聖霊流し ――君の声が聞こえたら――

さかなで/夏之ペンギン

文字の大きさ
上 下
20 / 23

楽園からの追放

しおりを挟む

ここは西神田あたりか…。
雑多な外観のビルが立ち並んでいる。

「帰ってきたの?」

思うことはそれだけ。ああ、記憶は残っている。ひどい記憶。


 なんてことない景色の中にある疎外感
 失われた時間を取り戻したい?
 それが不可能なのは、知っているだろ?


ああもうこれは憎悪だわ。あたしはあいつを憎んでる。こんな世界につくりかえたあいつを。

だってそこにいるのは、誰一人顔がない大勢の人。そしてまるで人形。それでも現実。町の音は現実の音。決して作りものじゃない。ただそれが、目の前に広がるこの光景と、まったく合致していない。

「またとんでもないところに飛ばされたものね」

あたしはそうひとりごとを言う。あなたはちゃーんと聞いているはず。


――ご名答。よく気がついたね。

「あんたのやり口が見えてきたからよ。あんたは卑怯で意地悪。まったくのサディストよ」

――これは失敬な。

「まだまだ言い足りないわ。これじゃあんたへの賛辞みたいにしか聞こえないよ」

――ならご褒美にいいことを教えよう。きみはきみの意思でぼくの楽園から逃げ出した。その罰を受けてもらう。

「あんたねえ、そういうのはご褒美とは言わないんだよ?」

――嘘はつかないで。両方とも同じ意味だよ。ご褒美も罰も。


それは嗜虐者特有のセリフ。さあてあたしはいったいどうしたものか。このままこの世界にい続けていても、いいことなんかなさそうだし、とにかく出口を見つけないと。このまま道路に沿って歩けば、中央線の水道橋の駅に出るはず。

「そうだと思った」

そこにあるはずの駅がない。あるのはお濠。それに見事に、なんとどこにも橋が架かっていない。なるほど、ここに閉じ込めようって腹ね。いいでしょう、出てやるわ!

「まあ闇雲に歩いたってあいつの思うつぼ。きっとどこかで見ているし聞いている…」

――正解。まったくきみって感がいい。

「ひとりごとまで盗み聞ぎしないでよ」

――おっとこいつは失礼。じゃあぼくはもう何も言わないよ。


あいつは楽園から逃げ出した罰だと言った。これがそのお仕置きだとしたら、まったく意地が悪い。こんな現実サイズのジオラマを用意してくれて遊んでくれるんだもん。いいや、よく考えるんだ。

出たい出たい出たい。出口、出口よ。出口はどこ?

――がんばれー。

うるさい!いちいち人の頭んなかでしゃべんな!何も言わないんじゃなかったのか!あ、しゃべるな?うん、いいことを思いついた。

あたしは近くにいた女の人に声をかけた。

「あのスイマセン、この世界の出口ってどこですか?」

わからないなら人に聞く。とっても当たり前のことだけどね。



ああそうよね。だって顔がないもん。口が無けりゃしゃべれません。でも、目もないのにどうやってちゃんと歩いて…ああ、歩いてはいない。ただ立っているだけなんだ。まるでマネキンのように。こいつらはただのモブ。風景の一部なんだ。

あいつはあいつの創り出した箱庭にあたしを放り出したんだ。

――ブブー、外れ。そこはぼくが作ったんじゃないよ。

「じゃあ誰がこんなものを」

――決まってるだろ?きみとぼくの姉さんだよ。

「あたしとあんたのお姉さん?バカ言ってんじゃないわよ!どうしてあたしが、知りもしないあんたの姉さんなんかと」

――それはわからなくていいんだ。わかっちゃったら面白くない。

「ねえ、ヒントくらいちょうだいよ」

――お断りするよ。きみは存外賢いからね。それにヒントみたいなことはさっきしゃべっちゃったからね。

こいつ、やなやつだ。そんなこと言ってあたしの思考を堂々巡りさせる気なんだ。よーしわかったわよ。

水道橋から引き返す。神保町に向かう。もしかしたらあるはずだ。なんたって小5のときから通い詰めたんだから。ほらあった。ニャンコ堂。今日が日曜でなくてよかったわ。日曜は定休日なんだから。

出口を探してもないのなら、入り口はどうよ?そしてここで一番好きなところだったら?


書店に入ると、そこは長いトンネルだった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

AGAIN 不屈の挑戦者たち

海野 入鹿
青春
小3の頃に流行ったバスケ漫画。 主人公がコート上で華々しく活躍する姿に一人の少年は釘付けになった。 自分もああなりたい。 それが、一ノ瀬蒼真のバスケ人生の始まりであった。 中3になって迎えた、中学最後の大会。 初戦で蒼真たちのチームは運悪く、”天才”がいる優勝候補のチームとぶつかった。 結果は惨敗。 圧倒的な力に打ちのめされた蒼真はリベンジを誓い、地元の高校へと進学した。 しかし、その高校のバスケ部は去年で廃部になっていた― これは、どん底から高校バスケの頂点を目指す物語 *不定期更新ですが、最低でも週に一回は更新します。

処理中です...