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73 王子の告白

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一斉に矢が放たれた。引き絞られた弦から飛び出した数百の矢は、恐ろしい飛翔音をあげ飛んでくる。

ジェノスが身構えると同時に、しかしそれは思わぬ事態となった。テラスにいたエリアースの叔父デリバースが、その射られた矢でハリネズミのような姿になったからだ。

「なんだ?どうなった?」

エリアースはわけがわからないと言った表情を浮かべながらあたりを見回した。兵たちはみな弓をおろし、剣や槍も収め笑いあっている。そして兵たちの中心のそこには剣を鞘に収め、やれやれといった表情のグレンが立っていた。

「お帰りなさい、王子。みな、真の王たるあなたの帰還を待ち望んでおりました!」
「グレン!おまえ…」

言葉を失うエリアースに向かってグレンは笑いながらゆっくりと近づき、その腕に手を置いた。まわりの兵がみなそろって腕を上げている。

「エリアース、まあ気にするな。俺たちはずっと待っていた。あんな馬鹿にいいようにされてきたが、そいつももうおしまいさ。なんたって、王が帰還したんだからな」
「遅ればせながら俺はこうして帰還は果たした。だが俺は王でもなければその資格もない」
「王の資格?なんだそれ。そんなものは民が決めるもんだって、お前さんざん俺に言ってたじゃないか。まあ今のところ民ってやつは俺たちしかいないが、なあにおまえならすぐにこの西方の民もみんな従うさ」

まわりの兵がこぞって雄たけびを上げ始めた。みな同じ気持ちらしい。

「いやいや待ってくれ、グレン」
「なんだよ?不満か?」

エリアースは悲しそうな顔をグレンに向けた。そういうわけにはいかないんだ、という顔だ。

「俺は罪を背負った。仲間や友人、そして弟を殺させた。その罪は決して軽くないものだ…」
「そ、そうか…だが…」
「まあ聞け。俺はすべてを失い、そしてまた自分の命をも失うことになった。だが納得できなかった。自分のまわりのすべての不幸が納得できなかった。民が苦しみ、死んでいく様を見ているしかない自分を呪った。そこにあいつが現われたんだ」
「あいつって?」
「ああ…とんでもないやつだ。それはずっと俺を待っていたという」
「なんだと?それはどんなやつなんだ?」

エリアースは傍らのジェノスを見た。グレンはその異形の大男を改めて見返した。その男から何か恐ろしい気配がするのを感じていた。

「そいつは魔族の戦士だ」
「な、なんだって!」

まわりの兵たちがざわつく。だが、誰も武器を向けようとはしてこない。たったひとりの魔族だとしても、戦士と名がつけばこれだけの人数じゃとてもかなわないのは、みな身に染みて知っているからだ。

「そいつはジェノスって言うんだが、これがどうにもとんでもないやつでね。しかもそいつはその男を友人だという。まあ本当に友人かどうかは別として、それ以上に恐ろしいやつということは確かだ」
「そいつも魔族か?」
「いいや人間だ。本人は落ちこぼれの貧乏勇者だとわけのわからん謙遜をしているが、恐らくこの世界で最も強い勇者だ。いやいや、強いという概念が根こそぎ根底から覆させられる、そういうとんでもないやつだ」
「勇者?なんで勇者が魔族と友人に?バカにしてんのか!あり得ないだろ!」

グレンはわけがわからないといった怒ったような目でエリアースにそう言った。

「落ち着け、あり得ないどころじゃない。よく聞け、グレン。驚いて死ぬなよ?そいつはな、魔王メティアの兄貴なんだと」
「バカな!」
「俺も最初はそう思った。だが事実、なんだろう?ジェノス」

じっと黙って聞いていたジェノスが「ああ」とだけ言った。それは真実にしてはえらく短く、そして重い言葉だった。

「なんてこった…」

グレンは全身の力が抜ける思いだった。ようやく魔王軍が去り、何とか人の手にこの地が戻った。だがそれもつかの間、新たに勇者とあの恐ろしい魔王が結託し、再びこの地を襲うという。これはきっとなにかの呪いだとグレンは思った。

「まだある」

それはそれはすまなそうにエリアースはグレンに言った。

「まだあんのかよ!」
「俺は…この俺エリアースはその勇者の配下になった」
「な、なんだと!」
「よく聞けグレン。俺はその勇者に、この西側すべてを三日で滅ぼす、と約束した」
「おまえ、なに言ってるんだよ!なんで勇者がそんな…いやそもそもそんなこと不可能だろ!」
「気の毒だが事実だ。そこにいる魔族の戦士はその力がある。おまえらがさっき殺されなかったのは、あれは奇跡なんだ。俺の部下たちもほんの一瞬で殺されたんだ。勇者は一瞬でこの地を壊滅させると言った。だが俺に任せてくれるよう頼んだんだ。まあそれも勇者の思惑の内だったというおまけ付きだが」
「マジかよ…」

あらためてグレンは傍らに立つジェノスと呼ばれる大男を見た。そういやどことなく魔族っぽい。ただ、皮膚の色がちがう。恐らく魔法で変えているんだと、ようやくそれに気がついた。

「そういうわけですまないが…」
「いやいや納得できないね。そんなよくわからんことで滅ぼされたくないぞ!」
「駄々をこねるな」
「違うだろ!駄々っ子じゃねえよ!ひとさまを何だと思ってるんだよ!」
「おまえの言うひとさまが邪魔だから滅ぼすのだ。人間同士相争う醜い姿を消し去ることが、唯一人間が救われる道なのだ」
「ありえねえ!」

グレンは考え込んでしまった。なぜそうなる?エリアースが王になればいいんじゃないのか?いやしかしエリアースは滅ぼす気満々だ。きっとその勇者に心から傾倒し恭順しているんだろう。だからこいつは躊躇なくそれを行うだろう。だったら黙って滅ぼされるか?いやいやそうしたら人間としてどうだ?人間としてこの国を憂い、民を助けたいと思い、そしてエリアースの帰還とともにそれがなせると思ったらこうだ。やっぱ呪われてる。この世界は呪われているんだ!

「そういうことで悪いな」

エリアースはそう言うとジェノスの方を向き、うなずいた。ジェノスはゆっくりと、その持っている槍に魔力を込め始めた。

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