任侠高校生 ~The ultimate appointment

さかなで/夏之ペンギン

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第一章 平和の国の高校生

あなたがいると迷惑なのよ!

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「おじょうさま」

家政婦のみゆきさんの声だった。

「起きてください。もうお時間ですよ。またそんな恰好で寝てしまったんですか?お勉強も大事ですけど、お体を休めないといけませんよ」

あたしはあたしの頭の中の、禍々しい記憶をなるべく思い出さないように数学の問題でいっぱいにした。うかつにも気を失って朝になっていたのだ。ああいやだいやだ。いったいなんなんだろう。

「みゆきさん、おはよう。うっかりしちゃったわ。お母さまは?」
「先ほど議員会館の方へ。今日から国会の予算審議で、お帰りにはなれないそうです」

母は国会議員で、議会が招集されるとほとんど家に帰らずホテルに缶詰めになる。重要審議ほど与野党のせめぎあいとなり、それは長期にわたる。

「お父さまが先ほどお電話を。お休みになられているとお伝えすると、またおかけになる、とおっしゃいました」
「何時に」

かけてきたの、と聞いたつもりだった。

「時間までは聞いておりません。が、いつものように夜ではないですか?」

やれやれ。いつもかけてくる夜九時って、ロサンゼルスじゃ朝の五時だ。東京とロスじゃ十六時間の時差がある。ロサンゼルスは東京よりそれだけ時間が遅れている。つまり十六時間過去ってことだ。不思議な気がした。まあ、ただ陽がさしてる時間が違うだけだから、べつにタイムマシンみたいなもんじゃないけど。

「そろそろお時間ですよ。お顔を洗ってください」
「はいはい」

みゆきさんが机にゼミのダイレクトメールの束を置いて行った。いろいろなところからだ。もう受験は始まっている。あたしは少しため息をついた。





 §8 おとうさん、おかあさん。あたし、不良になりました



学校へは最短コースが二つある。駅から、商店街を通るコースと、お寺と雑木林と公園があるコースだ。だが後者はあまり生徒は通らない。商店街コースよりさらに三分ほど近いにもかかわらずだ。

その三分は貴重だ。なにしろ家を出て忘れ物を取りに戻ってロスした時間をとりもどす者にとって…。

「あーやっちゃったー、まいったなー」

走りながらもそうぶつぶつとつぶやきながら、あたしはその最悪のコースを選択せざるを得なかったし。なぜそれが最悪のコースだと言われるか…。通る公園は普段でも人気のない場所にあり、つまり不良のたまり場として十分活用されているのである。ちなみに雑木林には、殺されて埋められた人がいるとか、自殺者がまだ発見されずどこかにぶら下がっているとかなんとか。もちろん噂だけれど…。

あー、やっぱりいた。タバコのにおいが遠くからでもした。仕方ない、ダッシュで駆け抜けよう!

不良たちは十五、六人いた。どいつもそれとわかる髪型や格好をしていた。うちの生徒も二人いた。制服で分かった。うしろ姿だったけど、どうやら男女だ。ああ、なんてことざんしょ。見られてはダメよ。いえ、たとえ見られちゃっても無視無視。

もうじき公園の端。雑木林の浅い濠が見える。行け、あたし!

「ぐえっ」

ああ変な声が聞こえた。うめき声のようなものもしているんじゃない?いや気にしない気にしない。そう考えていたら、雑木林から四人の不良っぽい男が飛び出てきた。まるで待ち構えてたようだ。

「あらら?なんか変なねーちゃんがきたぜ?」

不良のひとりがそう言ったが、あたしは構わず突っ切ろうと思った。

「待てよ、てめえもあいつらの仲間だろ?学校にチクりに行こうったってそうはさせねえよ」

はあ?何を言っている?仲間って何?考える暇もなく不良のひとりがあたしの手をつかんだ。大きくてごつくて、なにかぬるっとした感触だった。

「は、離してください!あたし関係ないですからっ!」

それは精いっぱいのあたしの声だ。ああしまった。なにやってんだ、あたし。今さらながら忘れ物したあたしをあたしは責めた。

「ざけんなよ!バックレようとしてんじゃねえっつーの」
「な、何のことですか!知りませんっ!」
「いいから来いよ」

ひ弱なあたしはその不良に引きずられていった。恐い怖い怖い!

