転生ニートは迷宮王

三黒

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第5.5章

146 学院にて

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*5.5章は基本イヴェル視点です(この話の前半は三人称視点です)。*
*時系列的には4章と5章の間くらいの話です。*



「陛下! 第一勇者の召喚陣に反応あり! 魂の転送が始まっております!」
「なんと、それは冗談の類いではないな!? すぐに向かう、魔力の調整を失敗するでないぞ!」
 
 王は持っていた書類を投げ捨てて立ち上がる。第三の召喚陣では魂の転送にこそ成功したが、肉体が現れることはなかった。
 その後は幾度繰り返せど何の反応もなく、なれば仕方あるまいと第一の召喚陣を再度用いたのが此度の召喚である。賭けとも言える方法の召喚であった故、王は今までにないほど興奮していた。
 
「陛下、どうか落ち着いてくださいませ。そう走られては危険でございます」 
「ええい、こんなもの着ていられるか! ここで勇者の召喚に成功すれば、我々人族の未来は安泰!」
 
 王は動きづらそうな羽織を脱ぎ捨て、臣下の制止も聞かずに階段を駆け下りる。
 子供のように全力で駆けることなど、実に数年……下手をすれば数十年振りのことである。しかし、今や少し離れた場所にまで届いている召喚陣の魔力は、王を急がせるには十分すぎた。
 
「はぁ……はぁ……ぜぇ……」 
 
 王は息を切らしつつ召喚の間に飛び込む。今、まさに召喚が成功しようかと言った瞬間のことであった。
 此度の召喚には、少なくない犠牲を払っている。古の伝承以上に生贄を捧げたのもそうだ。本来処刑器具である素因エレメント振動機により、仲の良かった有志の貴族を何人も素因エレメントに還したのは他でもないこの王である。遺族にはかなりの額を渡したが、自責により数日間は碌に眠れなかった。
 宮廷筆頭召喚士アルクコンスが、三日三晩魔力を流し込み続けた結果、過労により絶命するという事故も起きた。高位のマナポーションを連続で服用し続けたのが原因という話だ。
 死んでいった者たちの為にも、この召喚は絶対に失敗するわけにはいかない。
 
「反応あり! 魂の転送成功――肉体への定着を開始します!」
「……肉体……? どこにある、肉体の召喚はまだか?」
「陛下! この場は危険でございます、素因爆発エレクスが発生する可能性も」
「構わん! 仮に素因爆発エレクスが起これば、玉座にいようと同じであるわ」
 
 一層光の強くなる召喚陣を、固唾を呑んで見守る。これは、世界の命運を分けるやもしれぬ召喚である。
 
「……っ! 肉体の構成に失敗! 代替素因結晶を投入!」
「魂の魔力反応の弱化を確認!」 
「どうした、何が起こっている!」
「陛下、どうか――」 
 
 魔法陣から発せられる光は、今や目を開けていることすら困難なほどになっていた。
 が、それは徐々に弱くなり、そして……消えた。辺りに暗闇が満ちる。
 
「魔力反応の消失を確認……召喚に失敗しました……」
 
 言われずとも、その失敗は誰の目にも明らかだった。――第三召喚陣と同じだ。魂の行方もわからない。肉体に定着せぬ場合の魂の保存法は、まだ見つかっていない。
 
「――第四召喚陣を」
「はっ……?」
「第四召喚陣を用意せよ! 第一、第二の陣の解析を急ぎ、同様のものを完成させるのだ! 一刻も早く!」
「で、ですが陛下、この陣は」 
 
 古代の技術で――と言いかけた従者は、王の表情を見て黙り込んだ。そんなことは王にも分かっている。だが限りなく不可能に近いとしても、この召喚を成功させねば、魔王の完全な消滅は叶わない。
 
「み、御心のままに! 総員、陣と術式の解析にかかれ!」
 
 幾度失敗すれども、その歩みを止めてはならない。全ては、悪しき魔王を討ち滅ぼすためである 。
 

 
※ ※ ※
 
 
 
「――氷弾シャルダ! ――打撃ガルク前方ヴァス!」
 
 僕の放った氷の塊は、スケルトンの剣によって砕け散った。
 と言っても野生の魔物ではないし、命をかけて戦ってるわけでもない。これはただの訓練だ。召喚士と、その使い魔の。
 彼の、或いは彼女の名前はロロトス。召喚士に古くから伝わる言葉で、親友って意味らしい。
 
「ロロトスお疲れ! 一旦休憩にしようか」 
「カカ、コロコロコロ」 
 
 木の下に移動して、マナポーションを一気にあおる。とてつもなく苦いはずなのに、魔力が少ないときは甘くて美味しいから不思議だ。一日一本までって決まりだけど、こっそり二、三本飲んでる学院生もいるらしい。
 
「ご機嫌よう、イヴェル。鍛練はお終いですの?」
「ああ、セシリア。もう少しやるよ、ちょっと休憩してるだけさ」 
「ふふ、相変わらず熱心ですこと。お隣、よろしくて?」 
 
 そう言って僕の隣に腰を下ろすのはセシリア。丁寧に巻かれた薄桃色の髪に、ほのかな花の香り。気品の漂う姿も当然、彼女は上級貴族だ。それなのに、僕みたいな下級貴族……それも三男なんかにも親しく接してくれる。
 両親や、同じ上級貴族の知り合いからは人付き合いを考えろと言われているらしいけど、彼女曰く生き方を変えるつもりはないとか。そのせいで、こんな中・下級貴族ばかりの学院の寮にいるのかもしれない。
 
「ところでイヴェル、試験まであまり時間がありませんわ。鍛練も大事ですが、筆記の自信はありまして?」
「げっ……それは……その……」
「ふふ、そう思って紙に要点をまとめてきましたの。きっと、少しは役に立つでしょう」  
 
 セシリアが丁寧に綴じられた紙の束を手渡してくる。少しページをめくってみると、綺麗な字でわかりやすく講義の内容がまとめてあった。
 総合科目は苦手な部分だから、これはかなり嬉しい。
 
「ありがとう、助かるよ」
「いえいえ、わたくしも良い復習になりましたわ」
 
 セシリアは僕と違って頭がいい。魔術師としての才能も上だ。……というか、全てにおいて僕より上だ。
 元は支援系魔術が専門だったはずだけど、今じゃ特別に外部で剣術とかの授業も受けているらしい。噂ではかなりの上達具合だとか。さすが学院首席なだけある。
 きっと、セシリアみたいな人が宮廷筆頭騎士アルクヴレスになるんだろう。
 
「……セシリア、ちゃんと寝てる?」
「え、ええ。睡眠は生活の基本ですもの」
「そうか。いや、それならいいんだ」   
 
 否定されたけど、きっとセシリアは寝不足だ。目元には濃いクマが刻まれていた。
 努力家なのは良いところだと思う。だけど、セシリアはどうも頑張りすぎるきらいがある。
 
「あら、いけない……もうすぐお稽古があるのでしたわ」
「ああ、引き止めてごめん」
「こちらこそ。またお話しましょうね。それではご機嫌よう」
「うん、またね」 
 
 セシリアは小走りで演習棟の方へ駆けて行った。僕もそろそろ訓練に戻ろうかな。
 
「ロロトス! いけるか?」 
「ココ、カカカ」
「よし、じゃあ続きだ――氷弾シャルダ――斬撃ゼスト右方シグラ!」
 
 僕はまだ知らなかった――宮廷筆頭アルクの称号を手に入れるのは僕で、セシリアは大罪人として追われることになるなんて。
 心地よい夕方の風が、僕らの頬を撫でていた。
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