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第5章
140 融合
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「――もう術式が完成したのか! すぐ行こう……って、大丈夫? 顔色が悪いようだけど」
「ん? ああ、大丈夫、大丈夫だ……」
「何も不安に思うことはない、君の仲間は優秀だ。話していて分かったけど、学院の頭の固い教授よりも余程魔術に詳しい」
「……そうだな」
あいつらの術式は問題ない。俺もそう思ってる。問題はそこじゃない。
干渉は時緩でいいが、時間はこう――ゆらゆら揺れる波みたいなものだ。それをどう固定して持ってくるか。
……止界も時間魔術の一種だ。時空を同時に停止させる魔術だが、アレンジ次第では調整もできるか? 下手に他のを使わずとも、仮固定をこれだけで済ませるのはアリだな。資料によれば術式の瞬間・地点から少し離れてるだけなら問題ないらしいし。
「む、遅かったな童。こちらの準備は万端であるぞ」
「り、リフィスト様!? もしかして術式の補助をしてくださるのですか!」
「ふむ。冷やかしだけのつもりであったが、そこの童はちと頼りないしの。魔力くらいはくれてやらんでもない」
これは嬉しい。正直な話、召喚術式を動かす分の魔力を流しながら同時に時空魔術を使う――ってのは荷が重すぎる気がしてた。
「……私の準備は完了した。あとはアルデムさんの陣だけ」
「儂の方は魔力待ちですな。今回は慣らしは不要、このまま始められますぞ」
「俺もいける」
「じゃあ、始める」
アイラが魔法陣の端に手のひらを当て、魔力を流し始める。陣がぼんやりと赤く光った。
「最終構築開始――完了。展開開始――完了。術式接続開始――完了。状況良好。マスター」
「――定界」
止界が凍らせるイメージなら、こっちは流し込むイメージだな。
ある程度形になったら、手繰り寄せて整える。悪くない感触だ……恐らく成功した。
「――座標指定の完了を確認。調整に入る」
「儂の出番というわけですな」
陣の光が一際強くなる。時空魔術のときと同じだ。
「調整作業、概ね完了。あとは私が同一の存在になるだけ――」
「あ、アイラ!」
「……何?」
別にこのアイラがいなくなるわけでもないが、今のうちに感謝は伝えておかないとな。融合後のアイラは少しだけ別人だし。
「その……ありがとな。色々」
「礼は必要ない。成功さえすれば、これは間違いなく最良の方法だから」
「……そうか」
そう、成功すれば。ここが一番重要な部分だ。
今のところ問題はない。俺は仲間が作り上げた術式を信じる。
「さあマスター、最後の詠唱をお願いしますぞ」
「ああ――来い!」
光が陣の中央に集まり、そのまま上に立つアイラの体を覆うように移動する――
――少しして、光は消えた。素因の震えもほぼ収まった。術式は完了だ。が、アイラはまだ沈黙している。無表情で、虚空を見つめたまま。
「アイラ?」
呼びかけると、視線が俺に向いた。どうやら意識はあるみたいだが、まだ安心はできない。
「どう……して……?」
アイラは小さくそう呟くと、苦しそうに頭を抱えてうずくまる。まずい、これはまずいぞ。
「リフィスト!」
「うむ――治癒」
だがリフィストの治癒を受けても、その様子に変化はなかった。どうすればいいんだ。
「どうやら治癒では効果がないようであるの。ひとまず休ませてはどうか?」
「恐らくは融合の影響でしょうな。心配ではありますが、今は休ませる以外に手がないのも事実」
イヴェルの方を見たが、案の定こいつも首を横に振った。
「僕にもどうすることもできない。そもそも召喚……融合後に作用する式は書いていないし、負担の軽減も時間の都合で適当だ。寝かせておいてあげたらいいんじゃないかな」
「そうだな……そうしよう」
まだ気絶とまではいっていないが、呼びかけても唸るばかりで声が届いているかも分からない。
とりあえず楽な姿勢になってもらって、あとは冷えピタでも貼っておいてあげるか。
「ってことで……一旦撤収だ。皆ありがとう、イヴェルも長い間ありがとな」
「こちらこそ。学ぶことが多くて、学院で講義を聞くよりはるかに充実した数日だった。召喚に関してまだまだ未熟だってことを思い知らされたよ」
アルデムやラティスは勿論だが、イヴェルがいなければこの術式は実行には移せなかったと思う。
「街にはセシリアと一緒に帰ろうかな。アイラさんは心配だけど、あまり長居するわけにもいかない。���宮廷筆頭の座に相応しい言い訳も考えないといけないしね」
「分かった。今の部屋は引き続き自由に使ってくれ。使い魔の召喚制限も解除しておく」
「助かるよ」
アイラを部屋に運んで自室に戻り、少し休憩する。ポテチでも買うか。あとコーラ。
そういやセシリアはどうなったかね。イヴェルは一緒に帰るっつってたが、案外既にやられて地上にいたり……
『侵入者周囲の映像を映し出します』
そんなことはなかったみたいだ。見たとこまだ磯の洞窟……地下41から50階のどこかってとこだな。
…………なんだって??
