転生ニートは迷宮王

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第6章

165 アヤト

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「おや、アイラ嬢。どうされましたかな」
「とっくに干渉されていたの。隠されてはいるけれど、あちこち歪みだらけ。侵入に使われた転移門ゲートは撤去済み、だけど痕跡の消し方は雑だった。気付けなかった自分が情けない……じゃなくって!」
 
 アイラは首をぶんぶん振って、額に手を当て少し停止……普段通りの落ち着きに戻って続ける。
 
「……減速ディセイルが街と迷宮全体にかけられてる、信じられないくらい広範囲だけど、事実。今すぐ侵食を止めて術式を解除しないと、相手に有利な時空間になる」
「しかし解呪ディスペルしていくというのも手間だ。丁度いい、この結界に付け足して――」 
「――残念だけど、そんな悠長なことは言ってられない。強化型の結界なら今のうちに起動してしまった方が可能性がある。もう相手がどこにいるのかも分からないから」 
 
 相手がどこにいるかって? 見た感じだと、まだクラーケンと戦ってるぜ。
 
「今は地下50階にいるっぽいが、それは違うのか?」
減速ディセイルの影響で、その映像が現在のものとは言い切れない。少し前のことかもしれないし、かなり前のことかもしれないの。素因エレメントの隷属が進むと、それすらも相手が自在に操れるようになるから」
 
 参ったな。となるとやっぱり思ったより早く来る可能性がある。迎撃準備を急ぐべきか。
 
(レルア、ゼーヴェ、あとカイン。全員結界維持装置のとこに集まってくれるか)
 
「とりあえず、お爺ちゃんとラビ、ラティスは結界の起動を進めて。解呪ディスペルを組み込む余裕がありそうなら、二度手間にはなるけどそのときに」 
「ふむ、事態は一刻を争うようですな。ここはアイラ嬢に従いましょうぞ」
 
 ああそうだ、俺も一応武器とか用意しとこう。魔術結晶も剣も刀も、全部部屋に置いたままだ。
  
「なあ、ちょっと装備取ってくる」 
「行ってらっしゃい。でもすぐ戻ってきて。もう近くにいてもおかしくないから」 
「ああ、了解」
 
 流石にまだこの階にいるってことはないだろうが、どこにいるか分からんのは不便だな。
 こっちから場所が割り出せればいいんだが、どうやらシステムも影響を受けてるらしい。俺の時空魔術を当ててなんとかできたりしないか……? 戻ったら聞いてみよう。
 っとノック。こんなときにも律儀にノックするのはレルアかゼーヴェだな。
 
「マスター」 
「お、レルア。どうした?」 
「これをお持ちください」 
 
 手渡されたのは、直径1センチくらいの宝石のネックレスだった。どっちかっていうと、俺よりもレルアの方が似合いそうだ。
 
「これは?」 
「マスターにいただいた髪飾りを参考に作りました。対偽者戦でも通用する魔力強度です」
 
 どうやら、この素因エレメント状況下でも機能する対魔術簡易結界らしい。
 指輪と迷ったが、心臓に近い方がいいって理由でこっちにしたみたいだ。実用的でレルアらしいな。心強い。
 
「ありがとな」 
「いえ……はい。どういたしまして。それでは私は先に装置の方に向かいます。また後ほど」
「ああ、また後で」 
 
 早速首からかけてみる。澄んだ青色がいい感じだ。レルアがくれたものならなんでもいい感じだけどな。
 
「よし」 
 
 剣と刀を腰に提げ、魔術結晶も準備完了。麻痺パライズとかはどうせ効かないし、その分加速アクサールとかを大量に持っていくことにする。
 魔術結晶屋もそろそろ迷宮街に出店してくれないかね。俺らはそうそう使わないが、割と探索者諸君からの要望が多い。かなり稼げると思うんだが。
 っと、考え事してる場合じゃなかった。皆の元に戻ろう――
 
 
 ――違和感があった。
 
 
 話し声が聞こえない。いや、それどころか物音一つ聞こえない。結界維持装置の、低く唸るような音すらも。
 全くの無音だ。そんなはずはないのに。
 
 信じたくはないが、予感はほとんど確信だった。恐る恐る、装置のある部屋の扉を開ける。
 
「ご機嫌よう、迷宮王マスター。俺の名前は水嶋彩人、お前を殺しに来た」 
 
 そこには、腕を組んで壁に寄りかかる――アヤトがいた。
 
「ゆっくり時間をかけて結界を破壊する予定だったが、思いの外早いご到着だな」
 
 早いってのはこっちの台詞だ。早すぎる。普通に攻略してたらこの速度はおかしい……いや、そもそもいつから、いつから映像がバグってたんだ?
 俺が破空フェーヌを試してたときには既に、いやもっと前だ。俺が迷宮地下80階を作ってたときには既に迷宮内にいたんだ、こいつは。
 
「''傲慢''はいいのか? シルヴェルドは? ラルザだって、放置してられる状況じゃないはずだ」
 
 クソ、何の話だ。''傲慢''は分かるが、シルヴェルドは聞いたことがない。ラルザ……Ⅱの騎士のことか? 放置してられる状況じゃないってどういうことだ。情報が整理しきれない。
 そんな俺にはお構いなしに、アヤトは言葉を続ける。
 
「まあ、俺にしては――お前にしては悪くない迎撃体勢だった。俺が警戒してたのはレルアだけだったが、最初に気付いたのはアイラだったな」 
 
 とりあえず剣に手をかけるが、返り討ちに遭う未来しか見えない。斬り掛かるタイミングっていつだよ。つーか成功したとしてグロいのは勘弁だぜ。……まあ死ぬよかいいが。
 
「で、まず仕掛けてきたのはラビだ。勿論魅了は効かないし、あいつの魔術は全部知ってる。適切な距離で止界テルメス、そのまま広げていこうとしたんだが――」 
 
 だが加速アクサールを使うとして、その後は? 起点の遅延ディロウは効かない。置換レプリアスか? いや、いっそわざと破空フェーヌを使って相手の破空フェーヌを誘発、それをカウンターとか?
 
「――次のリフィストには肝を冷やされた。まさか天井裏に潜んでたとはな。忍者かっての。ただ魔術を使ったのは失敗だった。聖雷イクセアリは確かに強力だが、俺にはこいつがある」 
 
 そう言ってアヤトは首元を指差した。……青いネックレス。俺がついさっき貰ったやつだ。
 
「にしても、この解呪防壁ディスペラーシルトには驚いたぜ。下級サイトとは言え、あのリフィストの術を受けても傷一つ付かなかったからな。流石はレルア――上級アフの術か。まともにやれば中々に手こずりそうだ」 
 
 っつーことは、俺の、ってかアヤトの術じゃ破壊は難しいってことだ。だからといって剣で戦えるとは思えないが、知らない魔術で初見殺しされるよりはいいか。前向きに考えるしかない。既に最悪のケースタイマンなんだからな。
 
「っつーことで、最初に壊しておくことにする――加速ヴァレーク
「――っ!?」 
 
 流れるように、何の力も込めずに撃ち出されたように見えたそれが、俺の胸元に届く。
 ……パリン、という小さな音と共に宝石が砕け散った。
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