木曽義仲の覇業・私巴は只の側女です。

水源

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承安3年(1173年)

八条院と薬院と浴場

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 八条院屋敷の西の対屋で私達が談笑をしていた所、八条院が女官や侍に伴われてやってまいりました。

 私たちは床に平伏致します。

「まさか、女院御自らこのような場所へお越しとは……」

 八条院は扇で口元を隠しながら私に言葉に答えたのです。

「あ、ええんどすえ、あてもいいかげん退屈な毎日にうんざりやったし、猶子の以仁王の妻もあんたはんの父上の父上の妻も藤原敦兼の娘だったはずどすしな」

 私は平伏したまま答えました。

「は、斯様なことをご存知とはありがたき次第にございます」

「それにあんたはんに憑いている、お方はなにやら面白いお方のようどすしな」

 私についているというと貴狐天皇でありましょうが、まさか見えるのでしょうか?

「あー、あてにははっきりみえるわけであらへんよ?
 まあ、何やらただ事ではない気配の持ち主ではあるようどすな」

「は、この方は信濃は戸隠の権現様でございます」

「そうどすか」

 女院は口元を隠しながら上品にホホと笑いました。 

 そして老いた侍が前に出てきていったのです。

「信濃権守木曽中三の娘 巴 面をあげよ」

「はっ」

 私はそう答えつつそのまま頭あげずに居ました。

「面をあげよ」

「はっ」

 2度めの指示で私は頭をあげます。

 老いた侍は私を眺めていったのです。

「ふむ、そなたが駒王丸……いや今は木曽次郎義仲であったか……の側女ともうすものか」

「はい、左様でございます」

「うむ、儂は源頼政じゃ、してこちらが」

 と50前後の男性と30前後の男性を示し

「儂の息子の仲綱、と猶子の仲家だ」

 紹介された男性の顔を見てみると若い方はたしかに義仲様に似ているように思います」

「ふむ、気づかれたようじゃが仲家はそなたの主人である義仲の兄じゃよ」

「ご紹介いただきありがとうございます。
 私は信濃権守中原中三兼遠が娘にて木曽次郎六位蔵人義仲が便女、巴と申します」

「うむ、源仲綱じゃ」

「仲家でござる、よろしくな、巴殿」

 摂津源氏の棟梁である頼政は清和源氏の嫡流であります。

 清和源氏の嫡流は頼朝であると考えられがちですが、実のところ祖を辿ると清和源氏は、平将門の乱で逃げた源経基の子の源満仲の三人の息子であり、嫡男の酒呑童子討伐で有名な源頼光は摂津を継ぎ、次男の源頼親は大和源氏、三男の源頼信は河内源氏の祖となったのです。

 頼政は美福門院に近い立場におり保元元年(1156年)に保元の乱が起こると、頼政は美福門院が支持する天皇方に与し勝者の側となったのです。

 しかしこの時に、河内源氏は源為義とその長男・義朝が分裂、上皇方についた為義とその子供の多くが処刑されました。

 平治元年(1159年)に平治の乱が発生すると、頼政は美福門院が支持する二条天皇への支援という名目で、頼政はこの信頼中心のクーデターに参加したのですが、実権を握った信頼派と協力のみの天皇親政派はすぐに反目し、天皇親政派は二条天皇を内裏から脱出させて六波羅の清盛陣営へ迎えてしまったのです。

 この結果、二条天皇や美福門院に近い立場にある頼政は信頼に従う意味を失うこととなりました。

 最終的に清盛と義朝の決戦が行われたとき、頼政は最終的には二条天皇を擁する清盛に味方しました。

 その一方で信頼と最後まで行動をともにした義朝は敗死して河内源氏は没落することになります。

 私たちはしばらく雑談に興じておりました。

「して、巴御前、京にはしばらく逗留されるつもりかな?」

 頼政殿の問に私は答えます。

「はい、しばらくの間は京にとどまって見聞を広めようかとおもっております」

 そこへ八条院が口を開きました。

「何やら楽しいことを考えておるんどしたら、あても力を貸しますえ?」

「女院の申し出、実にありがたき次第にございます。
 しからば、私に病に苦しむ京の民衆の救済の手伝いをさせていただけばありがたきし次第にございます」

「病どすか……?」

「はい、私には信濃の戸隠修験者より教わった薬草知識がございます。
 それを活かし薬院を開かせて頂く許可を得られれば幸いにございます。
 また、中原は丹波忠康らの推挙で左衛門医師となり典薬少允てんやくしょうじょうにすすんだ中原有言 なかはらのありときや悪左府藤原頼長殿の侍医であった中原友光なかはらともみつのように典薬とも関わりの深い家系でもございます 」

