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人は誰でも恋をする
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拝啓
真冬の空は、まるで安物のバネ仕掛けのオモチャみたいで、出来損ない過ぎて気分が悪くなる。
いっそこのまま雪になって、そして積もって積もって、一切合切埋め尽くしてしまえばいいんだ。
そうすれば学校も、先生も、嫌なこともすべてなくなってしまう。あたしはそうして、カチンカチンに固まった雪の上を、真っ赤な長靴で歩いてやるんだ。たっぷりと脂のつまった体の校長の頭が、雪の下から出てくるのは、もう何万年も先の話…。
ああ、あたしは海で死にたいな。
それこそ誰もいない岩場の影で、テトラポットのように、さざ波を体に感じながら。ときには大きな波。潮は早く、もうそれこそ心が溶けるようなスピードで、あたしをどんどん駄目にしていく。残っているのはもちろん、赤い長靴だけ。あなたもそう思うでしょ?
「未来、ご飯食べちゃいなさい。いつまでもサッシ開けとかないでよ。寒くって仕方ないわ」
母は陽気なババアだ。年がら年中笑ったり怒ったり。よくまあそれで嫌にもならず、毎日充分楽しそうだからいいけどね。あたしはそっとサッシを閉める。脱いだサンダルは片方だけひっくり返った。どうしてそうなったのかは知らないけど。
「今日は仕事、遅くなるわ。冷蔵庫にカレーが入ってるから食べてて」
そうやってずぶずぶの声であたしに言う。父は死んだ。あたしが殺した。本当は癌で死んだんだけど、そういうことにしてある。この次は交通事故にしようと、いま秘かに思った。
「そういや三者面談っていつだったっけ?」
「明日」
「ごめん、仕事入れてた。先生にそう言って日にちずらしてって」
「ことわる」
「そんなこと言わないの。ねえ、志望校は恭明女子?あそこいいとこのお嬢さんが多いって」
「知らん」
「あんたのことでしょ?それよか行きたい高校とかあるの?」
「未定」
「またそんな…」
「ごちそうさま。先生は来週死ぬから、それまでには決めるわ」
「あんたなに言ってんのっ!」
はっはっは。まあどうでもいい。あたしなんて、どうなったっていい。それは世界が始まったって、世界が終わったって、あたしがいようがいまいが、なーんにも変わらない。あたしのために、世界があるわけじゃない。
雪はまだ、降らないようだ…。
前略
お元気ですか?ぼくはもう風邪も治って、いや、まだ治りきらなくて、それでもなんとか生きています。
この前君がくれた手紙は、大変興味深く読ませてもらいました。
近所の家のよく吠える犬にビッチと名前を勝手につけたこと。自分ちの表札にバカと書いて怒られたこと。コンビニの車止めに画びょうをたくさん貼りつけたこと。みんなどれもワクワクする話でした。
今朝、ライオンのかたちをした雲を見ました。それは空に一個だけ浮かんでいたんです。それを見ていたら、なんだか手紙が無性に書きたくなって、こうして筆、じゃなかったペンをとっています。
そうそう、ぼくはいつかきみに殺されるんでしたね。まだ顔も見ないで、声も聞かない君に。その日のために、ぼくはもっと勉強しようと思います。そうしてぼくは、君に殺されるのにふさわしい人間だということを、君に知ってもらえることができますね。
ああ、そうでした。もうすぐあの日です。ぼくはとても楽しみにしています。
さて、昨日うちの庭にイチジクを植えました。まだ小さい苗木でしたが、育つといいです。来年の夏には、きっと実がなる気がします。あ、でもきみに殺されちゃったら見れないかもしれません。
また手紙を書きます。そうそう、あの日には、ぜひともきみの街の声が、聞きたいです。
こちらはまた、雪のようにあれが降ってきました。それはそれは嫌な匂いです。ですから、今日はここまでにします。お元気で。ぼくの未来へ。
学校に来なよ 大きな首吊りの木
それはそれは大きくて なかなかいい枝ぶり
学校に来なよ 大きな首切りの台
それはそれは大きくて 音なく切れる鋼の刃
学校が近づくと、そんな歌が聞こえる。みんなそれを歌い、笑ってる。教室に入っちゃえば、あたしもそんな仲間に入って、一緒に歌うんだ。
歌わなくていいのはその場にいない者だけ。どんなにうらやましいことか。あたし歌は嫌いじゃないんだけど、その声その音その響きが嫌でたまらない。誰か音を殺してくれないかな。じゃなきゃあたしがそれをしなきゃならない。そんなのはつまらないこと。ようやく馴染んできた他人の脳みそに、なにかケチをつけられた感じ。
「未来さん、聞いてる?」
先生、聞こえません。聞こえてるけど聞こえません。
「どうしちゃったの未来?おい、しっかりしてよ」
つぐみは必死ね。そんなに答えたいのなら、あんたが答えればいいのよ?
