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誰かの…
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それは予想外の恐怖だった。
なんで持田が…殺人の容疑で警察に追われているはずの持田先生がここにいる?
考えられない。
考えられないと言えば、あたしがこんなことになっている状況こそ考えられない。
つぐみはいったいどうした?あたしをほったらかしてどこ行った?
音がする。つぐみ?戻ってきた?だけど変…。
ドアを無理やり開けようとする音がした。すごい力のようだ。つぐみじゃない?誰?
息遣いがする。男の人だ。主事さんか?いや、今日は休みのはずだ。だからこうして閉じ込められてんだ。じゃあ誰?
恐い怖い。鍵はかかっているようだけど、何でって思いたくなっちゃう。だってカギはここ…ううん、つぐみが持っている?あ、そうだ、つぐみがカギを持っているんだ。じゃあ、つぐみがカギをかけたってこと?なんで?あたしがいるのに?
また熱が上ってきたようだ。目の前がくらくらする。もうドアを開けようとする音は、聞こえなかった…。
金根幹と最後の鎮魂歌
それは華々しく、放課後の校庭に響く
誰もがそれを聞いて、悲しむ者はいない
むしろ心うきうき
それは生者の時間の終わりだから
九時限目が終わったよ
そう脳裏に誰かがしゃべった
前略
季節外れ、というかまだ夏が始まったばかりだというのに、アキアカネが飛んでいます。
セミやバッタもまだまだこれからだというのに。
虫たちはきっと放射能とかに強いんだと思います。
きみのもとにこの手紙が届くときには、きみはもう死んでいると思います。それでもぼくが手紙を送るのは、これはもう、なんだか習慣のようになってしまったからです。
姉は、そんなことはもうやめなさいと言います。確かに他から見ればおかしなことですが、いまのぼくにはこれしかすることがありません。こっちの世界に、ぼくの居場所がないからです。
ここは町の人の、ううん、姉の世界なんです。ぼくはすっかり姉の世界に、取り込まれたってわけです。
ぼくの脳髄を含め体のありとあらゆるものがこの世界に閉じ込められています。でも心はそうではありません。まあ、ようやく自我が保たれている、といったレベルですが。要するにぼくは物理的にとても不自由な立場なんです。
でもこうしてぼくはきみの未来にいれるわけだし、大して悲しいと思いません。
さて、そんなきみにひとつだけいいことを教えてあげましょう。もう死んじゃってるのに意味ないじゃん、とおっしゃるかも知れません。でもこれはぼくの自己満足であり、あくまで可能性なのだから。
壁をごらんなさい。壁です。暗くてよくわからないかも知れませんが、小さくポツンと真っ赤な明かりが見えると思います。
あとはわかりますね?
これからはきみの問題です。もう終わりにしたいなら、そこでゆっくりお休みなさい。まだぼくに文句を言いたいのなら、さあ、考えて。
あと、ろくでもないことを考えているようですから、言っておきます。それは頭の構造がもとから違う、とだけ。ではがんばって。
誰かいた。体育倉庫。あそこは鍵が壊れている。おとといも生徒が閉じ込められた。知らん顔したが、夜中教室を徘徊してるとき、きっとそいつのだろう、携帯が鳴っていた。通話じゃなくメールを送ってやった。早く助けてやれ。ここにいられると、俺が隠れていることがバレてしまうからな。
さっき縛った生徒はたしか二年の磯崎とかいう女子生徒だ。知っている。だがまさかまだ学校にいたとはな。一緒にいた小西先生は殴り倒した。とっさだったんで力任せに殴った。それを見た磯崎が気を失った。縛りつけているあいだ、小西先生はピクリともしなかった。スカートから長く細い白い足が見えた。ああ、今はそんなことを考えている場合じゃない。どうにかしなければ。だがどうすればいい?いっそ火をつけるか?そうすりゃ俺がやったとは思われないだろう。だがいつかバレる。いや、すぐにバレる。だが、やらないよりましだ。校舎に火を放つ。そして体育倉庫の、誰だかわからないやつも、殺す。そうだ、それでいいんだ…。
誰かの嫌な感情が流れてくる。憎悪と恐怖に支配された感情。ああ、こいつも怖がっているんだ。
火をつけるだと?なんて馬鹿なことを。そんなことすりゃ、学校にあるみんなの思い出とか成績表とか、燃えてしまうんだぞ?
