聖霊流し ――君の声が聞こえたら――

さかなで/夏之ペンギン

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どこの誰かもわからないあなたに

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前髪はあきらめた。たとえどんなに鬱陶しくても、これはあたしの一部なんだ。そう思いなおして勉強机に向かった。蛍光灯をつけると、それは直ぐに目に飛び込んできた。

「手紙?なんで」

朝、庭で見つけた手紙だ。探したけれど見つからなかった、あの手紙だ。間違いない。表に『さま』とだけ書いてある。あたしは誰かにからかわれているのかもしれないと思った。一番疑われるのは母だ。でもまさかそんなことはしない。いやあり得る。なにか、口で言えないことを手紙に書いたのかもしれない。

あたしは封を開けることにした。宛先が書いてないんだもの、開けてみてもいいよね?

封を開けると、中に入っていたのは何か違う世界の空気のような気がした。実際には薄っぺらい便せんが一枚、入っていただけだ。えーとなんか書いてある。なになに…。





前略

突然のお手紙、さぞ驚いたことと思います。ぼくは今年十五歳を迎える男子です。

さて、どうしてこんな不躾な手紙を出そうかと思ったのは、理由があります。もちろん理由もなく手紙など書くやつはそういないと思いますが。

じつはあなたのことを知ったのは、たまたまぼくが見つけた古いアルバムの中に、あなたの写真があったからです。それはおおよそ百年前の古いアルバムです。あ、ぼくのことを変だと思ったでしょう。

これは実に奇怪な話なんですが、ぼくの故郷にはとても面白い風習があるんです。それは、聖霊を通して未来や過去に手紙を送るというものなんです。あ、またまたぼくをおかしなやつだと思ったでしょうね。でもぼくはおかしなやつじゃありませんし、事実、この手紙があなたの手元にあることが、真実の証明になるのではと思います。

そしてもうすぐあの日が来るのです。それは待ち望んではいけない、あの日です。そしてその予兆は、すぐにわかるはずです。




なにこれ?なーに言っちゃってんの。バッカじゃないの?誰がそんなこと信じるか、ボケ!あーあ、まいっちゃったな。きっと誰かのイタズラね。しっかしやられたなあ。なーにが予兆だ。ふざけんな。

そうつぶやいてあたしは手紙を丸め、ゴミ箱に放り込んだ。だが完全に丸くなったわけではなく、なにか未練があるようにその手紙はゴミ箱の淵に当たり、そのまま部屋の隅に転がっていった。ああ、めんどくせーと思ったが、べつにあとで拾えばいいやと思い、そのまま勉強した。いまは数学が大事なのだ。そうしてあたしの頭から手紙のことは完全に消えた。

「未来ー!早く起きなさーい。学校、間に合わなくなるわよ!」

母のけたたましい声だ。それ近所に聞こえるから。何度も言っているのに。近所のババアがあたしの顔を見るたび薄ら笑いをしてくる。いやだいやだ。

「うっさいわよ。もう起きてるわ」

嘘だ。まだ布団の中。あたしはまだ温かいベッドの中でぬくぬくしたいのだ。

「誰が信じるか、そんなもん」

母が部屋に侵入してきた。あんたいくら娘だからってそれは不法侵入だかんね!しかし有無を言わされずあたしは布団を引っぺがされた。

「ちょっと、すこしは情けってものがないの?あんたの可愛い娘だよ!」
「ああ、情けないわよ!まったく」

あーそうですよねー。まあおっしゃる通りですけどねー。

「早く起きなさい!もう毎日めんどくさい」
「だったら起こさなきゃいいのに」
「飯抜くか今すぐ顔洗うか決めな」
「パンかご飯かで判断するわ」
「ざーんねん。今朝はパンケーキ焼いたんだ。生クリームどっぷり。梅雨時の荒川みたいにね」
「やた。マジかよ、さっすができる母や」
「ウソぴょん」

殺意ってこうして湧くんだね。いまここにバットがあったら確実にフルスイングだわー。マジでー。しかし梅雨時の荒川で気がつくべきだったんだ。しっかりしろ、あたし。




制服に着替え、カバンの中身を点検した。よし、ちゃんとなってる。忘れものなし!

そうつぶやいて、そのつぶやきが叫びになった。夕べ丸めて捨てたあの手紙が、机の上にあったからだ。

「ウソ、マジ?」

それは来た時のままのように、ぴんと伸ばされ、しわくちゃにさえなっていなかった。あたしはまた誰かのイタズラだったと思い、そんなことをするのは母しかいないと怒りにも似た気持ちになった。いっくら朝そうだからって、なにもこんな手の込んだことしなくってもいいじゃない!あたしは手紙をひっつかんで母のところに飛んでいった。

母は鼻歌を歌いながらフライパンを洗っていた。それはもう、のんきそうに、だ。

「ちょっと母さん!いったい何考えてんのよ!」
「なにが?」
「何ってこの手紙のことよ!」
「手紙って何の」
「ああ、そうやってしらばっくれるのね!手紙ったらこれのことでしょ」
「どれの」
「はあ?なにそれ…」

あたしはあたしが持っていたはずのその手紙がないことに、どうリアクションをとればいいのかちょっと迷った。それでとりあえず手っ取り早く叫ぶことにした。

「あーっ!あ、ああああああっ!」
「やかましい!」

冷静なんて言葉は忘れていた。この奇怪な事実を受け止められないでいるあたしがいまの現実なんだ!母が必死にあたしの口を押えたが、漏れ出る叫びは抑えようがない。

「いったいどうしちゃったのよ未来!」

その声で、泣いている母の声でわれにかえった。

「ごめんなさい、あたしどうかしていた」
「いったいどうしちゃったの?何か心配事でもあるの?学校で誰かに虐められているの?」
「そうじゃないの。これは…きっとちょっとしたストレスなんだわ。ありもしない手紙を見たり、来もしない手紙を読んでみたりしたけど、それは立派な幻覚だってわかったの。ごめんなさい。驚かせちゃったわね」
「大丈夫?今日は学校休んでもいいんだよ?」
「大丈夫よ。ぜんぜんそう言うんじゃないの。ごめんね、びっくりさせちゃって」
「ほんと大丈夫?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。ぜーんぜん問題なし」
「そうかなー」
「信用しなさいって。あんたの娘を信じなさい」

母はそれでもあたしを疑うような目で見ている。

「が、学校行くわね」
「気をつけてよ」
「わかってるって」

あたしは気乗りしないけど、とりあえず学校に行こうと思った。





それはマスコミってやつが大ぜい押しかけている、文字通り修羅場のようなところになっていたのだ。通学路にはマスコミの車やバンがならび、正門前にも多くのカメラマンや記者と思われる人間がいて、そいつらが門を塞いでいた。

唐突に平和な日常が、瓦解した。それはつきだされたマイクによって、そしてカメラによって痛いほど確実に現実を思い知らされた。

「せ、生徒たちを写さないでください!勝手にインタビューしないで!録音ダメだって言ってるでしょ!携帯で撮るのもダメです!」

めぐみ先生はひとり頑張ってくれていた。でもあたしは大人がキライになった。記者たちのその薄ら笑いに対してではない。怒りまくったまるっきり無関係そうな父兄が怒鳴り込んでいくのを見たからではない。あの、優しくひとのいい主事さんが必死にマスコミの人を正門の中に入れないようにしているのを見たからじゃない。

そこにダメな大人がたくさんいたからじゃない。

そんなダメな大人に、やがて自分たちもなるのだと思ってしまったことが、だ。

あたしはあたしを嫌いになった。




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