152 / 252
第5.5章
150 試行錯誤
しおりを挟む
「――冥府の底に眠りし魂よ! 我らが魔力により、汝が存在を深淵より引き戻さん! ――来い!」
少し手応えはあった――けど、今日も失敗か。術式自体は完成されてるはずだし、陣の細かい調整も悪くはないと思う。一体何が原因なんだろう。
……っと、もう日付が変わってた。大時計は刻二十四をとうに過ぎている。
「セシリア、今日はここまでで終わりにしよう」
「ええ、わかりましたわ」
セシリアの目の下のクマは濃くなる一方だ。見る度に罪悪感を覚える。
「その……ごめん、毎日こんな遅くまで付き合わせちゃって」
「いえいえ、謝る必要はありませんわ。好きでやっていることですもの」
セシリアはそう言って優雅に微笑む、けど、疲労の色は隠しきれていない。
それもそのはず、彼女は僕と違って朝早くから夜遅くまで予定が詰まっていることが多い。大変そうだし頻度を落とそうかとも思ったけど、それとなく聞いてみたら断られた。僕自身が疲れるから、って言っても、「嘘はいけませんわ」って。悪戯っぽい笑みで。
「それよりイヴェル、そろそろ魔力を流すコツは掴めてきたのではなくて?」
「ああ、うん。召喚に似てる部分があるから思ったより簡単だったよ。召喚より少しだけ深く、丁寧に沈めていく感じで――」
術式の構造自体も、思ったより召喚に似てる部分が多かった。元は同じと言われても納得するくらいだ。
「なら、あとはなんとかして魂を呼び起こすだけですわね」
問題はそこだ。ロロトスの肉体を構成する術式は特に問題なさそうだけど、魂の引き上げが中々上手くいかない。
こうして集まるようになって、今日でもう数週間になる。セシリアをあまり長く付き合わせるのも悪い。
それに、召喚が学院内の大会に間に合わなければ、僕はこの貧弱な体一つで戦うことになりかねない。……まあその場合は棄権するんだけど、一生みんなの笑いものだ。
「……にゃ? こんな時間に何してるにゃ?」
「っ!?」
まずい、聖騎士だ。この時間帯のここは誰の巡回路とも被っていないはずなのに。いや……最近頻発してる諸々の事件を思えば、巡回人数が増えるのも当然ではあるか。
とにかく学院に通報されると面倒なことになる。幸い今は制服を着てるわけじゃないけど、冒険者っていう格好でもない。そもそも深夜に街を彷徨いてる時点で不審者だ。
「怪しいにゃー。あ、もしかして――」
「ぼ、僕たちは別に怪しい者じゃ」
「――逢引ってやつかにゃ? 身分違いの禁断の恋ってやつだにゃ!?」
ん……? どうやら派手に勘違いをしてくれてるらしい。下手に言い訳するよりも、この勘違いに乗ってしまった方が良さそうだ。
「ま、まあ、そういうやつです」
「なるほどにゃー! ならお邪魔虫のぼくは引っ込んで……あー! 少年! 少年だけちょっとこっち来るにゃ!」
言われるまま聖騎士に近付くと、少し酒臭かった。どうやら酔っ払っているらしい。
「少年、あの子といい雰囲気になりたいよにゃー?」
「……え、ええ!?」
「そう照れずとも大丈夫、ぼくには分かってるにゃ。少年だけに星が綺麗な場所を教えてあげるにゃ! ――聖陽!」
やたらと上機嫌な聖騎士は、周囲を明るく照らすと、鼻歌交じりに地図を描き始める。
酔っ払っていても流石は聖騎士。出来上がった地図は線も字も丁寧で見やすいものだった。
「こんなもんだにゃ! 今日は曇りだから、また晴れてる日にも見に行くといいにゃ。ぼくは二人のためにしばらく寄らないでおくにゃ! 健闘を祈るにゃ、少年!」
地図を僕に押し付け、高速詠唱もかくやという速度で一方的にまくし立てると、聖騎士は千鳥足で去っていった。
……とりあえず通報とかされなくて助かった。今回は運が良かったけど、かなり危ないところだった。
「イヴェル……?」
「ああ、他愛もない世間話だったよ。少し酔ってたみたいだし、学院に連絡がいくこともないと思う」
僕はこんなところで捕まるわけにはいかない。絶対に。
幸いもうすぐセシリアの住む女子寮だ。明日までに情報を仕入れて、移動経路を考え直しておこう。
