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戦場のバルキリー
しおりを挟む甲冑を着こんだ騎士団は壮観だった。
まあ強そうには見えるからね。でも実際はそうじゃない。軽歩兵に難なく囲まれ組み敷かれてしまう。そうすりゃ甲冑の隙間という隙間から剣やナイフでめった刺し。近代戦でこんなもの着て戦うのはあり得ないって話。集団戦法っていうのが一般化するまでのご都合主義的な武装なんだよね、これ。まあ、矢くらいは防げるけれど。
そうこうするうちに敵が見えてきた。前面に騎士、後ろに歩兵。まあ典型的な布陣だ。
前面の騎士が突撃し、後続の歩兵が殲滅戦をする。だから最初のぶつかり合いで勝敗は決する。騎士とは常に先頭で戦う。騎士がただ尊敬されるのではない。家柄でもない。その家柄に見合った働きを常にするからである。
「総員、槍かまえ!」
団長がそう掛け声をかけた。そう言われても困る。槍持ってないし。持っているのは弓と剣だけだ。
「デリア、俺の後ろにいろ」
ジョアン兄さんがそう言った。兄さんはすっごい長い槍を構えていた。これで突貫するんだろう。だが相手も槍を持っている。槍と槍が交差する。考えただけで怖い。
「デリア、遅れるな!」
いやー、マジありえない。ぼくはただのニートなんだよ?それがなんでこんな…。
ま、考えていても仕方ない。兄さんはこの隙に逃げろと言ってくれているんだ。ありがとう、兄さん。
「突撃!」
馬は全速力で敵陣に向かって行った。敵の騎馬も向かってくる。激突だ。それは命のぶつかり合いだ。
兄は強かった。交差するとき左右の騎士を突き落とした。更に前方の騎士。次々と突き落とす。突き落とされたらもうおしまいだ。後続の歩兵の餌食となる。ああはなりたくねえな。さ、そろそろいいかな?
「姫さま!」
アリアの声だ。え?ラフレシアは?囲まれていた。敵の騎士が五人。ラフレシアの槍が折れている。彼女はそれを捨てた。剣で対抗するつもりか?しかし相手は五人。アリアはほかの歩兵に阻まれている。あそこまで行けない。
けなげにラフレシアは剣で応戦しているが、あいつらなぶるつもりだ。女の子だと知って、時間をかけて殺すつもりだ。いい趣味だと言えない。こうなりゃぼくが。いや、あそこまではすぐにたどり着けない。ちきしょう、間に合わない!
そうだ、願いだ。いやいや、こりゃあ無理だ。彼女を助けるってことは襲っている騎士を殺すってことだ。それは禁忌に触れる。できない。じゃあどうする?このまま黙って彼女が殺されるのを見ているのか?いやそれはもっとない!なにか、何か方法は…。
「ちっきしょう!」
ぼくは矢の先端を折った。矢じりを取り除いたのだ。
「デリア?」
ジョアン兄さんが驚いている。しかし仕方ない。殺さない方法ってこれしか思い浮かばない。矢は撃ったことがない。そもそも弓など持ったことがないのだ。だがもう余裕はない。スキルを使うしかない。ぼくのために使うはずだったが、そんなこと言ってられない!
「発動!とにかくあいつを守れ!」
ぼくは矢じりを取り除いた矢を放った。それはものすごい勢いで飛んでいった。敵の騎士がでかい剣でラフレシアに打ちかかるところだった。あんなでっかい剣で撃ち降ろされたら、女の子なんてひとたまりもないじゃないかバカヤロー!