「てめえらの仲間、捕まえちゃったー」

さっきの奴らだ。半分くらい倒れている?なんで?そう考えた瞬間、うちの制服を着た女の子がものすごく高く飛び上がった?と思ったら、近くの男を蹴り飛ばしていた。文字通りそれは、蹴り飛ばした、のだ。

「てめ、女のくせにっ!」
「ばーか」

聞き覚えある声だった。ああ、そうだ。安藤ちさとだった。

「ちさと、やりすぎじゃね?」
「知らん」

ああ、もうひとりもだ。ヤクザの王子さま、いや王子さまのカッコした王女さま…。星野竜児だった。

「何やってんだ、お前ら」

それはあたしが言いたかった。ほんとに、なにやってんでしょ。あたしがそう考えた瞬間に竜児は素早く動いていた。竜児の目が、ずっとあたしを捉えていた。すごい…人間ってあんなに速く動けるものなんだ。そして、恐ろしくも美しくも見えたその暴力…。まるで映画のワンシーンみたいに、スローモーションのように竜児の腕や足が動き、不良たちの体のどこかに吸い込まれていくのが見えた。

不良が思わずあたしの腕をつかんだみたいだ。ぎゅうっと、すごい力だ。

「痛いっ!」

そう叫んだ。その声は竜児とちさとに届いたようだ。ふたりはすごい勢いでこっちに走ってくる。不良はあたしを盾にしようとした。後ろからあたしを抱え込もうとしたのだ。あたしはとっさにそいつの手首をひねっていた。


  


手首をつかんでひねる。体重を腰に落とし込むようにして、そして体を返す。当然、相手は悲鳴をあげながら前転、抵抗すれば後頭部から落ちる。

「そこは思い切りよく、だ。相手はあかねちゃんに危害を加えようとしてくるんだ。躊躇してはいけないよ。さ、もう一回やってごらん」

ママのSPで警視庁から派遣された青木さんがそう言った。そうは言われても、人間を躊躇なく投げ飛ばしたりなんか、普通の女子高生にできるもんか。

「やらなきゃ守れない。お母さんもお父さんも、友人だって、そして君自身もね」
「でもあたし、そんな暴力、ごめんなさいだわ」
「きみがどう思おうと、人間の悪意はどこにでも存在する。それは時間も場所も関係なく、だ」

暴力って、そんなもんのそばに行かないもん。そのときはそう思った。でも、青木さんは真剣、というより本当にあたしのことを心配してくれていた。だからあたしも真剣にならざるを得なかった。

「そう。うまいね。でも気をつけてくれよ。これはただの護身術じゃない。古式柔術だ。遥か戦国時代に生まれた殺人術だからね」

どうしてただの女子高生にそんな恐ろしげなものを教えるんだ!

「きみが国会議員の娘でなけりゃ、世界有数の電子機器総合メーカーのCОEの娘じゃなけりゃ、こんなものは教えない。いいかい。君には価値がある。君が知らなくとも世界が知っている。君が望もうと望まざろうとそれは絶対的に存在する」
「そんな勝手な…」
「社会は勝手なんだよ。いまさらそんな議論は必要ないだろ?いま必要なのは、きみに危害を加えてくる悪しきものへの対処法だ。いいかい、わたしたちは万能じゃない。そして君はわれわれの警護の重要な対象ではない。本来はきみの母や父親が君に護衛をつけるべきなんだが、それはお二人もきみも望んでいない」

そうだ。四六時中誰かに見張られるなんて御免だ。それはママもパパも承知してくれている。それにあたしみたいな小娘に手を出してくるやつなんていないのよ?