早すぎる。おかしい。ってか地下40階の炎の巨人――サルディはやられたのか?
何らかの方法で階層をスキップしてる可能性もあるな。仮に大罪の契約者だとしても、レイと速度が違いすぎる。
しっかり見張っとかないとな。例えイヴェルの友人だとしても不正行為は垢ban、迷宮出禁だ。
「――氷槍」
セシリアは、飛び回るデバフ魚やら鋭利なハサミの殺人蟹やらをものともせず突き進む。水中の魔物が空気中でも泳げるようになってる特殊階層だから、探索者はもっと驚くと思ったんだが……。そうも薄い反応だと悲しいぞ。
ってか、うーん、何か違和感があるんだよな。進行速度とか反応の薄さとかとは違う。なんだ?
少し考えてもまるで分からない。多分気のせいじゃないと思うんだが。
「――氷界」
氷のベールで魚群を丸ごと凍らせる。ここまではまだ分かる。次だ。
細剣で氷をカチ割る……たったそれだけの動作で、なんで魔物が全滅してるんだ?
その行動がトリガーになって何らかの魔術が発動してるのか? 氷界はそもそもフェイク?
思えば、最初に見たときも凍らせたあと細剣で突いて殺してたな。細剣側に何か仕掛けがあるのか、行動に意味があるのか……。
アイラが復活したらそれも分かりそうだが、さっきの様子じゃまだもう少しかかりそうだ。
緊急会議ってほどでもないし、もう少し見たら何人かに聞いてみよう。氷魔術が得意なゼーヴェ、魔術全般に詳しいアルデム、あと大罪関連のラビあたりでいいか。
「ん? ああ、大丈夫、大丈夫だ……」
「何も不安に思うことはない、君の仲間は優秀だ。話していて分かったけど、学院の頭の固い教授よりも余程魔術に詳しい」
「……そうだな」
あいつらの術式は問題ない。俺もそう思ってる。問題はそこじゃない。
干渉は時緩でいいが、時間はこう――ゆらゆら揺れる波みたいなものだ。それをどう固定して持ってくるか。
……止界も時間魔術の一種だ。時空を同時に停止させる魔術だが、アレンジ次第では調整もできるか? 下手に他のを使わずとも、仮固定をこれだけで済ませるのはアリだな。資料によれば術式の瞬間・地点から少し離れてるだけなら問題ないらしいし。
「む、遅かったな童。こちらの準備は万端であるぞ」
「り、リフィスト様!? もしかして術式の補助をしてくださるのですか!」
「ふむ。冷やかしだけのつもりであったが、そこの童はちと頼りないしの。魔力くらいはくれてやらんでもない」
これは嬉しい。正直な話、召喚術式を動かす分の魔力を流しながら同時に時空魔術を使う――ってのは荷が重すぎる気がしてた。
「……私の準備は完了した。あとはアルデムさんの陣だけ」
「儂の方は魔力待ちですな。今回は慣らしは不要、このまま始められますぞ」
「俺もいける」
「じゃあ、始める」
アイラが魔法陣の端に手のひらを当て、魔力を流し始める。陣がぼんやりと赤く光った。
「最終構築開始――完了。展開開始――完了。術式接続開始――完了。状況良好。マスター」
「――定界」
止界が凍らせるイメージなら、こっちは流し込むイメージだな。
ある程度形になったら、手繰り寄せて整える。悪くない感触だ……恐らく成功した。
「――座標指定の完了を確認。調整に入る」
「儂の出番というわけですな」
陣の光が一際強くなる。時空魔術のときと同じだ。
「調整作業、概ね完了。あとは私が同一の存在になるだけ――」
「あ、アイラ!」
「……何?」
別にこのアイラがいなくなるわけでもないが、今のうちに感謝は伝えておかないとな。融合後のアイラは少しだけ別人だし。
「その……ありがとな。色々」
「礼は必要ない。成功さえすれば、これは間違いなく最良の方法だから」
「……そうか」
そう、成功すれば。ここが一番重要な部分だ。
今のところ問題はない。俺は仲間が作り上げた術式を信じる。
「さあマスター、最後の詠唱をお願いしますぞ」
「ああ――来い!」
光が陣の中央に集まり、そのまま上に立つアイラの体を覆うように移動する――