その騎士の懐にぼくの矢は飛んでいった。そして騎士をなんと弾き飛ばした?ああ、それだけならまだしも、それがなぜか跳ね返って、他の敵の騎士に?次々とぼくの矢に被弾して落馬していく。ついに全員が馬から転げ落とされた。みな気を失っているようだった。そうして歩兵に狩られていく。まあ、そこまではぼくのせいじゃないからね。
「さすがだな。矢じりがあっては一人目に突き刺さるだけ。だからそれを折って見事に五人を討ち取るか。いやあ、いいもん見せてもらった」
「え?」
団長がいつの間にかぼくのとなりにいた。何人も殺したんだろう。その槍は真っ赤に染まっていた。
ぼくは彼女を助けたい一心で矢を放った。それがそういう結果となったのは、やはりスキルのおかげ、なんだな。
「だが難敵はまだおる。ダルメシア最強騎馬団、『赤の竜神』だ」
なにそれ恐い。そういうのに関わっちゃいけないって、ぼくのニート能力が囁く。
「どうするかね?」
それぼくに聞いてるの?なにこのオッサン。ぼくになんとかしろよ的な言い回しだ。ぼくが何とかできるわけないだろ!
「それ、ぼくに聞いているんですか?」
「さよう。ほかにだれかいるか?」
兄さんは…?ああ、敵騎士にお取り囲まれ中か。まあ兄さんなら難なくひねり倒すだろうが、えーと、他には…いない。
「あのーぼくですか?」
「いやか?」
「いやです」
「ずいぶんあっさりという。さすが英雄だな。あんなのはゴミにしか見えんのか」
いやこっちがゴミだから!
「じゃあよろしく。殲滅戦は任せてくれ。なあに、一兵たりとも逃しはせんさ」
そんなおかしな期待しないで。なんでぼくがあんな恐ろしげな奴らと。しかもたった一人で?もうスキル使っちゃったんだぞ!ああ失敗した。もう知らない。もうどうにだってなれ!
もうやけくそだ。どうなったって知らないからな!
ぼくは突っ走った。馬は元気に走った。もう超うれしそうに。おかげでどんな騎士より速く走った。おかげで一番早く『赤の竜神』と呼ばれる敵の騎士団に突入した。もうぼく死んだ。
なーんてね。まあぼくは余裕だけど。なんたって、ぼくの前にはステルスゴーレムがいる。飛んでくる矢なんか目じゃない。立ちふさがる騎士だって蹴散らす。ぼくは剣を振り回してればいいんだから。ただひたすら走ればいい。そうすると、敵の本陣にぶち当たる。そこに敵の大将がいる。
「バ、バルキリー!」
敵の大将はそう言って剣を捨てた。なんだかわかんないけどぼくたちは勝った。敵の大将捕まえちゃったんだ。まあそういうことだ。
よくわからんが、みんなぼくのことをバルキリーって呼ぶ。あっちこっちでだ。どういう意味なんだ、バルキリーって?
「アッハッハッハ!よくやった、デリア、いやバルキリーよ!まったくお前ってやつはな!アッハッハ」
団長が大げさに喜んでいた。いったいなんでそんなにって気がした。あとで聞いたら、こういう完全勝利って珍しいんだそうだ。たいていは痛み分け。敵を蹴散らす、まして相手の大将を捕らえるなんて前代未聞のことなんだそうだ。へー知らなかった。
「おいっデリア!」
ラフレシアがまた絡んできた。相当うちに恨みがあるようだ。絶対そうだ。きっとアダムス兄さんのせいだ。
「な、なんだよ」
「あ、ありがとう、な」
「は?」
「は?じゃねえぞこん畜生」
「ケンカ売ってるのか?」
「そうじゃないわよ!お礼よ!」
「そうには聞こえないんだが…」
すっげえ剣幕じゃないですか。どう考えたってそれはケンカ売ってるっていうふうにしか…。
「た、助けてくれて、ありがとう…ございます」
それだけ言ってラフレシアは走って行く。なんなんだ。
「デリアさま、いえバルキリーさま」
「え?」
アリアだった。可憐な戦場乙女、アリア。
「その、ラフレシアさまはあなたに純粋にお礼を、と」
純粋の意味をきみたちはもっと知るべきだと思うがね。
「そ、その、わたしも…」
「きみも?なに?」
「もう、いやだわ」
いやならやめろ。言うな。なんなんだこいつら。
「知らない!」
はあ?わけわかんねえぞ!おい、逃げるな!最後まで話せよ!いったい何だってんだ。
「アッハッハッハ、さすがにお前でもそいつは難問かね?」
「兄さん。見てたんなら助けてくれたって」
「だれを助けるって?俺たちはおまえに助けられた。そいつは事実だ。なあ、お前は逃げようと思えば逃げられた。だがそれをしなかった。なぜだ?」
「そ、それは兄さんがいたから…」
「ちがう!」
え、違うのか?じゃあぼくは何のために?
「おまえは守ろうとした。みんなを、そしておまえ自身をもな」
「ぼく自身、ですか?」
「そうだ。自分を守れないやつが他人を守れるかってことだ」
「お言葉ですが、兄さん、それは…」
「じゃあ聞く。なんでラフレシアさまを救おうと?危機に陥っていたのはみな一緒だったはず。わたしも団長も、だ」
「それはただそういう順番というか…」
「正直になれ、デリア」
正直?いやぼくはいつだって正直だ。
「まあいい。しかし今日はなかなかの出来だ。俺の弟なら当然なのだがな」
「ジョアン兄さん!」
それは瞬く間に広がっていったようだ。敵をたった一人で壊滅させた…どこで話がそうなったかはわからないけど…戦場のバルキュリア…ぼくはバルキリーというおかしな名で呼ばれるようになった。
「なあ、こういう服を市場で買ってきたんだが、どうかな」
「はあ?」
「い、いや、そうじゃなくて…あたしににあうかな、と…」
なに言ってんだこいつ?何着ようと勝手なんじゃないか?人に意見求めるなんておかしいだろ?
「似合う?きみに?まあ服が役不足だね」
「そ、そうか!やっぱりな。そうではないかと思ったんだ…だが、その…」
役不足って、服の方がよすぎるって意味だったんだが、そうおかしなふうに受け取られると困る。ああ、めんどくさい。なんだかんだこいつも女の子だな。どうせ誰かとデートする服を選んだんだが、男の子が気にいる服って何かしら的な発想でぼくのとこに来たんだろう。
「まあぼくは実際女の子の服なんか…」
「そうか悪いな!」
いや、興味ないって言おうとしたんだがなんで腕を引っぱる?なんで外に連れ出す?おいおい、ここは市場じゃないかい!
「こ、この店なんだがな…」
だからどうした。洋服屋ってやつじゃないか?だいたい上級貴族はこんな仕立て上がりのつるしのドレスなんか着ないだろ!オートクチュールに行け!
「デリアに気に入ってもらえそうな服ってここしかないからな」
は?どういうことだ?ぼくが気に入る?はっ!こいつぼくに服を買わさせようと?たしかにご褒美は貰った。すごい額だ。でもそれはぼくのニートのための資金だ。それを狙ってか。やるな、伯爵令嬢。
「ぼくは戦場で駆けまわっているきみが眩しくてたまらないんだ」
まあぶっちゃけ鎧が一番似合うってこと。それ以外は考えんな。もう一生甲冑でいろ。
「そうだな…」
う、ちょっとかわいそうなことを言ったかな?さすがに女の子にそれはきついか…。
「だがあれなんかどうだ!」
もうめんどくさいと思った。適当にショーウインドゥを指さした。まあすごいドレス!そしてお高そう。
「あ、あんなのは…ちょっと」
「で、ですか…」
そそうだよね。あきらめてくださいね。
「で、でもちょっとためしてみようかな?」
「え?あ、あの」
「あんたは勇気をくれた。あたしの命を救ってくれた時に。だからあたしも…」
意味わかんないよ、それ。
まあ確かに似合った。驚くほどだ。かわいいし、それに何より綺麗だ。こんな女の子だっけ、こいつ。
それからぼくはこの世界で初めての、その、デートっていうやつをした。
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