転生ニートは迷宮王

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第7.5章

194 強欲

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***第7.5章は誠視点です。***



 どこをどうやって歩いてシレンシアまで帰ったのか、記憶がない。
 帰り道は皆無言だった。あのシエルでさえも。
 城までたどり着いたのは夜だったけど、翌日すぐに謁見の予定が組まれた。
 
「よくぞ帰った。して、魔王は?」
 
 僕らの雰囲気で上手くいかなかったことは伝わってそうだったけど、とりあえず一部始終を伝えた。龍牙が魔王からの書状も渡す。 
 
「……まずはすまなかった。」 
 
 僕らを騙していた件について、意外にも王はあっさりと謝罪した。
 
「本来ならば出発の際に説明すべきだったのは確かだ。しかし伝承によれば魔王がこちらを滅ぼしにかかるというのもまた確か。分かってくれるな」 
 
 そう言われると僕らも頷かざるを得ない。ここの人たちがその伝承を重んじてるのは分かってるし、現に息子の方はかなり凶悪だった。
 だからといって納得はできない。僕らはそれで危険な目に逢ったし、エリッツさんは……
 
「じゃあ、姉さ……エリッツさんも騙してたってことですか」
「エリッツは仕方がなかった。復讐を望んだのは彼女自身だ」
「でも真実を伝えていれば死ぬことはなかった。そうですよね?」
 
 龍牙が語気を強めた。珍しく怒ってる。
 でも僕も同じ気持ちだ。エリッツさんも真実を知っていたなら、あの場で死ぬことはなかったかもしれない。  
 
「否定はせぬ。しかし魔王に対し深い恨みを持つ騎士が必要だったのだ。一人足らぬ勇者の代わりにも……」 
「言い訳はいいです。もう俺たちは勝手にやる。行こう、誠」 
「待て、待ってくれ! この通りだ」 
「陛下!」 
 
 王が頭を下げていた。勇者とはいえどこの馬の骨ともしれない若造に、一国の王が。
 
「私はこの国の民を守りたい。全てその思いによるものだ。今一度力を貸してはくれぬか」 
 
 別に力を貸す義理もない、ような気もする。そこまで長くお世話になったわけでもないし、時間でいえば魔界にいた頃の方が長い。
 けど、ここが滅ぼされたら次は? 元の世界に戻る方法は見つかってないし、また魔族の街で暮らす?
 一時的なものならいいけど、一生あそこで暮らすのは何か違う。それならシレンシアのサポートを受けて魔王を倒し、勇者として生活した方がいい。
 
「次期魔王の居場所は?」
「……誠?」 
宮廷筆頭占術師アルクディヌスに探させる。すぐに見つかるはずだ」 
「なら一週間待ちます。そこまでに見つからなければ協力はできません」 
「約束しよう、必ず見つけ出す。すぐに伝えられるよう、それまでの宿には城内の部屋を使ってくれぬか」 
 
 願ってもない話だ。あのベッドはよく眠れるし。
 最近はエリッツさんの最期の夢を見て飛び起きることが多い。それがなくなれば僕も少しは前を向けると思うんだけど。
 
「はい。では、それで」
「うむ。ガイス、案内を」 
 
 部屋は昨日使った場所をそのまま使わせてくれるらしい。ガイスさんの案内に従って、龍牙と一緒に移動する。相変わらず部屋数が多い。一人で歩いたら迷いそうだ。
 部屋の前に着いたところで、龍牙から声を掛けられる。
 
「……誠」
「うん?」    
「ええっと、その……良かったのか?」 
「僕はね。でも勝手に決めちゃってごめん」
「俺の方こそだ。今まで誠の意見を聞かずに色々決めてた気がする。ごめんな」
「いいよ。気にしてないし、実際助かってた」   
  
 龍牙には力があるし、だからこそ色々決める権利もある。今回は僕が口を出したけど、龍牙がどうしても反対するなら折れるつもりだった。
 ホッとしたような顔の龍牙と別れて、部屋に入る。何となく寝足りなかったのもあって、そのまま無駄に大きいベッドに寝転がった。こうしてるとこの世界に来た日を思い出す。
 ガイスさんが教えてくれたけど、僕らが出発してから色々あったみたいだ。暗殺騒ぎがあったり魔族の襲撃で聖騎士が死んだり。街の警備が厳重になってるのはそういう理由からなのかもしれない。
 まあでも、僕にとってはどうでもいいことだ。なんだか興味が持てない。あまり関係がないし。
 ……エリッツさんが亡くなってから、ずっとこんな感じだ。後悔と、無力感と、無気力。
 多分こうやって寝転がっているだけで夕方になって夜になって、そしてまた朝が来る。ルインは出てこない。出てきたところで、今の僕に彼女と会話できるだけの体力はないけど。
 
「やア、こんにちハ」 
「……っ!?」 
 
 音もなく僕の横に立っていたのは怪しげな黒フード。聞こえた声はどこかイントネーションがおかしいというか、合成っぽいというか、人間の声には思えなかった。
 咄嗟に上体を起こしたけど、厄介なことに相手は僕と扉の間に立っている。ここは大声を上げて助けを呼ぶべきか……
 
