聖霊流し ――君の声が聞こえたら――

さかなで/夏之ペンギン

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あたしは、誰?

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あたしが死体になって、そしてどこかのラブホテルの一室で発見された。

そういう衝撃的なことを聞かされて、おおよその人間は思考がまったく働かないと思います。

それはあたしが死んだ、という事実よりもむしろ、その死に方や理由に人は興味を惹かれ…いえ、あたしだって興味あるし…それが本質だと思うから。おそらく「なんで?」という疑問は、そういうことがいっぱい詰まった宝箱だからでしょう。いやダメだろ、あたし死んでんだから。


あたしの死という点が疑問という線になる。それが広がり事実や憶測や嘘やおおよそ無関係なことまで平面的に、いえ、時間という立体を得て三次元的に広がっていく。そしてそれは不規則な非幾何学的なまでの様相で。それこそ意識というやつですよ。ひとの意識がそれをこさえるんですよ。


それは単純で簡単な話。いまここにいないあの子、つまり磯崎つぐみがあたしの名を騙っていた、のだ。学校も警察もそう判断した。死んだのはあたしの親友、磯崎つぐみだ。




意味ないじゃん、名前って
誰がどう呼ぼうが呼ばれようが
それがあたしのことだなんて
むしろあたしを否定する
あたしをきめつけようとしてる
そういう呪文なんだ



いやいや違うわよ。名前がなけりゃあ、そりゃあ不便よ。あんたがあんたってわからないわ。

あたしってわからないのは名前のせい?

そうじゃないけど…。

じゃああたしはあんたであんたはわたしでいいってわけじゃん。



絶対違うと反論できなかった。だからきっとこんなことになったんだ。つぐみのやつは死んじゃった。死んじゃったらあんたじゃなくなっちゃうのかな?ねえ、つぐみ…。

あたしはあたしにそう言った。あたしは誰?






 前略


大変なことになったと、むかしの新聞で知りました。

あいにくここには便利なネットはありません。ずいぶん前に、そういうものはなくなってしまいました。

そうそう、もう空を飛ぶものは、虫とか鳥以外いません。昼空高く舞いあがっていくあのジェット旅客機も、けたたましい音をたてていくヘリコプターも飛んでいません。空は全く自由なんです。

それはさておき、きみの災難はまったく同情に値します。まったく見ず知らずの人間が、きみの代わりに殺されたんですから、いい気はしないと思いますから。それでもそれほど、なんとも思わないのなら、それはそれできみに同情するのでしょうね。

なぜならすでに感情が、あいつらに食われているからです。あいつらって?それはまだ秘密です。きみがその存在に気づき、その魂のはしっきれが残っているその刹那まで、その種明かしはしません。なぜならそのときが、きみがぼくの話を信じ得る唯一のときだからです。

それまできみは気兼ねなく、その斬新な喧噪の中に浸っていてください。これはぼくの姉もそう望んでいるからです。姉はぼく以上にあなたに関心があるんだと、最近気がついたのです。

どうかこれからも健やかにお過ごしください。





「何がお健やかに、よ!バカにして!」

そうあたしは生徒指導室のなかで怒った。いまこの文面は、明らかにあたしを揶揄している。そうじゃなかったらバカにしている。あたしはまだ見たことも、声を聞いたこともないやつに、何でこんなことを言われなくちゃならないの?

「どうしたの、未来さん?」

大田先生があたしを覗き込んでそう言った。あたし以上に怯えている、そう思った。

「どうもしません。理不尽な扱いに憤っているだけです」
「言ってることはわかるわ。でもどうしてこうなったか、学校側も知りたいわけだし」
「それはあたしも一緒です。誰かきちんと説明してくれませんか?いっくら話をしようにも、わけわかんないんですから」

まわりを見まわす。婦警さんと思われる制服を着た女の人と、刑事みたいな男の人がふたり、いた。あとは校長先生と、学年の生徒指導の先生。数学の教師…みんなからそのひげ面でゴンザレス先生とあだ名されている。ちぢめてゴンちゃん。


「だから犯人は持田先生でしょ?」

あたしの言葉にみんなぎょっとした。だって手紙にそう書いてあるんだもん。

「な、なんだって!」

刑事が驚いて言った。

「き、きみは何を知っているんだね?」
「なんでもよ。庭の柿が毎年秋になるとどうして黄色く色づくのかとか、トンボは何で空を飛べるのだとか」
「バ、バカにしてるのか!お、大人を」

そう言ったのはゴンちゃんだ。

「まあ先生、多感な時期なんです。きっと混乱しているんですよ」

刑事のひとりがそう言った。なんでも知っていそうな顔。でもなんにも知らない。きっとそうなんだ。

「何で持田先生、なんだね?」
「持田先生は困っていた。だから自分が死んだことになればいいと思った。でもいつかバレる。それならいっそのこと自分の死体をつくらないといけない。どうする?なら心中に見せかける。生徒と心中。センセーショナルで世間は騒ぐ。自分の恥ずかしい性癖もチャラになる。誰と心中する?誰でもいい。行きがかりの女の子をラブホテルに。そこで殺し、自分も死ぬ。でも死ねない。逃げ出す。そう書いてありました」

みんな黙ってしまった。とくに刑事が。

「な、なんでそんなこと知ってるんだ?も、もしかして、持田先生に聞いた、とか…」
「まさか。手紙にそう書いてあったもん」
「きみはさっきそう書いてあったと言ったね。それは手紙ってこと?それはどこにある」
「ここです。いまあたしに手に」

まあみんなには見えないけれどね。これはあたしが生み出した幻覚。いえ、そうあたしは思い込んでいるだけで、実際はどうかわからないけれど。

「あ、ああそうなのか」

刑事はようやく、それだけを言った。




それが真実だったかどうかはあたしには関係ない。ただ、なにか大きな歯車が、少しずつ狂いだしたような気がした。


次の日つぐみはちゃっかり学校に登校してきた。


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