「さあ、もう一度。君は道を歩いている。急に車が横付けされて、ドアが開かれる。君が最初にすることは?」
「え、と、飛び出してくるやつに肘を出す」
「そうだ。向こうはまさか君が踏み込んでくるとは思わない。棒立ちになるのを捕まえようとまず口を抑えにかかる。そして腰に手を回すだろう。その前に君の肘が相手の顔面にヒットする」
「出来なかったら?」
「そこでゲームオーバーだ」
「なにそれ」
「言ったろ?躊躇するなと。相手は非合法にきみを拉致や危害を加えようとする者だ。情け容赦はいらない。最悪、殺したってかまわない」
「そんな!」
「そういうつもりでやれってことさ。いまきみがそうしてけが人が出たりあるいはそれ以上のものが出たって、法に問われたり非難されたりすることは決してない。後始末は全部わたしたちがする。これがわたしたちが君にできる最大の援助、さ」

そんな援助いらないんだけど。っていうか、けが人以上ってなによ?

「でも何人も出て来て結局捕まっちゃったら?」
「それをこれから教えよう」

青木さんは懐から三十センチくらいの細い真っ黒な棒を取り出した。丈夫そうなスリングがついている。

「これはアメリカのシークレットサービスが開発したものだ。『ショックスティック』っていうんだ。外観は、ビデオカメラのマウントみたいに擬装してあるが、このボタンを押すと伸びる」

黒い棒から金属のフレームが伸びた。

「こいつでひっぱたくと、端子から電流が流れる。電圧は高いが電流は押さえてある。死ぬことはないが一時的に動けなくなる」
「スタンガンってやつですね?」
「そうだ。だが最近では防護服を着ているやつもいる。だからそういうときは先端を相手に突き刺す。五ミリほどの針が相手の防護服を突き抜け、肌に直接電気を流す」

恐い!

「ほんとうに死ぬことはないんですね?」
「もちろんだ。まあ、試したことはないし、開発はアメリカだ。なんたってあんなデカい人間を倒すんだから、実際どうなるかはわからんけどな」
「ヤバいんじゃないですか!」
「だから、後始末はわれわれでやるから、気にしなくていいと言ったろう」
「そういう問題か!」
「とりあえずこっちの護身用の特殊警棒で練習してみよう。電気は流れない。思いっきりわたしをひっぱたいてみたまえ」
「有無を言わさずなんですね」

あたしは渋々警棒をとった。

「ほんとうにこんなことしなくちゃならないんですか?」
「それがベストだと、われわれは判断した」
「われわれって、警視庁?」
「さあな。それを知る必要は君にはない」

なんかダークでかっこいいけど、あたしはもうそんなのにしっかりと組み込まれていることに恐ろしさを感じた。




ぎゃあっ!

不良はたまらず前転して転がった。転がる途中で嫌な音が肘から伝わってきた。

「え?」

竜児が驚いた顔をした。体の小さい女子高生が、大きな不良を投げ飛ばしたんだ。そりゃ驚くわ。

「こいつ!」

となりにいた仲間の不良が蹴りを入れてきた。緩く遅いまわし蹴りだった。青木さんの回し蹴りの方が鋭く早い。あたしはあれを必死になってかわした。

ぎゃあああああっ!

態勢を低くして相手の軸足の膝を蹴る。躊躇はしない。思いっきり、一瞬に力を込めて、だ。そうすれば、体重をかけなくても関節は簡単に破壊できる。相手の力と全体重がそこにかかっているからだ。

変な格好でそいつは前に倒れた。足が変な方に向いている。

「あちゃーっ」

ちさとさんがおかしな声をあげた。でも、それにひるんであとの不良たちはもう絡んでこなかった。

「こ、こいつらヤベええっ!」

そう言って残ったやつらは逃げ出していた。仲間を置いていくのはなぜなんだろう…。あたしはぼうっとそんなことを考えてしまっていた。

「おい、あかね!」
「は?」
「何やってんだ。学校遅れるぞ!」
「あ、ああああ」
「やあねえ、寝ぼけてんの、まだ」
「あのあのあの」
「しっかりしろ、あかね。まだ間に合う。あっはははははは」

