145 / 252
第5章
143 対強制
しおりを挟む
「しかし退屈な部屋だ。暗い上に空気も悪い。拠点に過ぎぬとは言え、神たる私には相応しくない――」
あってめえ、まさか勝手にこの快適空間をいじるとかじゃないだろうな。つーか空気は悪くない。多少暗いのは同意だが、換気は24時間365日しっかりされてるんだぞ。
「――愚民共。私の邪魔にならぬように暫くそうしていろ。殺す前に仕事をくれてやる。私の部屋の改装という名誉ある仕事をな」
なーにが名誉だこの野郎、体が動けばお前なんてギタギタの粉々にしてやる……って叫ぼうにも声すら出ない。参ったな。
念話は使えそうだが、下手にここに呼んで全滅なんてのは最悪中の最悪だ。
何かアクションを起こそうにも、指先すら動かないっつーのがキツすぎる。改装工事のときに少し強制が解けたりするか……? 何をするにも、まずこの術を突破しないことには始まらない。一瞬でもいい。ポケットに入ってる魔術結晶を起動する時間だけでいい。動ければ可能性はある。
今だって''傲慢''は何か考え事――大方部屋の改装についてだろうが――をしながら歩き回っているだけで、正直隙だらけだ。
(マスター、これからここにレルア様を呼ぶ。動く準備をしておいて)
(あ、ああ)
どうやらアイラの方は既に何か始めてたらしい。
それにしても、レルアを呼ぶときたか。リフィストでも強制かかってるし、色々大丈夫なのか心配ではある……が、未来を知ってるアイラの作戦だしな。普段は許可求めんのに今回は報告だけなあたり、自信はあるんだろう。
「なんだ貴様は? 地を這っていろと言ったはずだが――」
扉が開いた瞬間、レルアが凄まじい速さで突きを放つ。初撃は見えない壁に阻まれた、が、続く二撃目で''傲慢''の頬に傷を付ける。
「――きききき貴様ぁ! 愚民の分際で、この私の、顔に、傷を! ――死ね!」
''傲慢''の手のひらがレルアを捉える。だがレルアに変化は見られないし、速度も落ちていない。そのまま突き刺された剣先は、''傲慢''の手のひらに届き……貫いた。
「ぎぃやあああ! 痛い! 痛いぃ!! ああ、血が! 私が、愚民ごときに、まさか……」
''傲慢''は右手首を押さえて地に膝をつき、叫ぶ。太腿のあたりにレルアの容赦ない一撃が入った。
「がぁあああああ! ああ、あぁああ! 許さん、許さん許さん許さん!」
再び絶叫した''傲慢''は、孔のあいた手のひらを地面に押し付け、何やら陣を描こうとする。勿論それを見逃すレルアじゃない。
「させません――」
魔眼を入れた左目が赤く光ったかと思うと、''傲慢''の動きが少しスローになった。
「――雷裂!」
レルアの手から伸びた青白い光の群れが、複雑に絡み合って''傲慢''の動きを封じる。死んではいないようだが、感電のショックなのか''傲慢''はピクリとも動かなくなった。
「――土鎖」
全身を土の鎖で縛り上げて終わりだ。あの鎖を破壊するほどの力はなさそうだし、ひとまずは安心だな。
「お待たせしました、マスター。今から解呪に取り掛かります」
おお助かる――と言おうとして、声が出せないことを思い出す。厄介な術だな全く。危うく詰みかけた。
ふと、レルアの頬から顎のあたりに血が付いているのが目に止まった。一撃も食らってないと思ったが、返り血か?
だが返り血にしては何か違和感がある付き方なんだよな。まるで吐いた血を拭ったような……
「――我、其の魔術の解呪を望む」
「っぷはー! サンキューレルア、助かったぜ……って大丈夫か?」
近くまで寄って気付いたが、なんか具合が悪そうに見える。普段はこのくらいの動きじゃ息一つ上げないのに、今は荒い呼吸音が聞こえてくるし。
「少し疲れましたが、私は平気です。それより他の方の術、も……っ」
レルアは苦しそうな表情を浮かべ、咳き込む。と同時に、口から血が溢れ出た。咳を受けた手の方も真っ赤だ。
「っおいおい大丈夫じゃないだろそれは! とりあえずあいつを封じちまえば安全だろうし、少し休んでくれよ、な?」
「ご心配ありがとうございます、ですがそうするわけには……」
「そうするわけにはいかないわけにはいかないんだよ。ほら休んだ休んだ、マスター命令だこれは!」
喀血だか吐血だか知らんが、とにかくとんでもない血の量だ。どっか内臓に穴とか空いててもおかしくない。そもそも天使に内臓とかあるのかって話は置いといて、一応時遡かけとこう。
「――時遡……ってレルア? マジでヤバいぞそれ以上は」
腕を引いても、レルアは苦しそうな顔をするばかりで動かない。どうしたんだ。なんか様子がおかしいぞ。
(マスターさん。レルアさんに、私に解呪をかけるよう言ってくれるかしら)
(あー……と、これ以上魔術を使わせるのはまずいんじゃないか? 血とか吐いてるし)
(貴方が言っても止まらないのは分かっているでしょう? レルアさんを見殺しにして止めるというのなら、私はこれ以上何も言わないわ)
静かな怒りが伝わってきた。ここは言う通りにしといた方が良さそうだな。殺して止めるとか物騒なことはしたくないし、何となくラビは正しいことを言ってる気がする。
(ああ分かった。そうさせてもらう)
「……レルア、次はラビに解呪かけてくれるか」
「了解しました――我、其の魔術の――っ」
また咳き込む。手から零れた血が服を赤く染めていくのは、痛々しくて見てられない。
「――解呪を望む――!」
地面に縫い止められていたラビが起き上がる。解呪は成功したらしいが、レルアはもう立ってるのもやっとって感じだぞ。俺の時遡じゃ焼け石に水だ。
「お疲れ様。ゆっくり休んで頂戴――解呪」
今度はラビがレルアに解呪をかけた。力なく倒れかかるレルアを受け止める……えらくぐったりした感じだ。これでもう大丈夫なのか?
