167 / 252
第6章
165 アヤト
しおりを挟む
「おや、アイラ嬢。どうされましたかな」
「とっくに干渉されていたの。隠されてはいるけれど、あちこち歪みだらけ。侵入に使われた転移門は撤去済み、だけど痕跡の消し方は雑だった。気付けなかった自分が情けない……じゃなくって!」
アイラは首をぶんぶん振って、額に手を当て少し停止……普段通りの落ち着きに戻って続ける。
「……減速が街と迷宮全体にかけられてる、信じられないくらい広範囲だけど、事実。今すぐ侵食を止めて術式を解除しないと、相手に有利な時空間になる」
「しかし解呪していくというのも手間だ。丁度いい、この結界に付け足して――」
「――残念だけど、そんな悠長なことは言ってられない。強化型の結界なら今のうちに起動してしまった方が可能性がある。もう相手がどこにいるのかも分からないから」
相手がどこにいるかって? 見た感じだと、まだクラーケンと戦ってるぜ。
「今は地下50階にいるっぽいが、それは違うのか?」
「減速の影響で、その映像が現在のものとは言い切れない。少し前のことかもしれないし、かなり前のことかもしれないの。素因の隷属が進むと、それすらも相手が自在に操れるようになるから」
参ったな。となるとやっぱり思ったより早く来る可能性がある。迎撃準備を急ぐべきか。
(レルア、ゼーヴェ、あとカイン。全員結界維持装置のとこに集まってくれるか)
「とりあえず、お爺ちゃんとラビ、ラティスは結界の起動を進めて。解呪を組み込む余裕がありそうなら、二度手間にはなるけどそのときに」
「ふむ、事態は一刻を争うようですな。ここはアイラ嬢に従いましょうぞ」
ああそうだ、俺も一応武器とか用意しとこう。魔術結晶も剣も刀も、全部部屋に置いたままだ。
「なあ、ちょっと装備取ってくる」
「行ってらっしゃい。でもすぐ戻ってきて。もう近くにいてもおかしくないから」
「ああ、了解」
流石にまだこの階にいるってことはないだろうが、どこにいるか分からんのは不便だな。
こっちから場所が割り出せればいいんだが、どうやらシステムも影響を受けてるらしい。俺の時空魔術を当ててなんとかできたりしないか……? 戻ったら聞いてみよう。
っとノック。こんなときにも律儀にノックするのはレルアかゼーヴェだな。
「マスター」
「お、レルア。どうした?」
「これをお持ちください」
手渡されたのは、直径1センチくらいの宝石のネックレスだった。どっちかっていうと、俺よりもレルアの方が似合いそうだ。
「これは?」
「マスターにいただいた髪飾りを参考に作りました。対偽者戦でも通用する魔力強度です」
どうやら、この素因状況下でも機能する対魔術簡易結界らしい。
指輪と迷ったが、心臓に近い方がいいって理由でこっちにしたみたいだ。実用的でレルアらしいな。心強い。
「ありがとな」
「いえ……はい。どういたしまして。それでは私は先に装置の方に向かいます。また後ほど」
「ああ、また後で」
早速首からかけてみる。澄んだ青色がいい感じだ。レルアがくれたものならなんでもいい感じだけどな。
「よし」
剣と刀を腰に提げ、魔術結晶も準備完了。麻痺とかはどうせ効かないし、その分加速とかを大量に持っていくことにする。
魔術結晶屋もそろそろ迷宮街に出店してくれないかね。俺らはそうそう使わないが、割と探索者諸君からの要望が多い。かなり稼げると思うんだが。
っと、考え事してる場合じゃなかった。皆の元に戻ろう――
――違和感があった。
話し声が聞こえない。いや、それどころか物音一つ聞こえない。結界維持装置の、低く唸るような音すらも。
全くの無音だ。そんなはずはないのに。あってはならないのに。
信じたくはないが、予感はほとんど確信だった。恐る恐る、装置のある部屋の扉を開ける。
「ご機嫌よう、迷宮王。俺の名前は水嶋彩人、お前を殺しに来た」
そこには、腕を組んで壁に寄りかかる――アヤトがいた。
「ゆっくり時間をかけて結界を破壊する予定だったが、思いの外早いご到着だな」
早いってのはこっちの台詞だ。早すぎる。普通に攻略してたらこの速度はおかしい……いや、そもそもいつから、いつから映像がバグってたんだ?
