聖霊流し ――君の声が聞こえたら――

さかなで/夏之ペンギン

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誰も気がつかない

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空の色がおかしかった。

それは青くもなく、また真っ赤な色もしていなかった。

澱んだ、水たまりのような、なにかそこから腐臭のするような、そういう色だった。

人々は口々に、それは終わりの色、と言った。




「まったく、バスは来ないし、寒いしで、さんざんだったわ」

母はそういいながら、頭にかぶった雪を払いのけた。玄関にそれが落ちて、そこは水たまりとなった。それはずいぶん、澱んだ色をしていた。

「都内の交通がマヒしてるって」

あたしはテレビを見ながら、母の方には顔を向けずそう言った。

「どうりで。駅のまわりは帰れない人であふれかえっていたよ。おまけに道路は大渋滞。ここら辺にあんなに車があったなんて、お母さん、びっくりよ」

みんながみんな、バスやタクシーを使えば、そりゃそうなるわよ。自分だけが特別で不都合な存在じゃないって、思い込みもいいとこだわ。あんたがいるからそうなんだって、誰も気がつかないのかしら?

「よく帰って来れたわね」
「だから、駅前のスーパーで時間潰ししようとしたら、偶然三田さんのところのお母さんに会っちゃって。三田さんって、ほらあんたの同級生だったでしょ?小学校のときの」
「恵子ちゃん?」
「そうそう。スーパーの帰りに声かけられちゃって。ちょうど車だっていうから送ってもらっちゃった」
「渋滞はどうした」
「それが、裏道はけっこうすいててさ。恵子ちゃんのお母さん、毎日裏道ばっかり運転してるから慣れちゃったんだって」
「なんで?」
「なにが」
「なんでもねえ」

何で毎日裏道を?そこんとこ聞いてないのか、ダメ母。


雪はあいかわらず降り続いていた。


雪は降りやむ気配をみせなかった。いいぞいいぞ。このままどんどんやっとくれ。どんどん降り続いて、みんなを圧し潰してくれ。


「ねえ、お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」

風呂場で圧死するのも悪くない。






次の日も雪、だった。北国か、ここは!





「ねえねえ聞いた?」

クラスメートが登校一番そう聞いてきた。クラス一のおしゃべり、飯田さん。あんまり話したくない相手だけど、相手しないと悪く言われる。悪く言われるのはいいんだけれど、クラスの奴らは待っていましたとばかり無視してくる。無視してくれるのはいいんだけど、そのうち上履きにいたずら書きされたり椅子に水をまかれたりする。

そんなのはどうでもいいけど、一番困るのは人を殺したくなるってこと。

「なに?どうしたの」

聞きたくなくても聞きたいふり。思えばあたしも成長した。成長したって言うんなら、あたしも少しは背が伸びればいいのに。去年買った服がまだ着られるんですけど。新しい服欲しいのに。ああ、虫っていいな。成長するたび脱皮出来て。あれ?蛇だったっけ?いや、蟹だったかも?



まあどっちでもいいや



「三組の十和田さん、知ってる?」
「知らん」
「え?」
「い、いやよくは知らないっていう意味で。しゃべったことないし」
「そう。それでね、なんと今、行方不明なんですって」
「行方不明?なんで」
「なんでって、わからないから行方不明なんじゃない。理由がわかれば言い方が変わるでしょ?家出とか誘拐とか」
「あ、ああそりゃそうだわね」
「変な未来ね」

おまえに未来と呼ばれたくない。しかも呼び捨てかよ。友達でもないくせに。

「よく言われる」
「今朝、学校に怒鳴り込んできたらしいわよ、十和田さんのお母さん」
「なんでよ」

そこで飯田さんははじめて得意そうな顔をした。これは誰も知らないでしょ的な、そういう顔だった。

「誰かが十和田さんを監禁してるんだって」
「はあ?マジで。ってかそんなのなんで?」
「わかるのかって、でしょー?実はメールがあったんだって。夕べ遅く。本人かどうかはわからないけど、両親あてに。学校、帰れない、助けて、って。ね、これってだれか十和田さんを監禁してるってことよね?」
「ヤバいじゃない」
「ヤバいわよ」


別に関係ないけどね


そうしてるうちに警察が来た。またあの刑事たちだ。あの婦警さんもいた。目が合うと手を振ってくれた、不覚にもあたしも手を振ってしまった。




 拝啓

毎日雪で嫌になる。

あれほど望んでた雪なのに、あれほど積もればいいのにと、思っていたのに。いまは忌々しく思えている。

道路はぬかるんで、滑って、汚れちゃって、もう身動きできない。ああ、あの空を返して。あたしの空を返して。青い青い空をあたしに返してよ。

それはさておき困ったことが起きました。べつにあたしは困ってないけど、困ったふりをするのが辛くて困っています。どうかあなたのお力で、なかったことにしてください。

まあそんなことができるとは思ってないから、気にする必要はナシ。あんたはあたしの言いがかりを、うんうんとうなずけばいいはなし。どう?少しも気に病まないでしょ?あたし気に病むって言葉が好き。だって、本当に気が病んでいるんですもん。

冗談はさておき、このあいだの返事、まだもらってない。いい加減、あの日って何なのか教えて頂戴。それと、あんたの町って何?聖霊って何?いい加減なことばかり言うと怒るわよ。優しく殺してなんか、あげないからね。

 敬具





「ねえ未来、そんなところでなにしてるの?」

黒髪の少女がその長い長いそれを静かにかきあげて、優しく微笑んでぼくに言った。

「手紙を、読んでいるんだ」

ぼくは真っ白な便箋をひらひらと姉にかざした。

「またそんなものを…。ねえ、こっちに来てあたしと遊びましょう。いまならまだ誰も来ないから」

そう言って姉はその小さく白い膝小僧を見せ、そして後ろを向いた。ぼくは居場所を失う気がして、それでも何かに未練があるように、その腰かけていた石垣を離れられずにいた。

「未来、お菓子があるよ」

姉は振り向いてそう言った。もうその顔は笑っていなかった。






「体育館倉庫」

あたしは唐突にそう言った。婦警さんにだ。手を振ってくれた婦警さんにそう言った。

「え?」

婦警さんはそういう顔をした。でもそれでも走って職員室に行った。すぐに何人か先生を連れて体育館に走って行った。

しばらくして、倉庫にいる十和田さんが見つかった。そうしてあたしは手紙を、握りしめていた。








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