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承安元年(1171年)

貴狐天王との出会い

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 さてさて、私が足腰の鍛錬と弓の訓練を兼ねて山に狩に出かけたときの事です。

 山の中ほどで大きく美しい白い狐を見かけた私はそれを今日の獲物と見定め弓に矢をつがえ矢を放とうとしたのです…が。

 その狐の上に座る女性が見えたとたん私の体が金縛りにあったように動かなくなりました。

「ほう、娘、汝にはわらわが見えるのか?」

 私は動かぬ体を必死になって首を縦に動かすとその女性は言葉を続けました。

「妾は貴狐天皇、かつては妲己やダキニと呼ばれておったものじゃ。」

 たしか貴狐天皇とは荼枳尼天、イズナ権現や稲荷と同じ存在のインドの女夜叉でカーリー女神の眷属でカーリーに付き従って屍林つまり墓場をさまよい、敵を殺し、その血肉を食らう存在でした。

 後に大日如来が化身した大黒天は荼枳尼を降伏し仏道に帰依させ、そして「キリカク」という真言マントラと印を荼枳尼に授けたとされますね。

 自由自在の通力を有し、6ヶ月前に人の死を知り、死ぬまではその人を加護し、死の直後に心臓をとってこれを食べるといわれ、人間の心臓には生命力の源があり、それが荼枳尼の呪力の元となっているとされています。
 イズナ法、ダキニ法、真言密教立川流などで信仰対象とされている天部つまりはインドの神様で元々は農業神・豊穣神・大地母神だったのですが多産を意味することからさらに性や愛欲を司る神とされ、さらには生きた人間の心臓を食らう夜叉神とされさらに富や栄華をつかさどる神になりました。

 彼女の2対4本の腕にはすべてを打ち倒す剣、未来を見通す宝珠、大地一帯に実りをもたらす稲束、それをかり取る鎌があるのです。

 そして死者を食らうダキニは眷属としてジャッカルを従えているとインドでは考えられていましたが、中国や日本に伝わった時、インドに居たジャッカルが居ない為に死肉を食べることがあり姿形が似ている狐が眷属とされたのです。

 そしてこの世の栄華を極めた平清盛も若いころに貴狐天皇とであったことによって、今の栄華を手に入れたという説があるのですが……。

「うむ、そのとおり、清盛に繁栄の加護を与えたのは妾じゃ。
 しかし、あの男は妾への信仰を忘れ、市寸島比売命いちきしまひめへ乗り換えおった。
 絶対に絶対に許さん、絶対に許さんぞ」

 ああ、もう、神様だからといって心を読むのはやめていただきたいです。

「汝(なれ)が望むのであれば妾が加護の力をくれてやろう。
 その力とはどんな敵をも打ち倒す武力の加護、半年先までの未来を予見する瞳の加護
 いかなる状況でも稲穂を無事実らす豊作の加護、手に持った穀物を無数に増やす加護じゃ。
 ただし条件がある。
 ひとつは妾に対しての一生の信仰を保持すること。
 もう一つは一度加護の力を使うごとに 心臓をひとつ妾にささげること。
 まあ、心臓が無理なら鶏卵ひとつでもよいがのう。」

 なんだか悪魔との取引のような気がしないでもありませんが、決して悪い話ではありません。

「わかりました、どうか私に加護をおあたえください。」

 貴狐天皇はくくっと笑い

「妾の力を使いたい場合はノウマク サンマンダ ボダナン キリカク ソワカと唱え
 左掌を伸ばし口を覆い、舌を以て掌に触れ、願いを念じよ。
 じゃが妾の加護も万能ではない。
 降三世明王や大暗黒天の加護があるものには通じぬ。
 ゆめゆめ忘れぬことじゃ。」

 そういって女神は姿を消しました。

 私はあとに残された白狐を引き連れて鹿を狩ると、その場で締めたあと屋敷に戻ったのでした。

 そして翌朝

「昨日のことは夢だったりしませんよね」

 私が屋敷の庭先を見ると美しい姿の白狐は間違いなく居ました。

「うむむ、やはり夢ではありませんでしたか」

 私は貴狐天皇への供え物として鶏卵を一つ手にして白狐のもとへ歩んでゆきます。

「うむ、朝一番の鶏卵を捧げ物として持ってくるとは、なかなか関心じゃな」

「急に姿を見せるのは心臓に悪いのでやめていただけないでしょうか」

「うむ、無理じゃな」

 まあ、そんなところでしょう。

そして私の顔を見て、彼女は言います。

「なるほどのう、そういうことじゃったか」

「一体どういうことですか?」

「汝の魂には闇があるのでな、妾やあの魔王に親しいものじゃよ」

「そうですか……」

「まあ、そう珍しいことでもない、あまり考え込まぬことじゃよ」

「はい……」

 しかし、信濃のイズナ権現や平安京の伏見稲荷は日本の屍林として意図的に構築されたという話もあります、平安京が死屍累々の地獄であるのは、意図して作られたものでしょうね。

 そして稲荷神社や平安京を作ったのは渡来系民族である秦氏の一族です、そこに尸林の神様であるダキニ=稲荷が入り込んできたのはもちろんただの偶然ではないのでしょう。

「一体私の先祖は何を考えていたのでしょうね……」

 まあ、考えてもわかるものではありませんが。
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