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治承5年(1181年)

3月の評定と墨俣川の戦い

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  月が変わり3月になりました。

 雪も溶け始め、私は遠江から松本へ戻ります。

 大姫のために水鳥の羽毛を入れた麻の半纏を作って持っていきます。

 更に羊から取った羊毛の毛糸で手袋と帽子を作ったのです。

 ふふふ、これで大姫も私にきっとなついてくれるはず。

 私は意気揚々と屋敷の門を叩いたのでした。

「小百合、只今戻りましたよ」

「おや、おかえりなさいませ、巴様」

 出迎えた小百合とともに大姫も出迎えてくれました。

「おばしゃん、おかえりなさい」

 ああ、大姫が怖がらずに迎えてくれましたよ。

 やっぱり私のせいじゃない感じゃないですか?

 きっと崇徳上皇が怖かったんですね。

「大姫ありがとね」

 私はニコニコしながら屋敷に上がりました。

 その様子を見て小百合が私に言いました。

「前回、こちらにいらっしゃったとき
 巴様がひどく落ち込んでいらっしゃったのであの方は決してこわい方ではないと、大姫に教え込んで置いた甲斐があったようですね」

「えええ?」

 私の言葉に男性の声が続きました。

『解せぬ』

 なんかそんな声が聞こえた気がしますがきっと気の所為です。

「大姫が寒くないようにおばちゃんいいもの持ってきたよ」

「いいもにょ?」

 なんか大姫が嬉しそうで私も嬉しいです。

「ええ、これです」

 私は麻の袋を組合わせたような作りの羽毛の半纏を、大姫に着せてあげました。

 更に手袋と帽子をかぶせてあげたのです。

「また変なものをお作りになったようですが……」

 小百合は呆れ顔でしたが大姫はニコニコしています。

「おばしゃん……おててあったかいよ、ありがと」

 くぅう、苦労したかいがありました。

 今までの苦労も全てこの子の笑顔で報われた気がします。

「巴様、今日来られたのはこのためでございますか?

「ええ、大姫に喜んでもらいたくて頑張ったんですよ」

「はあ、義仲様のところへは向かわれないのですか?」

 小百合が私に聞いてきました。

「いえ、当然向かいますよ。
 そろそろ越後も動き出すでしょうからね」

 私は大姫の頭を軽くなでたあと

「では義仲様のところへいってきますね。
 小百合、引き続きよろしくお願いします」

 小百合は私に頭を下げ

「かしこまりました、巴様もお体にお気をつけください」

「おばしゃん、またね」

 大姫が小さな手をふって、私を見送ってくれました。

 小さな子供のいる生活とは良いものですね。

「やはり、大姫のためにも早く平和な世の中にしなくてはいけませんね」

 そして私は私は依田城に向かったです。

 さて、西は平氏、越後は城氏、陸奥・出羽は奥州藤原氏と、我々は三方を敵対勢力に囲まれたかもしれない状況にあります。

 私たちは依田城にて次なる行動を評定していました。

 まず上座に構えた義仲様が周りに聞きました。

「さて、そろそろ春になって軍も動かせる状況になってきた。
 次はどのように動くべきか聞こう」

 それに対し兼平兄上がまず口を開きました。

「越後の城はすでに兵・兵糧を集めはじめ、道が固まればせめてくる構えであるようです。
 我々は先手を打ってこれを討つべきかと」

「ふむ……」

 それに対して兼光兄上が言いました。

「しかし、越後に攻め込むには我々はあまり地理に詳しくない。
 越中や加賀であれば協力者も見つかろうが、越後平氏は代々越後へ住んでおるゆえ協力者を探すのもむずかいいと思われます。
 ここは無理せずまずは相手の動きを見たほうがよろしいかと」

 義仲様は我が兄兼光の言葉にうなずきました。

「ふむ、そうであるな。
 こちらに対しては道のぬかるみなどが消えるまで様子を見るとしよう。
 では陸奥の奥州藤原氏はいかに対処するか?」

 それについては私が口を開きました。

「奥州の藤原秀衡は武家というより商いの才に長けたものと聞きます。
 陸奥より兵を率いて関東を得ようとするよりも京都までへの交易路の安全をを確保し、優遇すれば
 敵対はしないかと思われます」

 義仲様は私に言葉に頷きました。

「ふむ、城太郎資永とは違うというのだな」

 私は言葉を続けます。

「はい、陸奥は黄金、馬、そして農作物の豊富な地域であります。
 それに比べれば常陸などは貧しい場所、古来より陸奥は中央朝廷などからも目が届きにくい場所であります。
 また、我々木曽と平家がぶつかり合って消耗しあい一番得をするのは陸奥でございましょう」