「ふむ、それを行うことであてに何か得られるものがあるんどすか?」

「薬院がうまく行って良い評判を得られたときに、八条院の名は慈悲深き人君として讃えられましょう」

「なるほどなるほど、わかりましたえ。
 薬院の許可をあての名前でだしておきますえ」

「は、ありがたきこと恐悦至極にございます」

 そしてしばらく雑談を続けた後に私たちは御所を退出致しました。

 そしていくつか準備をします。

 むしつまり寄生虫に対してはセンダンの樹皮を煎じたものが有効です。

 おこり(マラリア)にはクソニンジンが有効なはずですね。

 病気の多くは衛生の問題以前に栄養不足が原因の場合が多いので、米粥や麦粥などを準備するのも必要でしょう。

 疥癬かいせんなどのダニやノミなどが原因の皮膚病に対しては風呂に入って身体を洗うのが一番です。

「となると湯殿を作るのが一番ですね」

 私は小川のそばに小屋を作らせ、檜で大きめの浴槽を組ませました。

 水は竜骨車(アルキメデススクリュー)を用いて川より汲み上げ、お湯の調達は中をくり抜いた長い竹を木タールで外側を黒く塗装して小屋の脇に太陽によく当たる方向に並べ、その中に水を入れて太陽の熱で温めます。

 もっともこれだけでは加熱が不十分なので薪を燃料とした青銅による風呂釜も備え付けます。

 手技や針灸、蛭食ひるがい(蛭による悪血の吸出し)、吸玉などの治療が可能なような治療用寝台もつくって設置します。

 食事ができるような長椅子と長机もしつらえておきましょう。

  さらには八条位の許可を得て、屋敷の蔵の中にある薬効のあるものを選別し必要な場合持ち出しに許可をいただきました。

「さすが、全国に多くの荘園をお持ちの皇族の方の蔵ともなると凄いものですね」

 ま、死蔵していても意味がないのでありがたく使わせて頂きましょう。

 やがて、準備ができ薬院を開く日が来ました。

 辰の刻(朝の8時頃)から竜骨車を廻して川の水を檜の湯船に汲み入れ、竹の太陽温水器の栓を抜いて、水を満たすと、栓をして竹の中の水を太陽光で温めます。

 そして未の刻(昼の2時頃)には湯船の中の水はぬるま湯となりましたので風呂釜で湯を沸かして適温になるようにお湯の温度を調整しました。

 大きな米がまに麦と米を混ぜた粥を作りそこに河原で摘んだ蓬と梅干しを混ぜ、川に網を投げ鮎を捕らえて日で炙って塩焼きにし食べ物を用意しました。

 更に熊笹やびわの葉などを粉末にして湯に溶かし茶とします。

 そして”薬院”と書かれたものと薬師如来の絵を書いたのぼりを立てて、人が来るのを待ちます。

 しかしなかなか人はやってきません。

 やはり京の都ではよそ者が何やらしていると知ってもそうそう近づいてこないものでしょうか。

 そんな事を考えていたら旅の僧らしきものが、こちらへやってまいりました。

「私は旅の僧でございます、よろしければ食べるものを恵んで頂けませぬか?」

 おお、一人目のお客様です。

「はい、どうぞこちらへ。」

 長椅子に旅の僧を案内しすこし冷ました粥と鮎の塩焼きを出すと、彼はボソリと

「南無阿弥陀仏」

 と念仏をつぶやいた後それを口にしました。

「ふむ、なかなか良く考えておられるようだ」

 彼は上品に木製の匙で粥をすすり、満足そうに鮎を食べております。

 そして、左手の小屋を見た後私に聞いてきました。

「して、あちらの小屋はなんで有りますかな?」

「あちらは身体を湯にて洗い清めるための湯屋でございます」

「ほう……聖武天皇の御世の光明皇后様は仏に誓いて大願を起し、一所の浴室を建て、千人に浴を施し、自らその垢を流して功徳を積まんとされました。
 そして、九百九十九人を経て、千人目に至りときに、全身疥癩を以て臭気近づき難きものが、口を以てその膿汁を吸い取ることを乞うが、皇后意を決してこれをなしとげ終りし時、その者ただちに全身に大光明を放ち、自ら阿閦如来なるを告げて昇天し去りしと伝わりますな。
 して、こちらを建立されたのはどちらのお方でしょうか?」

 僧の問いかけに私は笑顔で答えます。

「私は信濃権守木曽中三兼遠が娘にて木曽次郎六位蔵人義仲の便女の巴と申します。
 そして財の供与等の便宜を図ってくださったのは八条院様でございます」

 彼は感じ入ったように顔を輝かせました。

「うむ、民衆救済こそが本来仏道のあるべき姿であります、まこと素晴らしい。
 八条院様は光明皇后様の生まれ変わりやもしれませぬ」

 この方はもしかすると高名な僧なのでしょうか?

 私は小首をかしげて聞きました。

「ところであなたは?」

「うむ、拙僧は法然房源空と申します」

 そう言って彼はカラカラと笑いました。

「今の叡山の有り様には疑問があったのですが、あなたの姿を見て私が取るべき道がみえましたぞ。
 こうしてはおられぬ、馳走かたじけない」

 そういって、彼はすぐさま立ち去っていってしまいました。

「うーん、せっかくならもう少しお話できればよかったのですが……」

 さて、彼が立ち去るのと入れ違いに人がぽつぽつとやってきました。

 私は食事が喉を通るものには粥を勧め、病状に応じて薬湯を煎じて飲ませたり、風呂に入れて垢を落としたり、鍼灸などの施術をして対処を行いました。

 そして日が傾くとともに幟を下げて、風呂釜の火を消し、風呂の水を抜いて、薬院を閉めました。

 川の水でみな手を洗い、帰途につきます

「もう、くたくたですよ……」

 私たちは矢田義清殿の館に戻って湯浴みを行いその日は早めに床についたのです。
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