どういうことかさっぱり分からんが、少なくとも今のレルアは苦しそうではない。少し安心した。
「貴方たちも――解呪」
「……うん。すっかり解けたみたい。ありがとう」
「かーっ、無理な姿勢で固めよって。あのすかした顔面に蹴りの一つでも――聖雷!」
「どわっ!?」
俺のすぐ横を高速の雷の槍が通った。直後、壁が派手に崩れる音。
「無駄だ愚民めが! 紛い物では私に届かん……だが、そうだ……神たる私は慢心しない……拠点は別の場所で妥協してやろう……駒はここに捨てていく!」
土鎖は消えていた。魔術を維持することもできなかったか、或いは単純に気絶で消滅したか。
まあ幸いなのは、もう向こうに戦う意思がなさそうだってことだな。恐らく対強制を恐れてのことだろう。レルアが戦えない今、俺らに強制を無効化する術はないわけだが……このまま撤退してくれるなら、新たに策を講じる必要もない。
「さらばだ愚民共……! 貴様らはいずれ私が殺す!」
二度と来ないでくれ。もう苦しそうなレルアは見たくない。
言葉通り、''傲慢''はコートの裾を翻すと宙に消えていった。退場はあっさりしたもんだな。
さて、まずはレルアとカインの手当てだ。一段落したらイヴェルたちの様子を見るとするか。
あってめえ、まさか勝手にこの快適空間をいじるとかじゃないだろうな。つーか空気は悪くない。多少暗いのは同意だが、換気は24時間365日しっかりされてるんだぞ。
「――愚民共。私の邪魔にならぬように暫くそうしていろ。殺す前に仕事をくれてやる。私の部屋の改装という名誉ある仕事をな」
なーにが名誉だこの野郎、体が動けばお前なんてギタギタの粉々にしてやる……って叫ぼうにも声すら出ない。参ったな。
念話は使えそうだが、下手にここに呼んで全滅なんてのは最悪中の最悪だ。
何かアクションを起こそうにも、指先すら動かないっつーのがキツすぎる。改装工事のときに少し強制が解けたりするか……? 何をするにも、まずこの術を突破しないことには始まらない。一瞬でもいい。ポケットに入ってる魔術結晶を起動する時間だけでいい。動ければ可能性はある。
今だって''傲慢''は何か考え事――大方部屋の改装についてだろうが――をしながら歩き回っているだけで、正直隙だらけだ。
(マスター、これからここにレルア様を呼ぶ。動く準備をしておいて)
(あ、ああ)
どうやらアイラの方は既に何か始めてたらしい。
それにしても、レルアを呼ぶときたか。リフィストでも強制かかってるし、色々大丈夫なのか心配ではある……が、未来を知ってるアイラの作戦だしな。普段は許可求めんのに今回は報告だけなあたり、自信はあるんだろう。
「なんだ貴様は? 地を這っていろと言ったはずだが――」
扉が開いた瞬間、レルアが凄まじい速さで突きを放つ。初撃は見えない壁に阻まれた、が、続く二撃目で''傲慢''の頬に傷を付ける。
「――きききき貴様ぁ! 愚民の分際で、この私の、顔に、傷を! ――死ね!」
''傲慢''の手のひらがレルアを捉える。だがレルアに変化は見られないし、速度も落ちていない。そのまま突き刺された剣先は、''傲慢''の手のひらに届き……貫いた。
「ぎぃやあああ! 痛い! 痛いぃ!! ああ、血が! 私が、愚民ごときに、まさか……」
''傲慢''は右手首を押さえて地に膝をつき、叫ぶ。太腿のあたりにレルアの容赦ない一撃が入った。
「がぁあああああ! ああ、あぁああ! 許さん、許さん許さん許さん!」
再び絶叫した''傲慢''は、孔のあいた手のひらを地面に押し付け、何やら陣を描こうとする。勿論それを見逃すレルアじゃない。
「させません――」
魔眼を入れた左目が赤く光ったかと思うと、''傲慢''の動きが少しスローになった。
「――雷裂!」
レルアの手から伸びた青白い光の群れが、複雑に絡み合って''傲慢''の動きを封じる。死んではいないようだが、感電のショックなのか''傲慢''はピクリとも動かなくなった。
「――土鎖」
全身を土の鎖で縛り上げて終わりだ。あの鎖を破壊するほどの力はなさそうだし、ひとまずは安心だな。
「お待たせしました、マスター。今から解呪に取り掛かります」
おお助かる――と言おうとして、声が出せないことを思い出す。厄介な術だな全く。危うく詰みかけた。
ふと、レルアの頬から顎のあたりに血が付いているのが目に止まった。一撃も食らってないと思ったが、返り血か?