 義仲様は頷きました。

「ならば陸奥の秀衡は動かぬか?」

 私もうなずき返します。

「おそらくはそうかと思われます。
 使者を送り確かめるに越したことはないかと思われますし念のため兵はおいておくべきではあると思いますが」

 私の言葉に義仲様は立ち上がり一同に聞こえるように言いました。

「うむ、では、奥州藤原氏への使者の件は巴に任せるゆえ、結果を報告せよ。
 三河・遠江の者は平家の進軍に備えよ」

「は、かしこまりました」

 そして義仲様は言いました。

「では皆、いつでも兵を動かせるように準備を進めよ、解散」

「はっ」

 一方3月のはじめ、平宗盛は平重衡を将とする追悼軍を東国へ派遣し尾張の反乱軍を討つべく出立しました。

 この頃尾張を掌握していたのは源行家の軍勢で、彼は墨俣川(今の長良川)の東岸に陣を敷き待ちかまえたのです。

 行家は私達木曽の下につくのを良しとせず、我々と距離を置いた独自の勢力となることを企図しておりました。

 源氏と平氏の両軍は、墨俣川を挟んで平家1300余騎、源氏500余騎で対峙しました。

 富士川にて平氏における兵糧の少なさを知っていた、行家軍はお互いに離れた場所で人間大の楯を並べその陰に隠れながらお互い矢を射かけあう「楯突戦」で時間を稼ぎ平家の軍が兵糧不足で撤退することを考えていたようですが、平氏軍は川を渡って強襲、数でまさる平氏は行家を打ち破り、行家軍は大敗しました。

 この時、行家の軍に加わっていた、源重光、源頼元、頼康といった源氏一門の諸将が戦死し、行家の次男行頼も敵軍の捕虜となっているます。

 行家勢はその後、熱田に篭ったがそこも打ち破られて三河の矢作川まで撤退ました。

 平氏軍は、信濃から木曽の大軍が来るという噂が流れたため、平氏はそれ以上進撃せずに京に撤退したのでした。

 合戦の結果は行家率いる源氏軍の大敗北であり、補給線が短く食料が行き渡っていたこと、行家が戦下手だったこと、尾張が低湿地が多くを背後にして戦ったため機敏な退却ができなかったことなどが損害を多くした原因と考えられます。

 私は落ち延びた行家が木曽を頼ってくるであろうことと、その時にどのように対応すべきか義仲様と話をいたしました。

 そして3月も終わりに近づいた頃、落ち延びて来た行家は信濃にやってきたのです。

 義仲様は信濃へ落ち伸びてきた行家を城へ入れました。

 行家に従っている手勢はごくわずかで、見るも無残な状態でした。

「これは叔父上よく生きてこられました」

「うむ、墨俣にて平家の大軍を押しとどめるべく、迎え撃ったが破れこのとおりよ。
 そこで、ともに戦うためにも、この儂に所領の一つも分けてはくれぬか?」

 義仲様は厳しい表情で答えました。

「申し訳ございませぬがそれは出来ぬ相談でございますぞ、叔父上。
 戦いに敗れ所領であったものを平家に奪われたものに土地を与えては今まで我らに従って戦ってきたものたちは我らの命がけの行為はなんであったのかと言ってきましょう」

 行家は驚いたようにいいました。

「なんと儂は寡兵なりとも奮戦し平家軍を京へ追い返したのだぞ?
 その儂に対しての仕打ちがこれか」

 義仲様は頷きました。

「もしも叔父上が逆の立場で俺とともに必死に戦って戦に勝ってやっと手に入れた所領を召し上げられたらどう思われるか」

 行家は鼻白んだように言いました。

「たしかにそれは面白くはないのう」

「で、あれば叔父上に所領を与えることはできないが、俺は叔父上にしかできないことをやっていただきたいと思っている」

「儂にしかできないことじゃと?」

「ええ、叔父上には寺社や貴族との折衝を行なっていただきたいのだ。
 無論相応の活動資金や報酬は出しまする」

「ふむ、儂に坊主や貴族共との交渉役を行なえというか」

「ああ、熊野の新宮育ちの叔父上は寺社や貴族などの作法などに詳しいし、信濃でそういったことが得意な人間はあまりいないのでな。
 清盛すらうまく立ち回れなかったことだが叔父上ならできると思うのだが」

「ふん、清盛を引き合いに出してくるとはな。
 そして剣ではなく口での戦いを儂に求めるか……。
 ならば、せめて根城となる館ぐらいは用意してもらおうか」

「それは無論。
 必要であれば人もつけまする」

「ふむ、では、しばらくはそうさせてもらおうかのう」

「では、空いております屋敷に案内いたしましょう」

 こうして私たちは行家を木曽の交渉人として迎え入れたのです。

 もちろん、彼の屋敷の下人は草であり、彼を監視することは怠りません。

 不満分子を扇動でもされると面倒ですからね。

 そう言った素振りを見せた場合は即刻誅殺いたしましょう。
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