「未来さん、あとで職員室に」
ヒュウ―と教室が湧いた。
「勘違いしないの、みんな。三者面談の日程だからね。別に怒るわけじゃないから。期待しないの」
なーんだ、という声がこだましている。耳の内側からだ。また他人の脳細胞が、勝手にあたしの頭んなかで騒いでる。もういい加減にしてと、いくら叫んでも届かない。その代わり、あたしは大声で叫んでいた。その声で、あたしは泣いた。まったく意味もなく。それは心からの演技だった。
真冬の空は、まるで安物のバネ仕掛けのオモチャみたいで、出来損ない過ぎて気分が悪くなる。
いっそこのまま雪になって、そして積もって積もって、一切合切埋め尽くしてしまえばいいんだ。
そうすれば学校も、先生も、嫌なこともすべてなくなってしまう。あたしはそうして、カチンカチンに固まった雪の上を、真っ赤な長靴で歩いてやるんだ。たっぷりと脂のつまった体の校長の頭が、雪の下から出てくるのは、もう何万年も先の話…。
ああ、あたしは海で死にたいな。
それこそ誰もいない岩場の影で、テトラポットのように、さざ波を体に感じながら。ときには大きな波。潮は早く、もうそれこそ心が溶けるようなスピードで、あたしをどんどん駄目にしていく。残っているのはもちろん、赤い長靴だけ。あなたもそう思うでしょ?
「未来、ご飯食べちゃいなさい。いつまでもサッシ開けとかないでよ。寒くって仕方ないわ」
母は陽気なババアだ。年がら年中笑ったり怒ったり。よくまあそれで嫌にもならず、毎日充分楽しそうだからいいけどね。あたしはそっとサッシを閉める。脱いだサンダルは片方だけひっくり返った。どうしてそうなったのかは知らないけど。
「今日は仕事、遅くなるわ。冷蔵庫にカレーが入ってるから食べてて」
そうやってずぶずぶの声であたしに言う。父は死んだ。あたしが殺した。本当は癌で死んだんだけど、そういうことにしてある。この次は交通事故にしようと、いま秘かに思った。
「そういや三者面談っていつだったっけ?」
「明日」
「ごめん、仕事入れてた。先生にそう言って日にちずらしてって」
「ことわる」
「そんなこと言わないの。ねえ、志望校は恭明女子?あそこいいとこのお嬢さんが多いって」
「知らん」
「あんたのことでしょ?それよか行きたい高校とかあるの?」
「未定」
「またそんな…」
「ごちそうさま。先生は来週死ぬから、それまでには決めるわ」
「あんたなに言ってんのっ!」
はっはっは。まあどうでもいい。あたしなんて、どうなったっていい。それは世界が始まったって、世界が終わったって、あたしがいようがいまいが、なーんにも変わらない。あたしのために、世界があるわけじゃない。
雪はまだ、降らないようだ…。
前略
お元気ですか?ぼくはもう風邪も治って、いや、まだ治りきらなくて、それでもなんとか生きています。
この前君がくれた手紙は、大変興味深く読ませてもらいました。
近所の家のよく吠える犬にビッチと名前を勝手につけたこと。自分ちの表札にバカと書いて怒られたこと。コンビニの車止めに画びょうをたくさん貼りつけたこと。みんなどれもワクワクする話でした。
今朝、ライオンのかたちをした雲を見ました。それは空に一個だけ浮かんでいたんです。それを見ていたら、なんだか手紙が無性に書きたくなって、こうして筆、じゃなかったペンをとっています。
そうそう、ぼくはいつかきみに殺されるんでしたね。まだ顔も見ないで、声も聞かない君に。その日のために、ぼくはもっと勉強しようと思います。そうしてぼくは、君に殺されるのにふさわしい人間だということを、君に知ってもらえることができますね。
ああ、そうでした。もうすぐあの日です。ぼくはとても楽しみにしています。
さて、昨日うちの庭にイチジクを植えました。まだ小さい苗木でしたが、育つといいです。来年の夏には、きっと実がなる気がします。あ、でもきみに殺されちゃったら見れないかもしれません。
また手紙を書きます。そうそう、あの日には、ぜひともきみの街の声が、聞きたいです。
こちらはまた、雪のようにあれが降ってきました。それはそれは嫌な匂いです。ですから、今日はここまでにします。お元気で。ぼくの未来へ。
学校に来なよ 大きな首吊りの木
それはそれは大きくて なかなかいい枝ぶり
学校に来なよ 大きな首切りの台
それはそれは大きくて 音なく切れる鋼の刃
学校が近づくと、そんな歌が聞こえる。みんなそれを歌い、笑ってる。教室に入っちゃえば、あたしもそんな仲間に入って、一緒に歌うんだ。
歌わなくていいのはその場にいない者だけ。どんなにうらやましいことか。あたし歌は嫌いじゃないんだけど、その声その音その響きが嫌でたまらない。誰か音を殺してくれないかな。じゃなきゃあたしがそれをしなきゃならない。そんなのはつまらないこと。ようやく馴染んできた他人の脳みそに、なにかケチをつけられた感じ。
「未来さん、聞いてる?」
先生、聞こえません。聞こえてるけど聞こえません。
「どうしちゃったの未来?おい、しっかりしてよ」
つぐみは必死ね。そんなに答えたいのなら、あんたが答えればいいのよ?
「未来さん、あとで職員室に」
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なーんだ、という声がこだましている。耳の内側からだ。また他人の脳細胞が、勝手にあたしの頭んなかで騒いでる。もういい加減にしてと、いくら叫んでも届かない。その代わり、あたしは大声で叫んでいた。その声で、あたしは泣いた。まったく意味もなく。それは心からの演技だった。
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