竜児が楽しそうに笑って走った。

「なに笑ってんのよ!今ひどいこと起きたのに!」
「ごめん、悪気はない」
「あんた一体何やってんのよ!」
「いや、べつにお前に迷惑かけようと思ってたんじゃないけど」
「あんたがいること自体、迷惑なのよ!」
「そうなのか、あかね…」

そのとき竜児はすごい寂しそうな顔をした。あたしはすぐに、しまったと思った。

「こ、こういう場合よ。こんな不都合極まりない場所にいるのが迷惑と言ったのよ。まったくこいつら何なのよ。まったく迷惑よねっ」

竜児はあたしが誤魔化したってわかるかな?竜児はちょっとはにかんでいたかな?

「こいつらはぼくが目当てだったんだ。あかねには迷惑かけた」
「め、迷惑なんて思ってないから」

言ってることがあたしメチャクチャだ。見かねてちさとさんが横から割って入って来てくれた。

「あんた見直したわ。あれって武術よね?合気道?」

ちさとさんがそう走りながら聞いてきた。それは知られちゃいけないことなのだ。




「いいか、何度も言うが、これは殺人術だ。空手や柔道、ましてや合気道でもない。ルールなどない確実に相手の動きを止め、殺すことを主眼に発達した戦闘術だ。それを忘れるな」
「それってみだりに使うなってことですよね?」
「ちがう。使っても、たとえ誰かに見られてもその存在を知られるな、ということだ」
「え?どうやってですか?」
「見たやつを殺す」
「できるか、そんなこと!」
「じゃなきゃしらばっくれろ。適当にごまかせ」

そう言って青木さんは笑った。




「パパが教えてくれたの。合気道よ」
「へえ。なんかおかしいわね。とくに動きが…」
「ふん」

竜児は鼻で笑った。なんでだろう。でも三人は走りながら、お互いの距離がすごく近くなったと感じた。あ、そういえばあいつら…あの不良たち、あのままにしてていいのかな?

「ね、ねえ!」
「なんだ、あかね」
「あいつらあのままでいいの?病院とか連れて行かなくて」
「連れて行きたきゃそうしろよ。でも学校は遅刻するぞ。それにぼくの家に連絡するからすぐに後始末してくれるよ」

後始末って言葉がなぜか引っかかった。反社会勢力も国家権力も同じことを言うんだなって思った。




学校にはギリギリ間に合った。教室に入るなりミレイが心配そうに声をかけてきた。

「携帯でないから心配しちゃった」
「ごめん。ちょっと事故と言うか…」
「大丈夫なの?あかねちゃん」
「まあ大丈夫と言いますか、あはははは…」

大丈夫じゃなかった。それは放課後、わかった。



蜂を殺すな


田舎のおじいちゃんが昔そう言っていた。一匹殺せば仲間が来る。それこそ煙のように襲ってくる。

「下手をすると死んじゃうんだよ」
「でもあかね、刺されるの嫌」
「あかねは一匹の蜂も殺せないよ。でも、急に逃げたりしてもダメだ。追い払おうと手を振り払うなんてもっと駄目だ」
「じゃあどうすればいいの?」
「とにかく頭を何かで隠し、身を低くして建物を探す。車の下でもいい」
「それでも襲ってきたら?」
「そんときゃ叩き落せ。服にとまったときがチャンスだ」
「でも殺したら仲間が来るでしょ?」
「そうだな。そんときは、みんな殺しちゃうんだな。それが一番いいことなんだぞ、人間にとってはね。でも自然にとっては一番いけないことなんだ。それをわかっているなら、みだりに近づかない。でもそれが不可能なときもある。そのときは迷わないことだ。なぜなら、この世で自分が一番大事だからだ」

あたしはそのとき泣いたと記憶している。でももう泣くわけにはいかなかった。

校門に、おそらくここ一帯の不良が集まっていた。制服を着ているやついないやつ、何人いるのか見当がつかなかった。まあ、あんなに来ているんなら、警察が来る。誰かきっと呼ぶに決まっている。

「星野竜児くん」

担任の横に教頭と理事長…顔は何度か見たことがある…が立っていた。その理事長が、困ったような顔をして言った。

「まことに申し訳ないが、校門の外にいる連中と話をつけてくれないか?学校は巻き込まんでくれと、君のおじいさんとの約束なんだが、われわれ学校やまして警察が介入するようなことになったら、世間的にも学校が非難される。わかってくれるね?」
「わかります。ぼくがやります。学校にはけっして迷惑はかけません」
「すまない。これが君のことを引き受ける条件なのだ」
「はい」
「おい、竜児」

担任の堂島ゆたかが竜児に声をかけた。すっごく心配そうだ。

「俺も行く。生徒一人に行かせられるわけねーじゃねえか」

先生かっこいい。見直した!

「お断りします、先生。これはぼくの問題です。それに先生や学校を巻き込んだら、ぼくはこの学校にいられなくなります。せっかく友だちができたのに」

そう言って竜児はあたしとミレイを見た。

「そうそう、先生たちは引っこんでいてね」
「安藤?なんでお前が」

堂島先生のわきを通って安藤ちさとがあたしたちの前に来た。あたしたちに目配せすると、竜児の腕をとった。

「そういうわけで、ちょっといってきますね」
「待て、安藤。なんでお前まで」
「あら?あたし竜ちゃんの彼女なんですよ?一緒に行くのって当り前じゃないですか」

誰が彼女か!お前男だろ!

「彼女やめろよ。誤解されるだろ」
「え、だってー」

いやいろんな意味でおかしいから、それやめろ。

「とにかくあたしと竜ちゃんが行きまーす。じゃあね」

ちさとが竜児を引っ張って行く。これでいいの?これで…。竜児はあたしたちを友だちって言ってくれた。恐いし、迷惑だけど、でも友だちって言ってくれた。それなのに、あたしはただ怯えてて…それでいいの?ああめんどくさい!なんでこんなことに?なんでこんなことに巻き込まれたんだ!何やってんだ、あたし!


この世で自分が一番大事だ


そしてその次が友だち、だよね、おじいちゃん…。

「待って、あたしも行くわ」
「はあ?何言ってんだ、あかね。おまえは関係ないだろ」

竜児は目の色を変えていた。うろたえた態度がちょっと面白かった。

「見たとこ、朝の不良たちもいるようだし、まるっきり関係ないわけじゃないわ」
「それにしたっておまえはただの女子高生なんだぞ。ぼくみたいに…」
「ぼくみたいに何なの?」
「あ、いや…」

竜児は黙ってしまった。

「いいじゃない。一緒に行けば。朝のこの子見てればわかるわ。足手まといにはならないと思うわ」

ちさとさんがそう言った。なんか認められたようでうれしかった。

「勝手にしろ」

そういって竜児は教室を出て行く。あたしもついて行こうとして手をつかまれた。

「ミレイ?」
「あたしも行く」
「はあ?なにバカなこと言ってんの?相手は不良よ?何人もいるのよ?鉄パイプとかバットとか女の子にフルスイングしてくるやつらよ?」

そうあたしが言ったのを聞いていたクラスメイトは全員震え上がっていた。担任の堂島先生は青くなった。

「大丈夫よ。あたし小学校まで剣道やってたから」
「バカ!そんなもん通用するわけないじゃん!」
「やってみなきゃわかんないよ」

わかりすぎるっちゅーのっ!ボコボコにされるのがオチよ。

「ねえ、行くの、行かないの?」

ちさとさんが教室のドアのところで覗きこむようにそう言った。

「行きます。離して、ミレイ」
「いーやーよー」

そう言ってミレイもついてきた。もうこうなったらしょうがない。ミレイを守れるかはわからない。でもできるだけやらないと。そしてこの先、この子やあたしたちに因縁が降りかからないように。


蜂はみんな殺す


これでいいのよね、おじいちゃん?



