、ぼくのニート能力がそう囁いている。まあ、あてにはなんないけどね。
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