「じゃあ、また明日。おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
セシリアと別れて、僕も寮の自室に向かう。この階段を音を立てないように上るのも、もう慣れたものだ。
さて……今すぐベッドに倒れ込みたいところだけど、今日の反省をしないと。
今日は普段より得るものが多い日だった。成功に近付いてきてる実感もある。
魔力を流すのもそうだけど、全体的に以前より効率よく術式を実行できてる気がする。やっぱり慣れは重要だ。
――でも、傍らにロロトスがいないのにはまだ慣れない。
スケルトンは魔力消費が少ないから、僕程度の魔力量でも召喚に苦労することはなかった。
魔力量を増やす訓練も兼ねて、召喚状態にしていることも多かった。本当に長い付き合いだった。だからこそ、余計に寂しい。
……でも、そう遠くないうちに再会できるはずだ。感覚は掴めつつあるし、術式と陣の完成度だって確実に上がってきてる。きっと、もうすぐ。
……ロロトスのことを思い出してても仕方がない。とりあえず明日は陣の調整をしよう。陣に対する理解も深まってきたから、最近は思い切った調整ができる。
セシリアのおかげで魔力が足りない感じはないし、増幅部分を小さくして他に充ててもいいかもしれない。魂の引き上げにはその場での繊細な調整が必要になるし、少し回路を増やして簡単になるようにしてみよう。
仮に書き換えるとしたらこんな感じかな。でもそうすると陣が複雑になりすぎる、魔力を滞らせないためにも――
*
――よし、いい感じ。まだ完璧とは言えないけど、歪みはないし回路の引き方も悪くない。及第点は貰えそうな完成度だ。
一つ大きな伸びをして窓の外を見ると、もう空は白み始めていた。今から寝るわけにもいかないし、仕方なく欠伸を噛み殺して立ち上がる。
うーん、僕の目の下にもクマが刻まれてそうだ。これじゃセシリアのことを言えないな。
少し手応えはあった――けど、今日も失敗か。術式自体は完成されてるはずだし、陣の細かい調整も悪くはないと思う。一体何が原因なんだろう。
……っと、もう日付が変わってた。大時計は刻二十四をとうに過ぎている。
「セシリア、今日はここまでで終わりにしよう」
「ええ、わかりましたわ」
セシリアの目の下のクマは濃くなる一方だ。見る度に罪悪感を覚える。
「その……ごめん、毎日こんな遅くまで付き合わせちゃって」
「いえいえ、謝る必要はありませんわ。好きでやっていることですもの」
セシリアはそう言って優雅に微笑む、けど、疲労の色は隠しきれていない。
それもそのはず、彼女は僕と違って朝早くから夜遅くまで予定が詰まっていることが多い。大変そうだし頻度を落とそうかとも思ったけど、それとなく聞いてみたら断られた。僕自身が疲れるから、って言っても、「嘘はいけませんわ」って。悪戯っぽい笑みで。
「それよりイヴェル、そろそろ魔力を流すコツは掴めてきたのではなくて?」
「ああ、うん。召喚に似てる部分があるから思ったより簡単だったよ。召喚より少しだけ深く、丁寧に沈めていく感じで――」
術式の構造自体も、思ったより召喚に似てる部分が多かった。元は同じと言われても納得するくらいだ。
「なら、あとはなんとかして魂を呼び起こすだけですわね」
問題はそこだ。ロロトスの肉体を構成する術式は特に問題なさそうだけど、魂の引き上げが中々上手くいかない。
こうして集まるようになって、今日でもう数週間になる。セシリアをあまり長く付き合わせるのも悪い。
それに、召喚が学院内の大会に間に合わなければ、僕はこの貧弱な体一つで戦うことになりかねない。……まあその場合は棄権するんだけど、一生みんなの笑いものだ。
「……にゃ? こんな時間に何してるにゃ?」
「っ!?」
まずい、聖騎士だ。この時間帯のここは誰の巡回路とも被っていないはずなのに。いや……最近頻発してる諸々の事件を思えば、巡回人数が増えるのも当然ではあるか。
とにかく学院に通報されると面倒なことになる。幸い今は制服を着てるわけじゃないけど、冒険者っていう格好でもない。そもそも深夜に街を彷徨いてる時点で不審者だ。
「怪しいにゃー。あ、もしかして――」
「ぼ、僕たちは別に怪しい者じゃ」
「――逢引ってやつかにゃ? 身分違いの禁断の恋ってやつだにゃ!?」
ん……? どうやら派手に勘違いをしてくれてるらしい。下手に言い訳するよりも、この勘違いに乗ってしまった方が良さそうだ。
「ま、まあ、そういうやつです」
「なるほどにゃー! ならお邪魔虫のぼくは引っ込んで……あー! 少年! 少年だけちょっとこっち来るにゃ!」
言われるまま聖騎士に近付くと、少し酒臭かった。どうやら酔っ払っているらしい。
「少年、あの子といい雰囲気になりたいよにゃー?」
「……え、ええ!?」
「そう照れずとも大丈夫、ぼくには分かってるにゃ。少年だけに星が綺麗な場所を教えてあげるにゃ! ――聖陽!」
やたらと上機嫌な聖騎士は、周囲を明るく照らすと、鼻歌交じりに地図を描き始める。
酔っ払っていても流石は聖騎士。出来上がった地図は線も字も丁寧で見やすいものだった。
「こんなもんだにゃ! 今日は曇りだから、また晴れてる日にも見に行くといいにゃ。ぼくは二人のためにしばらく寄らないでおくにゃ! 健闘を祈るにゃ、少年!」
地図を僕に押し付け、高速詠唱もかくやという速度で一方的にまくし立てると、聖騎士は千鳥足で去っていった。
……とりあえず通報とかされなくて助かった。今回は運が良かったけど、かなり危ないところだった。
「イヴェル……?」
「ああ、他愛もない世間話だったよ。少し酔ってたみたいだし、学院に連絡がいくこともないと思う」
僕はこんなところで捕まるわけにはいかない。絶対に。
幸いもうすぐセシリアの住む女子寮だ。明日までに情報を仕入れて、移動経路を考え直しておこう。
「じゃあ、また明日。おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
セシリアと別れて、僕も寮の自室に向かう。この階段を音を立てないように上るのも、もう慣れたものだ。
さて……今すぐベッドに倒れ込みたいところだけど、今日の反省をしないと。
今日は普段より得るものが多い日だった。成功に近付いてきてる実感もある。
魔力を流すのもそうだけど、全体的に以前より効率よく術式を実行できてる気がする。やっぱり慣れは重要だ。
――でも、傍らにロロトスがいないのにはまだ慣れない。
スケルトンは魔力消費が少ないから、僕程度の魔力量でも召喚に苦労することはなかった。
魔力量を増やす訓練も兼ねて、召喚状態にしていることも多かった。本当に長い付き合いだった。だからこそ、余計に寂しい。
……でも、そう遠くないうちに再会できるはずだ。感覚は掴めつつあるし、術式と陣の完成度だって確実に上がってきてる。きっと、もうすぐ。
……ロロトスのことを思い出してても仕方がない。とりあえず明日は陣の調整をしよう。陣に対する理解も深まってきたから、最近は思い切った調整ができる。
セシリアのおかげで魔力が足りない感じはないし、増幅部分を小さくして他に充ててもいいかもしれない。魂の引き上げにはその場での繊細な調整が必要になるし、少し回路を増やして簡単になるようにしてみよう。
仮に書き換えるとしたらこんな感じかな。でもそうすると陣が複雑になりすぎる、魔力を滞らせないためにも――
*
――よし、いい感じ。まだ完璧とは言えないけど、歪みはないし回路の引き方も悪くない。及第点は貰えそうな完成度だ。
一つ大きな伸びをして窓の外を見ると、もう空は白み始めていた。今から寝るわけにもいかないし、仕方なく欠伸を噛み殺して立ち上がる。
うーん、僕の目の下にもクマが刻まれてそうだ。これじゃセシリアのことを言えないな。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
74
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる