転生ニートは迷宮王

三黒

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第5.5章

149 準備

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「では、まず召喚が失敗する理由からだ。君は恐らくコンシアルテ型の陣を用いて召喚を行う気だろう。だけどそれでは上手くいかない。何故だと思う?」
 
 そんなものが分かっていれば、初めから別の陣で試すに決まってる。もっとも召喚に使われる陣なんて、その型以外にないんだけど。
 
「うん、まあそれもそうだ。召喚ならそれが一番効率的だし、正直完成された陣だと思うよ。少し意地悪な質問だったね」
 
 召喚士なのかとも思ったけど、どうも違いそうだ。召喚系の研究者なのかな。
 
「答えを言ってしまうと、君の行おうとしているのは正確には召喚じゃなく、蘇生とか――創造――そういう領域の話なんだよ」
「……つまり、過程は似ていても本質は違っていると?」 
「そういうことだ。やっぱり君は理解が早いね。私の目に間違いはなかった」
 
 男は嬉しそうに目を細める。優しい笑顔だ。気味が悪いと思っていたけど、案外普通にいい人なのかもしれない。
 
「さて、ここからが本題だ。今回のように魂も肉体も消滅してしまった場合は、一般的には再契約――蘇生は難しいとされている。だがそれは、召喚士が召喚士の方法で召喚士の陣を使った場合の話だ」
 
 僕ら召喚士の召喚は、一度死んだ魔物の情報――魂を複製して呼び出す。ただその過程で劣化が発生するし、基本的には生前の力を維持することはできない。通常、それを鍛練や召喚士の指示で補っていくことになる。
 また、再契約が難しい理由の一つにこの劣化がある。使い魔の魂は二度の劣化には耐えられない。例え丁寧な術式を構築し、召喚に成功しても、辛うじて生きているだけの何かが生まれるだけだ。
 
「職業柄、私は少し死霊術に詳しくてね。その知識が応用できるだろう。先程言った通り普通の召喚とは根本的に違った方法となるだろうが、試してみる気はあるかな?」
「……はい」
 
 正直、藁にもすがる思いだ。この男と話していて確信したけど、僕の方法では一生かかっても召喚は成功しなかった。あまりにも無謀すぎた。
 ただ、僕は死霊術について何も知らない。召喚術に通じる部分もあるって話だけど……そもそも禁忌とされている部分が多い魔術分野だし、専門とする教員も学院にはいない。
 
「そう不安そうにしないでも大丈夫だ。勿論、君が死霊術に関して素人だというのは考慮に入れてある。今回の術は先に肉体という器を創り出し、後に術者の情報――血液などを用いて記憶を呼び起こすものだ」
 
 器と中身。まだ最初の段階なのに、もう召喚とは考え方が違うみたいだ。

「この記憶――君たちは一括りに魂と呼んでいるんだったか。魂の定着においては、術者と蘇生対象の繋がりが何より重要となる」
 
 繋がり……そこはきっと大丈夫だ。僕とロロトスの付き合いはその辺の召喚士よりも長い。実は、使い魔を一体に絞るのは珍しかったりする。実力に合わせて契約数を増やしたり、弱い使い魔の契約を破棄したりするのが一般的だ。
 でも、僕はそうしなかった。使い魔が沢山いても僕では活かしきれない。だからロロトスだけに絞って、連携や戦闘技術の練度を高めることに集中してきた。
 
「一応、縁もゆかりも無い存在に強制的に回路を繋ぐこともできる。エルイムの死霊術師ネクロマンサーなどもそのいい例だ。けれど、そうして生み出した個体は不完全だし、世の理に反していると言える」
 
 そもそも蘇生させることが世の理に反しているのでは、とも思ったけど言わないでおく。
 そういえば、蘇生と言ってもロロトスはスケルトンだ。スケルトンの状態で上手く蘇生できるものなのかな。
 
「それは君次第だ。まあ、肉体の方は多少失敗しても定着に問題は出ない。スケルトンとなる前の記憶を引き出していればそれが一番だが。使い魔から何か聞いたことは?」
「ええと……」 
 
