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楽園からの追放
しおりを挟むここは西神田あたりか…。
雑多な外観のビルが立ち並んでいる。
「帰ってきたの?」
思うことはそれだけ。ああ、記憶は残っている。ひどい記憶。
なんてことない景色の中にある疎外感
失われた時間を取り戻したい?
それが不可能なのは、知っているだろ?
ああもうこれは憎悪だわ。あたしはあいつを憎んでる。こんな世界につくりかえたあいつを。
だってそこにいるのは、誰一人顔がない大勢の人。そしてまるで人形。それでも現実。町の音は現実の音。決して作りものじゃない。ただそれが、目の前に広がるこの光景と、まったく合致していない。
「またとんでもないところに飛ばされたものね」
あたしはそうひとりごとを言う。あなたはちゃーんと聞いているはず。
――ご名答。よく気がついたね。
「あんたのやり口が見えてきたからよ。あんたは卑怯で意地悪。まったくのサディストよ」
――これは失敬な。
「まだまだ言い足りないわ。これじゃあんたへの賛辞みたいにしか聞こえないよ」
――ならご褒美にいいことを教えよう。きみはきみの意思でぼくの楽園から逃げ出した。その罰を受けてもらう。
「あんたねえ、そういうのはご褒美とは言わないんだよ?」
――嘘はつかないで。両方とも同じ意味だよ。ご褒美も罰も。
それは嗜虐者特有のセリフ。さあてあたしはいったいどうしたものか。このままこの世界にい続けていても、いいことなんかなさそうだし、とにかく出口を見つけないと。このまま道路に沿って歩けば、中央線の水道橋の駅に出るはず。
「そうだと思った」
そこにあるはずの駅がない。あるのはお濠。それに見事に、なんとどこにも橋が架かっていない。なるほど、ここに閉じ込めようって腹ね。いいでしょう、出てやるわ!
「まあ闇雲に歩いたってあいつの思うつぼ。きっとどこかで見ているし聞いている…」
――正解。まったくきみって感がいい。
「ひとりごとまで盗み聞ぎしないでよ」
――おっとこいつは失礼。じゃあぼくはもう何も言わないよ。
あいつは楽園から逃げ出した罰だと言った。これがそのお仕置きだとしたら、まったく意地が悪い。こんな現実サイズのジオラマを用意してくれて遊んでくれるんだもん。いいや、よく考えるんだ。
出たい出たい出たい。出口、出口よ。出口はどこ?
――がんばれー。
うるさい!いちいち人の頭んなかでしゃべんな!何も言わないんじゃなかったのか!あ、しゃべるな?うん、いいことを思いついた。
あたしは近くにいた女の人に声をかけた。
「あのスイマセン、この世界の出口ってどこですか?」
わからないなら人に聞く。とっても当たり前のことだけどね。
?
ああそうよね。だって顔がないもん。口が無けりゃしゃべれません。でも、目もないのにどうやってちゃんと歩いて…ああ、歩いてはいない。ただ立っているだけなんだ。まるでマネキンのように。こいつらはただのモブ。風景の一部なんだ。
あいつはあいつの創り出した箱庭にあたしを放り出したんだ。
――ブブー、外れ。そこはぼくが作ったんじゃないよ。
「じゃあ誰がこんなものを」
――決まってるだろ?きみとぼくの姉さんだよ。
「あたしとあんたのお姉さん?バカ言ってんじゃないわよ!どうしてあたしが、知りもしないあんたの姉さんなんかと」
――それはわからなくていいんだ。わかっちゃったら面白くない。
「ねえ、ヒントくらいちょうだいよ」
――お断りするよ。きみは存外賢いからね。それにヒントみたいなことはさっきしゃべっちゃったからね。
こいつ、やなやつだ。そんなこと言ってあたしの思考を堂々巡りさせる気なんだ。よーしわかったわよ。
水道橋から引き返す。神保町に向かう。もしかしたらあるはずだ。なんたって小5のときから通い詰めたんだから。ほらあった。ニャンコ堂。今日が日曜でなくてよかったわ。日曜は定休日なんだから。
出口を探してもないのなら、入り口はどうよ?そしてここで一番好きなところだったら?
書店に入ると、そこは長いトンネルだった。
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