だが返り血にしては何か違和感がある付き方なんだよな。まるで吐いた血を拭ったような……
「――我、其の魔術の解呪を望む」
「っぷはー! サンキューレルア、助かったぜ……って大丈夫か?」
近くまで寄って気付いたが、なんか具合が悪そうに見える。普段はこのくらいの動きじゃ息一つ上げないのに、今は荒い呼吸音が聞こえてくるし。
「少し疲れましたが、私は平気です。それより他の方の術、も……っ」
レルアは苦しそうな表情を浮かべ、咳き込む。と同時に、口から血が溢れ出た。咳を受けた手の方も真っ赤だ。
「っおいおい大丈夫じゃないだろそれは! とりあえずあいつを封じちまえば安全だろうし、少し休んでくれよ、な?」
「ご心配ありがとうございます、ですがそうするわけには……」
「そうするわけにはいかないわけにはいかないんだよ。ほら休んだ休んだ、マスター命令だこれは!」
喀血だか吐血だか知らんが、とにかくとんでもない血の量だ。どっか内臓に穴とか空いててもおかしくない。そもそも天使に内臓とかあるのかって話は置いといて、一応時遡かけとこう。
「――時遡……ってレルア? マジでヤバいぞそれ以上は」
腕を引いても、レルアは苦しそうな顔をするばかりで動かない。どうしたんだ。なんか様子がおかしいぞ。
(マスターさん。レルアさんに、私に解呪をかけるよう言ってくれるかしら)
(あー……と、これ以上魔術を使わせるのはまずいんじゃないか? 血とか吐いてるし)
(貴方が言っても止まらないのは分かっているでしょう? レルアさんを見殺しにして止めるというのなら、私はこれ以上何も言わないわ)
静かな怒りが伝わってきた。ここは言う通りにしといた方が良さそうだな。殺して止めるとか物騒なことはしたくないし、何となくラビは正しいことを言ってる気がする。
(ああ分かった。そうさせてもらう)
「……レルア、次はラビに解呪かけてくれるか」
「了解しました――我、其の魔術の――っ」
また咳き込む。手から零れた血が服を赤く染めていくのは、痛々しくて見てられない。
「――解呪を望む――!」
地面に縫い止められていたラビが起き上がる。解呪は成功したらしいが、レルアはもう立ってるのもやっとって感じだぞ。俺の時遡じゃ焼け石に水だ。
「お疲れ様。ゆっくり休んで頂戴――解呪」
今度はラビがレルアに解呪をかけた。力なく倒れかかるレルアを受け止める……えらくぐったりした感じだ。これでもう大丈夫なのか?
どういうことかさっぱり分からんが、少なくとも今のレルアは苦しそうではない。少し安心した。
「貴方たちも――解呪」
「……うん。すっかり解けたみたい。ありがとう」
「かーっ、無理な姿勢で固めよって。あのすかした顔面に蹴りの一つでも――聖雷!」
「どわっ!?」
俺のすぐ横を高速の雷の槍が通った。直後、壁が派手に崩れる音。
「無駄だ愚民めが! 紛い物では私に届かん……だが、そうだ……神たる私は慢心しない……拠点は別の場所で妥協してやろう……駒はここに捨てていく!」
土鎖は消えていた。魔術を維持することもできなかったか、或いは単純に気絶で消滅したか。
まあ幸いなのは、もう向こうに戦う意思がなさそうだってことだな。恐らく対強制を恐れてのことだろう。レルアが戦えない今、俺らに強制を無効化する術はないわけだが……このまま撤退してくれるなら、新たに策を講じる必要もない。
「さらばだ愚民共……! 貴様らはいずれ私が殺す!」
二度と来ないでくれ。もう苦しそうなレルアは見たくない。
言葉通り、''傲慢''はコートの裾を翻すと宙に消えていった。退場はあっさりしたもんだな。
さて、まずはレルアとカインの手当てだ。一段落したらイヴェルたちの様子を見るとするか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
74
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる