転生ニートは迷宮王

三黒

文字の大きさ
上 下
193 / 252
第7章

191 一息

しおりを挟む
「次はこれだ。解放イルクス
 
 二枚目の紙が燃え、また教授の姿が消えた。何を使った?
 
「おやおや、誰もいないのか。それともそう見えているだけか」
 
 背景が変わった。転移か――待てよ。
 画面に映っているのは最終階ここの通路。つまり、もうすぐそこまで来てるってことだ。
 
「シルヴァはこちらかな。互いに魔力がないと探知にも時間がかかる。不便なことこの上ない」 
 
 今すぐ出てって止めるのは無理だ。幸いアルデムがこの階層にいるが、あの紙の魔術を封じるまでは戦闘は避けたい。
 クソ、もう転移は使えないだろうと踏んでのんびり構えてたらこれだ。
 
(皆最終階に集まってくれ。招かれざる客だ) 
 
 すぐにここまで来れそうなのはレルアとゼーヴェ、あとラティスか。
 
「……二、いや三……それ以上か。少し分が悪いね。ひけらかすようで気乗りしないが、あれを使おうか」
 
 教授が地面に手をつき、何言か唱え――
 同時に思い出した。これは街で探知に引っかかったやつの魔力だ。体が震え始めた。こんな凶悪で禍々しい魔力は間違えようもない。
 
 いや落ち着け、落ち着け、俺。ここは俺の迷宮だし、仲間だっている。恐れすぎる必要はない。第一、怖さで言ったら乗っ取られたレルアとトントンくらいだ。
 
 ……よし、震えは収まってきた。今のは魔術だろう。目に見える変化はないが、素因エレメントの揺らぎがあった以上ハッタリってことはないはずだ。
 
(ロード、転移門ゲートが封鎖されています!) 
(私が通った直後に無効化されたようだ。見たところ転移門ゲートだけではない、空間そのものに変化が起こっているな)
(そのようです。最終階にこちらから干渉できません) 
 
 今の術か。つまり来れたのはラティスだけ……と。ちょっとまずいな。
 
(こっちでも解呪方法を探ってみる。とりあえずラティスはアルデムの部屋に向かってくれ。俺もすぐに行く)
(了解した) 
 
 俺ごときが何とかできる相手だとは思えないが、魔術結晶と時空魔術で妨害くらいは可能だろう。  
 剣は……邪竜剣だけ持ってこう。二本あってもまだ使いこなせないしな。
 
(マスター、紙の魔力に対する結界を発動しましたぞ!)
(でかしたアルデム!)
 
 これで少なくとも紙の魔術は無効化できる。ただ一つ問題があるとすれば……
 
(奴は別の魔力も纏えるらしいんだ。もうそっちは間に合わないだろうから警戒だけ頼む) 
(例の異質な魔力ですな、了解しましたぞ。そちらに関しては考えがあります故、お任せあれ) 
 
 では準備をしてきますぞ、と念話が切れる。考えがあるとは頼もしいな。準備が間に合えばいいんだが。
 さて俺も急ごう。何か手伝えるかもしれないし。
 
「ああ、君もここにいたのか」
 
 扉を開けたら二秒で会敵。この展開はちょっと予想外すぎる。
 
「そう怯えないでもいい。君ではシルヴァの代わりになれないと分かったしね」 
「な……なんだよさっきの結界は」
 
 咄嗟に口から出てきたのはそんな疑問だった。俺にしちゃ悪くない。今はこいつを先に進ませないことが最優先だ。
 
「質問をするときはまず挙手すべきだ。そうだろう? 質問自体も相変わらず曖昧だ。これは以前も指摘したはずだね」
「ああそうだな悪かった、あとシルヴァはお前の何なんだ? ただの親戚とかじゃないんだろ」 
「挙手をしたからといって、重ねて複数質問していいわけでもないがね。まあいい、君は学外の人間だから特別だ」 
 
 しっかり聞いておきなさい、と言って教授は紙を取り出した。なんだ? あの紙での魔術はもう使えないはずだよな? まさか一枚ごとに魔力波が違う?
 