ん?成績表?燃えちゃう?いいんじゃない、それ。いやいやよくない。バカかあたし。あたし成績そんな悪くないじゃない。そりゃ、上には上がいて、手の届かないような点数とる子が何人もいて…。いやいや、違う違う。どうしてそっちの方向に?ああ、あたし劣等感でいっぱいなんだ。人は人って、いつも言ってたけど、ホントはうらやましくって悔しくっていっぱいだったんだ。
ああそうよ、悔しいわ。悔しくって仕方ない。勉強なんかしないつぐみがあんないい成績取るなんて、なんかおかしい!いっつもゲーセン行ったり遊び歩いてるあいつがなんで学年トップなの?毎晩毎晩勉強してるあたしじゃないの?
それは頭の構造がもとから違う
わかってるわよ!
雪の上についた足跡は消しながら歩く。消すって言ったってあとは残る。まあどうせ消防だのが踏み荒らす。関係ない。倉庫から灯油。冬でよかった。たっぷりある。こんな校舎、丸焼けにできるほどな。いや、最初にあの体育倉庫を燃やすか。誰が中にいるのか知らないが、手っ取り早く燃やした方が手間が省ける。ああ、火をつけるものがない。俺はたばこは吸わないんだった。ライターを持っていない。主事室に行けば何かあるだろう。今さら引返すのも時間の無駄だけれど、仕方がない。
主事室にあのおっさんはいなかった。命拾いしたな。まあ、嫌いなやつじゃなかったからな。この学校の、クソみたいな連中よりいくらかましって程度だけどな。ああ、引き出しにあった。ストーブの点火用のやつだ。いいぞ。さあ、バーベキューだ。俺はそれを手に取る…いきなりそれは聞こえた。
非常ベルが鳴った。火災を知らせる警報だ。それはけたたましく、あたりを震わせるように、雪空に鳴り響いた。
なんで持田が…殺人の容疑で警察に追われているはずの持田先生がここにいる?
考えられない。
考えられないと言えば、あたしがこんなことになっている状況こそ考えられない。
つぐみはいったいどうした?あたしをほったらかしてどこ行った?
音がする。つぐみ?戻ってきた?だけど変…。
ドアを無理やり開けようとする音がした。すごい力のようだ。つぐみじゃない?誰?
息遣いがする。男の人だ。主事さんか?いや、今日は休みのはずだ。だからこうして閉じ込められてんだ。じゃあ誰?
恐い怖い。鍵はかかっているようだけど、何でって思いたくなっちゃう。だってカギはここ…ううん、つぐみが持っている?あ、そうだ、つぐみがカギを持っているんだ。じゃあ、つぐみがカギをかけたってこと?なんで?あたしがいるのに?
また熱が上ってきたようだ。目の前がくらくらする。もうドアを開けようとする音は、聞こえなかった…。
金根幹と最後の鎮魂歌
それは華々しく、放課後の校庭に響く
誰もがそれを聞いて、悲しむ者はいない
むしろ心うきうき
それは生者の時間の終わりだから
九時限目が終わったよ
そう脳裏に誰かがしゃべった
前略
季節外れ、というかまだ夏が始まったばかりだというのに、アキアカネが飛んでいます。
セミやバッタもまだまだこれからだというのに。
虫たちはきっと放射能とかに強いんだと思います。
きみのもとにこの手紙が届くときには、きみはもう死んでいると思います。それでもぼくが手紙を送るのは、これはもう、なんだか習慣のようになってしまったからです。
姉は、そんなことはもうやめなさいと言います。確かに他から見ればおかしなことですが、いまのぼくにはこれしかすることがありません。こっちの世界に、ぼくの居場所がないからです。
ここは町の人の、ううん、姉の世界なんです。ぼくはすっかり姉の世界に、取り込まれたってわけです。
ぼくの脳髄を含め体のありとあらゆるものがこの世界に閉じ込められています。でも心はそうではありません。まあ、ようやく自我が保たれている、といったレベルですが。要するにぼくは物理的にとても不自由な立場なんです。
でもこうしてぼくはきみの未来にいれるわけだし、大して悲しいと思いません。
さて、そんなきみにひとつだけいいことを教えてあげましょう。もう死んじゃってるのに意味ないじゃん、とおっしゃるかも知れません。でもこれはぼくの自己満足であり、あくまで可能性なのだから。
壁をごらんなさい。壁です。暗くてよくわからないかも知れませんが、小さくポツンと真っ赤な明かりが見えると思います。
あとはわかりますね?