 ロロトスは言葉が話せなかった。けど、元から剣の扱いが上手かったし、エクィトスに反応したこともある。傭兵か騎士か、或いは冒険者だったりしたんじゃないかな。
 
「ふむ。まあ、そこは君の思うがままだ。無欲に元の姿の維持を願っても良いが、スケルトンならば更なる高みを目指せる。儀式の際に用いる血液に、その思考と記憶を込めれば上手くいくはずだ」
 
 男が懐から茶色く変色した紙を数枚取り出す。かなり古そうだ。ところどころ字が掠れている。
 
「陣はこれを使うといい。ところどころ古くなっているから、魔力回りの調整などは君に任せるよ。詠唱は単純、普段と同じ――来いリコストで良いだろう。必要に応じて少し変えてもいいが、君は召喚士だからね。詳細はそこに書いてある」
 
 見たことがない種類の陣だ。どの魔術も基礎は同じだから、普通は見るだけで大体何をしようとしているのかわかるんだけど……この陣は、魔力を増幅させる部分くらいしか分からない。それさえもかなり特殊な構造だ。
 
「あ、あの。何から何までありがとうございます。それで、その、貴方は一体……?」 
「なに、しがないゴースト研究者さ。君の儀式が上手くいくことを願っているよ」
 
 そろそろ時間だ、と呟くやいなや、男は立ち上がり館を出る。すぐに後を追ったけど、既に姿は見えなかった。
 しがない研究者? 嘘に決まってる。死霊術を研究しても、少なくともこのシレンシアでは1ルナにだってなりはしない。けど、趣味程度の知識量でもなかった。
 ……色々と怪しい部分はあったけど、教えてくれたことは理に適っていたし、僕を騙しているようには思えなかった。とりあえず、陣を崩さない程度に増幅部分を書き換えてみよう。
 


* * *
 

 
「――セシリア様」
 
 セシリアが館を出た瞬間、どこからともなく黒服の男が現れた。
 
「あら、クロード。何か御用?」 
「あえて言わせていただきます。……この件からは手を引くべきです」
「いいえ、それはできませんわ。唯一の友人の頼みですもの」  
 
 はっきりと断られたが、男はなおも食い下がる。
 
「しかしセシリア様、事が事です。家名に傷が付きかねませんし、きっと当主様もお許しになりませんよ」 
「ええ、それは百も承知ですわ。ですからお父様には黙っておきます」
「なんと……」
 
 男は困り顔で額に手を当てる。それもそのはず、この男はセシリア――セシリア・ララ・アルティーストの従者であるが、同家当主の命を受けたセシリアの目付け役であるというのも、また事実である。
 
「そう難しい顔をなさらないで。それとも、クロードは私が下手を打つとお思い?」 
「い、いえ……。ご友人が大事なのは理解しています……が、ここは一度お考え直しください。術の内容によっては、勘当だって有り得ます」
「私は勘当されても構いませんわ。アルティースト家には私より遥かに出来の良い――完璧な姉がいます」
「そ、そのようなことは! 人は誰しも得手不得手というものがありますし、エリッツ様とて完璧というわけではありません。ああ見えて少し不真面目であったり、欠点もあるものです。当主様も、セシリア様の学問などに真摯に取り組む姿勢は高く評価しておられますよ」
 
 セシリアは少し悲しげな、諦めたような顔で、首を横に振る。
 
「姿勢だけでは意味がないのです。例え不真面目であろうと、お姉様は結果を残しています。私はお姉様と違って、天才ではない……」
「セシリア様……」 
「――とにかく、私は彼に協力します。クロードと言えども、邪魔はさせませんわ」
「邪魔など致しません。……それほどの決意であるなら、私は目を瞑りましょう。しかし、くれぐれもお気を付けて。貧民街の方は人喰いが出るという噂があります。実際に行方不明者も増えているようです」
「承知していますわ。でもクロード、貴方が守ってくださるのでしょう?」

 男は観念したように片膝をつき、頭を垂れる。
 
「ええ、共に参りましょう。セシリア様は私がお守り致します。――この命に代えても」
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