――少しして、光は消えた。素因の震えもほぼ収まった。術式は完了だ。が、アイラはまだ沈黙している。無表情で、虚空を見つめたまま。
「アイラ?」
呼びかけると、視線が俺に向いた。どうやら意識はあるみたいだが、まだ安心はできない。
「どう……して……?」
アイラは小さくそう呟くと、苦しそうに頭を抱えてうずくまる。まずい、これはまずいぞ。
「リフィスト!」
「うむ――治癒」
だがリフィストの治癒を受けても、その様子に変化はなかった。どうすればいいんだ。
「どうやら治癒では効果がないようであるの。ひとまず休ませてはどうか?」
「恐らくは融合の影響でしょうな。心配ではありますが、今は休ませる以外に手がないのも事実」
イヴェルの方を見たが、案の定こいつも首を横に振った。
「僕にもどうすることもできない。そもそも召喚……融合後に作用する式は書いていないし、負担の軽減も時間の都合で適当だ。寝かせておいてあげたらいいんじゃないかな」
「そうだな……そうしよう」
まだ気絶とまではいっていないが、呼びかけても唸るばかりで声が届いているかも分からない。
とりあえず楽な姿勢になってもらって、あとは冷えピタでも貼っておいてあげるか。
「ってことで……一旦撤収だ。皆ありがとう、イヴェルも長い間ありがとな」
「こちらこそ。学ぶことが多くて、学院で講義を聞くよりはるかに充実した数日だった。召喚に関してまだまだ未熟だってことを思い知らされたよ」
アルデムやラティスは勿論だが、イヴェルがいなければこの術式は実行には移せなかったと思う。
「街にはセシリアと一緒に帰ろうかな。アイラさんは心配だけど、あまり長居するわけにもいかない。���宮廷筆頭の座に相応しい言い訳も考えないといけないしね」
「分かった。今の部屋は引き続き自由に使ってくれ。使い魔の召喚制限も解除しておく」
「助かるよ」
アイラを部屋に運んで自室に戻り、少し休憩する。ポテチでも買うか。あとコーラ。
そういやセシリアはどうなったかね。イヴェルは一緒に帰るっつってたが、案外既にやられて地上にいたり……
『侵入者周囲の映像を映し出します』
そんなことはなかったみたいだ。見たとこまだ磯の洞窟……地下41から50階のどこかってとこだな。
…………なんだって??
早すぎる。おかしい。ってか地下40階の炎の巨人――サルディはやられたのか?
何らかの方法で階層をスキップしてる可能性もあるな。仮に大罪の契約者だとしても、レイと速度が違いすぎる。
しっかり見張っとかないとな。例えイヴェルの友人だとしても不正行為は垢ban、迷宮出禁だ。
「――氷槍」
セシリアは、飛び回るデバフ魚やら鋭利なハサミの殺人蟹やらをものともせず突き進む。水中の魔物が空気中でも泳げるようになってる特殊階層だから、探索者はもっと驚くと思ったんだが……。そうも薄い反応だと悲しいぞ。
ってか、うーん、何か違和感があるんだよな。進行速度とか反応の薄さとかとは違う。なんだ?
少し考えてもまるで分からない。多分気のせいじゃないと思うんだが。
「――氷界」
氷のベールで魚群を丸ごと凍らせる。ここまではまだ分かる。次だ。
細剣で氷をカチ割る……たったそれだけの動作で、なんで魔物が全滅してるんだ?
その行動がトリガーになって何らかの魔術が発動してるのか? 氷界はそもそもフェイク?
思えば、最初に見たときも凍らせたあと細剣で突いて殺してたな。細剣側に何か仕掛けがあるのか、行動に意味があるのか……。
アイラが復活したらそれも分かりそうだが、さっきの様子じゃまだもう少しかかりそうだ。
緊急会議ってほどでもないし、もう少し見たら何人かに聞いてみよう。氷魔術が得意なゼーヴェ、魔術全般に詳しいアルデム、あと大罪関連のラビあたりでいいか。
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