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56 ゾンビ村

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シャルルの町で馬車を買い、森と山に囲まれた辺ぴな小さな村に来た。冒険者組合で渡された地図にある、千人盗賊のアジトがある壊滅した国の王都に最も近い。

「よく盗賊に襲われないね、この村」

ぼくは正直、この村が襲われないことが不思議でならなかった。

「答えは簡単よ。見てよ。ろくな作物も実らない。家畜だっていない。よく生きてるねって思う方が自然なくらい貧乏でどうしようもなく貧しい村なんか、誰が襲うっていうのよ」

貧乏で貧しいって、同義語を重ねられるほど悲惨なんだ、ここ。いや、自分もそうだったから、なんか身に詰まらされるなあ。

「旅のお方ですか…」

痩せたおじいさんが近寄ってきた。村人かな?

「ええ。旅の行商人です」
「そうですか。何かお恵みがありませんか?実はこの三日間、何も食べていないもので…」

うわああ、こりゃとんでもないところに来ちゃったな。気がつくと村から人がぞろぞろと出てきた。みなひどい有様で、まるでゾンビのようだ。ゾンビ村か…こりゃ盗賊も寄りつかないな。

「どうしたんですか、みなさんは。見れば森もあるし山もある。それこそ食べられる獣や植物だってたくさんあるでしょう?」

ぼくは当然の疑問を口にした。ぼくだって小さいころから山に入り野獣や魔獣に追われ、大蛇に呑み込まれ、滝に落ち、山火事に焼かれ、毒沼にはまった。いや、いま思うとよく死ななかったなと感心する。

「森には魔物が、山には魔獣がおります。われわれの方がやつらの餌になります。空腹にこらえられず、ひとり、またひとり山や森に入って行きますが、生きて戻ったものはおりません」

いやそうだからみんなで力を合わせて何とかしないといけないんじゃないのか?

「だから一人二人じゃなくて…」
「無駄よお兄ちゃん。こいつらはなから意気地なんてないもん。飢え死にかあるいは人食いか、まあ末路は哀れなってとこかしらね」
「ひどいこと言うな」
「それが落ちこぼれた人間よ。哀れ通り越して滑稽ね」

落ちこぼれたってとこにぼくの心がうずいた。ぼくだってこの世界の落ちこぼれだ。勇者として生まれたってなにひとつまともなことをしてないんだ。

「とにかくここを拠点にして盗賊の動向を探るって決めたんだ。そのそばで村人が次々餓死してたらいたたまれないよ」
「いいカムフラージュになるわよ?」
「その発想怖いわっ」

まあ、妹は魔王だ。いたしかたない。

「ルシカ、お願いがあるんだけど」
「は?お願いだと?おまえがか?メティアさまの兄さんだからって調子に乗るなよ」

ルシカちゃん、妹にご執心なのはいいけど、ぼくをそうじゃけんにしないでくれないかな?

「ルシカ、あたしからもお願いするわ。お兄ちゃんの言うことをきいて」
「お、お願いなどもったいないお言葉!かしこまりました、メティアさま」

深々と頭を下げるルシカに、あんたの頭下げてる相手は魔王だって教えてあげたいぼく。

「で、なにすればいいのよ」

ぼくをゴミ屑見るような目で見るな。ムカつく。エルフ嫌い。

「森で何か食べられそうな獲物を狩ってきて欲しいんだ。ただし、魔物がいるっていうから気をつけて」
「誰にものを言っているんだ?森最強部族のこのエルフのあたしに気をつけてだと?」
「はいはいごめんなさい。お願いします、ルシカちゃん」
「ちっ」

舌打ちした―っ!

それでもルシカは素早い身のこなしで森に入って行った。まあ一時的にせよ食料を与えれば静かにしていてくれるだろう。その間に盗賊の動静を探ろう。

「お兄ちゃんはどうするの?」
「ぼくは山に入って食べられそうなものを集めてくる。きみは盗賊を探ってくれないか?」
「わかった。ファミーリア使い魔を放っておくわ」
「なにそれ?」
「クモ型の偵察ドローンよ」
「そんなもんあるのか。どうりで人間が魔王軍に敵わなかったわけだ」
「お兄ちゃんには負けたけどね」
「勝ってないし。事実上しらばっくれただけだし」
「どっちも一緒よ。でもあたしはすっごく幸せ」

妹の、幸せになったんなら兄としてこれほどうれしいことはない。なんか方向性は間違っている気はするけどね。

「あのー、お話し中申し訳ありませんが、なにか薬になるようなものでもお持ちではありませんか?」

老人がおそるおそる尋ねてきた。何か切羽つまった顔だね。

「薬?病人がいるんですか?」
「じつは去年の暮れからはやり病が村を襲っておりまして…もう何人も死んでおります」

あちゃー、貧困、飢餓にはやり病って、そりゃ盗賊も近づかんわな。

「栄養不足に不衛生な環境か…。こりゃここに未来はないなあ」
「どうするの?お兄ちゃん」
「仕方ない。山に入ったついでに薬草も取ってくるか。メティアは偵察のかたわら村の消毒をしておいてくれ」
「消毒?」
「違う!いまきみの考えてるやつじゃない方の消毒!」
「残念」

残念ってなんだ。まだ魔王気分が抜けないやつ。それでも妹は素直に村のなかを消毒してまわった。もちろん魔法でね。村ごとまとめて消毒もできるんだそうだけど、中規模魔導になってしまって、下手に感知されたら困るってことで面倒だが一か所一か所を丁寧に魔法で消毒していく。おかげで村人は妹を聖女みたいに崇め始めた。そいつ魔王だっていうのにね。

ぼくも山に入り、食べられそうな木の実とか野草を取ってきた。オレンの実が多く自生している。オレンの種子はでんぷんを多く含んでいて、上質な炭水化物だ。それと薬草も豊富だ。なんでこんないいところがあるのに、村の生活は貧しいんだろう?まあ原因は山で出会った魔獣だよね。いるいる、大毒トカゲに大毒蜘蛛、体長七メートルはありそうな巨大蛇。しっかしどうなってんだここの生態系。よく普通の人間がこんなところで暮らしてんな。

それには深い理由があった。


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