俺が破空を試してたときには既に、いやもっと前だ。俺が迷宮地下80階を作ってたときには既に迷宮内にいたんだ、こいつは。
「''傲慢''はいいのか? シルヴェルドは? ラルザだって、放置してられる状況じゃないはずだ」
クソ、何の話だ。''傲慢''は分かるが、シルヴェルドは聞いたことがない。ラルザ……Ⅱの騎士のことか? 放置してられる状況じゃないってどういうことだ。情報が整理しきれない。
そんな俺にはお構いなしに、アヤトは言葉を続ける。
「まあ、俺にしては――お前にしては悪くない迎撃体勢だった。俺が警戒してたのはレルアだけだったが、最初に気付いたのはアイラだったな」
とりあえず剣に手をかけるが、返り討ちに遭う未来しか見えない。斬り掛かるタイミングっていつだよ。つーか成功したとしてグロいのは勘弁だぜ。……まあ死ぬよかいいが。
「で、まず仕掛けてきたのはラビだ。勿論魅了は効かないし、あいつの魔術は全部知ってる。適切な距離で止界、そのまま広げていこうとしたんだが――」
だが加速を使うとして、その後は? 起点の遅延は効かない。置換か? いや、いっそわざと破空を使って相手の破空を誘発、それをカウンターとか?
「――次のリフィストには肝を冷やされた。まさか天井裏に潜んでたとはな。忍者かっての。ただ魔術を使ったのは失敗だった。聖雷は確かに強力だが、俺にはこいつがある」
そう言ってアヤトは首元を指差した。……青いネックレス。俺がついさっき貰ったやつだ。
「にしても、この解呪防壁には驚いたぜ。下級とは言え、あのリフィストの術を受けても傷一つ付かなかったからな。流石はレルア――上級の術か。まともにやれば中々に手こずりそうだ」
っつーことは、俺の、ってかアヤトの術じゃ破壊は難しいってことだ。だからといって剣で戦えるとは思えないが、知らない魔術で初見殺しされるよりはいいか。前向きに考えるしかない。既に最悪のケースなんだからな。
「っつーことで、最初に壊しておくことにする――加速」
「――っ!?」
流れるように、何の力も込めずに撃ち出されたように見えたそれが、俺の胸元に届く。
……パリン、という小さな音と共に宝石が砕け散った。
「とっくに干渉されていたの。隠されてはいるけれど、あちこち歪みだらけ。侵入に使われた転移門は撤去済み、だけど痕跡の消し方は雑だった。気付けなかった自分が情けない……じゃなくって!」
アイラは首をぶんぶん振って、額に手を当て少し停止……普段通りの落ち着きに戻って続ける。
「……減速が街と迷宮全体にかけられてる、信じられないくらい広範囲だけど、事実。今すぐ侵食を止めて術式を解除しないと、相手に有利な時空間になる」
「しかし解呪していくというのも手間だ。丁度いい、この結界に付け足して――」
「――残念だけど、そんな悠長なことは言ってられない。強化型の結界なら今のうちに起動してしまった方が可能性がある。もう相手がどこにいるのかも分からないから」
相手がどこにいるかって? 見た感じだと、まだクラーケンと戦ってるぜ。
「今は地下50階にいるっぽいが、それは違うのか?」
「減速の影響で、その映像が現在のものとは言い切れない。少し前のことかもしれないし、かなり前のことかもしれないの。素因の隷属が進むと、それすらも相手が自在に操れるようになるから」
参ったな。となるとやっぱり思ったより早く来る可能性がある。迎撃準備を急ぐべきか。
(レルア、ゼーヴェ、あとカイン。全員結界維持装置のとこに集まってくれるか)
「とりあえず、お爺ちゃんとラビ、ラティスは結界の起動を進めて。解呪を組み込む余裕がありそうなら、二度手間にはなるけどそのときに」
「ふむ、事態は一刻を争うようですな。ここはアイラ嬢に従いましょうぞ」
ああそうだ、俺も一応武器とか用意しとこう。魔術結晶も剣も刀も、全部部屋に置いたままだ。
「なあ、ちょっと装備取ってくる」
「行ってらっしゃい。でもすぐ戻ってきて。もう近くにいてもおかしくないから」
「ああ、了解」
流石にまだこの階にいるってことはないだろうが、どこにいるか分からんのは不便だな。
こっちから場所が割り出せればいいんだが、どうやらシステムも影響を受けてるらしい。俺の時空魔術を当ててなんとかできたりしないか……? 戻ったら聞いてみよう。
っとノック。こんなときにも律儀にノックするのはレルアかゼーヴェだな。