「何を怯えているんだ。年度末試験で赤点を取った学生より酷い顔をしているよ――」
 
 だが魔術を使う様子はなく、優しげな声色でこう続ける。
 
「――ああ、君の態度のことかな。それなら安心しなさい、あれに対して怒っているなどということはないよ。むしろその姿勢は素晴らしい。進化とは探求の先にこそある。遊び呆けているだけでは時間が何百年あっても同じというものだ」
 
 教授は今度は羽根ペンのようなものを取り出し、俺に渡すように手を伸ばした。受け取ってみたが、反応を見るに正解だったらしい。
 
「……おっと、話が逸れたね。必要に応じてそれに書き残しておきなさい」 
 
 やっぱりメモをとっておけって意味だったらしい。状況がイマイチ飲み込めないが、まあ足を止めてくれるならなんでもいい。
 
「さて何から話そうか……最初の質問は結界についてだったね。先程の結界はごく一般的な反衝結界だ。その複雑さなどから今では使用者がほとんどいない結界だが、これがなかなか便利でね。空間の断絶という点だけで考えれば、他の方法よりも簡単で単純だ」
 
 空間の断絶……ラティスは正しかったってわけだな。俺の時空魔術で繋ぎ直せればいいんだが。
 思えばこの反衝結界とやら、見たことがある気がする。レルアが神に乗っ取られたときにラビが作ってくれた空間、あれとか多分そうだろ。
 
「かくいう私も最近まで使えなかったが、大罪を取り込んだことによる発見も多くてね。今回のように効果範囲を外側に限定したものなら、即興で組めるようにまでなった。魔力も彼のものを使えばいいし、実にいい契約だったと言えるだろう。彼も喜んでいるはずだ」
 
 やっぱり大罪か! だがあそこまで凶悪なのが本当に暴食なのか? さっきの契約が関係してるのか?
 疑問が次から次に湧いて出てくるが、口を挟む隙がない。

「次にシルヴァについて。シルヴァあれは私のクローンでね、つまり私の所有物というわけだ。何百回という実験に失敗して嫌気がさし、空間転移の術を試したところ君の迷宮に出てしまった。今ではそれを後悔してこうやって取り戻しに来ている――クローンを一から作るのには大変な手間がかかるからね」
 
 クローン? クローンって言ったか今? 確かに見た目は似てるとは思ったが、こっちの世界の技術でそんなことが可能だったのか。
 
「例えば大きな街をまるごと潰す手間とか――エルイムのあれは私が起こしたものだが、広範囲に術が行き届くようにするのは骨が折れた」
 
 やれやれエルイムつったら俺が冤罪くらってるやつじゃねえか。詳細は知らないがもう全部こいつが悪いってことでいいんじゃないか?
 
「さてこの辺りで何か質問は――いや、君のところの術師も準備が整ったようだ。そろそろお邪魔させてもらうとしようか。質問は全て終わってから受け付けよう」 
「ま、待てよ」
 
 アルデムは本当に準備を終えたのか? つーかこいつは俺が時間を稼いでたことに気付いてたのか? 全て知った上で待ってただけだと?
  
「おや、質問以外に何か? もし私を止めるというのならここで君を殺して行ってもいいが……」 
「……そいつは勘弁願いたいね」
「賢明だ」
 
(アルデム、準備の方は大丈夫か? 教授が今からそっちに向かうみたいだ。色々あって俺も一緒に行くが、仕掛けるタイミングは合わせる)
(ちょうど今終わったところですぞ。一緒にいるというのなら都合がいい、奴が私の扉を開ける瞬間にまた念話を下され。そこで秘策を披露致しましょうぞ)
(了解)  
 
 アルデムの声は念話越しでも分かるくらい自信に溢れていた。これは期待できそうだ。
 
「しかしまあ、着いてくるというのなら止めはしないよ。道案内させるつもりもない。好きにしなさい」
 
 教授はアルデムの部屋に向かって一直線に歩いていく。……扉まであと十数メートル。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒き魔女の世界線旅行

天羽 尤
ファンタジー
少女と執事の男が交通事故に遭い、意識不明に。 しかし、この交通事故には裏があって… 現代世界に戻れなくなってしまった二人がパラレルワールドを渡り、現代世界へ戻るために右往左往する物語。 BLNLもあります。 主人公はポンコツ系チート少女ですが、性格に難ありです。 登場人物は随時更新しますのでネタバレ注意です。 ただいま第1章執筆中。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...