「あア、別ニ君ヲどうこうしよウってわけじゃアなイ。いきなリ入ってきタのハ悪かったガ、少シ話ヲ聞いてくれないカ」  
「……貴方は誰なんですか?」
「大罪ノ一人、''強欲''を司ル者ダ。名ハ無イ――いヤ、それでハ礼儀ニ欠けるカ。ならバ以前ノモノヲ名乗っテおこウ。フラスクス――フラスクス・ディ・ヴォーイ。気軽にフラスクス、ト呼んでくれテ構わなイ。どうせすぐニ使わなクなるがナ」 
  
 大罪? 確か危険な存在だったはずだ。契約するだけでも死刑は免れないみたいな話を耳にしたことがある。

「僕に契約する気はありません。帰ってくれますか」  
「まア待テ。話ヲ聞いテからでモ遅くハあるまイ。君ハ力を欲しテいるんだろウ?」
 
 それは、その通りだ。ただ欲しがったからって与えられるようなものじゃないだろうし、対価に何を要求されるかも分からない。そんな甘い話があるはずもない。 

「それニ、名声へノ執着も強イ。隣ノ奴ガ得ていル全てハ、自らにモ同様ニ与えられルべきだト考えていル」
「でも、僕は非合法の力に手を染めるつもりはありません」 
「まアまア、そウ結論ヲ急ぐナ。私ノ力ハ悪イモノでハなイ。悪ク言われているのハ悪用する者ノせいダ。力ヲ得テ魔王ヲ倒しタ勇者ヲ、誰ガ咎めようカ?」 

 君ハ悪人じゃアないだろウ、という問いには頷く。まあここで悪人ですっていう人もいないだろうけど。
 
「魔王ヲ倒しタ後ハ、次ノ国王トなるのモ夢じゃアなイ。英雄トなっタ君ハ全てヲ手ニするのダ。まずハ���力ちからかラ。悪イ話じゃア無イだろウ」 
「……対価は? 僕は何を差し出すことになるんですか」
「まア、そうだナ。君ノ天使ヲ封印すれバそれデいイ。こノ姿でハ会話ガし辛イからナ。私ガ君ノ天使トなル」  
 
 ルインを封印? それに、僕の天使になるだって?
 
「悪態ばかりノ彼女にハうんざリしていタ頃だろウ。それニ魔力ノ燃費モ悪ク、大しタ役にモ立たなイ。君ガそう思っテいるのハ知っていル」 
「でも、守ってくれることもある。ルインがいなくなったらいよいよ僕は無力だ」
「私ト契約すれバそんナ不安モ消し飛ぶガ……」
 
 契約、そうだ。僕がなんとなく感じていた違和感のような何か。
 
「契約したとして、貴方には何の利益が? 一体何が目的なんですか?」 
「大罪トいうのハ、誰かト契約せねバその本領ヲ発揮できなイ。例えバ私ハ他人ノ能力ヲ奪っテ使えるガ、己のみでハ一定時間デ使えなくなル上、そノ数モ一つまでダ。だガ契約ニよって時間ノ制限ハなくなリ、数モ二つニ増えル――」 

 フラスクスの背に、巨大な黒い羽が生えた。同時に、空気が震えるような感じ――素因エレメントの震えを感じた。凄い魔力だ。ルインどころか、多分シエルよりも多く、強い。
 
「――これガ私ノ今ノ能力ダ。このままでハ明日にハ消えテしまうがナ。さテ次ハ目的ノ話だガ、私ハ世界ガ欲しイ。全てガ己ノ求めルままトなル世界ガ。これハ契約なしでハ難しイ。そこデ勇者ノ君ヲ選んだトいうわけダ」 
「……なるほど。理由は納得しました。ルインを封印する方法は?」 
「それニ関してハ既ニ私ガほぼ終わらせテいル。あとハ君ガ一言唱えルだけダ……封ぜヨシロック、ト」 
 
 フラスクスの指さす先――僕の後ろには、いつの間にかルインが横たわっていた。
 目は閉じてるけど呼吸はしてるし顔色も悪くない。ただ眠っているだけみたいだ。
 正直、僕の心はもう決まっていた。ルインに色々言われるのは疲れたし、それがなくなるってだけでも十分に契約の価値がある。
 
「じゃあ、契約します――封ぜよシロック
  
 ルインに黒い紐が巻き付いていく。それらは全身を覆うと同時に、ルインの体ごと消えた。封印は恐ろしいほどあっさりと終わった。
  
「よシ、これからハ――私がルインだ」 
 
 フードを取ったフラスクスは、完全にルインの顔だった。表情も声も、そっくりそのまま。
 
「上出来だ、マコト」 
「その声に名前を呼ばれるのは新鮮です」 
「敬語はいい。今までのルインと同じように接しろ。私もそうできるよう努力する」
 
 勿論悪態は抜きでな、と微笑んだルインは、今までにないほど可愛らしく見えた。
 
「うん。じゃあ改めてよろしく、ルイン」 
「ああよろしく頼む、マコト」
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