聖霊流し ――君の声が聞こえたら――

さかなで/夏之ペンギン

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誰かがそっと

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「きみがそんなことになったら、ぼくはちゃんと助けるからな」
「一ノ瀬くんはあかりちゃんが好きだったんじゃないの?」
「あかりは…、幼なじみなだけだ」
「そういう嘘が、女の子は一番、傷つくんだよ?」
「ぼくは嘘をついちゃいない。誰も傷つけようと思ってはいない」
「それが、誰かを傷つけるってこと。悪意のない真意は、ときに人を殺すの」

そうやってぼくは誰かを殺し続けていた。悪意のない真意のせいで。

純粋な、彼女の心は、ぼくのよこしまな感情が弄んだ。それを恋と勘違いし、愛と思い込んだ。つまるところ、それは何もぼくたちに与えることもしなければ、その恵みを享受し合うこともなく、ただ刻に不快をもたらすだけになった。それでもぼくは湧き上がる衝動に逆らえないでいた。


あたしの日常が戻ってきた。

クラスメートのそういう愛憎も否応なしに聞こえてくる。だけれどあたしには関係ない。誰が誰を好きだろうが、勝手にやっとれ。ああ、あたしがいなくとも、地球はまわるんだし。そういう意味で、あたしの日常、っていうのはおかしいな。きっとこれは誰かの日常なんだ。それにちょいと、あたしはお邪魔しているだけなんだ。


日常といえば


持田は再びどこかに逃げおおせてしまった。そう、あの婦警さんが悔しそうにあたしに言った。それはそれはこの世の害悪を逃してしまったかのように。

それでもあたしは命が助かった。つぐみも無事だ。ただ残念なことに、小西先生は救急車で運ばれて行ったきり、その後の消息はわからなかった。まあそのうちどうなったかわかるだろう。




教えて。さびしんです。あたしの心が張り裂けそうに、誰かの声が聞きたい…

それはつまり、いまのあたしが、なにもないってことが、あまりにもわかりすぎて

だからこうして誰にも聞こえないように、叫んでいるのです

願わくば、あたしの声が聞こえたなら、あなたはすぐにあたしのもとへ

そしてそこで小さくうずくまっているあたしを、真っ青な大空に解き放って

あの明るい陽がその地を照らそうとしている

どこまでもそれをあなたと、眺めていたいのです




声が届かない

いくら大声を張り上げても

もうあたしの時間は

残り少なくなったの?



そうやって声を上げ続けるから、あいつはほくそ笑んでるんだよ?




拝啓

それは唐突な出来事で、ついあなたにお礼を言うのを忘れていた。

あなたは未来くんというのね。

あたしも未来。みきと読む。それは偶然?それとも必然?まあ、誰かが仮に恣意的にそうしたとしても、あたしは全然かまわない。それがあなたたちのルールなんでしょう?あなたの世界の終わりと、あたしたちの世界の終わり。接点はここだけだけども、それはいま、充分理解できる。

ねえ、これはあたしの妄想なんでしょう?

あなたがあたしであることが、最も自然なのだと思う。いえ、そうでなければ、あたしは…

あたしはいま恐れている。この手紙を失うことを。あたしが狂う証明という意味で、この手紙の存在は、あたしを証明する唯一の方法。その手掛かりを失いたくない。なぜならあたしは、いまもの凄く、さびしいのだから。

願わくは、あなたの死の直前まで、あたしの命の尽きるそのときまで、そうして二人の声が交差するときまで、このままずっと、そう、ずっと、そのとき、まで…。

声が聞きたいよ。

         敬具




笑わないで、つぐみ。なにも屈託なく。どうしてあなたはそう、何ごともなかったように笑えるの?あなたはあなたの人生が、あそこで終わるはずの人生が、また再び巡ってきた喜びっていうのを、噛みしめているってことなの?



日常は何ごともないことを望んでる
日常は波風立たぬことを期待してる
日常は、きっとあたしを怨んでいる
日常はあたしが死ぬことを望んでる



夕飯は、月末はたいていチャーハンだ。おお、肉じゃなく油揚げが入っとる。わが家の家計の、そしてあたしのダイエットのため?なんにせよ、うちは貧乏なのね。笑える。


むかし尾国ノ琴秋姫という娘がいた。最上という川のそばに住んでいた。ある夏の日、東から来た若者と恋をした。ふたりは永遠の刻を誓った。ともに塵になるまで、と。しかし若者はその地を離れた。若者は追われていた。若者が去り、尾国ノ琴秋姫は悲しみ、そして儚んだ。そして怨んで怨んで、川に身を投げた。姫の死を人々は悼んだ。やがてその川で獲れる鮎は、とくに夏の終わりのそれを、琴秋の姫鮎といって獲らずに川に放した。いつかまた、来世で姫があの若者と巡り合えるように願いを込めた。その若者の名は、源頼朝と、言った。



「なにそれー」
「パパがよく話してくれたのよ。笑うもんじゃないわ」

母は唐突に父の話をするときがある。あたしに、父の、父のいた、そしてその人生を、紡がせるみたいに。決して油揚げ入りチャーハンの教訓譚、ではないと思う。

「それって弘法大師とか小野小町とか義経伝説とか、そういう類の話でしょ?地元自慢的な」
「そうバカにするもんじゃないわ。これで地元は立派に観光資源にしてんだから」
「名産『琴秋の鮎』の塩焼き?ばち当たるわ。ないわー、あたしがその姫だったら」
「あんたが義経に見初められる可能性は限りなくないけどね」
「あんた娘になんてこと言う」
「悔しかったら義経なみのボーイフレンド捕まえてみなさいよ」
「残念でした。そういう彼氏ならとっくにいます」
「え?だれ?」

そういう母は、あたしの交友関係をきっと脳裏に巡らせているんだ。残念ながら該当者なし。彼はそう簡単に見つけられないよ。だって、あたしの未来。そしてあたしの妄想、そして空想の世界の彼なんだもん。




前略

きみがしぶとく生き残ることができて、ぼくはとても喜んでいます。

ぼくのアドバイスや忠告のおかげだとは思いません。それはきみの生きるという欲求のおかげです。きみは生きたくて生きたくて仕方ないはずです。それは魚が水を恋するように、鳥が空を愛するように、そのとめどない気持ちは溢れています。

ましてや、きみが憎悪もなしに、不条理な死を遂げなければならない矛盾を、どう克服しなければならないのか、そう考えただけで、いやじつはそれを考えたときぼくはワクワクがとまらなかったんですが、とにかくとても興味がありました。

でも今は、きみの無事を、とても喜んでいます。

ぼくの姉も、まあおざなりですが喜んでいると、お伝え申し上げます。

こちらは放射線が毎日降り積もっています。とても嫌な匂いもします。あの日以前の空気が吸いたいです。




あたしの手に届いた手紙。異世界からの便り。けっして安穏としていない世界…。

彼はどんな気持ちで、この手紙を書く、のだろう?





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