「あんたこれ持ってなさい」
「なにこれ」

ミレイはあたしから渡された特殊スタン警棒『ショックスティック』をしげしげと見た。

「『お仕置きくん』っていうの。そこのボタン押すと伸びるわ。ひっぱたくと電撃よ。自分に当てないでね。感電するわ」
「なんでこんなもん持ってるの?」
「国家権力からのプレゼントよ」
「はあ?」

『お仕置きくん』は二本ある。充電式で、電気がなくなったときのためだ。青木さん、えぐいわ。でもナイスセンスね。

それでもミレイはそれを片手で振った。なにか振ったスピードが普通じゃなかった。あれ?この子意外に…。それが事実になったのはあとのことだ。




これまた映画のロケみたいにあつらえたようなシチュエーションだ。こんな廃工場、都内のどこにあるって言うんだ。

「驚いちゃったか?ここは俺の親父の工場だったところだ。去年、倒産しちまってそのままさ。以来、ここで生意気なガキをしめたり、エッチなこともさんざんやらかせるってえところさ」

不良の親分みたいな、がたいのすっごいやつがそう言った。不良はおよそ五十人。えらいところに来ちゃった。

「おいおい、なんだ、こんなやつらにおまえら全員かよ?バカじゃねえのか」

酷いだみ声のおっさんが数人来た。見るからにヤクザっていう感じだ。

「おまえ、飯塚組のやつだな。下田組を傘下に収めている」

竜児がハッキリとそう言った。なによ、これってもうヤクザの抗争ってわけ?んなアホな!

「これは初めまして、かな、竜児くん。うわさは聞いてるよ。北日本でのことも、関西のこともね。でもここは関東だ。君の好きにはさせないってこった」
「うわさ?なら知っているだろう。こんな人数じゃあどうにもならないってこと」
「うわさはとにかく尾ひれがつくもんだ。たかが高校生ひとりに、何千人ものヤクザがやられるってことはあり得ない。おおかたおまえの組が手を貸したんだろう?いまお前の組を見張らしてんだよ。あいにく誰も動いちゃいない。あの安藤だって一歩もお屋敷から出ていないんだ。この状況でお前が何ができる?さあ、恐くなっちゃったか?恐くなって声も出せねえか?」

ヤクザは汚い声で笑った。いやいや、もしこいつの言うことが正しければ、あたしたちもうどうにもならないんですけれどもっ!

「うちは関係ないんだけどなあ」
「ハッタリはよせ!ガキが」
「いいからかかっておいでよ。午後は学生の貴重な時間なんだぜ。図書館とか行かなくちゃならないし」

ぷっ、とちさとさんが吹いた。ぜんぜんこの人数を気にしてない。むしろなめている。

「てめえ!」

飛び掛かってきたのは一番若そうなチンピラだった。たぶん顎の骨が砕けたと思う。ちさとさんの凄い蹴りだった。

「だから、手加減しろって…」
「足だもん、手、加減はムーリー」
「言ってろ」

それからの竜児はまるで鬼神の動きだった。誰よりも素早く、誰よりも強かった。そして洗練された攻撃は見たことのないものだった。いや、なにか見たことがある。型は違うが、あの動きは見たことがある。あれは…。

「きゃあ!」
「あっ、ミレイ!」

遅かった。竜児に気をとられていた。ミレイがチンピラ数人に囲まれていた。しかしわたしの前にもごっついやつが。殴られる、あたしはそう思った。そう思ったら青木さんの顔が頭に浮かんで、そして体が動いていた。自然に、それはスローモーション見てるみたいに…。


そのときあたしは、あたしじゃなくなった






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