「マスター」
「お、レルア。どうした?」
「これをお持ちください」
手渡されたのは、直径1センチくらいの宝石のネックレスだった。どっちかっていうと、俺よりもレルアの方が似合いそうだ。
「これは?」
「マスターにいただいた髪飾りを参考に作りました。対偽者戦でも通用する魔力強度です」
どうやら、この素因状況下でも機能する対魔術簡易結界らしい。
指輪と迷ったが、心臓に近い方がいいって理由でこっちにしたみたいだ。実用的でレルアらしいな。心強い。
「ありがとな」
「いえ……はい。どういたしまして。それでは私は先に装置の方に向かいます。また後ほど」
「ああ、また後で」
早速首からかけてみる。澄んだ青色がいい感じだ。レルアがくれたものならなんでもいい感じだけどな。
「よし」
剣と刀を腰に提げ、魔術結晶も準備完了。麻痺とかはどうせ効かないし、その分加速とかを大量に持っていくことにする。
魔術結晶屋もそろそろ迷宮街に出店してくれないかね。俺らはそうそう使わないが、割と探索者諸君からの要望が多い。かなり稼げると思うんだが。
っと、考え事してる場合じゃなかった。皆の元に戻ろう――
――違和感があった。
話し声が聞こえない。いや、それどころか物音一つ聞こえない。結界維持装置の、低く唸るような音すらも。
全くの無音だ。そんなはずはないのに。あってはならないのに。
信じたくはないが、予感はほとんど確信だった。恐る恐る、装置のある部屋の扉を開ける。
「ご機嫌よう、迷宮王。俺の名前は水嶋彩人、お前を殺しに来た」
そこには、腕を組んで壁に寄りかかる――アヤトがいた。
「ゆっくり時間をかけて結界を破壊する予定だったが、思いの外早いご到着だな」
早いってのはこっちの台詞だ。早すぎる。普通に攻略してたらこの速度はおかしい……いや、そもそもいつから、いつから映像がバグってたんだ?
俺が破空を試してたときには既に、いやもっと前だ。俺が迷宮地下80階を作ってたときには既に迷宮内にいたんだ、こいつは。
「''傲慢''はいいのか? シルヴェルドは? ラルザだって、放置してられる状況じゃないはずだ」
クソ、何の話だ。''傲慢''は分かるが、シルヴェルドは聞いたことがない。ラルザ……Ⅱの騎士のことか? 放置してられる状況じゃないってどういうことだ。情報が整理しきれない。
そんな俺にはお構いなしに、アヤトは言葉を続ける。
「まあ、俺にしては――お前にしては悪くない迎撃体勢だった。俺が警戒してたのはレルアだけだったが、最初に気付いたのはアイラだったな」
とりあえず剣に手をかけるが、返り討ちに遭う未来しか見えない。斬り掛かるタイミングっていつだよ。つーか成功したとしてグロいのは勘弁だぜ。……まあ死ぬよかいいが。
「で、まず仕掛けてきたのはラビだ。勿論魅了は効かないし、あいつの魔術は全部知ってる。適切な距離で止界、そのまま広げていこうとしたんだが――」
だが加速を使うとして、その後は? 起点の遅延は効かない。置換か? いや、いっそわざと破空を使って相手の破空を誘発、それをカウンターとか?
「――次のリフィストには肝を冷やされた。まさか天井裏に潜んでたとはな。忍者かっての。ただ魔術を使ったのは失敗だった。聖雷は確かに強力だが、俺にはこいつがある」
そう言ってアヤトは首元を指差した。……青いネックレス。俺がついさっき貰ったやつだ。
「にしても、この解呪防壁には驚いたぜ。下級とは言え、あのリフィストの術を受けても傷一つ付かなかったからな。流石はレルア――上級の術か。まともにやれば中々に手こずりそうだ」
っつーことは、俺の、ってかアヤトの術じゃ破壊は難しいってことだ。だからといって剣で戦えるとは思えないが、知らない魔術で初見殺しされるよりはいいか。前向きに考えるしかない。既に最悪のケースなんだからな。
「っつーことで、最初に壊しておくことにする――加速」
「――っ!?」
流れるように、何の力も込めずに撃ち出されたように見えたそれが、俺の胸元に届く。
……パリン、という小さな音と共に宝石が砕け散った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
74
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる