聖霊流し ――君の声が聞こえたら――

さかなで/夏之ペンギン

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それは誰もが

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そこには何もないはずだった

暖かな空気も 寝心地のいい草原も

ましてや荒涼とした大地だって 化石化した森だって

なぜならそれは誰もが見るべきものでもなかったから

強いて言えば

そこはあなたが住む世界だったから?


あたしはあの手紙がどこから来たか、考えていた。恐らく未来ということは確かだ。あたしの、百年後のアルバムを見ている。あいつはそう言った。だけどその写真が何であたしなのか?本当にあたしなのかわからないし、それを確かめようもない。



「未来、サッシ閉めてって言ってるでしょ!」
「お母さん、雪だよ」
「え?ホント?」
「ほんとほんと。ほらチラホラ降ってきた」
「いやねえ。積もったら自転車使えないじゃない」
「駅まで歩け」
「嫌よ。バスで行こうかな」

それはどんどん勢いを増してきた。おもしろいおもしろい。このままどんどん積もっちゃえばいいのに。そうして何もかも見えなくして、世界を埋め尽くせばいい。

「そう言えばつぐみちゃん、どこにいたんだって?」
「本人はおばあちゃんちにいたと言っております」
「つぐみちゃんのおばあちゃんって近所に住んでるんでしょ?」
「風邪ひいて寝込んでたんだって。つぐみちゃんちの両親はおばあちゃんと折り合い悪くて、看病にも、見舞いにすらもいかないって言ってた」
「ふうん、じゃつぐみちゃんが看病してたのか」
「両親に知れたら怒られると言っておりました」
「嫌な話ね」

どうして?いい話じゃないか。


ああ人間はどうして意地を張ったり意固地になったりするんだろう?それはきっと、自分が大事なんだ。そして誰かよりずっと偉いと思ってしまうからなんだ。そんなことは全然ないのに。

あたしは偉ぶらないで生きていこう。まあ、それも大人になるまでのあいだだけどね。




拝啓

雪が降ってきたよ。そいつはもう真っ白いやつだ。冷たくて冷たくて、どうしようもなく心まで凍りそうだ。

いっそこのままあたしを凍らせて、あんたのもとに届けてほしいもんだ。

そういやあんたのお姉さんは、あたしのことを憎んでるって言ってたっけ。どうしてあたしが憎まれるのかは知らないけれど、あんたよりあたしの方が先に死んでるのは確かだっていうこと。残念ね、ご愁傷さま。

ねえ、あの日ってなによ。いつまでたってもそんなものは起きないわ。くだらない時間ばかり溢れているのに、あたしの妄想をかき消すような、素晴らしい終末はやってこないしその前兆もないわ。

あんたがそのくだらない予言をしたおかげで、あたしはそいつに踊らされて、挙句、いらない期待を抱いてしまうの。考えただけで忌々しいわ。

ねえねえ、ほんとにそんなしあわせな終わりが来るのかしら?それって苦しい?それって悲しい?ああ、早く終わりが見たいわ。そうしてその断末魔に、あたしは身も心も震わせる。ねえ、素敵でしょ?

それまでに、あなたの声が聞きたいわ。

      敬具



別にそうでもないけど





つぐみはつぐみで、しれっとした顔であたしに言った。もう嘘はついてない?

「ねえ、未来。昨日おばあちゃんちの帰りに、あたし商店街の外れで持田先生を見かけたの」

ゲーセンの帰りだろ?

「マジで?」
「そう。確かにあの持田先生だったわ。なんか印象とか雰囲気変わっちゃってたけど、間違いないと思う」
「それ警察に言った?」
「ううん。なんか言いそびれちゃって」
「ていうか、まだこの辺うろついてんのかしら?」
「怖いねー」

ただの下着泥棒だった先生は、今や立派な凶悪犯罪者です。殺人の容疑者で、警察に指名手配されています。捕まれば死刑です。うらやましい。


ああ

本日お集りの皆様方

お日柄もよく空もほどよく晴れておりますれば

この世の極楽、刹那の地獄

お目にかけたいと存じます

本日ご紹介いたしまするは…


テレビから楽しそうなニュースが流れてる。さあ連想ゲーム。はじまるはじまる。

学校の校門。なぜか女子生徒の足。そしてスカート。なぜ女子生徒だけ?持田先生の悪っるそうな顔写真。あいつはもっと優しげな顔だぞ?優し気でいつもニタついた笑顔…それ笑顔って言うか?

みんながきっと笑顔なんだ。笑顔だからニュースに流せないんだ。だから持田先生も、アルバムの写真の笑顔は使われない。ああ、笑顔、かあ…。え?アルバム?それってどこから手に入れた?まあいいか。


でもうらやましいな。そいう意味じゃあの持田先生も、有名人ってことになるんだね。



ああ、どいつもこいつもうらやましい




「真行寺さん」

大田先生に呼ばれた。あれから先生はあたしを名前で呼ばなくなった。

「なんですか?」
「三者面談の件なんだけど」
「ああ、それですか。母は来週か再来週にと言ってました」
「そう。わかったわ。調整するわね」
「できれば命日の前に」
「誰の?」
「あ、父です」
「ごめん、気がつかなかった。確かお父さん…」
「高速増殖炉の技師でした。稼働試験中に事故で」

そして癌で死んだ。それは誰のせいでもない。あたしのせいなのだから。





前略

きみの手紙を受け取ったよ。とても早くこの秘密に気がついたこと、ぼくはとても驚いています。

ご存じでしょうがこの手紙には切手は要りません。必要ないからです。その代わり必要なものがあるのですが、いまはそれは言わない方がいいでしょう。こう書くと、きみへの内緒がだんだん増えていってしまいますね。それはぼくの本意とするところではなく、やっぱりこれもぼくの町のルール、何よりも聖霊たちの決まり、ということでご理解していただきたいと思います。

さて、あの日、という失われた時間は、もうすでに一度過去に起こっています。

それはぼくから見てもきみから見ても過去なので、はばかることなくそう言えるのです。だからきみが望みさえすれば、過去にさかのぼりそれを見つけることも可能です。でもなぜかきみはそうしない、そんな気がします。

ではそれがあなたにどう影響するか、ですが、いまのところその影響は小さいと考えます。それはようやくこの手紙がやり取りできる、と言った程度で、あなたの世界がどうこうするということにはならないし、つまるところ、あなたの心だけに収まっているからです。

だから気をつけてください。

きみが気にかけている、ここがどこなのか、ぼくが何者なのかは、追々わかってくると思います。

どうかそれまでご無事で、そして何より夜道の一人歩きはご遠慮いただきますよう、心よりお願い申し上げます。





朝、庭につもった雪の上に、手紙が置かれていた。けれどその手紙には雪は積もらず、そうして…ずっとそこにあった。




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