これからはきみの問題です。もう終わりにしたいなら、そこでゆっくりお休みなさい。まだぼくに文句を言いたいのなら、さあ、考えて。
あと、ろくでもないことを考えているようですから、言っておきます。それは頭の構造がもとから違う、とだけ。ではがんばって。
誰かいた。体育倉庫。あそこは鍵が壊れている。おとといも生徒が閉じ込められた。知らん顔したが、夜中教室を徘徊してるとき、きっとそいつのだろう、携帯が鳴っていた。通話じゃなくメールを送ってやった。早く助けてやれ。ここにいられると、俺が隠れていることがバレてしまうからな。
さっき縛った生徒はたしか二年の磯崎とかいう女子生徒だ。知っている。だがまさかまだ学校にいたとはな。一緒にいた小西先生は殴り倒した。とっさだったんで力任せに殴った。それを見た磯崎が気を失った。縛りつけているあいだ、小西先生はピクリともしなかった。スカートから長く細い白い足が見えた。ああ、今はそんなことを考えている場合じゃない。どうにかしなければ。だがどうすればいい?いっそ火をつけるか?そうすりゃ俺がやったとは思われないだろう。だがいつかバレる。いや、すぐにバレる。だが、やらないよりましだ。校舎に火を放つ。そして体育倉庫の、誰だかわからないやつも、殺す。そうだ、それでいいんだ…。
誰かの嫌な感情が流れてくる。憎悪と恐怖に支配された感情。ああ、こいつも怖がっているんだ。
火をつけるだと?なんて馬鹿なことを。そんなことすりゃ、学校にあるみんなの思い出とか成績表とか、燃えてしまうんだぞ?
ん?成績表?燃えちゃう?いいんじゃない、それ。いやいやよくない。バカかあたし。あたし成績そんな悪くないじゃない。そりゃ、上には上がいて、手の届かないような点数とる子が何人もいて…。いやいや、違う違う。どうしてそっちの方向に?ああ、あたし劣等感でいっぱいなんだ。人は人って、いつも言ってたけど、ホントはうらやましくって悔しくっていっぱいだったんだ。
ああそうよ、悔しいわ。悔しくって仕方ない。勉強なんかしないつぐみがあんないい成績取るなんて、なんかおかしい!いっつもゲーセン行ったり遊び歩いてるあいつがなんで学年トップなの?毎晩毎晩勉強してるあたしじゃないの?
それは頭の構造がもとから違う
わかってるわよ!
雪の上についた足跡は消しながら歩く。消すって言ったってあとは残る。まあどうせ消防だのが踏み荒らす。関係ない。倉庫から灯油。冬でよかった。たっぷりある。こんな校舎、丸焼けにできるほどな。いや、最初にあの体育倉庫を燃やすか。誰が中にいるのか知らないが、手っ取り早く燃やした方が手間が省ける。ああ、火をつけるものがない。俺はたばこは吸わないんだった。ライターを持っていない。主事室に行けば何かあるだろう。今さら引返すのも時間の無駄だけれど、仕方がない。
主事室にあのおっさんはいなかった。命拾いしたな。まあ、嫌いなやつじゃなかったからな。この学校の、クソみたいな連中よりいくらかましって程度だけどな。ああ、引き出しにあった。ストーブの点火用のやつだ。いいぞ。さあ、バーベキューだ。俺はそれを手に取る…いきなりそれは聞こえた。
非常ベルが鳴った。火災を知らせる警報だ。それはけたたましく、あたりを震わせるように、雪空に鳴り響いた。
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